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8 逃避行

 煌々と輝く月。

 街は寝静まっている。

 まだ門の兵士たちは寝ている様で、あっさり通り抜ける。

(たぶん、フロールさんの方がかなり時間かかるクマ)

 約束の場所で待つことは考えたが、時間的に翔一の方はあまり経過していない。ぼんやり待つより、迎えに行った方が得策と考えた。

 翔一は危険を冒して高速で駆けることにした。早く着けばすぐに手助けできる。

 悪人たちは今すぐ態勢は整えられないだろう、という読みもあったのだ。

 闇の中、移動を開始すると仲間の匂いをかすかに捉えた。

 話に聞いた場所の付近でフロールとハスタの匂いが強くなったので、足を止める。

 目の前には大きな古い砦があった。

 汚物の悪臭、苦痛に悶える悲鳴、泣き叫ぶ声。そのようなものが中から聞こえる。

 裏口付近でハスタがぼんやりと座っていた。

「ハスタさん」

 翔一は子熊になってぽてぽてと近寄る。

「おお、翔一君か。悪人を倒すといっていたが首尾はどうだった」

「ごめんなさい、逃げられたクマ」

「気にするな、機会はいつかあるよ」

 翔一は彼の横に座った。

 暫くすると、扉が開く。

 タマゴ型の二足歩行ロボこと、フロール・高倉だった。

 背中にはダナを背負っている。

 そして、後ろからぞろぞろと出てくる人々。十人はいるだろう。汚いのでわかりにくいが若い人間ばかりのようだ。

「フロールさん、後ろの人たちは……」

 翔一は目を丸くしながら聞く。

「ああ、こいつらは健康体なのに入っていた奴らだ」

「なんでそんなことがわかるクマ」

「さっき、健康診断アプリ組んで入れたんだわ。一々、ライブラリー検索するのたりぃし、センサーで一発判明するからな。ここで試してみたということだ」

「見た目が汚いからわかりにくいけど、健康そうな匂いがするクマね」

 彼は怯えた人間たちであり、喋る子熊に驚いている。

「く、熊さん食べないでください」

 痩せた青年が命乞いを始める。

「人なんて食べないクマ。好物は蜂の巣かな。村についたら、余ってるの食べさせてあげるクマよ」

 ハスタはダナの容態を見ている。とりあえず、これといった異常はないようだ。

 三人ほどが、

「わ、私たち行きたい場所があるんです、行ってもいいですか」

「止めねぇよ、好きにしろ」

 フロールが行けという感じで手を振る。

 翔一は彼らに余った銀貨を渡して送る。彼らは涙を流しながら喜んで去っていった。

 残ったのは行く当てもないらしい。見ると、中でも特に、驚くくらいの美人がいた。背が高く、黒髪長髪、胸とお尻が張っていていて、ミニスカ婦警さんみたいな格好をしている。

「あれ、この人、変わってるクマ」

「涼子、異常はないか」

 フロール、妙に偉そうに彼女に聞く。

「はい、異常ありません。身分偽装のために病気を装いました」

「応用きくじゃん。近頃のAIは捨てたもんじゃねぇな」

「はい、ありがとうございますご主人様」

 涼子と呼ばれたミニスカ婦警はフロールの後ろにつく。

「可哀想クマ、極悪ロボにつかまった美人さんクマ」

「何いってんの。俺がサイボーグで人間、こいつはロボで中身は人工知能。ちなみに、大企業から押収した物なんだよ」

「見た感じ、美人さんのお供の召使ロボくさいクマー」

「そろそろ、のんびりしてられないぞ。さっさと移動する、大熊になれよ、翔一」

「全員は乗れないクマ」

 首を振る。

 去らなかった人々はフロールについていくつもりらしい。

「仕方がない奴だ、そうだ、厩に行こう」

 暫くしてフロールは馬を人数分連れてくる。

「どうしたんです、その馬」

「ここの悪党どもから接収した」

「人権は無視してる人たちではありますクマですが……」

 人々を馬に乗せ、乗らない人は翔一が大熊になって乗ってもらう。

 暫く行くと、草原に出る。

「そろそろいいか、また高速移動しようぜ、あれ気持ちいいし」

 ぽんぽんと翔一の背中を叩くフロール。寝転んだり、リラックスしている。

「あれやると、悪人たちに居場所がばれるみたいです。余程のことがない限りやらない方がいいクマですよ」

「何だ、それ、オカルトみたいなこといいやがって。……でも、やめておくか。でもどうするよ、村までのんびりやってられないぜ。お前が極限まで大きくなったら、全員のるとか思ってたのに」

