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63 力の均衡

 三人の友がやってくる。

 いずれもボロボロだった。

 ビアンカは顔面が殴られ過ぎて腫れ上がっている。

 エトワールは体を何度も魔物の鉤爪でひっかかれた跡。アダマント鎧がなかったら死んでいただろう。聖剣を背負っている。

 フロールは矢を全部無くし、スタンガンはちぎれてどこかに行ってしまったようだ。体中、殴られ引っ掻かれた跡。ダークファングも血塗れで足を引きずっていた。

「すぐに魔物たちに戦闘を終了させるクマ」

「はい、……お前たち! 戦いは終わりだ!」

 ガラエルが叫ぶと、魔物たちの耳に聞こえたのか、戦の手を止める。そして、くるっと背を向けると、全力で逃げ始めた。

 幽体などの怪物は冥府に帰っていき、異界から召喚されたワームなどの仮初の生命は異界に去る。

 それ以外の普通の魔物、ホブゴブリン、トロール、オーク……等の通常の生き物的な魔物はどこか未開地に去った。

「使者を出すんだ。カルネスは人類とは戦わない、停戦すると。ガラエルは勇者『聖魔旋風』ドゥーベの支配下に入り、人類の敵ではなくなったと」

 エトワールが厳しい顔でガラエルに命じた。

 翔一はガラエルを見てうなずく。

「わかりました、部下にそう伝えます」

 ガラエルはテレパシーで指令を送った。

「カルネスは魔物を解散させ、エルちゃんが暫定的に統治する。そうしてほしいクマ」

「あの子は……はい、わかりました」

「場所を変えないか、ここは血なまぐさすぎる」

 ビアンカが口から血を飛ばしながらつぶやく。

 せっかくの美貌が台なしだった。

 翔一は忘れていたので慌てて皆に治癒精霊を送る。

「ビアンカさんを綺麗な顔に戻してほしいクマ」

「はい」

 ガラエルが白い手でビアンカの顔をすっと撫でると、折れた鼻、歯、陥没した骨が元の位置に戻る。

 怪我自体は治らないようだが、見た目は元に戻った。

 治癒精霊でビアンカを包む。

「どこに行きますか、テレポートできます」

「とりあえず、カルネスの王宮に戻ろう」

 フロールが告げると、ガラエルはうなずき呪文を唱える。


 戦場のままの姿で宮殿に乗り込む。

 王宮は閑散としていたが、エルと数人の重臣が待っていた。

「ガラエル。クマちゃんがご主人様になったのね。よかった」

 エルは微笑む。

「……」

 ガラエルは無言だった。

「僕はそんなものになりたくない。あと少しお願いを聞いてくれたら、この心臓は返すクマ」

 それを聞いた人々は驚き顔を見合わせる。

 王宮の人間たちは少し意味深な雰囲気だった。

「高貴なるお方よ。人間ではないようですが……その心臓は、ガラエル様の呪い。ガラエル様は自らはその心臓の主にはなれないのです」

 ダークエルフの年老いた重臣がひざまずいてそう述べる。

「じゃあ、エルちゃんにあげるクマ」

「私ももらえないわ。だって、私、ガラエルのもう一人の自分だから」

 寂しげに答えるエル。

「あのダーク翔一みたいな野郎と似た存在なのか」

 ビアンカが首を振る。

「あのダメダメ野郎とはだいぶん違うように見えるぞ、この少女は」

 フロールも翔一の宿精には否定的だ。

「……ダーク翔一君、気のせいか評判悪いクマー……」

「翔一、お主が命がけてそれを手に入れたのだ、最後まで責任を持て。この女もお前が主になった方がいいと思うだろう」

 エトワールが翔一の背中をモフっと叩く。

「はい」

 ガラエルは無表情にそう答える。

「フフ、素直になったな」

 エトワールが微笑むと、ガラエルの頬が少し赤らむ。

「おい、ガラエルさん、か、あんた、ハイエルフの秘儀の巻物使えるか?」

 フロールが少しごまかして問う。

 人々の前で『時渡りの秘儀』と公言するのは憚れたのだ。 

「ハイエルフの秘儀……」

 ガラエルは何か思い出すような顔をする。

「教えてほしいクマ」

「はい、たぶん」

「これからどうするんだ」

 ビアンカが頭を掻く。

