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6 ガルディアの虜囚

「お前、まだちょっと臭いぞ」

 フロールが嫌そうな声。

「フロールさんって嗅覚あるんですか」

 そういいながら、体を嗅ぐ翔一、今は人間形態でいる。

 確かに服が臭いようだ。

 あの後、翔一は浮浪者集団の手引きで下水から逃げだしたのだ。

 浮浪者たちの話では、景気良く大金をばらまく翔一をマークしていたことと、ハスタ師を助けたことに感謝したという、脱出手引きはそのお返しであると。

 王命で追われているのでハスタ師はレイドから逃がす以外ない。

 浮浪者たちはそう考えていたが、武力がないので見ているだけだったのだ。

 

 翔一たちは下水から出て、ボートで川を上り、フロールを拾ってトーバス川を南に横切って南岸に着く。

 トーバス川は大陸的な河川で河口近くだと対岸も相当距離がある。

 屈強な二人の浮浪者の仲間がボートを漕いでくれた。

 北岸では騎兵に蹂躙される危険がある。

 南岸はガルディアなので、敵は追ってこない。

 概ね丸一日南岸にへばりついて川を上り、距離を稼いでから上陸する。

 ボートの漕ぎ手には謝礼金を渡し、手を振って別れた。

 北岸から見えない位置に移動し、少し休憩をする。

 ここは鬱蒼とした森の中だ。




「レイドは抜けましたけど、ガルディア軍につかまる恐れはあります」

 キョロキョロしながら、人間形の翔一。

「賄賂でも渡して許してもらうか……無理かな?」

 フロールもわからないらしい。

「さあ、どうでしょう」

 ハスタ師は少女を抱きかかえて、何か呪文のようなものをぶつぶつと口ずさんでいる。

 彼を助けてダナを見せると、ほとんど事情も聞かず治療に専念していた。

 深い目をした老人。禿頭であまり綺麗とはいえないローブをまとっている。

 彼の手の中にいるダナは死ぬ寸前だった。

 食事を摂るときでも、ハスタはほとんど話もせず患者を診ている。

 気のせいか、ダナの寝息が前日より落ち着いていた。

「ダナちゃん、ちょっと顔に赤みがさしたみたいですね。水だよ、ダナちゃんお口開けてね……」

 そういいながらスプーンで水を与える。

 乾いた唇にそっと入れた。

 吐き出さない。

 それだけでも翔一はうれしかった。

「やった、水を飲んだよ!」

「一喜一憂するな。男ならドーンと構えておけよ。そんなことより、こんな森の中で……雨でも降ったら最悪だな、何とかここを抜けないとダメだ」

「そうね、さっさと抜けた方がいいわ、ゴーレムさん」

 突然、女の声。

 慌てて警戒する二人。

 いつの間にか、木々の闇の中に黒い服を着た黒髪の小柄な女が立っている。

 美しい容貌だが、目は酷薄。薄い唇。

 黒い皮の服、腰に小剣、背中に弓。

 使い込まれた感じのする装備だった。

 翔一はさっと変身して、百二十センチくらいの熊になって剣を構える。上陸してからは警戒して剣を出していたのだ。

「あら、面白い、あんた人獣なのね、しかも剣を使うなんて、なんて面白いコンビなの」

 女の口先は面白げではあるが、目は冷酷。

「俺たちはその女の子を救うために偶然ここにきただけだ。国を出て行けというのなら出ていく。しかし、その子が回復するまで待ってほしい。そんな子供に罪はないだろ」

 フロールが懇願するようにいう。

 強気な彼にしては珍しい。

 翔一はこの女だけでなく、更に五人の気配を感じた。キョロキョロすると、女ばかり、隠密らしき奴らが弓や吹き矢を構えて陰に潜んでいる。

「フロールさん、更に五人くらいいるクマ」

「わかってる」

「へぇ、あんたら、意外と手練れね。私の部下の隠密見破るなんて」

「とにかく、その子供を何とか助けたいんだ。金ならある、入国税でも何でも払うから助けてくれないか」

「ふん、そんな甘ったるい言葉で騙されると思ってるの? レイドの手先はどんな手段でも使うわ。死にかけの子供使うくらい朝飯前よね。それにおぞましい人獣! 連行しなさい!」

