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7 片目の男

 夜中。


 翔一は異様な匂いに目を覚ます。

 ふと、檻から窓を見ると、満月だった。

 血が騒ぐようだが、活力を感じただけだった。

 しかし、空気はそうではない、何かどす黒い怒りと恐怖が充満している。

(この気配は……)

 翔一は居てもたってもいられなかった。

(奴がいる! 外に出ないと!)

 しかし、警備兵が二人、寝ないで翔一を監視していた。

(彼らは邪魔だ。眠らせるような精霊を呼び出して憑依させたら……)

 ぐっと念じていると、薄い水のような小さな精霊が二体出てきた。

 そっと、警備兵に張り憑かせる。

 すると、警備兵たちはうつらうつらし始め、しゃがみ込んでぐうぐう寝てしまった。

 翔一は無言でフロールの背中を開き、電源を入れる。

 ブオンという重低音がして、フロールの各部が点滅を開始した。

 もぞもぞ動き出すタマゴロボ。

「うぉ。おお、朝か、って夜じゃん、ここはどこだ、檻か……」

 うるさいおっさんロボことフロール・高倉は目を覚ます。

「……」

「翔一ここはどこだ、それに、ダナはどこだ、俺たちはどうなる、今は何時だ」

「い、一度には答えられないクマ。とにかく、脱出したいので手を貸してほしいクマ」

「なんか都合よく警備兵が寝てるな。フフ。お前がやったのか」

「はい。それより、首枷と檻の一部を切ってください」

 首枷と檻には銀が塗布されている。

 翔一はあまり触る気がしないのだった。

 フロールは腹からレーザートーチを出すと、あっさり切断する。

 そして、二人は檻を出た。


 剣を回収し弓を背負う。

「剣は持っていかれなかったんだな、何か魔法の剣なんだろ」

 フロールが不思議そうに聞く。

「理由はわからないけど助かるクマ」

 コレットは何か危険を感じたのだろうか。正体を知りながら聖剣に手出しをしていない。

 剣はむき身で木の台に置いてあった。

「これからどうするんだ、だいぶん時間がたったようだが、なぜ起こさなかった」

「ガルディアの奴らの対応を見ていたクマです。僕らは見世物にされたうえに殺されると聞きました。ダナちゃんは疫病の恐れがあるから見殺しにされるそうです……」

「一難去ってまた一難、か。レイドよりかなり豊かな国みたいだけど、腐ってるのは一緒か。じゃあやってやるぜ」

 そういうと、フロールはセンサーとレンズを稼働させる。

「上の階は誰もいない。パクるだけパクって情報を集めるぞ」


 二人は今いる部屋が一階であり、同じ階には他に人がいるとわかる。

 一階は動き難いので、二階に向かう。

 二階の一番奥の部屋が無駄に高級な扉だった。

 フロールは吸い込まれるようにそこに向かう。

「危なくないクマ? 主の部屋だと思うクマ」

「センサーに反応ないから誰もいないよ。ここでちょっと調べ物しようぜ」

 簡単に鍵を開け、入る。

 そこは本がびっしり詰まった部屋だった。

 高級な書斎といえる。

「この世界に来た時に魔法で言語の知識を詰め込まれてるクマ、だから、読めるクマ」

 書物を調べる翔一。

 フロールは机を開いて、中身を根こそぎ奪っている。

「へへ、たっぷり持ってやがるぜ」

「フロールさん、それは窃盗ではないクマ?」

「俺たちはこの世界に来てから、いじめを受け続けている。これは反撃なのだ。聖なる被害者の叫びだと思ってくれ。これは邪悪な権力者への報復の一撃だ」

「物はいいようクマですね。確かに同情の気持ちは起きないクマ。何も悪いことやってないのに殺されることを思えば」

 翔一は書斎の本を物色して、博物学や魔術関連の本を失敬することにした。

 書斎の奥にかなり立派な鍵のかかった棚がある。

「俺に任せろこんな鍵、玩具みたいなものだ」

 器用に作業用のアームを突っ込むと、一瞬で開けてしまう。

「すごい、慣れてるクマ」

「令状取れない時、不法侵入証拠集めとかよくやった」

 中に入っていたのは呪文書と書いてある何冊かの本。

「メモが付けてあるな、妖術師某の呪文書、反逆罪の魔法使い某の呪文書……犯罪者とかそういう奴らの呪文書らしいな。この部屋はかなりえらい奴の部屋だよ」

「『恋のおまじない大全』……日本語の本! クマ! でも、凄くアホっぽい本クマ!」

 子熊の手には割と立派な装丁の本。

「異世界から流れてきた本だろうな……なになに『恋の悩みもこれで解決』けっ、バカしか騙されないぜ。しかも三千六百五十円もするのかよ。どう見てもゴミ本だろ。邪魔なだけだぜ」

