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67 旅路の果て

 フロールとダークファングは大通りの死闘を尻目に領主の館に忍び込む。

 館の周りは雑草と灌木だらけで目立つことは無い。

 柵もあちこち破れていた。

(魚臭い館だ)

 フロールの壊れかけのセンサーでも感じられる程、領主の館は魚の匂いが強かった。

 ここの領主は漁業でかなり儲けていたらしく、館の周りには漁の道具が散乱している。

 館の後ろに回る。

 見張りはいるが一人だった。

 ヒョウっと矢を射ると、目を貫く。

 頭蓋が破裂し脳が飛び出す、そのまま燃えて人獣は即死した。

「さすが金貨二万五千の弓」

 上を見ると三階の窓が見える。

「ダークファングよ、垂直を登れるか?」

 そう問うと、煉瓦の壁を一気に駆け上がるダークファング。

 さっと窓に入る。

「なんとも、お前は最高の狼だな」

 フロールが頭を撫でると、嬉しそうに舌を出す狼だった。

 彼らが入った部屋は誰も使っていない雰囲気である。

 食い殺された人間の死骸が転がっていた。

「この館の人間の死骸か……」

 そっと、扉を開ける。

 コの字の形に廊下があり、中央は二階に降りる階段。向かいに立派な両開きの扉。二人の狼男がその扉を見張っていた。

 外で激闘の音がする。

 見張りの一人は窓からそれを見ていた。

「おい、しっかり見張れよ」

 相棒が注意する。

「へへ、シリウスの奴、かなりピンチだな」

 フロールは一計を案じた。

 ダークファングを立たせて、扉から顔だけ出す。

「おーい、お前ら、外の見張りと交替だ。今から俺がそこを見張る」

 狼の後ろから声を出すフロール。

「お、おう、そうか」

「あのクマ公、俺がやってやるぜ」

 二人はあまり賢くないのか、狼の顔を見て疑いもせず、階下に降りる。

 フロールは当該の扉に静かに近寄ると、赤外線モニターで確認する。

「二人いるな。一人はデカイ」

 迷っている暇はない。弓を構えてばっと扉を開けた。

 たぶん、領主の部屋だろう、豪華なベッドに少女が一人座っている。

 そして、見張るように馬の人獣がいた。

 そいつが叫ぶ前に、炎と電撃の矢が人獣の目に突き刺さる。

「グオー!」

 馬は突進しようとしたが、脳を焼かれて即死。

 巨体が倒れる。

 花瓶や机が倒れてかなり大きな音がした。

「ち、音が……お嬢さん、助けにきたぜ。俺は公爵の味方だ」

「だれ、あなた、毛皮被ってるの」

 目をぱちくりさせる少女。確かに聞いた通りの容姿だった。

「アンナちゃんだな。俺フロール。ゴーレムだ」

「……聞いたことあるわ。人間の味方だって。本当にタマゴの人形さんなのね」

「この狼に乗って脱出するぞ」

「狼、怖いわ」

「大丈夫、面白い顔しろ、ダークファング」

 フロールがそういうと、ダークファングは舌を出して目をぎょろつかせる。

「アハハ、可愛いわこの子」

「さあさあ、もう敵が来る。座りやすくするから、乗るんだ」

 フロールは鞍を外して纏っていた毛皮をダークファングに敷く。

 アンナはこわごわとダークファングの背中に乗った。

「このお守りをつけろ」

 怯える少女の首に毛玉のお守りをかける。

「毛皮だわ、このお守り。ありがとう」

 モフモフする少女。

「さあ、早く、狼の背中にしがみつくんだ」

 落ち着いたのか、アンナは狼にしがみついた。


 フロールは後ろに乗り、二人と一匹でこっそり部屋を出ようとした、しかし、

「おい! 見ろ、人質を奪われるぞ!」

 先ほど追いやった狼男たちが戻ってきた。

 フロールは即座に矢を撃ち、一人の頭を燃え上がらせる。

 激怒して迫ってくる一匹。

 矢を連発する。下半身に当たり、動きが止まったところで頭に止め。

 至近過ぎて、追尾が効かなかったのだ。

「ふう、ヤバいな、見つかった」

 階下に気配がする、

(階段を降りるのはかなり危険だ)

