覆面小説家の集い
黒い頭巾を頭からスッポリと被っている人々。
ここは決してそういう趣味の人達の集まりではない。
ネットで小説を発表している人達の集まり。
遂に現実世界で顔合わせをする事になったのだ。
私もその1人。
但し全員が素性は明かさず、会議が提供した同じ服装をして参加した。
一見すると怪しい集団に見えるが、ホテルの会議室を一室借り切っての会合なので、余計な心配は無用だ。
しかし1つ気になる。
ここに来るまで、彼等彼女等はどういう格好で来たのだろう?
素顔を見られれば、覆面小説家の会合にはならない。
私はホテルに来るまでは、ごく普通の老紳士になりすまし、ホテルのトイレで着替えた。
恐らく誰にも正体は見られていないはずだ。
「皆さん、遠路遥々お集まりいただき、恐悦至極です」
会議の幹事である1人が挨拶をした。
「ここにおいでの皆さんは、あるサイトで小説を投稿されている方々です。お互い素性は知らないながらも、その作品はご存じのはず。これは実に奇妙な体験でありましょう」
幹事の話に、私達はお互いを見渡した。
全く同じ格好の人間がこれほど集まると、不自然極まりなかった。
「私自身も、皆さんの事は何も存じ上げません。しかし、作品は恐らく全て読んでいます。そう言った形で申し上げれば、皆さんを存じ上げているとも言えます」
幹事は私達を見渡し、
「素性を明かす事は出来なくとも、皆さんの作品を公表するのは何も差し支えないと思います。それぞれの代表作とペンネームだけで自己紹介をして下さい」
私達はザワついたが、
「それくらいなら、何ら問題はないでしょう。私から自己紹介します」
とある男が口にした。
「私のペンネームはジョー狼。代表作は殺人旅行日記。推理小説です」
私もその作品は読んだ事がある。サスペンスタッチの旅情モノだ。
「私のペンネームは坂口単五。代表作は夫婦連続殺人事件です」
坂口単五は「坂口安吾」の心酔者で、作品の傾向も安吾調の文章である。
「私はペンネーム神村律子。代表作は湖畔の殺人。女子大生探偵が活躍する推理小説です」
む? 聞いた事がないぞ。誰だ、この女性は? それにしても太った人だな。
「私はペンネーム杉下左京。代表作は相方。2人のデコボコ刑事が活躍するハードボイルド小説です」
この人も知っている。2人の刑事のやり取りは、掛け合い漫才を彷彿させる。笑わせて、ホロリとさせ、最後にはあっと言わせる作家だ。
「私のペンネームは館溝聖子です。代表作は病院前の服毒自殺の家。ホラー小説です」
この人は「女性版スティーブン・キング」と呼ばれる作家だ。その鬼気迫る描写は、とてもフィクションとは思えない。
その後も自己紹介が続き、遂に私の番になった。
「私はペンネーム小泉太郎。代表作はとてつもない郵政民営化。推理小説です」
私で最後だ。これで全員の自己紹介が終わった。
「ありがとうございました。それではお手元のグラスをお持ち下さい。乾杯を致します」
私達はグラスを持った。
「今日のこの良き出会いに。乾杯!」
幹事が音頭をとった。
「乾杯!」
私達はグラスを高々と掲げ、次にそれを口に運んだ。
頭巾が邪魔なため、私は口元の布を持ち上げ、ワインを飲んだ。
「グエエエッ!」
叫び声が聞こえた。
「何だ?」
周囲を見回す。
ドスンと倒れ伏した者がいた。グラスが投げ出され、砕け散った。
「誰だ?」
皆、ビクッとして互いを見た。
倒れたのは中年の女だった。頭巾が取れ、顔が出ていた。
しかし、誰なのかはわからない。
「ショーは終了しました」
幹事の声がした。私は恐る恐る幹事の方を見た。
「その女は、現実と空想の垣根を飛び越え、実際に犯罪を繰り返していました。私の子供はそいつに殺されたのです。今回は、そいつをおびき寄せるための罠でした。皆様方にはご迷惑をおかけ致しましたが、これで全て終わりました。このままお帰り下さい。私はすぐに子供のところに行きます」
幹事は毒杯をあおったようだ。バッタリと倒れ伏した。
「ヒイイッ!」
いくらグロテスクな作品を書いていようとも、実際には死体を見た事がない連中ばかりだ。
会議室はあっという間にパニックになった。
私も同類だった。
我先にとドアに殺到した。
ところがドアが開かない。その上明かりが消えた。
「おい、どうなっているんだ?」
怒鳴る者、泣き出す者、オロオロと歩き回る者。
私はどうすればいいのかわからず、その場にしゃがみ込んでしまった。
「出してくれ、助けてくれ」
「携帯電話を持っている者はいないのか?」
「ここに入る時、手荷物は全部預けさせられたろう? 誰も持っていないよ!」
シューッという何かが漏れる音。
「何だ?」
私は音の元を探した。
ドアの下から煙が入って来ている。
「何だ、あの煙は?」
「ガス?」
「まさか!?」
「どうなっちまうんだ?」
もはや大パニックだった。
死ぬのか? 私は死んでしまうのか?
煙は次第に会議室に充満して来た。
終わりだ。一体何でこんな事に?
私はいろいろと思い返してみた。
「出せーっ! 出してくれえええっ!」
ドアを叩き続けていた者が叫んだ。
「うおっ!」
突然ドアが開いた。同時に明かりが点いた。
「?」
私達は唖然とした。
「どうです、この集会は?なかなか凝った演出だったでしょう?」
そこにはさっき死んだと思われた女と幹事が立っていた。
騙されたのか。
何となく情けない私は、あまり納得できなかった。