 クソミソにこき下ろすフロール。

「僕もそう思うクマ」

 翔一はポイッと捨てる。

 カーペットの上に落ちる分厚い本。

 この世界の魔術書は有効だろうという判断で鍵付きの棚にあった書物は根こそぎ持って行く。

 捨てた本は除き。

「荷物は全部どこか空間ポケット的な場所にしまえるとかいってたな。まともに聞く暇もなかったからな」

「でも、限界はあるクマ。野宿道具に食料と水、売らなかった魔法の剣、更に今の本が沢山……既にちょっと重いから疲れが早いクマだよ」

「やはり、限度はあるのか……俺も関節の樹脂とか壊れるから、荷重に限界はあるが、机にあったもの程度なら大丈夫だ」

 フロールはワードローブに置いてあった、皮のバックパックを背負っている。

「敵のものを奪ったのはいいけど、これからどうするクマ、ダナとハスタさんはどこかに連れて行かれるという話クマ」

「下で寝てる奴を蹴っ飛ばせば、ペラペラしゃべるだろ。俺は一応、尋問の専門家だからな、『核爆弾はどこにやった、吐け!』顔面の前で怒鳴りつけるぜ」

 突然、どこかで聞いた某声優の声を出すフロール。

 海外ドラマの見過ぎだと思われた。


 二人が部屋を出ようとすると、階下から誰かが上がってくる。

「し、誰かくるぞ……寝てる警備兵には気が付かなかったみたいだ。二人だ」

「男と女クマ」

「そんなことがわかるのか」

「匂いクマ」

「なるほど、動物パワーだ」

 扉を少し開けて覗く二人。

 男は先ほどのケヴィン、女は美人の中年女だった。

「どう思うクマ」

「あの男と女は不倫関係であり、今から、PTA非推奨行為に移る予定だろう」

「ひ、非推奨って、凄い興味あるクマ」

「おまえにはまだ早いよ。とにかく油断しきってる上に後ろ暗いから、凄い隙だらけだ」

「あの男はそれなりの権力者クマ。何か知ってるクマ」

「じゃあ、ぶっこむしかねぇな」

 二人が部屋に入ったところでフロールはすたすたとその部屋に入る。

 男と女はPTAが激怒する特定行為の寸前だった。

「きゃあ! 何、何か入ってきたわよケヴィン」

 叫ぶ女。

「わ、わわわ、何なんだ君たちは、というか、檻の中に居たクマもいるじゃん。警備兵何やってんの!」

 ケヴィンも慌てている。

「我々は宇宙人。大声を出せば死ぬことになるぞ」

 フロールが作業用トーチを腹から出して光らせる。

「ひっ! 乱暴はよせ!」

 物凄勢いで壁際に張り付くケヴィン。

「生きたままサイコロステーキになりなくなければ、俺の質問に答えろ」

「ぼ、僕はこれでも、北平原城の副代官だ、脅しには屈しない!」

「舐めてんじゃねぇぞこら! バカヤロー!!!」

 活舌の悪いおじさんの声を出すフロール。

 色々声のコレクションがあるらしい。

「ひぃ! ごめんなさい! らんぼうはやめてください!」

 ケヴィンという副代官はフロールがちょっと脅すだけでビビりまくっている。

 おしっこの匂いがする、ケヴィンは失禁したのだ。

 呆れるくらいに情けない奴だ。

「フロールさんは地獄の悪魔クマ、素直に白状しないと、不倫してることが世間に知れ渡るクマよ」

「そ、それだけは、代官の奥さんとダブル不倫したとばれたら首が飛びます……何でも話すから!」

 聞いていないことまで喋るケヴィン。

「きゃあ!? この熊喋るのね。私、これ欲しい」

 美人の女は危機感のない発言をする。

「先日、医者のハスタと患者の少女を預かっただろう。彼らの行き先を教えろ」

「……ハスタ師は大神殿に『破戒者』身分で召喚されている。彼は首都に護送されるよ、今はこの街のエクセレス神殿にいる。少女……彼が看病していた子だね? 難病隔離施設に送られるという話だけど……」

