91話
ミシミシ……
古代種の大樹にできたウロの中、ひと一倍マナが濃く立ち込める『ゆりかご』の中から、周りの幹を無理やりこじ開けながら、這いつくばるようにして出て来たのは、十代前半ぐらいの少年のような顔立ちをした怪物だ。
「どう、して……外に…?」
再びここに来るとは思ってなかった。
人が立ち入らない場所とはいえ、瘴気に近いほどのマナに満ちている。
『あの時』から、魔力耐性がついた今のオレの肉体でも、長居はしない方が良さそうだ。
精霊王クレイブ――
こちらに気づいたのか、少年はそっと顔を上げる。
アッシュブロンドの髪をした少年は両足がなかった。
――いや、なかったはずだ。
伝説によると、人間であった時に人々の手によって奪われたってことだ。
でも今は不釣り合いな肌の色をした足が片方にだけついている。
もう片方は、ちぎれたままの断片が物語っていた。
「……それは、アクセサリーのつもりか?」
誰かさんの足でも付けてやろうって?
善意かどうかは分からないが、お優しい人間もいたもんだ。
本来なら放射状に長く広がる繊維状の羽根も、冒険者や盗賊にもがれたのだろう、根元の骨組みだけが露出していて、ほぼ無いようなものだった。
目は見えていないらしく、こちらには顔を向けるだけだ。
眼球があった所には黒い眼窩がふたつ、ぽっかりと空いている。
数年前にオレが奪ったものだ。
簡単に人手に戻らないよう、話の分かる知人に預けてある……はず。
奪ったのはずっと前のはずなのに、暗い眼窩からは、未だに赤黒い液体がごぼごぼと零れている。
精霊王の力をもってしても、治すことは出来なかったらしい。
死ねず痛みを永劫に味わう不死身の肉体ってのも、難儀なもんだな。
そのくせ人間に近い色の体液を流す。
気色悪いったらありゃしない。
別にコイツ自体に恨みはねぇし、再び会うなんてつもりもなかった。
でも、関わっちまった以上、ケジメは付けないとならないのかもな。
***
――こないで!!
喉からじゃない所から聞こえたその『声』は、拒否のこえ。
いや、オレも来たくて来たんじゃねぇ!!
文句の一つでも言ってやろうと一歩前に踏み出した時だ、
ブワッ!
そいつは残っている腕を使って、放射状に衝撃波を繰り出してきた。
マナの衝撃波か!
「―っ!」
思わず身構えて、カーヤの前を塞ぐように立つ。
突然の光が辺りを照らし出す。
うっわ、前が見えねぇ!
【闇幕壁!】
エリー (仮)ちゃんは、オレにはよくわからない魔法を唱えていた。
バシュッ――ジュッ
何かが爆ぜる音と続けて、湿った音が聞こえたが、光が眩しくて何が起きたのか見えずにいて。
しばらくして目が慣れるとあたりの景色が見えてきた。
後ろをチラと見るとカーヤは無事のようだ。
流石というか、水の精霊がガッチリ保護膜張ってるし。
いや、その力をオレにも張ってくれよ。
お陰で服の裾が少しほつれたじゃねぇか。
レニアちゃんはというと、直線状にいた風の精霊が防いでくれたようだ。
【大丈夫?あなたは手助けしてくれたから、少しぐらいなら護れるわ】
「あ、ありがとう……ちょっと、体のあちこちが痛いけど、だ、だいじょうぶ」
気分屋で有名な風の精霊が、他人を護るだなんてめったにあることじゃないんだけどな……
何者なんだ、レニアちゃんは。
なにか防御の魔法を唱えていたエリー(仮)ちゃんのいた方を見ると、衝撃を受けたのか、少し離れた場所に倒れていた。
「お、おい、無事か?エリー(仮)ちゃん?」
身体のどこかを掠めたのか、点々とした血が飛び散っている……
こりゃあ……
「…………」
一瞬だけ目を開けたみたいだけど、気を失ったみたいだった。
「ちょっ!エリー(仮)ちゃん!ちょっと!!」
急いで近づいて、思っていた以上に華奢な身体を抱えあげると、肩から脇腹にかけて、何か小さな飛礫を受けたのか、裂傷が出来ていた。
傷口の周りに、黒く、瘴気に似たマナを帯びている。
「エエエ、エリー(仮)さんっ!?」
うしろから駆け寄ってきたカーヤの声は震えているようだった。
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