9 城下町
「新しいような、古いような、不思議な城下町だな」
フロールが馬車の中からキョロキョロしている。
「ゴーレム旦那、この街は上古人の遺跡を再利用した町だぜ。古かったり、新しかったりするのは当然の結果なんだ」
コンラッドが馬上から補足してくれる。
一行はすんなりトーバック城城下町に入った。
税を支払いコンラッドの用意した偽の身分証を見せたら、賄賂もとられなかった。
「この街は俺が見た中でも相当モラルが高い方だ。暴力沙汰、犯罪沙汰はご法度だからな」
「そんなことしないクマ」
「翔一お前が一番心配なんだよ、次にゴーレム旦那だ」
コンラッドはフロールに敬意を持っているのか、彼をゴーレム旦那と呼ぶようになったようだ。
街では宿を取り、白腕嶺を越える方法を模索する。
「昔、この一帯が沃野と呼ばれていたころは、ここから白腕嶺越えて、通商するルートがあった。しかし、今は、北は荒野でしかない。誰も通らない山越えルートになっている」
コンラッドは一般情報として、ある程度は知っていた。
「使われなくなってどのくらい経つんだ」
「十年以上だ。『広沃野』が『死人荒野』になってからは使われていない」
「ならば、山越えルートはかなり損耗しているな。しかし、何もないよりましだと思うぞ」
十年間の荒廃が、北へ抜けるルートにどのような影響を及ぼしているのか、更に情報を集めないと判断が付かない状況だった。
ルートに関する情報はコンラッドが集めることになる。
それ以外の雑務、必要な買い物と、余った装備を売却に出かける必要があったので、涼子、翔一、ディックとハリー、たぶん、まともな会話ができるレダで出かける。
涼子は眼鏡をかけてフロールとリンクしている。
レイドで翔一が使った物だ。
街を歩くと、この街も呆れるくらいに幽霊がいた。
ガルディアでは新しい幽霊が多かったが、ここは歴史が古いのか、かなり古そうなのもぼんやりと人々を眺めている。
レダは貰った服は着ず、元は高級な服だったと思われる汚いシャツに拘っていた。
「はあ。しけた街ですね。僕が育ったガルディアではもっと活気があって洒落た店も多かったですよ」
レダが馬鹿にしたようにいう。
「……」
やはり、処刑されかけたのでガルディアがあまり好きではない翔一。無言。
「街が小さいんだよね。素直に黒騎士はガルディアの直轄に……」
「黙って、質屋まで案内しなさい」
涼子、たぶんフロールの命令でこのようなセリフだ。
「は、はい」
レダはなにかいい返そうとしたが、涼子の感情のこもらない視線を見て躊躇する。
レダが人に聞くと、下町の方に質屋があるという。
一行は向かう。
ディックとハリーはやくざ者たちから奪った装備をしっかり着込んでいるので、かなりの重武装だった。武器も大量に拾ってきたようだ。十本近い剣や斧、棍棒を背負っている。河畔の戦いのときヤクザたちは武器を捨てて逃げて行ったのだ。彼らの姿を見て下町でも襲ってくるような奴は居なかった。
街を行くと、いつも通り、子供や女性たちが翔一に興味津々というだけで、大きなことは起きない。
質屋でも問題なく換金できた。
「金貨三十、銀貨百になりました」
涼子がフロールと会話しているのだろう。翔一でも彼の声は聞こえなかった。
ふと見ると、体を無残に欠損させた幽霊がふらふらと歩いて来る。
最近殺されたらしく、恨みに顔が引きつっている。
「宿精さん、ちょっと話聞いてきてほしいクマ」
精霊界で静かにたたずむ分身に話しかける。
ダーク翔一とでもいうべき闇の子熊が彼らと接触する。幽霊たちは逃げもせず、ダーク翔一と意思疎通するようだった。暫くして戻ってくる。
「彼らの話では、怪物に殺されたそうです」
「可哀想に、犯人はどんな奴クマ?」
「地の底から突然湧き出して、一斉に噛みついて、齧り殺された」
「複数クマか。姿は?」
「夜の街で突然現れるから見てない。しかし、凄い悪臭がしたそうです」
「どんな生き物だろうね。狼男ならキツイ臭いとかないから違うクマ」