「施設はどこにある?」 

 ケヴィンは城の郊外を教えてくれる。

「でも、送るって話しか聞いてないから、神殿にいるかもしれない」

「素直にしゃべってくれてありがとう……翔一、こいつらを気絶させられるか?」

 翔一は無言で睡眠精霊をだして、二人に張り付かせる。

 男女はすぐにいびきをかいてぐうぐう寝始めた。


 翔一とフロールはこの屋敷をあっさり脱出する。

 あまり警備が居らず、隙をつくのは簡単だったのだ。

「あのバカが女との密会を見られたくないから警備を減らしたんだよ」

 フロールはそう説明する。うなずく翔一。




 夜の街を密かに進む二つの小さな影。

 エクセレス神殿は目立つ場所にあるので、すぐに判明する。

「レイドで見た神殿と同じ形をしているクマ」

 遠くに神殿の屋根が見える。

 街には適度に警備兵の巡回がある。

 夜ではあっても、陰に潜みつつ移動する。

「神殿に来たぞ、何かわかるか」

「ハスタ師の匂いがするクマ、ダナちゃんの匂いは微かにする、でも、匂いが弱すぎるからいないクマ」

 フロールはそう聞くと、裏口の鍵を簡単に開け、侵入する。

「こちらクマ」

 翔一が匂いをたどって案内すると、殺風景な部屋に、一人でたたずむハスタが居た。

「ハスタさん、ご無事クマ?」

「おお、熊殿、ゴーレム殿ではないか。ガルディアの奴らに連行されて心配していたぞ」

「ダナは隔離施設に送られたと聞きましたが」

「……すまぬ、初耳だ。私は、彼女がガルディアの術者たちに手厚い看病を受けるという話しか聞いていない」

「施設のことは権力者を脅して聞いたクマ。たぶん本当クマ」

「隔離施設……聞いたことがある、治しようのない患者をそこに捨てるための施設だと。そこに収容されたら最期、全員業病に感染して、生きて出る者はおらぬと」

「そ、そんな酷い。すぐに助けに行くクマ!」

「私も行こう。連れて行ってくれ」

 三人は連れ立って神殿を出る。警備兵は巡回していたが、二人の知覚力は高く、補足される前に迂回して見つかることはなかった。


 街門まで来ると、門は閉まっている。

「簡単には出られないか……」

「起きて見張ってるのは三人クマ。匂いでわかる」

「三人……どうにかできるか」

「時間かけたら、精霊で眠らせるクマ」

「じゃあ、やってくれ」

 暫くすると、起きて見張っている人間は居なくなる。フロールは通用門をレーザートーチで破壊すると、すんなり脱出した。


 街を出る。

 しかし、何故か、翔一は出なかった、扉の中から見送る。

「おい、何をしている、出て来いよ」

「フロールさん、ダナちゃんのことをよろしく頼むクマ。僕はここで奴らと戦う」

「奴ら? 何のことをいってる」

「この街に悪の根源がいるんです、たぶん、人獣。逃げるわけにはいかないクマ」

「……わかった、お前がそこまで思うなら、やり遂げてこい。俺はあの子を助けたら……あの丘陵でお前を待つ。逆にお前の方が早く終わったらあそこで待っていてくれ」

 フロールは目立つ地形をした丘を指さした。

「わかったクマ、お互い健闘しましょう」

「熊殿、お主の敵は人獣なのだろう? 奴らは異常な再生能力を持っておる。倒すには首を斬りおとす必要がある。吸血鬼にもいえることだが」

 助言をしてくれるハスタ・

「ありがとう、ハスタ先生。僕は悪をやっつけるクマ」




 二人を見送り、翔一は踵を返して邪悪な匂いをたどり始める。

(あの時……嗅いだ匂いがする……)

 翔一はあの山中の惨劇を思い出しながら、毛皮の足を進める。

 夜の闇にこの子熊形態はそれほど目立つことはないが、それでも、見つかればかなり問題があるので、隠密精霊を纏う。

 隠密精霊は、激しく動かなければ効果があるようだ。

(精霊を連続して呼び立ててるから、限界が来ている)

 呼び出す力が衰えている。

 一時的な魔力の枯渇が感じられるのだ。

 しかし、隠密精霊はかなり効果が高く、繁華街に入っても、道行く人たちは翔一に気が付かなかった。

(近い……)

 繁華街を抜け、住宅地に入る。

 下層の人間が住む地域だ。土壁などの粗末な建物が多くなる。


「ウワー!」

 突然の悲鳴。

 翔一は濃厚な血液の匂いと人獣の気配を感じる。

(一人じゃない!)

 翔一は急いで現場に向かう。

 灌木や雑草が多いので、潜める場所は多かった。

(ああ、遅かった……)

 そこには血塗れの死骸が二つ。

 下町の人だろう。バラバラになっている。

 そして、その人肉を食べる、半人半獣の化け物が二匹。

(狼男!)

 翔一は精霊界から剣を抜こうとした、しかし、

(大勢の人間が……周りを取り囲んでいる、そして、誰か近づいて来る)

「静かに! 攻撃は魔物ハンターに任せろ、警備部隊は逃げ道をふさぐんだ」

 誰かの声が遠くで聞こえた。

 人肉を喰い漁る二匹の魔物。

 そして、そこにまっすぐ進んでくる一人の男。

 長身、鎧兜にマントを纏い、銀色だがボロボロの剣を片手に持っている。

 兜から覗く灰色の長髪、目は怒りに満ちているが、口元はにやついている。

「雑魚だな、名乗る価値もない」

 男はそうつぶやく。

 微かなつぶやきだったが、狼男たちの敏感な耳にははっきり聞こえる。

「雑魚だとぉ? 命がいらないらしいな!」「生きたまま内蔵喰ってやるぜ!」

 叫ぶ魔物たち。

 戦いは始まったと同時に一瞬でケリがついた。

 一人目が爪を伸ばして男につかみかかろうとしたが、男の剣は目にもとまらぬ速さで魔物の目を貫く。

「ぐが!」

 返す刀で、もう一人を袈裟懸けに斬り倒す。

「こいつの武器には銀がついている!」

 普通の生き物のように狼男たちは苦痛とショックで動きが止まる。

「じゃあ、さよならだ!」

 男は剣を流れるように振り回して、器用に二つの首を落とした。

 相当な剣技である。

 男は死骸を見下ろして、ため息をついている。

「よくやった、コンラッド、代官には報告しておこう」

 警備隊長らしき男が駆け付けた。

「気を抜くな、奴らは群れできている。まだこれだけじゃない」

 コンラッドと呼ばれた男は警告を発する。

「わかった、まだ警戒は解かない。それでいいな」

「ああ」

 コンラッドはそういいながら、翔一の方をじっと見ている。

(ま、まずい、何か魔法でも使われたら、ばれるかもしれない)