「ガラエルさん、エルちゃん、カルネスの悪事は今日で終わりクマ。悪者たちの過去の命令は全部なしにして、これからは良いことだけやって、人々を幸せにするクマ」

「はい、勇者様」

 うなずく、ガラエルとエル。

 宮殿の家臣たちはひざまずいた。

 いつの間にか、カルネスで地位のある人物が集まってきていたのだ。

「あなたが勇者様でしたか……これまでは永遠に地獄が続くのだと思っていましたが……あなたは救世主です」

 涙を流し、彼らは喜んだ。

「ふう、じゃあ、俺たちはこれでお役御免だな。褒美はアダマントの鎧とこの剣」

 エトワールが聖剣『フェルシラ』を見せる。

「今日から聖剣『フェルシラ』の主は『疾風剣』エトワールさんクマ。すごい英雄だよ。みんなよく覚えておいてほしいクマ」

「やめてくれ。俺はそんな器では……」

 珍しくうろたえるエトワール。

 人々は立ち上がって拍手する。

「勇者万歳、聖剣の主万歳!」

「聖剣の主が生まれたクマー」

「おいおい、やめてくれ」

 苦笑しながら、珍しくエトワールが慌てている。

「ハハハ! エトワールが狼狽するとはね。珍しいものが見れたよ」

 ビアンカが大笑いする。

「笑いたければ笑え。俺は疲れた」

 エトワールはふてくされて座り込む。

「怒るなよ」

 ビアンカもエトワールの横に座った。

 いつの間にか、エトワールとビアンカは手をつないでいる。

「お二人にご褒美を上げてほしいクマ」

「はい、宮殿の財宝を渡します」

「俺はもう十分だ、宝を得た」

「俺も、じゃなかった、私もよ」

 赤い顔をするビアンカ。 


 そのような話し合いをしていると、一人の伝令が飛び込んでくる。

 彼の話を聞いた重臣が、

「エルネスト将軍と申す人間の軍と、地母神オークの軍勢が進駐してきます」

「エルネストさん! 会いたいクマ」

「しかし、そのような者たちを宮殿に入れるわけには……」

「南の砦でも戦があったのだ。おかげで俺たちも人類連合もかなり助かった。しかし、激戦。兵の心は荒れている。将軍の人徳で抑えているが、兵士たちは暴れたい気持ちがあるはずだ。どこかで休息させて、将軍だけ宮殿に招こう」

 フロールが慎重な意見を出す。

「僕たちが出向かないと」

 宮殿の主だったものとガラエル、そして、翔一たちでエルネストを迎えに行く。

 宮殿の外には整然と並んだエルネストの『つるぎの兵』とオークの軍勢が並んでいた。

「エルネストさん、よくご無事で」

 翔一は絶句した。あの後、どれほどの戦いがあったのか。エルネストとその配下のボロボロぶりは呆れるほどだったのだ。

 しかし、彼らの目は死んではいない。

 戦いに勝ち、生きのびた強い戦士の目だった。

「勇者殿、ご首尾は」

「魔王ヴィックは死にました。カルネスの軍は解散して、もうじき、北から人類連合軍も来ると思いますクマ」

「聞いたか諸君、我々は勝った。正義は打ち立てられたのだ!」

 エルネストが叫ぶと、兵士たちは狂喜乱舞だった。

「将軍、頼みがある。ここにいるエルは現在の暫定王だ。彼女と協力して治安維持、連合軍が乱入して略奪虐殺などが起きないように手配してほしい」

 フロールがエルネストの手を取って頼む。

 彼が珍しく懇願していた。

「僕もフロールさんと同じ思いですクマ」

「ええ、大祈祷師殿もそのように仰っていました。私にお任せください」

 エルネストはさらりといったが、かなり、難しい話でもある。

 勝利をすれば略奪というのはこの世界の常識なのだ。

 それを阻止する。しかも復讐心に燃える大軍を相手して収めるのだ。かなりの困難だろう。

「聖母様に厳しくいいつけられておる。このガレスも手伝うだろう。勇者様お任せください」

 大男のオーク将軍が胸を叩いた。

「お願いします。ここに住む人たちは、悪に強制されていただけで悪人ではないんです。よろしくお願いします」

 翔一は二人の将軍の手を取った。

 大きくてもふっとした手で二人に託す。

 エルネストとガレスは大熊に握手されて思わず後ずさりし、そして、苦笑した。

 