「極限サイズは激怒と人々の悲しみとかそういう感情が重なったから達成できただけ……あれは奇跡なのであてにしてはいけないクマ」

「なんだ、つまらん」

 大の字になって寝るフロール。

「馬は手に入れたから後は案内人に頼んで村まで……」

「案内人?!」

「し、声大きいクマ。夜でも誰か聞いているかもしれないクマ」

 翔一は敵と戦ったあらましと、『天剣』コンラッドのことを教える。

「人狼のことはいいけど、その男信用できるのか。金だけ貰ってとんずらするだろ」

「僕は信用するクマ」

「自分の願望で他人をそうであってほしいと願うのはどうかと思うぞ。誰でもいろいろな事情抱えてるからな。そいつが来ない可能性の方が高いぞ」

「来るクマ」


 翔一たちは微かに薄明るくなった頃に目的地に来た。

「おい、思ったより早かったな」

 男が立っている、コンラッドだ。

「やっぱりいたクマー」

 翔一は嬉しそうにいう。

「こいつも逃げる事情があるんだよ、たぶん」

「何だぁ。思った以上の数だな、それに、何とも、喋るクマに喋るタマゴに……すごい美人じゃないか、気に入ったぜ、お嬢さん俺はコンラッドよろしくな」

 涼子は手を差し出されて、不思議そうに握手する。

 コンラッドは幌馬車を用意していた。

「病人乗せると聞いたからな。その子か……エルフだな」

「ハイエルフのダナだ。わしはハスタ、医者だ」

 ハスタ師は自己紹介しながら、彼に教える。

「その子の名前は、あの有名人と一緒か。ほんの子供だから別人だろうがな」

 急いで出発することになる。


「あんたらは目立ちすぎるから、クマとタマゴは単なる子熊とガラクタの振りをすること。俺たちは旅芸人の集団。そういう触れ込みで行く。トーバス川では役人に賄賂送って渡ることになる。金はあるか?」

「心配するな、金を持ってる。いくら渡せばいい」

 フロールはあの貴族の引き出しから盗んだ金をかなり持っているのだ。翔一はあまり持っていない、あちこちバラまいたせいで、銀貨が十枚ほど残っているだけだ。

「銀貨五枚が相場だがな……あんたら追われてるだろう?」

「ああそうだ」

「そうなると、高くなるぞ。それに、俺もちょっと金貨百では割に合わないか……」

「魔法の剣をあげるクマ」

「おいおい、気軽に渡すなよ、村の財産だぞ。一本だけだ」

 フロールが諫める。

「魔法の剣か……性能はわかるか?」

 翔一は三振りの剣を見せる。コンラッドは魔法を唱えつつ、じっくり見分をした。

「上古人の剣だな、鑑定料は負けてやるよ。片方は痺れ効果がある。なかなかいい性能だぞ。もう一つは、魔を討つ剣だな。これも悪くない。最後のは魔法ってだけだな。メンテが楽で硬くて切れる」

 ちなみに、翔一がボビーの口に突っ込んだのは痺れ効果の剣だった。

「……」

「よし、決めた、この魔を討つ剣をくれたら最後まで付き合ってやる」

「当面は貸すだけだ、完了したらくれてやる」

 フロールが条件を付ける。

「それでいい」

 話が決まり、出発する。

 徐々に空が明るくなっていた。


 概ね一日の旅程で河岸の旅篭町につく。

 途中、何度か検問を受けたが、目立つ人間には隠密精霊を付けてじっとしていたら見つかることはなかった。

「ここで、買い付けをするんだが、俺は役人に賄賂渡したりちょっと色々あるんでね。食料などはお前らで買ってこれないか」

 コンラッドがフロールに告げる。フロールはうなずき、

「涼子頼む」

「ハイ」

「僕も涼子さんについていくクマ」

 解放した患者のうち、ディックとハリーという極端に頑丈だけどドン臭い兄弟が荷物運びを手伝うと申し出てくれる。二人は喋らない。ゼスチャーで意思を伝え、それを、病人仲間が解釈するのだ。

