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64 喜びと寂寥、永遠の別れ

 朝。

 エラリア宮殿に翔一とフロール、ガラエルが突如現れた。

 ここは宮殿の一室。

 窓から青空が見える。

 翔一とフロールに与えられた質素な部屋である。

「一度、コンラッドさんに挨拶した方がいいと思うクマ」

「このガラエルさんをどう説明するよ。超大物だぜ。いろいろ面倒が起きすぎる。お前はこの女を便利に使うつもりはないのだろ。だったら、政治に絡ませない方がいい」

「……」

「それに、ここに止めると、カルネスが危うくなる。恨み骨髄の奴らがわんさかいるんだ。この女をここに置いて力の空白を作らない方がいい」

 カルネスで大虐殺が起きなかったのは、ガラエルが存在している現状も大きい。

 人類の連合軍は大損害を被ったのだ。

「うーん、わかりましたクマ」

「そうだ、この女を便利に使えば、ヴィックみたいに歯止めが利かなくなって、魔王になるかもしれない。ハイエルフの秘儀だけでもかなりやばい雰囲気のものだ。これ以上は何かを背負うな」

 フロールが珍しく力説する。

 翔一の脳裏に竜人間となったヴィックの姿が浮かぶ。

 力に酔って、狂った男の姿。

「じゃあ、あと少しだけ力借りるクマ」

「……」


 三人はダナの部屋をノックする。

「ちょっと待って、チビクマちゃん、お昼寝の時間よ」

 暫く待つと、ダナが扉を開けてくれた。

「クマちゃん! タマゴちゃん! 無事だったのね。心配だった」

 そういうと、ダナは翔一にモフっと抱き着く。

「と、とにかく廊下では……部屋に入っていいクマ?」

「うん、でも、その、女の人は?」

 ダナは不思議そうにガラエルをじっと見つめる。

 美しくも無表情なガラエルは、小柄な三人より倍ぐらい背が高い。

「部屋に入ったら説明するクマ」

 ダナの部屋は広く。応接スペースもある。

 皆でそこに座った。

「お茶持ってきてもらうわ」

 ダナがチビクマに頼んでメモを持って行ってもらう。

 宙を飛んでどこかに行くチビクマ。

 尚、彼女のチビクマは『お昼寝の時間』で無理やりベッドで寝かされていた。

「召使いが来るのはまずいかもクマ」

 翔一はフロールを見る。

「大丈夫だろ、すぐに行くから」

「ねえ、今日はどうしたの、こっそり帰ってきたよね。それに、この人は誰?」

 ダナは勘がいい。

「彼女はガラエルさん。すごい魔法使いクマ。今すぐ『奇跡の里』に行って……ダナちゃんは過去に帰るクマ」

 翔一はこのセリフを口に出した後、胸に寂しさがこみ上げた。

「……そうなのね、いつか成し遂げると思っていたわ。クマちゃんなら……」

 ダナは泣いたりもせず、叫びもしなかった。

 ただ、悲しみと共に受け入れたのだ。

 これがハイエルフの態度なのかもしれない。

 やはり、人間とは運命に対する感覚が違うのだ。

「ダナ、突然で済まないが、仕方がないんだ。あまりのんびりするようなことじゃないと思う」

 フロールもそういうが、どこか歯切れが悪い。

「そうだ、涼子さんはどうしたの。さっきから姿がないわ」

「……」

「……」

 二人は重い沈黙。

 翔一は涙が出てきた。

「……ごめんなさい、わかっていたわ。以前、夢でお別れにきたの、彼女……」

「僕が、もっと、気を付けていれば……」

 翔一は絞り出すようにいう。

 フロールは無言だった。

「わかったわ。すぐに準備するね」

 ダナはそういうと、少ない荷物をまとめ始める。

 肩が震えていた。

 泣いているのだ。

「全ては俺の責任。お前には何の罪もないぞ、翔一」

 フロールはそういうと「厩に行く。銀モフを連れてくる」といい残して部屋を出た。

 ガチャ、ガチャ、と、足を引きずって歩く音が遠のく。

「勇者殿。あなたが苦しみを背負ってくれたおかげで、結果的にカルネスは助かったわ。私もエルも。人間の連合軍も」

 ガラエルが無表情にいう。

「……」

 翔一は彼女に心の何かをぶつけたかったが、彼女が悪人たちのいいなりなるしかない存在だったはわかっていた。

 彼女に罪はないのだ。


 ダナが荷物をまとめると、翔一たちは部屋を出て宮殿の裏庭に向かう。

 雑草と灌木が生い茂って、人気はない。

 兵士は戦場に出向き、ぎりぎりの編成で戦っている。

 宮殿を守り、管理する人間もほとんどいないのだ。

(エラリアのためにガラエルさんの力を……)