 結局、翔一たちはこのカルネス宮殿で数日過ごすこととなる。

 見捨てて去れば、連合軍が乱入して大虐殺という可能性もあるのだ。

 ある程度、安定するまでは動けなかった。

「ヴィックとガラエルを倒した英雄冒険者がカルネスにとどまり平和を望んでいる。ガラエルは英雄の支配下に入って健在」

 という噂を広めて、連合軍の乱入を防ぐ。

 エルネストの交渉も功を奏し、カルネスが無防備ではないという背景の元、連合軍に無理な攻撃を踏みとどませる。

 各国の指導者はアーロン王が率先して、カルネスの暫定王権を支持した。

 もちろん、それはカルネスの正式な扱いが決まるまでの話だが、二大国のうちの一つが態度をはっきりさせたため、どこかが抜け駆けしてカルネスに襲い掛かるという事態は避けられたようだった。

 そのような各国が見守る状況の中、オーク軍が進駐してしまう。

 一部の諸侯は批判したが、エルネストの人間軍が依然としてカルネスに進駐していたので、大きな批判にはならない。オーク軍も乱暴を働くこともなく大人しかったので、各国が反オークを理由に実力行使することすら封じられてしまった。

 兵のにらみ合いで安定すると、カルネス首脳部との敗戦交渉が始まる。

 これは各国の思惑が入り乱れ、すぐに決着が尽きそうもなかった。

「そろそろ、帰りたいクマ」

「そうだな、もういいだろう。都市の大破壊は食い止められたように思う。起きても小競り合いだ。これ以上付き合う必要もない」

 フロールの言葉にうなずく翔一。

「しかし、結局、イスカニア皇帝とは会わなかったんだな」

 イスカニア皇帝は高齢ということもあり、戦が終わるとすぐに去ってしまった。

「会いたかったけど、会わない方がいいような気もするクマ」

「お前と皇帝のめぐりあわせは偶然と誤解と無知から始まったんだ。知ってしまった今はもう会わないのが無難だろう」

「……」

 その出会いの中で、散った少女のことを思う。

「しかし、俺もアーロン王とドーリン殿とは会いたかったなぁ。戦いが済めばあの人たちもすぐに国に戻ってしまったよ。カルネスに来るのは使者ばかりで……逆にいえば、大物が乱入して来ないのだから安定したんだ。もう俺たちはここを出よう」

 フロールはそういうと、翔一と連れ立って別れを告げに行く。


 エルネストの執務室を訪ねる。

「……もう行ってしまうのですか。勇者殿には一度イスカニアを訪問していただきたいと皇帝陛下が仰っていますが……」 

「悪いな、エラリアが心配だ。それに、俺たちにはまだやることがある。しかし、イスカニアはちょっと行き辛いなぁ。遠いというだけじゃないぜ。帝国では色々しがらみがあるから」

 これに関して、フロールは歯切れが悪い。

 呪詛魔王を倒す過程で大勢の要人が死亡したのだ。

 真実が伝えられたとしても、彼らを怨む人は多いだろう。

「それは残念です……」

「ごめんなさいクマ。でも、僕たちは去ります」

「ガラエルのことは心配するな。過去の悪党の命令は全部無しにして、これから善行だけやれって翔一が命じたから。人類の脅威にはならないと思う」

 フロールの言葉にうなずくエルネスト。

「魔王とガラエル、二人を倒した勇者一行は人類の恩人です」

 エルネストは二人と握手した。

「本当はもっと武功があるんだぜ。知られてないけどな。でも、ありがとう」

「エトワールさんとビアンカさんはどこに行ったクマです」

「彼らは密かに去りました。シンシア辺りに行くようです。彼らの故郷に帰ると」

 エルネストは置手紙を見せる。

「そっけない。あいつららしいともいえる」

「二人、結婚すると書いてあるクマ」

「なんだ、あの女、俺に気があると思ってたんだが」

「それだけは何があっても可能性ゼロだと思いますクマ」

「フフフ、では勇者とその紹介人。いつまでもご健勝で」

 エルネストはひざまずく。

「将軍も元気でな」

「クマクマ」

「……しかし、どのようにして、エラリアにお帰りになるんです」

「すぐにわかるよ」


 執務室にガラエルがやってくる。

「ご主人様お呼びですか」

「ガラエルさん、僕たちをテレポートで一緒に連れて行ってほしいクマ」

「どこに行くのです」

「エラリア」

 フロールは一言そう答えた。




クマさんの冒険もようやくここまで来ました。

感慨深いです。

評価、ブックマーク等、いつもありがとうございます。

2020/9/12 2022/4/23 微修正

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