61 『聖魔旋風』ドゥーベ
コマンドワードを聞いた瞬間、いきなりどこか別の場所にいる。
大きな天幕、テントのような空間。
目の前にダークエルフの完全武装した将校たちが待っていた。
翔一たちは目配せをする。
彼らが騒げば、その場で乱闘になるだろう。
「エル様のご友人でございますか。我軍の援軍に来られたのですね」
最も位の高い感じの男が声をかける。
「そうだ、俺たちは援軍にきた冒険者だ。腕前は心配するな」
エトワールがそう告げる。
「ふむ、その卵型のゴーレムと熊……」
将校の一人が何かいいたげな顔をする。
「皆さんは今の魔王がやってることに賛同しているのですか?」
翔一はあまり空気を読まず言葉をぶつけた。
若干苛立ちもあったのだ。
「そ、それは……ガラエル様が今の魔王に支配される限り……」
「僕たちは魔王を止めにきた。邪魔をしないでほしいのです」
ダークエルフたちは、どうやら、ガラエルに忠誠心があるから従っている。
魔王を快く思わないが、命令を聞かずにもいられないというジレンマに陥っているのだ。
ダークエルフたちは仲間同士でアイコンタクトを取り、言葉以外で意思疎通している。
「いいだろう、我々もあの幼児のまま大きくなったような男に辟易していたのだ。奴と戦うというのなら通す」
位の高い男。
「将軍! もしこのことが……」
部下の男が何かいいたげだったが、
「全ては俺が責任を取る。ここは彼らを見なかったことにしてくれ」
ダークエルフの将軍はそういうと天幕から出てしまった。
ダークエルフは全員彼の後を追って天幕から出ていく。
「彼らの行動が、ガラエルが魔王に心ならず従っている証拠だ」
エトワールは翔一を見てうなずいた。
「しかし、ガラエルが魔王の指令で俺たちを攻撃するなら、奴らは従うのだろう」
フロールは現実的だ。
「とにかく、ここを出よう。彼らが心変わりしないうちに」
エトワールはそう述べて、四人は天幕を出る。
外にはホブゴブリンの部隊が待機していたが、ホブゴブリンは疑問を感じないのか、素通りさせた。
ここは小さな丘の上であり、カルネス北部の平原で巨大な戦力が、激突する瞬間が俯瞰できた。
左が、カルネスの魔物軍団。
魔王とガラエルの軍隊であり、ホブゴブリン、魔神信仰のオーク、ゾンビ、グール、スケルトン、トロール、オーガ……見たこともないような怪物の多数存在する。おぞましい混沌と魔物の集団である。
右が、人類とエルフ、ドワーフ、ホルス人、高原人などの連合軍。イスカニア帝国、アーロン王国、キルボール伯国などの正規兵の集団である。
数だけは魔物よりも多いが、実力が勝っている雰囲気はない。
見ていると、ガラエルが上空に姿を現す。
「魔王ヴィック・カースの命令により、貴殿らを討ち果たす。恨み召さるな!」
黒いドレスと白い肌の女。
全身から恐ろしい魔力が放たれ、天空に亀裂が起きる。
そして、そこから巨大な混沌の球が現れた。
混沌の球は転がり始めると、それに巻き込まれたすべての生命、死者、獣、有機物無機物、ぐるぐると取り込んでいき、混沌の原初物質に練り込んでしまう。
ただ、殺戮を行うだけの残酷な魔力。
そこには、人間の感情や思いといったものはなく、無感動な破壊だった。
球の進路に魔物軍団がいたが、それも混沌に練り込みながら、人類の最前線に激突する。
魔法や矢玉が撃ちこまれるが、球にはほとんど効果がない。
「逃げろー!」「こんなもので死にたくない!」「助けてくれ!」
兵士たちの悲鳴が聞こえる。
「なんて恐ろしい魔術だ、あれを止めるにはどうしたらいい?!」
翔一は精霊界のダーク翔一を見る。
「あれは混沌の塊を異界から召喚した物体だ。お前の『ジルバール』の混沌魔力なら中和できる、逆方向に魔力を使え」
混沌の球が開いた突破口から、魔物軍団がなだれ込む。
戦線をいきなり決壊させられ、人類連合軍は激しいパニックが起きていた。
ガラエルはどこかから、半実体の死霊を連続で呼んでいる。
「あの混沌の球はもう制御されていない。女をやっても無駄だ」