肉食系の動物は悪臭を嫌う。人獣も同じだ。
「クマのくせに何と喋ってるの?」
涼子。もちろん、こんなセリフはフロールの差し金だ。
「可哀想な幽霊たちがいて、彼らは地下から現れる怪物に殺されたらしいクマ」
「幽霊なんて気の迷いらしいですよ、ご主人様の話では」
(フロールさんの極度に濁った魂では幽霊とか繊細なものは感じられないクマ)
そう思ったが、翔一はあえて口に出さず。
「とにかく、地下に怪物が住んでる可能性があるクマ。探索するクマ」
暫く、涼子とフロールは交信していたが、
「冒険者ギルドというものがあるので、そこで登録して、仕事として受けたら金になるからそうしてくれってご主人様が……」
「わかったクマ。涼子さんが登録して下さい、僕はお供として随伴する動物クマ」
冒険者ギルドはすぐに場所が判明する。
中央通りのかなり目立つ場所にある。
「僕は冒険なんてしませんよ、汗をかく仕事は高貴な僕の仕事じゃないんです」
レダはそう宣言する。
翔一は特にとがめだてする気もなかった。確かに、それなりに上品な顔立ちだったが、荒事には全く使えない雰囲気だった。腕も呆れるほど細い。
ギルドを目指して歩き、中央通りに差し掛かると、ちょっとしたパレードのようになっていた。
「ガルディア王妃が来訪されたそうだ」「高貴な貴族方も多数、アモン様にお会いになるらしいぞ」「黒騎士アモン万歳、ガルディア王妃万歳!」
人々の声が聞こえる。高揚して、喜んでいるのがわかる。
「あ! あの人は!」
レダが誰かを見て硬直している。衝撃を受けたような顔だ。
レダは一行の誰かを見て驚いているようだが、翔一は王妃のことが気になってそれどころではなかった。
ガルディア王妃は、何故か馬車を止めると、馬車の中から群衆に手を振る。
「なんて美しい! 女神だ!」「ハイエルフのダナ! ガルディア王妃万歳!」
翔一は、ガルディア王妃がハイエルフのダナという人物であることを聞いてびっくりした。
(オークの王様だったんじゃなかったクマ?)
是が非でも見たくなり、背が低いので、ディックによじ登る。
「ディックさん、ちょっとごめんクマ」
ディックは無言で受け入れた。
翔一はよく見える位置で王妃を観察する。馬車は窓が大きい。
かなり無防備な馬車である。
美しい銀髪の女性が乗っていた。
(本当に綺麗な人だ……でもちょっと性格がきつそうクマね)
そう思った矢先、王妃と翔一は目が合った。
思わず、まじまじと見返してしまう。
「その子熊を連れてきて!」
王妃の声が全員に聞こえる。
異常な大声でもないのに、その場にいた全員の耳に入った。
群衆は静かになり、翔一に注目が集まる。
翔一は慌てて、単なる熊の振りをした。群衆が道を開けたので、ディックと涼子は無言で王妃の前まで行く。警備兵は王妃が制した。
髪、瞳、服、全てが銀色のハイエルフの女。翔一が預かっている少女と同じだった。違うのは年齢。
(種族が一緒だから、似てるんだと思うクマ)
「可愛い子熊ね。名前はなんていうの」
優し気に微笑む王妃。
「ショウイチです」
涼子が無表情に答える。紐を持っている立場上、一緒に来たのだ。
「抱いてもいいかしら」
「どうぞ」
ダナは翔一をディックから受け取り、膝に乗せる。
翔一はすごく良い匂いにうっとりした。
「クマちゃん、クマちゃん、私の騎士様。会えてうれしいわ」
本当に小さなつぶやきだったが、翔一は聞き逃さなかった。
「?!」
王妃は、それ以上は無言で翔一の背中をなでる。
「あの熊、運のいい奴だぜ」「子熊も可愛いわ」
声が聞こえる。
王妃は翔一の頭にキスをすると、涼子に返す。
「ありがとう、お嬢さん」
馬車は去っていく。翔一は訳が分からず、唖然と見送るだけだった。
人々は三々五々、去っていく。
ディックとハリーとレダは冒険はしないのでギルドには行かず、宿に帰る。
レダはなぜかキョロキョロしていた。
涼子と翔一は冒険者ギルドに入った。
「いらっしゃいお嬢さん、今日はどのような御用で」
ギルドのおっさんが声をかける。