 翔一はじっとしていたが、コンラッドは何か魔法を唱え始めた。

 コンラッドの目が光る。

 もう我慢の限界だった、辺りには警備兵がうろついていたが、このまま魔物ハンターとやらに見つかれば、今の剣技であっさり殺されるかもしれない。

 翔一は四足歩行になると、全力で茂みから飛び出した。

「何か出てきたぞ!」

「熊、子熊だ」

 コンラッドは暗い中、高速で移動する翔一の姿を正確にとらえている。

「小さな黒い塊にしか見えませんぞ」

 衛兵隊長の感想。

「あれも人獣だ、追うぞ!」

 しかし、本気で走る翔一に追いつけるものはいなかった。

 翔一は適当にまくと、やはり、獣の気配が濃厚な場所で足を止める。


(狼男が二人やられたけど、それでも人獣の気配は消えない、それどころか強くなる)

 そこは北平原城城下町街壁内の住宅建設予定地だった。

 この北平原城はまだ十年の歴史しかないが、拡大に拡大を続けている。

 灌木と雑草が生い茂り、身を隠すには適している。

 翔一は渾身の魔力で隠密精霊を呼ぶ、先ほどよりかなり強力なのが呼べたので、翔一はそれに包まれた。

(ここだ、ここに奴がいる!)

 ここも血の匂いが凄い。

 翔一は精霊があっても油断せず、全身の毛を逆立てて毛玉となって移動する。毛皮が何かに接触してもこそとも音を立てない。

 翔一の得意技だった。

 地面には人間の死骸が散乱している。しかも全員バラバラである。

 何人分かの死骸。血の匂いがきつすぎた。

 二人の男がいる。

 一人はどこにでもいるような穏やかな顔をした青年で、黒髪、中肉中背。かなり身分の高い雰囲気の衣装。特徴としては片目であり、眼帯をしている。武器も何も持っていない。

 もう一人は、半裸の大男。犬のような耳、鋭い爪、濃い体毛。人間になろうとしたが、なりきれない狼男のような姿をしている。

(あいつは僕をこの世界に呼んだ奴だ……多分)

「エパット、国家建設が進んでおらんようだな」

 片目の男の声。

 穏やかで優しげな青年の声だ。

「申し訳ございません。異世界から人を呼んでも、今のところこれといった成果が……」

 半裸の大男エパットは平伏する。

 翔一はエパットが凄まじい魔力を持っていることに気が付いているが、それほどの存在が片目の男の下僕なのだ。

「この世界の者どもは神やマナの力で間接的に守られている。異世界の人間は守りがないか世界を渡ることで切り離される。人獣化するのに非常に適しているのだ。それに、面白い変容を幾つも見せてくれる。まだ続けるんだ」

「主様、申し訳ございませんが、山中の混沌ゲートは聖剣の主に破壊されました」

「わかっている。もう一つ新たに作ったからそこで人獣を増やすのだ。場所はエラリアだ。エラリアはレイドの支配を打ち破るために後ろが疎かになっている。人獣軍が奴らの背後を襲えば、エラリアは絶望の中、壊滅する」

「では現状の軍を率いて、エラリアに潜入いたします」

「異世界から呼んだ奴らで面白い存在はいないのか」

「では、ご覧ください」

 そういうと、エパットの陰から数人の男女が現れる。

(高橋さん、ボビーさんとエイミーさんもいる)