ダーク翔一の読みは正しいように感じられた。
翔一は振り返って、
「僕はあの混沌の球を止める。皆は魔王を探してほしいクマ」
「翔一、耳の通信機をオンにした。連合軍を助けてやってくれ」
「悩んでいる暇はない、俺たちは魔王を探す、行くぞ!」
エトワールがそう告げると、皆一斉に走り始めた。
翔一は大型化して、高速移動で混沌の球に迫る。
途中、大柄な魔物たちを吹き飛ばしながら、轟音を立てて球に接近した。
この球に殺されたいと思う兵はおらず、兵士たちは逃げ回っている。おかげで邪魔もなく対処できそうだ。
翔一は『ジルバール』を抜く。
「出でよ、聖性精霊!」
翔一は魔聖剣の魔力で精霊界から精霊を呼ぶ、そして、剣に纏った。
「ウオオオオ!」
渾身の力で球を打つ。
球は思った以上に柔らかい物体だった。剣は骨の無い肉の塊を包丁で割るように玉を真っ二つにする。
そして、ブワっと、特大の聖性精霊が球と対消滅した。
二つに割れた混沌球はかなり小さくなった。
今死んだばかりの魂たちが開放されて飛んでいく。
魔聖剣には聖なる力もある。
精霊が消しきれない混沌はその力が消してしまう。
球が消えると、無残に引き歪んだ死骸が山のように積みあがっていた。
翔一はその光景から目をそらし、ため息をつく。
「ふぅ、何とかなったクマ」
球の周りは逃げまどう人類軍ばかりだったが、巨大な熊が現れて、球を破壊したことに戸惑っていた。
「あれは何だ」「熊? すごい剣を持ってるぞ」「敵なのか? 味方なのか?」「待て、まだ攻撃するな!」
彼らが敵になる可能性を考えたが、気にしている暇もないと感じた。
周辺を見ると、人類軍はかなり圧されている。
翔一はその目にイスカニア皇帝の旗を見た。
重装トロールの大集団に襲われ、苦戦、どころか一方的に虐殺されている。
(ユアンおじさん、まさか来てないよね……)
翔一の心に不安が宿る、そして、決定的な姿を見た。
皇帝軍の中央に輿があり、敵に突貫されている。
人類は必死に魔法や松明をつけた槍などで応戦しているが、装甲を着たトロールの頑強さは桁違いだった。人間の兵士たちは文字通り蹴散らされていた。
必死に食らいつく新衛兵たち。しかし、輿は大きく傾く。
そして、輿から皇帝ユアノールが転落したのだ。
(!)
翔一は飛ぶように剣をかざしてトロール軍団に斬りかかる。
「ユアンおじさんに触るな! 怪物ども!!」
翔一は激怒し、混沌の魔剣を風車のように回す。
「翔一、トロールは炎で焼け!」
ダーク翔一の声。
翔一はうなずくと、剣に炎を纏わせる。
混沌魔力の、虹色の炎。
魔聖剣『ジルバール』は混沌の炎を噴き上げ、それで打たれたトロールたちはかすり傷でも燃え上り、地獄の業火にもだえ苦しんで死ぬ。
彼らは初めて体験する苦痛と死の恐怖に襲われた。
トロールは火傷と首を切断される以外の怪我はほぼすぐに治る。しかし、熊の剣の攻撃を受けると、かすり傷だけで着火し燃え上る。まるで人間のようにあっさり死ぬのだ。もしかしたら、人間より脆弱かもしれない。
これは彼らの心の優位性を脅かした。
トロール軍は激しく動揺する。
「怪物だ、毛むくじゃらの怪物だ!」
トロールが泣きわめきながら叫ぶ。
「なんだあの熊は。俺たちの味方なのか」「『聖魔旋風』ドゥーベだ!」「皇帝陛下を守れ!」
イスカニアの兵士たちは皇帝の輿を守って固まる。
翔一は視界の端にユアノールが泥まみれになりながら、部下に助け起こされるのを見た。
(よかった、おじさん無事だ)
しかし、トロールどもを生かしておくことはできない。
翔一は剣を右上段に構え、剣を極限まで巨大化させる。
「白虎三段、雲燿剣!」
翔一が叫びながら通った場所に、立っているトロールはいなかった。
全員、体を切断され、バラバラになって大地に撒き散らされる。分厚い鉄板の鎧もほとんど意味はなかった。必死に再生しようともがくトロールの残骸は混沌の炎に包まれ、黒焦げの炭になっていく。
翔一はふとワイヤーのことを思い出して、剣にセットする。
そして、滅茶苦茶に振り回しながら、魔物たちを斬り飛ばして歩いた。
