ニンゲン・フォビア~Kei.ThaWest式精神糜爛人造恐怖譚~
【ブラック童話】マッチポンプ売りの少女
「マッチ……マッチはいりませんか?」
みすぼらしい格好をした孤児の少女アンは寒空の下、か細い声でマッチを売っていました。しかし誰もマッチを買ってはくれません。
「マッチ……どうか……どうかマッチを買ってください。このマッチが売れないと私は生きられません……」
悲壮感漂うアンの姿。それを物陰からスマホで撮影している人がいました。
後日、SNSに投稿されたマッチ売りの少女の悲痛な姿は瞬く間に世界中で拡散され、貧困にあえぐ少女の存在は俄かにクローズアップされてゆきます。
各地でマッチ売りの少女を救う募金活動が起こり、膨大な額の義援金が集まりました。
ある一人の奇特な資産家がこのニュースを聞きつけ、是非ともアンを養子として迎え入れたいと申し出てきました。この年老いた資産家には身寄りがおらず、一人寂しく余生を過ごすくらいなら、このかわいそうな少女を助けてあげようと思い立ったのです。
アンは生まれてこの方、一度も目にしたことのない豪邸と、贅を尽くした豪華な食事、召し使いに囲まれた何不自由ない暮らしを手に入れました。
優しい義理の父、かわいい洋服。満ち足りた生活。もう、泥に汚れ痩せ細ったみすぼらしい身なりの少女であった頃の面影はどこにも見当たりませんでした。
一方その頃、町にはマッチ売りの少女が溢れかえっていました。SNSに投稿された一本の動画がきっかけとなり町の富裕層を中心として“マッチ売りの少女基金”が設立されたのです。これまで貧困に喘いでいた少女たちは我先にと、ぼろ布を纏って、マッチを売りに路頭へ並びました。世界中から届く支援物資と義援金を目当てに我が子を物乞いに装わせて路頭に立たせる親たちも続出しました。
マッチ売りの少女が爆発的に増えるにつれ、人権派団体からはマッチ売りの少女の人権を守り人種や属性を超えた平等な権利と正当な扱いを主張する“Match Lives Matter”、通称MLMと呼ばれる運動が提案されました。
これを受けて国はマッチ売りの少女に一定額の助成金を支給したうえで税金の免除や居住区の整備等、積極的な保護活動を行いました。
さらに映画業界でも、人種の多様性を念頭に置き、アジア人や黒人と同様にマッチ売りの少女も可能な限り作品内に登場させること、また映画賞もマッチ売りの少女を含めて人種の多様性を尊重しつつ選定を行うこと等の目に見えない自主規制を行いました。
日に日にマッチ売りの少女は、単なる“属性”ではなくひとつの“人種”として認められてゆくことになったのでした。
そんなある日、警察官がマッチ売りの少女を射殺してしまうという痛ましい事件が発生しました。制止を聞かずナイフを振りかざして襲ってきたマッチ売りの少女に対し、自衛のために警官が発砲したのです。
激怒したMLMの活動家たちは即座に抗議デモを開始、瞬く間に町は暴徒と化したMLMメンバーによって破壊され、商店では略奪が横行していきました。
富裕層の居住区にもMLMのデモ隊は押し寄せ、警官隊のバリケードをも突破し、雪崩れ込みます。
あちこちから火の手が上がり、町は大混乱。
門前を銃で武装したボディガードで固めていた者は難を免れましたが、自衛を怠っていた者の邸宅にはデモ隊が押し寄せ、無理やり金目のものを奪い取って建物に火を放ってゆきます。
そして遂に、悲劇は起こりました。
最初のマッチ売りの少女、アンと義理の父が暮らす邸宅をも、MLMのデモ隊は襲撃したのです。悲痛に泣き叫ぶ少女を蹴り飛ばし、その服を引き裂きながら、皆が笑っていました。笑いながら、マッチ売りの少女の人権を守ろうと叫んでいました。アンの命の恩人は棒で滅多打ちにされ頭から血を流して動かなくなりました。アンは男に組み敷かれ、尊厳を踏みにじられた後で……この世を去りました。
やがて破壊の嵐が過ぎ去った後で、アンの悲劇は世界中のメディアで報道されることになりました。
MLMの指導者達は哀悼の意を示し、このような悲劇を二度と繰り返さない為にこれからのマッチ売りの少女の人権を守る運動を継続してゆくことを宣言し、多くの賛同者を得ました。
アンの命日はMLMによって“マッチ売りの少女の日”として制定され、毎年この日になると全ての恵まれないマッチ売りの少女の為に犠牲となったアンを称えるお祭りが盛大に執り行われることになりました。
マッチ売りの少女基金にはこれ以降、更に多額の義援金が集まるようになったそうです。
おしまい。