 翔一は激しく思ったが、ついにそれを口にすることはなかった。

 彼女の力を乱用した悪党たちの姿が翔一の心に影を落としていた。

「『奇跡の里』に行けばいいのね」

 ガラエルが静かに聞く。

「ああ、そうだ。行けるのか」

「私は一千年生きた女。この世界に行ったことのない場所なんてほとんどないわ」

「そうか、じゃあ頼む」

 翔一、フロール、ダナは狼に乗り、そして、ガラエルは全員をテレポートさせた。


 美しい、正午の『奇跡の里』。

 里を見下ろす丘の上に出た。

「本当に、奇跡みたいにきれいだな」

 フロールがつぶやく。

 青い空、風にたなびく高原の草花。

 一行はガラエルの歩行速度に合わせてゆっくりと、谷に降りる。

 廃墟の宮殿に入る。

 もう幽霊たちはいない。

 王座の広間に出る。

「確か、三百五十年前クマだよね」

「三百六十五年前に送って」

 ダナが指定する。

「えらく細かいな」

 フロールが不思議そうに聞く。

「自分の断片記憶を魔術解析したの。色々やって、たぶん、その年がいいと思うの」

「わかった、『時渡りの秘儀』の巻物を」

 ガラエルは翔一から巻物を受け取る。

 ダナ以外で魔法陣を描く。

 シンプルでそんなに難しいものではなかった。

「この魔術は時をゆがめる。ゆがめられた因果をさらにゆがめ返すのだ。結果は誰にも分らない」

 ガラエルは巻物を一読して告げる。

 毛布を敷いて、ダナを魔法陣の中央に寝かせた。

「他に方法がない。それに、時を越えて拉致されたダナちゃんを戻すんだ。正義は僕たちにあるクマ」

「そうだ。あの宰相野郎が全ての元凶。俺たち三人は存在を玩具にされた。せめて、ダナだけでもそれを修復するんだ。俺みたいな汚れた奴より、純粋無垢な少女こそ真っ先に助かるべきだ。それがどんな代償を払ってでも」