 高橋の姿には恐怖した翔一だったが、人のいいボビーとエイミーが生きていたことにはほっとした。

「この男、シリウスはお気に入りです。狡猾残忍、優秀な男です」

 高橋はシリウスと紹介され、黒髪の男に恭しくお辞儀をする。

「何人の人間を喰った?」

「三十一人です、ヒヒヒ」

 シリウスは酷薄そうな顔をゆがめて薄ら笑いをする。

「このボビーとエイミーはシリウスに次ぐ実力を持っています。エイミーは虎の人獣です」

「お、俺は、人なんて喰いたくない、でも、あの血の匂い……ハァハァ」

 足元に散らばる人間の破片を見てよだれを垂らすボビー。

「私は化け物じゃないわ……でも、逆らえない」

 エイミーも葛藤しているようだ。

「完全に心を失っていないようだが」

「ご心配なく、すぐにシリウスと同じになります」

「そういえば、お前の支配を全く受けない存在がいたな。一匹は山中からレイドまで魔力の轟音を掻き立てて移動していたぞ」

「はい、私も気が付きました。あの時呼んで支配を受けないのは、機械人形とハイエルフの小娘、そして、少年です」

「機械とエルフは理解できるが、単なる人獣が支配を受けないのか……それは何とも奇妙な話だ。当然、移動したのはその少年だな」

「はい」

(大型の熊になって高速移動したらあいつらに察知されるんだ……今もそれなりの高速移動したけど見つかってないよね?)