 ざざっと黒い服と覆面をした女ばかりの隠密集団に取り囲まれる。

 腕前は相当なのはわかる。

 全員黒い魔力を持った小剣を持っていた。

「あの剣で斬られたら、ただでは済まないクマ」

「わかってるよ、放射能か何かだ……武器を捨てよう、あの子が回復するまで牢屋でも屋根のある所の方がいい」

「賛成クマ」

 そういうと、翔一は青い剣を捨てた。

 フロールは弓を捨て、青い剣と弓は女たちに回収される。

 彼らは枷を嵌められて、どこかに連れて行かれる。

 さすがに、治療に専念するハスタ師からダナを取り上げるようなことはなかったが、女たちは彼にも首枷を嵌めた。


「ハスタ先生申し訳ありませんクマ、僕たちのためにこんな目に……」

 暗い森を歩きながら翔一はハスタに謝った。

 ハスタは呪文ぶつぶつ唱えるのに忙しかったが、ちらっと翔一を見る。

 気にするな、そんな表情に見えた。

 翔一は子熊スタイルに戻っていたが、気のせいか女たちは翔一をチラチラ見て、こっそり撫でたりしている。

「あんたたち、そいつは人獣よ、危険な人食い怪物なの。気を許しては駄目」

 黒髪の女が警告する。

「人なんて喰ったことないクマ! 喰いたいとも思わないクマ!」

「うるさいわね、あんたに発言権なんてないの!」

 レイドで味わった怒りほどではないが、翔一はイライラしてきた。

 なんて性格の悪い女だ。まだ部下たちの方がましだ。

 湿った森の中を歩く。

 非常に暗い原生林で、翔一にはかなりの瘴気が籠った森だと感じられた。

「僕とフロールさんはどうなってもいいから、この子とハスタ先生だけは助けてほしいクマ」

「ええ!? 俺どうなってもいいの?」

「……」

 性格の悪い女は無言。

「主様は人獣が大嫌いなのよ、今でも街で暴れてるからね」

 隣の部下が教えてくれる。

「よけいなことはいわないの!」

「翔一、なんで俺もどうなってもいいんだよ?」

 文句をつけるフロール。

「まあ、なんというか、勢いクマ」

「勢いで人を犠牲者にするな!」

「うるさいわね! 黙りなさい!」

 黒髪の女が叫ぶ。

 言い争っていた二人だが、無言になる。

 気のせいか、黒髪の女は迷っているように感じた。




 その日の夕方には、北辺砦という小さな町に到着する。

 かなり真新しい城塞と古びた街の壁が特徴的な町だった。

 翔一はぎょっとする。

 この街の周辺には無数の幽霊がいるのだ。

 一様に幼い表情の若者が多い。

 唖然として、死んだことすら理解していない幽霊たちだった。

 首から血を流して死んでいるようなのがほとんどのようだ。

「いっぱい幽霊がいるクマ」

 翔一は素直に話す。

 フロールにいうとバカにされるのであまりいわないのだが。

「フン、脅かす気? 幽霊がいるのなら当たり前よ、ここは吸血鬼の拠点だったの。昔は『人間牧場』といったわ。今のガルディア王が王子の時に開放したのよ」

「じゃあ、みんな首の血管を切られて……ここは不吉すぎるクマ」

「人間が生きていたら、何処にでも幽霊なんているでしょ。普通の人に見えないものを気にして意味があるのかしら」

「……」

 翔一は答えらえなかった。

 彼らはいずれ忘れ去られる存在なのだ。

 意識して意味があるのか?