 翔一は人間になることも考えたが、患者たちを驚かせるのもどうかと思ったので、子熊のままで行くことにした。コンラッドがポンとパーティ帽のような尖った帽子を乗せてくれる。

「これで、お前はサーカスの熊だ。首にひもつけて、これで涼子さんが持てば問題ないだろう」

「クマクマ」


 昼間の繁華街を歩くと、女子供が寄ってくる。

「あ、熊ちゃんだ!」「なんか芸できるの?」

 握手されたり、撫でられたりする。

「芸はできません。仕込み中です」

 機械的に涼子がいうと、何となく場が凍り付く。

 子供たちが離れたので、翔一は手を振った。

「熊ちゃんバイバーイ」

 子供たちは大声ではしゃぎながら去っていく。

「やっぱり、まずは衣装クマ。そこに服屋があるクマ」

 小声で涼子を促す。

 うなずくと、涼子は店に入った。

 患者たちの服を一山、涼子の服を一着買った。冒険者風のこざっぱりした服だ。

「何とも、美しいお嬢さんですな。私が採寸して凄い服を用意しましょうか? ハァハァ」

 油ギッシュなハゲデブ親爺が寄ってくる。

「急ぎますので遠慮します」

 それだけ買って、翔一の所持金は尽きた。一旦服を持って帰る。患者たちに自由に選ばせて、フロールに現金を貰う翔一。

「無駄遣いするなよ、それと蒸留酒があったら買ってきてくれ」

「フロールさんって酒飲むクマ?」

「飲むわけないだろ、消毒液が必要だと思うからだ」

「ねえ、クマちゃん、私も行く」

 痩せたダナがそっと立ち上がる。

 ハスタはうなずく。今朝、毒素除去の術式を行ったので、多少回復したのだろう。

「無理はいけないけど……ちょっとだけなら、景色を見るのもいいクマ」

 翔一とダナは手をつないで歩く。

 ダナは街の様子を嬉しそうに見ていた。

「ダナちゃんは前の世界の記憶あるクマ?」

「うーん、あんまり……凄くきれいな景色で、エルフが沢山いて……」

「エルフの里から誘拐されたクマ、いつか、返してあげるクマ」

 市場に行くと、食料雑貨などを大量に買い込む。ディックとハリーは無言で背負う。人間とは思えない頑丈さだった。

 しかし、さすがにこれ以上は無理そうなので、彼らには荷物を降ろしに帰ってもらう。

「あ、酒屋があるクマ」

 翔一と涼子、ダナの三人で入る。

 入ると、下品な感じの客が大勢いる店だった。

「マスター、蒸留酒をビンか樽でください、なるべく高純度のもの」

 涼子が無表情に告げる。

「へ? まあいいけど、うちのはちょっと高いよ」

 値段を聞いてうなずく涼子。

「用意するから待ってな」

 おっさん、樽を店の奥で引っ張り出している。

「お嬢さん、どうです、俺と一杯やりませんか」「そんなしけた奴より俺と」「たまらんケツしてるなウヒヒ」

 色々な奴が寄ってくる。

(やっぱり、面倒なことになった……こういう下品な仕事はコンラッドさんがするべきクマだよね)

 翔一がそう思っていると。

「へぇ、このガキエルフだぜ、変態の金持ちに売れるな」

 ならず者としか思えない入れ墨&金ネックレスのおっさんがダナの細い腕をつかむ。

「は、離して」

 まだ体力がない、悲鳴を上げることもできないのだ。

 翔一はかっとして、反射的におっさんの腕に噛みつく。犬歯がズブリと刺さる。

 口の中に血の味が広がった。

(うわ、生臭!)

 思わずぺっぺと吐き出してしまう。

「いってぇ、何しやがる、この熊!」

 蹴りが飛んでくる。

 翔一は躱すとダナに当たる可能性を考えて、体で受けた。

 モフ! モフ!

