1話 召喚成功…?
「…ん?ここは…教会?」
目を覚ました先はいつもの見慣れた天上ではなく、ステンドグラスが太陽の光で照らされて美しく輝く教会…のような場所だった。
「よくぞ来られました。倉根空。貴方は私が召喚した勇者です。この世界を救っていただきたくお呼び致しました」
神々しいと言う表現が相応しい女性がそこにはいた。彼女は赤く長い髪をたなびかせ、俺に現状を説明する。
「あんた誰?ここは?」
「私の名前はアムール。愛を司る神です」
ほう、よく凝った設定だな。じゃっ、俺は夢から醒めることにしよう。…あれ、夢なんだよな?
「…すまん、今まで俺が読んでいた漫画は?くだらん事言ってないで早く帰してくれないか?」
「くだらない事ではありません。貴方には世界を救っていただく使命があります」
使命か。こんな取るに足らない俺なんぞに使命を与えて何が楽しいんだか。代わりなんざいくらでもいるだろうし、適当に断って帰してもらおう。
「使命とかそれ本当に俺じゃなきゃダメか?明日、映画あってさ。入場者特典手に入れるために朝一で並ばなきゃいけないんだ。早く帰してくれ」
「世界を救った後は召喚前の時間に戻ります。それに世界を救うのは貴方でなければならないのです。…では、貴方に一つ提案をしましょう」
Lv.1
HP 187
MP 1074
【所持スキル】
ファイア
ウォーター
サンダー
ウインド
防御壁
鑑定眼
工作
「何これ」
「貴方のステータスです。これほど初期能力値…特にこれだけMPが高い勇者は稀なのです。最終的に貴方は全能に近しい能力を得る事が出来ます。いいですか?この力をもって貴方は世界を…」
いや、答えはもう出ていた。アレは近年よくあるゲームのようにステータスが可視化されるやつか。この場で確かめて問題無さそうなのは鑑定眼か。
「じぃ…」
【椅子】
ただの木製の椅子だ。
【アムール】
愛の神様。神の世界からやってきた使い。
危険に瀕している世界に日本人を派遣する仕事が回ってきたため、この世界にて召喚を行った。
ふーん、神のステータスは見えないか。そもそもそういった概念がないのだろうか。あるいは俺の技量不足か。椅子に対してただの椅子なんて言葉が出ている時点で—
「一体何をしているのですか!?」
「鑑定眼がどこまで使えるか…お前が嘘をついていないかを確かめていた」
「人が話している時にやめてもらっても良いですか!?」
「…コホン、やる気が出ない貴方に素晴らしい事を教えてあげましょう」
「なんと貴方は…性行為でレベルが上がる超適性を持っているのです!」
「…」
は?今なんて言った?随分と溜めて言った言葉が先程の戯言だとはあまり思いたくない。
「性行為でレベルが上がるのです」
「俺彼女いた事ないけど」
「まだ貴方の状況が飲み込めていないようですね。…この薬があれば貴方が発するフェロモンを増大させ、女性を魅了させます」
「ベッドイン確定?乱数とか無効化調整とかない?」
「乱数?調整?よく分かりませんが、私から言える事はベッドイン確定です」
「ふーん。この薬がね…」
【魅了の秘薬】
愛の神が作った特別な秘薬。これを飲めばあらゆる女性をも魅了する事が可能。飲む時に対象が半径200m以内にいる事が条件。そして顔を連想しながら飲む事で対象を絞って魅了する事も可能。
「試しに…ここの教会のシスター相手に試してみると良いでしょう。もし気に入らなければ他の女性相手に試してみても構いませんよ」
金髪碧眼。いかにも清純でアニメとかでもよく見るようなシスターだ。…しかし、現実となると何か違う感があるな。世間一般ではあれが可愛いと言われたりするのだろうか。
「この会話聞かれていて、飲もうとした瞬間あのシスターがチョキで殴ってくるとかない?」
「この空間は認識阻害をかけているためあり得ません。この後認識阻害を解除しますが、この世界にとっても貴方は救世主。邪険にされる事はありません」
「よし、じゃあ試すわ」
「わ、私はダメですよ?」
何故女神を魅了するという発想が出るのだろうか。あぁ、堕として傀儡にするかとかどうかって話か。なら説明は付くが…
「しない。お前になんざ興味ない」
「なっ!?…あれ?貴方一体どこに…」
あのシスターに向けて能力を使うつもりもない。俺の答えはこれだ。
「何で外にある花に薬をぶっかけているのですか!?」
「草花が人々に愛される。実に素晴らしい事ではありませんか?女神様」
「貴方が!飲まないと!!意味が無いのです!!!」
うん、知ってる。鑑定眼で見たからな。やはり物に関しては嘘が出てくる事はなさそうだな。
「ふざけるな。あれ一本作る金で貧困に苦しむ国の子供たちがどれだけ飯を食えるというんだ」
「神界に通貨の概念はありません!!…ではなく!それは貴方が薬を捨てる理由ではないでしょう!?」
「俺のようなみじめで浅薄な人間を襲うように思考が塗りつぶされてはあのシスターが可哀想だ」
「貴方はどれだけ自己肯定感が低いのですか!」
「控えめに言って黒くてカサカサ走る平たいアレ以下」
「…しないと、レベルが上がらないのですよ?貴方はもっと自信を持っていいのです」
「そうか。…なら俺は…童貞のままで構わない。童貞のままこの世界を救う」
そんなしょうもないレベル上げをするくらいならLv.1縛りをする方がまだ面白そうだ。…それに女性と関係を持つという事は後々トラブルに繋がりやすい。痴情のもつれで死にたくはない。
「…はぁ、何を言うのかと思えば。Lv.1でクリアですか?無理に決まっているでしょう」
「童貞なんてしょうもないもん守っている奴は世界を救えない。守れないと?」
「はい!貴方に限っては!!Lv.1でクリアした勇者など過去に一人もいないからです!」
ほう、一人もいない?
「…そうか。なら俺はそれを覆す。異世界救済Lv.1縛りを始めよう。例え貴様がどれだけの策を弄してこようと必ずLv.1でクリアしてやる。もしお前がそれを信じられずに俺のレベルを上げようとするなら好きにしろ。そのフラグを全てへし折ってクリアする」
夢だかなんだか知らないが、ここまで否定されるとちょっとばかり腹が立つな。やってやるさ。俺は今までに数多のゲームに縛りプレイを設けて突破してきたんだ。
「かかってこいよ、愛の神様。お前が愛を司るっていうんなら難しい条件ではないだろう?」
「いいでしょう。私とて神。祝福を授けるのは造作もないことです。さぁ、覚悟しなさい—って!私は別に貴方の敵ではありませんが!?」
そんなこんなで始まった異世界召喚。柄にもなく、俺はワクワクしているのかもしれない。愛が至高だとほざくこの女神を屈服させて心をへし折りたい衝動に駆られている。久々に楽しめそうだ。俺は胸を高鳴らせながら異世界へのドアを開けた。
愛が素晴らしい。尊いものだと扱われるのはフィクションだけだ。作り物の世界のみにおける産物を三次元。リアルにも存在するなどと頭の悪い御伽話を吹聴する愚かな人間には反吐が出る。愛の女神などというから少しはマシな存在かと思ったが、所詮は元の世界のロクでもない大人共と変わらないか。
さぁ、愛の神様とやら。お前の大好きな愛がどれだけちっぽけなものか。徹底的に教え込んでやろう。