 翔一は不安になったが、それは的中した。

「ならば、その理由を本人から聞いてみよう、出て来い、少年」

 男は翔一の方を見て手招きする。ばれていたのだ。

 翔一は逃げるべきか迷ったが、逃げるのは嫌だった。

 翔一は物陰からゆっくり現れる。

「熊だ。子熊じゃないか。これは可愛い。ハハハ」

 黒髪の男は大笑いする。

 苦々しい顔をするエパット。彼は翔一に気が付かなかったのだ。

「小僧……」

 憎悪のこもった目で睨みつけてくるシリウス。

「怖がることはないよ、子熊君。僕のいうことを聞いてくれたら、とても可愛がってあげるよ。おいで……」

 男の声はとてもまろやかで甘かった。

 美しい青年の瞳にフラフラとついていきたくなる。

「お、お前たちは極悪人だ……でも」

 翔一は彼の庇護に入る誘惑に負けそうになっていた。残酷残忍なこの世界の様相。彼らが人獣の翔一を受け入れることはない。

 しかし、この人なら……。

「見つけたぞ! チビ怪物!」

 剣を持った男が走ってくる。

 コンラッドだった。

「ち、道化が来たな」

 片目の男は舌打ちする。

 翔一への魅了呪縛は解けた。

 コンラッドは翔一以外の複数の存在に気が付き、剣を油断なく身構える。

「おお、これはこれは。化け物共のパーティか何かだったようで」

 コンラッド、多数の怪物を前にしても全くひるまない。

「流浪の王子『天剣』コンラッド殿。高貴な王族が魔物狩りなどという卑しい生業に堕するとは、惨めな姿ですな」

 黒髪の男は厭味を述べる。

「余計なお世話だ! 俺の祖国は滅んだ。今更、王子を名乗る気もない。ただ、お前たちのような魔物を倒すだけだ」

「主様、このような下らぬ者のお相手はわたくしにお任せを」

 エパットがひざまずく。

「そうだな……彼の実力にも興味はあるが、今はイスカニアに帰るよ。バカ皇帝の相手をしないといけないからね。後は任せたエパット」

 そういうと、片目の男は虚空に消える。

 男の底知れなさは脅威だったので、彼があっさり去ったのは翔一にとって多少は助かった気分だった。


「コンラッドを討ち取って名を上げろ」

 エパットの命令。

 シリウスは人間の姿をかなり残した感じで狼男に変身する、剣のように爪を長く伸ばした。

 ボビーは頭を振りながら、気が付いたら毛皮の怪物に。

 エイミーは嫌がっていたが、人虎になると、目を血走らせて爪を伸ばす。

「三対一か……」

 コンラッドを半包囲する三人。エパットは後方で観戦するらしい。

 シリウスは爪を剣のように振り回してコンラッドに肉薄する。コンラッドは華麗に敵の爪を受け流すが、剣は削れていく。

「そんな安物の剣で俺たちに勝てるはずもないぞ」

 削れた銀のコーティングが粉になって舞う。

 両側から、ボビーとエイミーが牙と爪をむき出しにしてしがみつこうとする。

 コンラッド必死に回避し、マントが破れて引きちぎられる。

 コンラッドは既に負傷していた。

 ボビーの爪が食い込んだのだ。血の匂いに興奮する三人。

「ボビーが実力を上げて毒を持っていたらお前は下僕になっていたぞ!」

 シリウスが叫ぶ。

「その前に狩ってやるぜ怪物ども」

 三人の凄まじいラッシュが始まる。お互いがぶつかるので連携は取れていないのが救いだが、コンラッドは一切反撃する余地がなかった。