 おっさんのケリが二度三度当たるが、翔一はフカフカの背中で受けるだけで逃げなかった。

「暴徒鎮圧」

 涼子はそういうと、拳をおっさんのみぞおちにめり込ませる。

 ウっとなったところで股間を蹴り上げておっさんは悶絶した。

「あ、兄貴! 大丈夫ですか」「兄貴がやられたぞ!」

 一斉に五人ほどの男が立ち上がる。見た感じやくざ者だった。

「店で喧嘩するな、外でやれよ!」

 叫ぶマスター。


 酒を受け取ると、涼子は外に出る。

 取り囲む男達。

「暴徒鎮圧、兵器使用します」

「ダメ!」

 翔一は思わずいう。

「使用中止します」

「今、その熊喋らなかったか」「へへ、姉ちゃんどうするよ、裸になってごめんなさいしたら許してやるぜ」「そうだ、脱げ! 脱げ!」

 ヤクザもたちは口々に何かいっている。

 涼子が服を脱ごうとしたので慌てて止める翔一。

 腕を抑えて、首を振る。

 人々がざわついているが、やくざ者が怖くてひそひそ悪人たちを批判するだけだった。

「許さないわ、下がりなさい」

 何を思ったのか、突然、翔一の後ろに隠れていたダナが前に出る。

「ガリガリのガキに何ができる」

 ヤクザは完全にバカにしているようだ。ようやく、死の際から脱したばかりなのだ。見た目で彼女を恐れる人間はいないだろう。しかし、

「……!」

 ダナは何か呪文を唱えた。細い指で印を結ぶ。

 翔一には発音が複雑で理解できなかった。恐ろしく早口でもあったのだ。

 ダナの手から、光り輝く矢が発射され、三人のやくざ者を撃つ。

 二人がくたっと崩れ落ちた。

 一人は盛大に血を吐いて狼狽している。

「魔法の矢だ、あの子は魔法使いだ」「人殺しだ!」「いい気味だぜゴキブリども」

 人々に恐慌が起きる。三人は死にかけている。翔一は慌てて、治癒精霊を三人に張り付かせた。血が止まるが、相当な深手だ。

 残り二人は逃げると思われたが、ナイフを抜いて襲ってくる。

「よくも兄弟たちを!」

 翔一は精霊界から魔法の痺れ剣を抜くと、無言で当てる。

 彼らもくたっと倒れた。

「おい、見ろ、あの熊、剣を使ったぞ!」「今、空中から出なかったか」

 人々の声が聞こえる。

「すぐに逃げるクマ!」

 翔一はダナを背負い、涼子は忠実に酒樽を背負う。


 安宿に帰ると、コンラッドが待っていた。

「遅かったな、何か騒ぎが起こっているのか?」

「コンラッドさん、すぐにこの街を出ましょう!」

 翔一は叫ぶ。

「追手か? わかったすぐに出るぞ」

 清算を済ませると、港に向かう。

 川舟をチャーターしたのだが、検問があった。

 数人の役人が見張っている。

「大丈夫クマ?」

「大丈夫だ心配するな、相場の五倍も払ったんだぞ」

 確かに素通りだった。馬車ごと乗れる、貨物船である。

 船はあっさり出港した。

「ふぅ……」

 思わず、安どのため息をつく翔一。


 漕ぎ手たちが汗のにおいをさせながら必死に船を岸から離す。

 港に派手な服を着たチンピラ風の連中が大勢集まってきたが、後の祭りだった。

 船は半時間程かけて対岸についた。

 港に荷物と馬を降ろす。

「これでもう安全だ。同盟国といえど、別の国だからな。早々司直の手は及ばないはずだ」

 コンラッドがつぶやく。

 船上でコンラッドには何があったが話していたが、彼はあまり気にかけてなかった。

「お前たちが倒した奴らは港を根城にしているヤクザだ。勢力範囲はかなり狭い。数と金は持ってるがな」

「すまないクマ。騒乱ばかり起こして」

「港の件は気にするな、事情を聞いたら、俺でも同じように殺したかもしれんぞ。しかし、ダナがそんな強力な魔法を使うとは……有名なあれに近い存在なのか?」

「有名な人も、あんなに強力な魔法が撃てるクマ?」

「おいおい、あの方はそんなもんじゃないぜ。あの女は雲付くような怪物に隕石を落として半殺しにするような化け物だぜ。怒らせたら、あの港ぐらい消滅するぞ」

「ほぇー、そんなすごい人いるクマ。怖いクマー」

 翔一はコンラッドの話を聞いて、一つの確信を持つようになった。

(ダナちゃんに魔法の勉強させたら、大人の魔力になって、病気も治るよ。謎の有名人と同じポテンシャル持ってるはずだ。名前も一緒だし)