「ドゥーベだ! 『魔旋風』ドゥーベだ!」「『魔旋風』! 『魔旋風』が来たぞ!」
魔物が叫ぶ。
翔一が歩いた後、魔物の戦線は空白になっていた。
トロール軍は恐慌を起こしている。
逆に、人類軍は最も手ごわいトロールの撃滅を見て、一気に士気が上昇した。
「あ、あの熊は俺の熊だ。翔一だ。助けに来てくれたんだ……」
輿の上で、ユアノールが腰を抜かしながら声を上げた。
後頭部から背中にかけて泥まみれになっている。
「陛下、あの怪物をご存じなのですか」
側近の男が声をかける。
「馬鹿め! 発言を撤回しろ! あれは可愛い俺の熊だ。怪物などではない!」
ユアノールは怒鳴った。
温厚なユアノールが激怒したことなど、これが初めてかもしれない。部下を睨みつける。
「申し訳ございません」
皇帝の剣幕に側近も慌てて陳謝する。
「あの熊は人類の味方だ。全軍、同盟軍にも伝えろ。あれに弓引くものはイスカニアの敵になるとな!」
「は! 伝令! 集合しろ!」
皇帝陛下の言葉を聞いた将軍の一人が早馬の兵を集める。
「翔一、魔王を見つけたが、あの女の魔物が多すぎて近寄れない。すぐに来るんだ」
フロールの通信。
翔一はその方角を見た。
重厚な魔物の壁がある。
ガラエルの姿は見えないが、魔物を呼び続けているのだろう。
混沌の炎で燃え上がる魔聖剣を振り回しながら、その壁を叩き割るように突き進む。
剣に当たった者は体が切断され、混沌の炎を上げて燃えて死ぬ。
それが、どのような存在であろうと、この破壊魔力から逃れられるものはいなかった。
海を割る預言者のように翔一は突き進んだ。恐怖を覚えないタイプの魔物ですら、恐怖しているように感じる。
魔物たちは翔一を避けるようになった。
剣の範囲に入れば、即座にものいわぬ骸になるのだ。剣に当たるだけで混沌の業火に焼かれ死ぬ。
知性のある者は逃げ、無い者は闇雲な恐慌に駆られて戦場から逃亡を図る。
夢中で剣を振り回し、幾度か、ワイヤー剣が空をきる。
見ると、雑兵は消え、いつの間にか翔一の前には二人の存在がいた。
ガラエルと、魔王ヴィック・カース。
二人はまるでピクニックみたいに、テーブルと椅子を置き、食べ物と飲み物を並べている。その上には大きな日よけ傘。
彼らの背後には大きな旗。
旗竿には聖剣がぶら下げられている。
(『フェルシラ』君!)
ここだけ別次元のようだが、背後では人間と魔物の殺し合い、地上の地獄が展開されているのだ。
翔一は意を決して近寄る。
ヴィックはにやにや顔を変えない。
ふと、仲間を見ると、かなり苦戦している。
少し離れた場所で魔王に迫ろうとしているが、敵も必死なのだ。
ビアンカは大槌を持ったスレッソンと一騎打ちをしている。
エトワールは必死に戦っているが、重装備のトロールはあまりに硬く、しぶとく、彼を追い詰めている。
フロールは狼を駆って矢を連発してトロールを倒し、エトワールを援護している。
彼の電撃と炎の矢はトロールと相性がいいらしく、彼だけ効率よく敵を倒している、が、いかんせん数が多すぎる。そして、敵のトロール以外の有象無象はフロールを警戒して取り囲み始めた。
「これを取り返しに来たか、小僧。諦めろ、お前では俺に勝てない」
ヴィックは旗にぶら下げた聖剣を指さし、にやにやしている。
翔一は何か異様な匂いを嗅いだ。
「ヴィックさん……」
翔一は『ジルバール』からワイヤーを外して両手で剣を掴む。
「ガラエル、このクマ小僧を殺せ」
「はい」
無感動にそう答えると、ガラエルはいきなり電撃を翔一に浴びせた。
翔一は守護精霊がそれを吸収したので、一気にガラエルと間合いを詰める。しかし、
剣は空をきった。
ガラエルは消えたのだ。
「接敵するとテレポートしやがる。なんて奴だ」
ダーク翔一の声。
背後から、エネルギーの矢が背中に当たる。しかし、それも守護精霊が止めた。
「いづれ精霊は尽きるぞ!」
ダーク翔一が叫ぶ。
くるっと振り向いてガラエルと対峙する。
「あなたとは戦いたくないけど、仕方がない!」