 そっと、先ほど入ってきた、死骸の部屋に戻る。

 ぎょっとした、そこには、熊人間が居たのだ。

 翔一ではない、欠片も可愛くなかった。

「ガあー! 逃がさんぞコソ泥!」

 フロールは慌てて、諦めて階段に向かう、

 階段には既に敵の援軍がいた。

「飛べ! ダークファング!」

 二人と一匹は曲芸のように階段を駆け下りて、人獣をすり抜ける。

 しかし、敵の爪がフロールをひっかけた。

 ダークファングは一階まで華麗に飛ぶが、フロールは弾き飛ばされ、転がり、中庭に落ちていた漁網に引っかかる。

「きゃ!」

 衝撃があったが、少女は狼にしっかりしがみついていた。

 急いで立とうと思ったが立てない。

 見ると左足がなかった。

 人狼の爪で引っ掛けられたのだ。

(脚が取れやがった!)

 どちらの足も壊れかけていたが、左はマシな方だったので甘く考えていた。

「クソ、このポンコツ義体! いいから行け! ダークファング! 女の子を連れて逃げろ!」

 フロールはそういいながら矢を連射。迫ってくる人獣たちを次々と炎上させる。

 怪物たちは人間の姿に戻って絶命し、何匹も燃え上っていた。

「クゥン!」

 ダークファングはフロールをチラチラ見る。

「行け! さっさと動け! 主人のいうことが聞けないのか!!!」

 フロールは叫ぶ!

 ダークファングは主人の剣幕に圧されて、未練たっぷりだったがその場を離れた。

 翔一の匂いに向かう。

「行け、相棒」

 フロールの目の前に先ほどの熊人間が居た。

 こいつは手を犠牲にして矢を防いだのだ。右の手首から先がなくなっている。

(手強いぞ……ショットガンは故障か?)

 銃口が出てこなかった。蓋がゆがんで開かない。

「ブリキが! 死にやがれ」

 熊が叫ぶ。

 フロールは渾身の力で蹴り飛ばされ、門柱に激突する。

 熊人間の怪力の前に構造は持たない。砕け散る装甲版、折れる弓。

 輝きながら部品が飛び散る。

(本当に可愛くないなこの熊野郎……翔一の方が何倍も可愛い)

 腕も足も全部外れて飛んでいた。

 動けない。

 もがくこともできなかった。

 一抱えもある石を持った狼男が目の前に迫る。

 グシャ!

 フロールのスコープを叩き潰す。砕け散るレンズ。

(……涼子)