「私、純粋ではないわ、何人も殺している……」

「正当防衛だろ。お前に罪はないぜ」

 フロールが言下にダナの罪悪感を否定する。

「でも‥…」

「この世界が敵を殺させたんだ。ダナに罪はない。罪があるなら助けられなかった俺たちの責任だよ」

 フロールは穏やかに反駁する。

「……ダナちゃんは優しくてかわいい女の子。これからお母さんと暮らして平和で幸せで、こんな残酷な未来のことは忘れるクマ……」

 翔一はそっと毛皮でダナの頬を撫でた。

「クマちゃん…」

 ダナの瞳から、涙が流れる。

「みんなと別れたくない。でも、お母さんに会いたい」

「クマクマ」

 チビクマが飛んでくる。

 ぎゅっとチビクマを抱きしめるダナ

「私、絶対、クマちゃんとタマゴさんのこと忘れない。私、二人のこと大好き!」

 ダナはぽろぽろと涙を流して二人の手を取った。

 翔一も涙が流れた。

「俺に涙が流せたら……」

 フロールがつぶやく。

「さあ、もう」

 翔一はダナを慰めてから、もう一度横たえる。

 銀モフがやってくる。

 ダナの横に座った。

「銀モフ、お前も行きたいのか」

 フロールが背中を撫でた。

「ワオン!」

「従属的な生命は連れて行くことができる。その小さな熊の疑似生命と、この狼も」

 ガラエルが無感動に告げる。

「ダナちゃんどうするクマ」

「銀モフ、あなた一人で寂しくなるわよ。友達といなさい」

 ダナがそういうと、寂しそうに唸り、ダナを舐めてから魔法陣を出た。

「じゃあ、術を行うわ。二人は魔法陣から出て」

 ガラエルが促し、翔一とフロールは陣を出た。

 神代の言語で詠唱するガラエル。

 やがて、光が陣からあふれ、何も見えなくなる。

 そして、


 ダナは消えた。


「呆気なかったな……」

「寂しいクマー」

 意気消沈する二人。

 少女を助けるために奔走した日々。

 様々な思いが胸に去来する。

 もうあの少女とは二度と会えない。寂寥が二人にのしかかった。

 トボトボと宮殿を出る。

 宮殿の外で、遠吠えをする銀モフとダークファング、サンダーアッシュ。




 三人は里を見下ろす丘に登る。

 そこは高山の頂、眼下に絶景が広がる場所だ。

 一人の人物が待っていた。

 ハイエルフのダナ。

 ガルディア王妃だ。

「とうとう、成し遂げたのね。ありがとう、翔一、そして、フロール・高倉さん」

「あ、あんたは。ハイエルフのダナ」

「そうよ、三百六十五年前の過去に戻った女の子よ。今は四百歳近いわ」

「じゃあ、僕達が頑張って助けたのは……」

 翔一は目をぱちくりさせる。

「そう、私。でも、ほんのちょっと違うわ。時間がゆがむごとに並行世界が生まれるの。あの子は私であって私じゃなかった。だから、私の翔一はあなたではないのかもしれない。でも私にとってお二人は命の恩人よ。別人だと思えないわ」

「今まで何もいわなかったのは……」

「ええ、パラドックスが起きるから。何もいえなかった。でも、ごめんなさい。少し介入してしまったわ。私の記憶だと、二人はもっとひどい目に合っていたから……」

 翔一は少し覚えがある。ガルディアで狼藉を行った時、追手がほとんどいなかったのだ。もし、厳しく追及されていたら、かなり悲惨だっただろう。

「……よかった、ダナちゃん、こんな立派な大人になるクマ。僕たちのやったことは意味があったクマ」

 翔一はまた涙が流れる。

 ここに至るまで、様々な犠牲があった……。

「ええ、ありがとう、クマちゃん」

 そういうと、ダナは翔一をぎゅっと抱きしめる。

 暫く、そうしていた二人だったが、

「そうだ、お願いがあるクマ。ダナちゃん、この心臓を受け取ってほしいクマ」

「これは、ガラエルの心臓ね。私が主になるわ。それでいいの?」

「僕はこの心臓を持っていたくないんです。これの為に多くの血が流れました……これは誰か心が強くて善良な人が預かって永久に封印した方がいいと思うんです」

 翔一の偽らざる本音だった。

「そういわれて当然。私が太古に愚かな儀式を行い、魔神に呪われた軽率。全ての元凶は私……」

 ガラエルも罪を感じて生きていたのだ。

 ダナは心臓を受け取ると、ガラエルを見つめる。

「あなた、美しいわね」

「ダナ、あなたも美しいと思いますわ」

 美しい魔女の視線が絡み合う。

「ウォッホン。お嬢さん方俺たちはそろそろ帰りたいのだが」

 フロールが怪しい雰囲気を壊す。

「あら、そうね、テレポートさせてあげる。でも、その恐ろしい魔術はどうするつもりなの」

 ダナの問いに、翔一は『時渡りの秘儀』の巻物を持つガラエルを見る。

「この魔術は太古にハイエルフの術者が神々の力を封じて作ったもの。今は抜け殻になっている」

 ガラエルは詠唱した本人なので、術の概要がわかるようだった。

「でも、術のひな型はその巻物に残り続けるわ」

「これも放置できないクマ」

「破壊も難しいわ。神力の秘宝だから」

「始めに邪神が時をゆがめて俺たちは拉致され、そして、神の力でダナは過去に帰った。時の魔術は神々が俺たちをもてあそぶ道具だ。こんなものは神の世界に持って行けばいい」

 フロールは神々に怒りを感じているようだった。

「僕も、神界に持って行けばいいと思うクマです」

「勇者様のご希望とあれば、そうしますがよろしいか」

 ガラエルはこともなげに神界に行くという。

 美しい瞳でダナを見た。

「ダナちゃん。そうしてほしいクマだよ。神界に置いて封印してください」

「私とガラエルでやるわ。クマちゃん達はお帰りなさいな。ところでどこに行きたいのかしら」

「エラリア。俺たちを受け入れる国はそこしかない」

 フロールは断言する。

「そんなことないわよ。『聖魔旋風』ドゥーベとその仲間のうわさは世界に広がってるわ。みんな二人のことが好きみたい」

「コンラッドさんが心配してるクマ」

「そうだ、あの色男も少しは苦労してまともになってきたからな」

「じゃあ、送ってあげる」 


 ダナは呪文を唱え、二人と狼達をエラリアに飛ばした。

「高潔なご主人様はいつも期間が短いわ。でもあの毛皮の勇者様のことは永久に忘れない」

 無表情なガラエルだったが、少し涙を流した。

「そうね、私も大好きよ」

「あんなに可愛いご主人様は初めてだったわ」

 にっこりとほほ笑むガラエル。

 高山の頂から、遠くを見つめる二人の魔女。

 ダナはそっとガラエルを後ろから抱いた。





2020/9/12 微修正しました。

いつも評価ブックマークなどありがとうございます。励みになります。

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