 実は、その時は確信がなかったが、ダナに魔法の知識を与えようとして北平原城の書斎から魔術書を盗んできたのだ。

「ダナちゃん、これ読むクマ」

 馬車に乗って移動が始まったところで、翔一はなるべくスタンダードっぽい魔術書を三冊渡す。

「なに、これ」

「買ってきた魔術書クマ。疲れない程度に魔術のお勉強すれば、魔力が強くなって、悪い病気も治るクマ」

「ありがとう、クマちゃん」

 思った以上に目をキラキラさせて、ダナは魔術書を読み始める。

 翔一はうれしかった、暇そうなダナが何かに熱中すれば、生きる活力も沸くのではないか、そんなふうに思ったのだ。

 港を離れ、一行は近くの街で宿泊する。




 東京の街。

 翔一は巨大な熊だった。人々は叫び声を上げなが逃げまどっている。

(僕は何もしないよ、僕は何も悪くないよ)

 しかし、翔一は気が付いた、逃げまどって転倒する人、事故を起こす車。

 ふと見ると、足元に血塗れの死骸。

「ぼ、僕は何もやっていない……」

 やがて、銃を持った大勢の人間がやってくる。

 冷酷な銃口が、翔一を狙う。

「待ってくれ、僕は……何も……」


 気が付くと、いつもの海岸だった。

 半裸の女は海岸で水と戯れている。

 翔一はなんだか面倒になって綺麗な砂の上で寝ころんだ。

「フフ、どうやら慣れてきたようね」

 半裸の女がやってくる。

「僕が強くなると、周りが苦しむのだろうか」

「そういうこともあるわ、逆の時もある」

「考えても仕方がないね、気を付けるだけだ」

 翔一は、最近精霊の使用が多くなっていることを考えて、やはり、白い道に向かう。

「赤は選ばないのね」

「種明かしはないの? 選ぶかもしれないよ」

「赤い道の一段階目はクローの強化と腕力の強化。変身の安定。そんな所よ。銀の道は機械の精霊が呼べるようになるわ、それと、クロスボウのような複雑な機械も使用できる。鎧も着れるわよ。精霊の道は精霊界に第二の自分が現れるわ」