 人獣たちの怪力で、チタンフレームは叩き潰され、体は真っ二つになった。

 動かなくなるまで殴り、蹴られる。

「ようやく死にやがったぜ、ブリキ野郎」

 人獣がペっと唾を残骸に吐きかけた。


 翔一は斬りに斬りまくった、狭い路地で無数に群がる人獣。

 何とか爪は引っこ抜いたが、敵が多すぎる。

「きりがないクマ!」

「俺に策がある、あのぬいぐるみに俺を憑依させろ」

 ダーク翔一は術の手を止めて、翔一に声をかける。

 彼はチビクマ起点に妖術を連射していた。

「どうするクマ」

「ぬいぐるみを投げて、精霊界に逃げろ。ぬいぐるみが破壊されるまで時間が稼げる」

「ダーク君は?」

「俺に実体はないぜ何を心配している」

 翔一はぬいぐるみを出すと、ひゅんとダーク翔一が入り込んだ。何となく翔一的な雰囲気の何かになる。

 全力で遠くに放り、急いで精霊界に入った。

 エパットの部下たちは、翔一の視点だと赤い道しか選んでいない。

 精霊界に素養がないのだ。このトリックに気が付かない。

 彼らはキョロキョロしてからぬいぐるみの方に向かった。

「ふう、一息付けるクマ。そうだ、フロールさん!」

 翔一は精霊界を出ると、隠密精霊を纏って小さくなり、物陰を移動する。

 館の見える位置まで来る。

 館が炎上していた。

「フロールさん、大丈夫クマ?」

 通信機を作動させても、返事がない。

 見るとダークファングが背中に少女を背負ってトコトコと走って来る。

「ご主人様はどうしたクマ!」

「ワゥン」

 元気のないダークファングだった。

「きゃ! 怪物、来ないで!」

「僕はフロールさんの友達、翔一。あのタマゴさんはどうしたクマ?」

 少女は怯えていたが、翔一がその時、可愛い子熊形態だったのがよかったのか、すぐに落ち着いてくれた。

「あのタマゴさん、寄ってたかって怪物たちに……」

 ボロボロと涙をこぼす少女。

 翔一は館に走ろうとしたが、通信が入る。

「翔一。俺は脱出した。お前もすぐにそこから逃げろ」

 通信の音は異常にざらざらして、変だったが、明らかにフロールの声でもあった。

「逃げたんですか、心配しましたよ」

 安どのため息をつく翔一。

 翔一はダークファングに乗ると、街門に向かって走り始める。

「帰って来たぜ」

 精霊界からダーク翔一の声がする。

 ぬいぐるみは完全に破壊されたようだ。

 街の中心部で集結していた人獣たちは標的を失ってばらけている。

「フロールさん、今どこにいます? 合流しましょう」

「……タッチモニターを出せ」

「はい」

 翔一は物陰に隠れてモニターを出す。

 動きながらではさすがに操作できない。

「この街のマップを広げろ、そして、近辺図にしろ」

 翔一は街周辺のマップを一画面で見られるサイズに変更した。

 街を大きく円が囲んでいる。

「今どこにいるんです」

「街のマップの外に円が書いてあるだろ」

「はい」

 街を中心に、半径二キロメートルでぐるっと囲ってある。

「あと五分以内にその円の外に出ろ」

「何を……」

「議論の暇はない! 俺の縮退炉が爆発するんだ! 命がけで逃げろクマ公!」

 翔一は驚いて大型の熊になる。

「きゃ!」

 少女の驚く声。

「そ、そんな」

「いいから走れ!!!」

 翔一は少女を胸に抱えると、高速移動を始める。

 軽くなったダークファングは何とかついてこられるようだ。

「『ジルバール』!」

 街門の前には敵が密集していた。右手に剣を持つ。

 雷気を一気にかき集める。

「剛刃素戔嗚!」

 翔一は怪物たちを一瞬で真っ二つにし、門をたたき割った。

 まだ迫ってくる人獣たちはいたが、翔一がギロッと睨むと、恐怖を感じたのか逃げてしまう。

 翔一は死骸や残骸を吹き飛ばして荒野に出る。

「映像を見ろ」

 フロールの声、

 二足で駆けながらタッチパッドを出す。

 一瞬、不鮮明な映像が映った。

 辛うじて生きのびたセンサーで写している。

 バラバラになったフロールの体が見えた。

「そんな……」

「俺は死ぬ。サヨナラだ翔一。幸せになるんだぞ」

「嫌だ! フロールさん! そんなの、嫌だ!!!」

「生きろ、お前は生きろ!」

「そんな、僕だけ、一人になる!」