 エパットはあくびをしながら見ている。

 翔一は忘れさられたことに気が付てい、ふたたび隠密精霊を呼び出し、闇に隠れる。

「ん? あの熊どこに行った」

 エパットは子熊が居なくなったことに気が付いたが、深刻には考えていないようだった。

 翔一はそろそろとエパットに近寄る。

(極限まで近寄って……)

 灌木の影の中で聖剣を握る。影から出ると同時にエパットを斬るのだ。

「今だ、チェストトトトトォ!」

 翔一はジャンプして、エパットを斬撃の弧に捉える。

(やったか?)

 しかし、ばれていた。

 敵は不気味な魔獣の首を出すと翔一にぶつけてきたのだ。

 翔一は噛みつかれながらエパットを斬る。

 ほとんど躱されていたが、微かに防御にあげた彼の手を傷つけた。

 ぽと、何かが落ちる。

「ちぃ、このガキ、よくも俺の手を!」

 翔一は剣の柄で、魔獣の頭を叩き潰す。

「悪は滅殺するクマ!」

「主人に逆らうか、愚か者め」

 恐ろしい表情で睨みつける怪物。

「悪逆非道は僕の敵! 主人なんていない!」

 翔一は遮二無二剣を振り回してエパットに肉薄する。

 更に飛んでくる魔獣の首を二つ叩き割るが、エパットはジャンプしてかなりの距離を開ける。

「何だ、その剣は? 人獣のくせに剣なんて使いやがって。今は面倒だな、こんな奴。おい、ボビーこのガキを始末しろ」

 そういうと、エパットは翼を生やして飛んで行ってしまう。

「まて! エパット!」

 飛ばれてはどうしようもない。翔一はあきらめた。それにそれどころではなかった、ボビーが背後に迫っていたのだ。


 ボビーは爪と牙で迫ってくる。翔一はかなり無様に跳ね、転がりながら逃げ回る。

(ボビーさんとは戦いたくない。でも、あの目……もう正気はないよね)

 ボビーの目は完全に狂っている。

 血走った目は黄色く光り理性の欠片もなかった。

 翔一は説得したい欲望を捨てた。

 迫る爪、右上段に構えて待ち構える。

 翔一はあえてよけなかった、わき腹に食い込む爪、鋭い爪は皮膚と筋肉を破り内蔵にまで達する。

「ぐぅ!」

 翔一は意識を失いそうになりながらも、牙を待つ。

 大きく開いた口、翔一は精霊界から剣を取り出し、

 瞬息で口に突っ込む。

「ごあおあああああ!」

 ボビーは血を噴き出しながら、何か叫んだ。

 同時に右手に持っていた青い聖剣『フェルシラ』を両手に持って渾身の力でボビーの頭を打つ。

 ズン!

 鈍い音共に、ボビーの頭は縦に両断される。

 落ちる予備の剣。

 まだ動くボビーの首をさらに一撃し、首を完全に切り離してしまう。

 血液が噴水のように飛び、二つに分かれた頭が草の中に転がる。

 ボビーは魔物の雰囲気が残る死骸になった。

「……」

 光るものが草に引っかかっている。

 手に取ると、金色のネックレス。

 詳しく見ている暇はない。そのまま精霊界のポケットにしまう。


 コンラッドを見ると、二対一の戦いは互角の状況だった。

 雑魚が相手でも二対一なんてのはかなり苦しい状況だ。それなのに、コンラッドは剣を自在に使い、ギザギザの短剣を駆使して二人の攻撃をしのぎ切り、時折反撃している。

 思わず翔一は見とれたが、すぐに気が付いてシリウスに突貫をかける。

(背中を斬るのは気が引けるけど……)