「わかってたのなら教えてくれたらいいのに、第二の自分って何なの」

「精霊界にはもう一人の自分がいるわ。宿精ともいう。祖霊たちからの意志を受け継ぐものよ。あなたの隠された自分というべき存在」

「祖霊……よくわからないけど、そのもう一人の自分は何をしてくれる?」

「精霊界であなたの手足になるわ。精霊界でのあなた自身ですもの、より強力で複雑な精霊を呼べるようになる」

「うーん、悪くないけど隠された自分というのがちょっと怖いような。それと、趣味の問題かもしれないけど、赤はつまらないね」

 結局、翔一は白い道を選んだ。

 エパットとの遭遇で精霊を何度も使い、枯渇してかなり苦しんだからだ。

 白い道に入り、光に包まれる。

「レベル四です」

 いつものようにどこかから声が聞こえた。


 翔一は目覚めると、周りを見る。

 宿場町の安宿の一室だ。

 横でダナがすやすや眠っている。ダナは翔一の毛皮がないと寝れないらしいので一緒に寝ていた。

「毛皮……モフモフ」

 ダナが寝言をいっている。

 精霊界を見る、たくさんの荷物とぼんやりアホ面で座ってる人間形態。そして、黒い塊がいた。

 ぞっとしたが、よく見ると、今の子熊翔一と同じような存在がいた。

「な、何者クマ!」

「あなた自身ですよ、翔一さん。逃げられない自分」

 やや、呆然としたような声である。

 今、生まれたばかりの存在なのかもしれない。

「祖霊の遺志を継ぐと聞いたけど、先祖と何かつながりがあるクマ?」

「ええ、先祖は異界の存在ですけど、あなたとは精霊界を通じて繋がっています。先祖たちはあなたの勇敢さ正義感に満足してます」

 翔一はちょっと胸が熱くなった。自分を見守っている人たちがいるんだと。

「僕を見守っている人たちがいるんだね」

「あなたは孤独ではない。あなたがポテンシャルを超えて精霊を呼べたのも、祖霊の助けがあった」

「そうだったんだ、隠密精霊連発で呼んだあたりクマだよね」

「そうです」

「そういえば、機械精霊というのがいるって聞いたけど、それは呼べないの?」

 これはちょっとずるい質問かなと思いつつ翔一は聞く。

「機械精霊は歪んだ機械の世界で自然と切り離された精霊。彼らは彼らの道に行かないと繋がれない」

 つまり、無理ということらしい。

「色々知ってるんだね、……そうだ、ダナは君から見てどう思うクマ」

「彼女は高次元の存在。いうなれば格が上。しかし今は、それを超えるほど強力な邪神の呪いを受けている。彼女は余程何かに恨まれている」

「こんな子供に何の罪があるんだ? 祖霊の力でどうにかできないクマ?」

「本当に強力な祖霊が手を貸してくれたら、不可能ではないけど、翔一はそこまでいってないから今は無理」

「だれか手を貸してくれないか、探してほしいクマ」

「呪詛を緩和する精霊か、強い祖霊か……色々可能性はある、少し探してみましょう」

「お願いするクマ」


 その日もすぐに出発になる。

 翔一、フロール、ダナは馬車。荷物満載なので、かなり狭くなった。

 御者はディックとハリーが無言で交代制。

 コンラッドと涼子は馬に乗って警戒している。

「涼子、もっと美しい衣装が必要だな。君の美しさにふさわしい服がいるよ」

 コンラッドは何かと涼子にまとわりついている。

 ダンとキタナは農民で、単なる皮膚疾患をもっとすごい業病と勘違いされて入れられていた。フロールがアルコールをぶっかけていると、だんだんまともな感じの姿になっている。レダはおとなしい十代の少年。何か事情を抱えているようだ。双子のゼルダとローズも事情はよくわからない、レダと同じく十代である。

 彼らは行く当てもないらしい、フロールに黙々と従っている。

 休憩中、ぺちゃくちゃと喋る、ゼルダとローズに興味を持って翔一は話しかけた。

「君たちはよくしゃべるけど、話題が尽きないね、何を話し合っているクマ」

 翔一の耳には彼女たちが風景やら、周りの人間の評価などを喋っているのは聞こえていたが、概ねたわいもない話なのであまり頭に残っていない。

「あなた、なぜ、熊なのに喋れるの」

 二人同時に返事してくれる。

「僕は……話せば長いクマ。異世界から連れてこられて、魔力を植え付けられたクマ」

 人獣になったとはいい難い。おしゃべり少女たちなので秘密も守れないだろう。

 あれこれ詮索してくる。一応、可哀想な被害者なのだということを強調していると、あまり聞いてこなくなった。

「僕よりほかの人のことを知っているクマ?」

 少女たちは待ってましたとばかり、同時に答えてくれる。

「ディックとハリーは戦争に行って喋ることができなくなったの、でも、ちゃんと意思はあるのよ。身振りで知らせることができるわ。でも、あの人たちの上司は喋れない奴は使えないっていって、隔離施設の看守にしたのよ。そして、何かの病気にかかって、危ないからそのまま監禁されたの。ダンとキタナは夫婦だけど、領主に口答えしたから嫌われて、病気の疑いかけられて施設に。レダは不義密通の子よ。両親は偉い人。不倫がばれたら危ないから殺されそうになったけど、母親が手をかけることができなくてあの施設に」

