80話
そこは鬱蒼とした森の中を進んだ先にあった。
何年も人が入った痕跡はなさそうだが、かつて繁栄したであろう文明の名残がそこここに見てとれる。
王都でみた町の造りと大して変わりはないようだが、人の気配はなく、屋根がほとんど吹き飛ばされたかのような荒れ具合だ。
「ここが、古代都市イェカルダ……?」
「はい」
「そのむかし、この都市の下で残酷な拷問が行われてたとか、人工的な魔物の研究が極秘に行われていたとか、ろくでもない噂はあったようだけど……」
ポツリと説明しながら進むドゥエス。
「どれも根拠のない噂話ってことでしょう?」
知恵の図書館と呼ばれる学院には作り話だって記述がありましたわ。
と付け加えながら周りを見ながら進んでいく。
「それでも精霊王に汚染された場所だから、体に不調を感じたらすぐに言ってね」
「精霊王の遺した瘴気のことですわね。あまり長居はお勧めできませんわね。」
レニアは淡い精霊石を掲げながら進む。
先頭をすすむドゥエスは言いながらこちらを振り向くと、その視線をカーヤに向けたところでピタリと止まった。
【言っとくけど、アタシの浄化範囲はおひとり様限定だからね】
水の精霊の声はカーヤの方から聞こえてきた。
後ろの方を探索していたカーヤを振り向くと、彼の表面にうっすら光る膜のほうなものが見える。どうやら水の精霊の力で護られているようだ。
人魚のような精霊の姿は見えない。
「僕だけじゃなくて、みんなの方もお願いしたいんだけど……」
【それはいやよ】
「オレは気にしなくていいぜカーヤ」
後ろを振り向きもせずにズンズン前にすすんでいくドゥエス。
「私も大丈夫ですよ。頑丈にできているので」
にこりとカーヤに微笑むレニア。
ちらとコチラを見るカーヤ。
俺?
俺は、特に二人が言うような重苦しさを感じてはいないな。
どちらかというと……チクチク刺すような何かが身体を這いずっているような、視線……というか、居心地がいいとは言えないが、それに近いものを感じる。
だからと言って周りを見回しても、何かがいるようには見えなかった。
レニアは『瘴気』というが、目に見えるような霧になっているわけでもなければ、不快な臭いも感じられない。
無色透明だとは……これはやりづらいな。
「まあ、いまのところは問題ないな」
***
「風の精霊さんはイェカルダの外の森で会いましたの。いまも同じとこにいるかはわかりませんが。」
「会えるかな?」
「大丈夫、そういうのはこっちから呼べばいいんだよ。」
「そう簡単に言いますけど、根拠はあるんですの?」
「この都市のどこに精霊王だか、風の精霊の手がかりがあるっていうんだ?」
「ああ、それはね……ここだよ」
ドゥエスはある廃屋の近くに行くと、地面にある扉を指さした。
そこだけ新しい木を使ってるのか、観音開きの質素な蓋がされていた。
「民家?」
「え、こんな扉、いつから?前に来たときはこんなところなかったのに」
「ドゥエス?こんなところに誰か住んでいるのか?」
人の気配はおろか、魔物の類いの気配も感じられない。
「ちがうちがう、ここにちょっと隠しモノしてたから、それを使うんだよ」
云いつつドゥエスは観音開きの扉に手をかけた。
【へえ、本人以外誰にも認知できないようにする魔術ね……しかも制限付きって、そんなめんどくさいの今でも使う変わったニンゲンいたのね】
水の精霊が感心したようにつぶやく。
「まあね、めんどくさいことに変わりはないし、誰も使わないけど、慣れれば便利だよ」
…パチリ……ギギッ……
一瞬、扉に何か模様が浮き出て、消えたかと思ったが、ドゥエスが扉の取っ手を掴むと容易に開いた。
中は、ギリギリ人ひとりが通れる幅の、暗い階段があった。
地下に潜っていくドゥエスについていくと、四畳半…いやもっと狭いな。三畳くらいだろうか、レンガで囲われた狭い部屋があった。
倉庫か。
奥の暗がりには今にも倒れそうな歪んだ低めの棚と、その上に小さな箱が一つ、あるだけだった。
ドゥエスは鍵も何もついていないその箱に手をかけると、中に入っているものを大事そうに取り出した。
小さめのビー玉?いや水晶か?
黒氏がよく使う占い用の水晶球よりずっとコンパクトで、直径10センチといったところだろうか。
「それって『コンパス』?」
知っているのか、レニアがまじまじと見つめながら聞いた。
「そ。『精霊用コンパス』。中に色のついた煙見えるでしょ?これがマナを探知して形にするんだよ」
「ほう」
「へぇ~」
俺とカーヤの感嘆の声が重なった。
云われてよく見てみれば、水晶球のなかに青の筋のようなものが縦に動いて見えるようだ。
「いまは水の精霊ちゃんが近くにいるからその力のイメージが具現化して見えるね」
「ここまで綺麗な魔煙の入ったコンパス初めて見ましたわ。」
「……むかーし、ちょっと奮発してね。これを外の広いところで使って喚べば、風の精霊ちゃんも来てくれるでしょ。」
「『精霊召喚の儀』って、ずいぶん古典的な方法なんですのね」
「何事も基本がダイジってね!」
なんとなくげんなりしたレニアに、得意げにウィンクするドゥエス。
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