「チェストオオオオ!」

 裂ぱくの気合でシリウスに迫る。

 シリウスはすぐに気が付いて、無様に跳んで逃げた。

 しかし、シリウスには隙が生じたのだ。

 ズバッと切り開かれる腕。コンラッドの銀コーティング剣に深く斬られる。

「ちぃ! クソ! 今は引くぞ! エイミー!!」

 シリウスとエイミーは不利と知ると、逃げていく。

 コンラッドと翔一に追う力はなかった。


 翔一は一応コンラッドに相対するが、

「僕はあなたと戦いたくない、見逃してほしいクマ」

「う、つつ、いてぇな。奴ら好きなだけ俺を嬲りやがったぜ」

 コンラッドは体中の浅傷に眉をしかめる。

「……」

「お前は俺の血を見ても興奮しないのか」

「特に何も感じないクマ」

「変わった人獣だな。熊の人獣自体珍しいがな……それより、あいつらとお前は敵対しているのか。それに、その剣、相当な業物だろ」

「……奴らは極悪人。あの黒髪片目の男と飛んで逃げた狼男が悪の大ボスクマ」

 剣のことはあえて説明しなかった。

「ほう、あんた正義の味方なんだな。人獣のくせに悪じゃないばかりかヒーローとは前代未聞過ぎる。悪いが、俺は正義とやらには興味がないぜ。俺が興味あるのは魔物狩りと金と女だ」

 にやにや笑うコンラッド。

「……」

 翔一は襲ってくる可能性を感じて剣を本気で構える。

「でも、今は怪我をし過ぎた。無理な労働をする気もないんでね」

 そういうと、コンラッドはボロボロの剣をしまう。

 思わず、ため息をつく翔一。

 翔一は剣をしまって、落とした魔法の剣も拾う、運良く壊れていないようだ。体から、ボロボロとボビーの爪が抜け落ちる。急速に回復している。

「このデカ物野郎ボビーの死骸は俺が貰うぜ。こいつもさんざん悪事をやったんだ。ところでお前、名前は何といった?」

「翔一。異世界からあいつらに連れてこられたクマ」

「そうか……それは災難だったな」

 ふと、翔一は一本の指を見つける。エパットの指だった。

 たぶん、人差し指だ。長い爪が生えた汚い指。

「それは、あの怪物の指か……俺にくれないか。呪詛をかけて、あの化け物を討伐するときの道具に使ってやる。誰か報酬くれたらの話だけどな」

「コンラッドさんはお金で雇われるクマ? 魔物狩り以外の仕事も請け負うクマ?」

「話と額による」

「人を一緒に送ってほしいクマ。その道案内も。場所は黒騎士領の北、白腕嶺を越えたところクマ」

 病人と仲間のことも手短に話す。

「いきなりとんでもない要求だな。金貨百枚くらいは要求するぞ」

「じゃあ、話は決まったクマ」

 翔一はそういうと、金貨の入った袋を渡した。

「おい、本当に金貨百くらいあるぞ。金持ちなんだなおまえ」

「約束はしたから守ってほしいクマ」

 翔一は仲間との合流場所と時間を教える。

「俺が来なかったらどうするんだ」

「疑ってないクマ」

 そういうと翔一は姿を消す。


 コンラッドは暫く見送っていたが、

「何とも脇の甘い奴だ。しかも子熊の人獣でヒーロー? フフフ」

 思わず吹き出すコンラッド。

 大勢の人がやってくる気配、警備兵たちだ。

「おおい、こっちだ一匹倒したぞ。こいつは高い奴だ、金払えよ!」

 コンラッドは大声を出した。




2024/3/26 読みやすくするため加筆修正しました。内容に変化はありません。

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