「君たちは……あ、ごめん、いいよいわなくて、つらい過去クマ」

「私たちは不吉な双子だから捨てられたの」

 あっけらかんと不幸を述べる二人。

「酷い話クマー。でも、僕たち小さな村を作ったから、そこなら住めるよ」

「ありがとう、熊さん」

 同時に答えてくれる。


 そろそろ、休憩も終わろう。

 そう考えて二人との会話を切り上げた時、翔一は大勢の人間の気配を感じる。

 武器を持っている。息が荒い男たちの集団だ。

「フロールさん、武装した人間が南から来るクマ」

「数はわかるか?」

 フロールは涼子の背中のパネルを開いて、チェックしている。人工皮膚と筋肉はメンテ用パネルに沿って安全に開くことができるようになっているのだ。

「多分、三十人くらいクマ」

「多いな、大かたあのヤクザの手先だろう、お前たちが殺してしまったから、恨みは絶対晴らすって奴だ」

「でも、あの状況はあいつらが悪いクマ」

「やくざ者に善悪なんて関係ないし、仲間を殺されて報復しなかったらメンツにかかわる。最悪侮られて、この辺りで商売できなくなる」

「ど、どうすればいいクマ」

「殺すんだよ。奴らもそのつもりだ。戦えない奴らは馬車の下でも隠しておくしかない。こちらは、俺、涼子、クマ、コンラッドか……」

 ディックとハリーも聞いていたのか、戦う身振りをする。

「おお心強いな」

 ディックとハリーはその辺の木の棒を拾う。筋骨たくましい百八十超えの大男二人だ。これだけでもかなりの戦力になる。

「俺も戦闘モードにするか。スタンガンの調整ってできたかな、もっと強力に……」

 フロールは腹からパネルを出して操作している。

「フロールさん、いつものスタンガンって……フルパワーマックスになってるクマよ」

 翔一ものぞき込む。

「お、本当だ、ガンショップで組み込んでから設定とか見たことなかったわ」

「フロールさんって、説明書とか読まない主義クマですよね、たぶん」

 翔一はコンラッドや主だったものに敵が来たことを知らせる。

「……やくざ者なんて死ねばいいから、このままでいいか」

 フロールの恐ろしいつぶやき再び。

 コンラッドがやってくる。

「厄介だな。たぶんやくざ者どもだ。距離はどのくらいある」

「多分あの丘の後ろに隠れているクマ。数は三十」

 三百メートルほど南に丘がある。その北側にある林の中の小川のほとりで一行は休憩していた。

「涼子、兵器は何がある」

「内臓セラミックソード。スタンハンド。アウトフィットは全部喪失しました」

「銃はなしか」

 二人の会話が聞こえる。

「コンラッドさん、戦えない人は馬車に閉じこもってもらって、隠密精霊で隠すクマ。その間、僕たちで敵を倒すクマ」

「俺とそのデカ物二人、クマとゴーレムで行けば、奴らビビッて逃亡するだろう」

 作戦はこうである、岩陰に焚火の煙を立てる。

 敵が近寄ってきたら、背後から一斉に襲うのである。

 翔一は精霊魔力が上昇していたので、馬車用の大きな隠密精霊と、襲撃隊用のそこそこサイズの隠密精霊を用意した。


 暫く待つと、ガラの悪そうな男の集団がやってくる。

 剣、短剣、斧、棍棒、そういったものを持ち、皮鎧を着こんでいる。槍など、長い武器はない。

 動きの素早い奴が、岩陰の焚火を確認する。

「誰もいないぞ!」「逃げたのか?」

 敵が周りを探そうとした瞬間に、コンラッドが飛び出した。他の者も続く。

「数だけ揃えやがったな、雑魚どもめ。『天剣』様が相手してやるぜ」

 よせばいいのに、かっこいいセリフを吐いて敵に身構えるチャンスを与えるコンラッド。しかし、彼の剣はすさまじく早く。敵が身構えていても、瞬息の突きで二人が血を噴き出しながら倒れる。