「冒険の依頼を見に来た」
「では、登録してください。登録しないと違法ですよ」
涼子は多少の代金を払って、『冒険者リョウコ』として登録する。
「じゃあ、新米として登録されたから、一般の依頼なら受けられますよ」
親爺は掲示板を示す。
涼子は掲示板を調べて『下水の殺人鬼』という依頼を親爺に見せる。
「おいおい、これ、かなり難易度高いよ。かなり被害者が出てるけど、下水は古代の遺跡だから構造もわかってないし、敵が誰かも、そして、数もわかってない。金貨百も出るけど、誰も受けないんだぜ、これでいいのか?」
涼子はうなずく。
「へぇ、度胸あるじゃない。あんた、あたしたちと組んでやらないか」
戦士と魔法使い風の男と女が声をかけてくる。戦士の男はラメラ―アーマーを着て剣と丸い盾を持っている。女は鎖帷子の上にローブと杖。
「戦士のアレックスとあたしは魔法使いのキャシーだよ。あんたのクラスは? 武器も何も持ってないみたいだけど……それに、その熊はペットかい?」
「……わかった、今すぐ行くなら組んでもいいわ。私は涼子。この熊は私のペット、翔一。下町の下水入り口で待っていて。武器を宿に取りに行くから」
全て棒読みで答える。
フロールの指示なのだろう。
「何か調子狂うけど取り分決めておかないか。三分割で山分け。三十三枚であんただけ三十四枚。これなら文句ないだろ」
「ええいいわ」
約束をしてから、武器屋に向かう。
「予備はいい武器がないから、買った方が早い」
「それはいいけど、あの二人大丈夫クマ? 敵は手強いかもしれない。コンラッドさん呼んだ方がいいと思うクマ」
「あの人は値段が高いし、今は女性のいる店に入り浸ってるそうです」
「居てほしい時に居ない人クマ」
店に行くと、様々な武器防具が並んでいる。魔法の品も多いようだ。
聖剣は片手半剣くらいの大きな剣なので、狭い場所では扱いにくい。
小ぶりの武器が欲しかった。
魔法の麻痺剣を売って、下取りに出そうと考えていた。
「お嬢さんはさっき、ガルディア王妃に子熊を抱かせていた人だね」
店主。
「ええ」
「気難しい恐ろしいガルディア王妃があれから凄い上機嫌だって街中の噂だよ。しばらく滞在して、色々とよい魔法をかけてくれるって約束したらしいぜ。あんたにはほしいものを一つ半額にするよ。街の人間からの感謝だ」
値段を見ると、魔法の物品は金貨五百以上が基本らしい。この店には一千を超えるものはないが、それでも破格の太っ腹である。
「では、動きやすい魔法の鎧が欲しい。やわらかい皮の鎧がいい。この魔法の麻痺剣を下取りに出して、小ぶりの武器はないか」
店の親爺は薄い皮で作ったぴったりした服と、小ぶりの斧を持ってくる。麻痺剣は評価額がかなり高かった。
「この皮服は女性用で、余程デブとかなじゃい限り体にぴったり合うらしい。試着してくれ。皮以上の防御と運動や回避を補助してくれる。斧は破壊の魔力が込められている。鎧とか楯とか受けた武器とか、簡単に壊す」
涼子が試着室で服を着ると、非常にぴったりと張り付いた皮が第二の皮膚のように体を包む。裸に黒い色を塗ったように見えないこともない。
「おお! やはり予想通りだ。美人に着てほしかったんだ!」
おっさん大喜びで見ている。
「……動きやすいのは事実のようだ」
屈伸運動する涼子。お尻とか胸とか凄い圧力を感じる翔一だった。
「強度もよいようだ。これを貰う」
「どうぞどうぞ。これを作った偉大な鎧師に増産するように伝えますよ。また来てください」
涼子は更に小剣を買う。これは安物ではないが単なる一般品だ。
「クマクマ」
翔一は手に入れた斧、破壊の魔力の斧を手にする。
外に出て、翔一は道に落ちていた木片に斧をふるった。
バリッ! 簡単に割れる。
「ほとんど力を籠めないでもこの威力。これはなかなかいいものクマ」
買い物に納得した二人は集合場所に向かった。
2020/10/25 久しぶりに読み返すと、読み難い文章でした。修正しましたが話の筋に変化はありません。