 心に恐怖が宿った、もう友達も誰もいない。

 しかし、それでも翔一は涙を流しながら走った。

「俺は単なるロボットだ。泣く必要も惜しむ必要もない」

「違います! フロールさんは人間です! 僕の友達です!!!」

「ありがとう、お前は優しい……でも、お別れだ」

「フロールさん!」

 しかし、返事はなかった。

 通信が切れたのだ。

 全力で走る。

 翔一の速さにダークファングが追いつけなくなったので、少女とダークファングを小脇に抱えて走った。


「……」

 途中、通信が一瞬回復する。

「フロールさん!?」

 翔一は心が踊った。


「……涼子、いま会いに行くぞ」


 それがフロールの最後の言葉だった。


 通信は二度となかった。


 翔一は涙が止まらなくなった。





 翔一の背後ではブラックホールが暴走して質量を飲み込み、桁違いのエネルギーをため込んでいた。

 巨岩が見える。

 翔一は飛ぶように、その陰に入った。

 やがて、

 ブオオオオオオオオン!

 爆発。

 そして、暴風。

 翔一は守護精霊、アースとエアーエレメンタルを呼び、熱エネルギーから身を守る。少女とダークファング、付近にいたサンダーアッシュも抱きかかえ、核爆発のような破壊から彼らを守った。

 とっさに、『水竜剣』を地に立てる。水竜の魔力が彼らを包む。

 雨のように、がれきが地に落ち、荒野が熱で焼かれてガラスになる。

 地獄が終わるのはしばらくかかった。

 翔一は一人と二匹を必死に守る。

 精霊を何度も呼び、厚く重ねる。

 やがて、守り切った。

 目を開くと、皆すすで真っ黒になっている。

 燃え尽きた物質が降りてくるのだ。

(放射性物質じゃないよね)

 翔一は不安だったが、考えても仕方がない。少女と狼たちはぐったりしているが、無事のようだ。

 ほっとする翔一。

 ガサ

 ぴくっと翔一と狼たちの耳が動く。

 ガサ

 何かがゆっくり歩いて来る。

 ガサ

「グルゥウウウウウウ」

 ダークファングとサンダーアッシュが警戒の唸り声を上げ始めた。

 翔一は何が来たのかわかっていた。

「『ジルバール』」

 魔聖剣を虚空から出す。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、そいつと対峙した。

「な、何をやった、きき、ききさまら、……何を」

 ズサ、ズサという音を立てながら、肉体の大半を炭化させた者。

 まだ、炎上しているのに、異常な生命力で体を回復しながら、ゆっくりと歩いて来る。

 エパットだった。

 内臓もほとんど炭化している。

 ぎょろつく目。

 神の力で無理やり治しながら迫ってくる。しかし、三分の一も直っていない。手足は骨がむき出し。あばらも背骨も見えている。ただ、目と顔の半分は治り始めているようだ。

「おまえのような奴が……」

 翔一は剣を握り締めてゆっくりと歩く。

 足が熱い。

 しかし、無視して歩く。

「何をやった? お前は俺の五千の部下を皆殺し……」

「黙れ!」

 翔一は渾身の力で剣を振り下ろした。

 もしかしたら、人生最大の怒りを込めたかもしれない。

 怒りと、悲しみ、それを一振りに込めた。

 エパットの体を袈裟懸けに斬る。

 バリバリ!

 鎖骨やあばら、炭化した内臓が砕け散った。

「神を、神を殺すのか……。単なる人間の分際で。俺に力を貰っただけの小僧が」

 翔一は剣を振り下ろし続ける

 エパットは全身を叩き斬られ、バラバラになっていく。

 最期に首を斬るまで、何かを伝えようとしていたが、頭蓋が地面に落ちると、ものいわぬ白骨になった。

 翔一はエパットの頭蓋を拾う。

「これは僕のものだ。誰にも渡さない」

 そういうと、頭蓋を精霊界に放り込み、剣をしまう。

 一部始終を見ていた少女は恐怖のあまり無言だった。


「もう大丈夫だよ」

 翔一は少女を優しく抱きかかえると、歩いてここを去る。

 狼たちは寂しい背中に無言でついて行った。





まだ、少し続きます。

2020/9/14 微修正しました。

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