 フロールは岩の上から弓を連発する。呆れるほど正確な射撃だ。敵は次々と目や喉などの急所を射抜かれ、即死か戦闘不能に陥っている。

 よく見ると、弓の中央にセンサーが光っている。弓の放物線を計算して当たる位置を瞬時に算出するアプリをインストールしていたのだ。翔一は後で知った。

「チェストオオオオ!」

 翔一は青い剣を抜くのはためらわれたので、魔法の麻痺剣で襲い掛かる。

 翔一の人獣の速さと破壊力、そして、魔法の剣。

 滅茶苦茶な戦い方だったが、雑魚の数を減らすのはお手の物だった。敵は次々と倒れる。仮に死亡しなくても麻痺で動けなくなるのだ。恐ろしい武器だった。

「ゴオオオ!」

 ディックとハリーも奮戦している。こちらは敵も冷静に防御して、それほど倒していないが、敵が及び腰になっているのは間違いない。

 敵は一気に十人以上失い、士気が崩壊する。

「逃げろ!」「なんて奴らだ、化け物だ!」

 逃げようとするやくざ者たち。しかし、南側にはいつの間にか回り込んだ涼子が待っていた。

涼子は両腕からセラミックソードを出すと。異常に早い、不気味な動きで戦い始める。

 人間では曲がらない方向に関節を曲げ、剣を突きだしたりできるのだ。何もできず、バラバラに切断されるやくざ者たち。

「あれは何だ、人間じゃない……でも、魔物の気配もなかったぞ」

 コンラッドが驚愕の表情。

「あれは、そうだな、あんたらならゴーレムというだろう。作り物の人形なのだ」

 フロール弓を撃ちながら答える。

「ち、口説いて損したぜ。作り物の女なんて興味ないぜ」

 全く勝ち目なく一方的に虐殺されたやくざ者たちは逃げまどっている。

 涼子は追いつめてセラミックソードの異様な切れ味で、敵を切断する。皮鎧は彼女の剣にほとんど効果が無いようだ。

「もういいだろう、逃がしてやれ」

 フロールが涼子に告げる。

「はい」

 涼子は剣をしまって無言でたたずむ。

 逃亡するやくざ者たち。

 結局、逃げのびたのは数人だった。

 翔一はほっとした。皆殺しになるのは見たくなかったのだ。麻痺してる奴らも急いで逃がす。フロールとコンラッドは手加減なく殺しそうだったからだ。

「さっさと逃げるクマ。殺されたいクマ?」

 翔一は治癒精霊を少し当てるだけで奴らが起き上がることに気が付く。

 彼らも全速力で逃げた。

 馬車を心配して見に行くと、隠密精霊が消えている。

 馬車の前には二人の賊が倒れていた。

 眠っているようだ。

「誰がやったクマ?」

「クマちゃん、私が眠りの魔法使ったら、隠密精霊消えちゃったね」

 ダナが魔法の印を練習しながら答える。

「凄い、二人も倒したクマ! ……でも、危ないからダナちゃんは無理したらダメクマ」

「私だって戦えるもん」

 ちょっとむくれてダナは馬車で横になってしまった。

 危ない橋を渡ったとはいえ、ダナが少し元気になってきたのは喜ぶべきことだと考える翔一。

「ダナちゃんが倒した眠ってる二人は尋問するクマ」

 翔一は二人を蔓で縛る。

 フロールとコンラッドに男たちを見せると、二人の賊はペラペラしゃべった。

 どうやら、彼らは港近辺のやくざ者であり、フロールの予想通り、メンツをつぶされた報復だった。

「ここが縄張りの限界だろう。トーバック城まで行けば、別の勢力圏に入る」

 コンラッドが行き先を示す。

「さっさとここは移動するか……」

 フロールは皆に出発を促した。

 仲間たちや同行している元患者たちは使えそうな武具を拾っている。


「この辺りはしっかりした農地クマ―」

 翔一は馬車の中から辺りを観察した。

 トーバック城に近づくにつれ、田園風景が広がっている。思った以上にのどかな雰囲気だが、新旧の幽霊たちが多い場所でもあった。

「俺たちが建てた村もこんなふうになればいいがな。それには金が要る。労働力も」

 フロールがつぶやく。彼が金に拘るのは、彼なりの人助けなのかもしれない。翔一はそう思った。

 翌日。

 それ以上問題は起きず、黒騎士領、首都トーバック城に到着した。




2020/10/25 修正しました。ここも何度も書き直した辺りでご迷惑をおかけしました。不思議と、妙に苦戦する場所があるようです。

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