「それに、ここは暗黒森林を監視するのにちょうどいい場所なの。そう簡単に放棄はできないわ」


 街に入る。

 黒髪の女は顔パスで通ってしまう。翔一たちもぞろぞろとついていく。

 街の中は意外と活気があった。開拓者の街なのだ。

 樵や農民、狩人、冒険者、商人、兵隊、娼婦……清潔とはいえないが、新しい活力に満ちていた。

 旨そうに肉を焼いている店もある。

 人々は貧しいが、不幸ではない、そんな感じがした。

 翔一たちが町を通ると、一気に静まり返り、そして、がやがやとうわさを始める。

「何だあれ、エリン様が珍獣でも捕まえたのか」「あのタマゴに足生えたのはゴーレムかしら」「あの子熊可愛い!」「熊が歩いてるよ」「あの女の子は病気なのか?」

 様々な声が聞こえる。

 翔一は見世物みたいになるのは不愉快だったが、自分以外の人もそれなりに話題になっていたので、多少助かった気分だった。

 どうやら、黒髪の女はエリンというらしい。


 城塞に入った一行は、牢屋に入れられる。

「あんたたち、名前と素性をいいなさい。素直に答えたら罪状は軽くなるわよ」

 エリンが檻ごしに尋問を開始。

「罪状って……何をしたというのだ。不法入国くらいか?」

 フロールが肩をすくめる動作、肩はないが。

「その通りよ、あの川を勝手に越えた人は全員不法入国。難民なら申請して受け入れる可能性があるけど、あんたたち、その年寄り以外人間じゃないでしょ」

「俺はフロール・高倉。れっきとした人間だ」

「いきなり嘘をつかないで、そんな玩具のゴーレムが人間なわけないでしょ、虚言癖があるっと」

 エリンはさらさらとメモを取る。

「何を勝手に決めつけてるんだよ」

「じゃあ、次、喋る熊」

 エリンはフロールを無視して翔一を見る。

「えーっと、僕は翔一。れっきとした人間クマ」

「あなたライカンスロープの仲間でしょ、もう人間じゃないの」

「いずれ人間に戻るクマ」

「はぁ。まあいいわ。じゃあ、出身は? いつ怪物になったの」

「たぶん異世界からやってきたクマ。異世界の記憶は全然ないです。怪物になったのは召還されたその時にエパットとかいう奴に噛まれたクマ」

「異世界? エパット? エパットって神話の怪物よね。こいつも虚言癖かしら。エパットが噛んだのならこんなチビ熊にならないわ」

 さらさらとメモする女。

「勝手に決めつけないでほしいクマ」

「それで、そのぶつぶついってる年寄りは?」

「彼は高名な医者のハスタ師だ。あの少女、ハイエルフのダナを治療している。いい加減邪魔をするのはやめろよな」

 フロールが割り込む。

「ハイエルフのダナ! なんて不吉な名前!」

 かなりハイテンションな声を出すエリン。

「たぶん、有名な人とは別人クマ、彼女はほんの子供」

「わかってるわよ、そんなこと。それより、ハスタ師は有名よね、なんでこんなところにいるわけ」

「ハスタ師はあの圧制者のレイド王に囚われて、処刑されかけていた。俺たちが助け出して、彼女、ダナを治療してもらっているのだ。俺たちが不審でもこの人は立派な人だぞ、わかったら俺たちを牢から出せ」

「……高名な医者ハスタ師のことをレイドのあのバカ王が嫌ってるってのは聞いたことがあるわ。人相風体も一致するわね……まあ、それでも、一応不法入国だから、代官の判断が出るまでは牢に居てもらうわ」

 突然、ぴったと、呪文を止めるハスタ。

 疲労困憊の呈だ。

「先生、どうなりましたクマ?」

「この子の毒は一応中和した。しかし、呪詛の根本は健在だ。これを取り去るのは私にはできない」

 ダナはぐったりしているが、前よりは顔色が良くなったように見える。

「その子、ハイエルフよね……あの女に似てるわ、子供だけど……ハスタさん、必要なものは持ってくるわ、何がいるの?」

 ハスタはペンと紙を要求し、薬や食事などを書き込む。

「この子はとにかく体力が落ちている。栄養をつけないと」

 エリンは無言で部下に渡して手配すると牢屋を去った。

「あの嬢ちゃん、きついけど悪い奴じゃないかもな」

「人獣嫌いといってましたね、この辺りで暴れてるとも聞きましたクマ」

 ハスタはいつの間にか居眠りをしていた。

 翔一は粗末な毛布を彼の肩にかける。

「俺も寝る。翔一、電源切ってくれないか?」

「電源?」

「俺の背中のパネルを開けて、電源スイッチがあるから三十秒長押しするんだ。そうしたら、終了作業に入って俺は眠れる」

「起動はどうするクマ?」

「電源スイッチ入れたら終わりだ。長押しはいらない」

「今までずっと起きてたクマ?」

「ああ、そうだ、たまには休まないとな。ナノマシンに体を修理させるんだ」

 翔一はフロールの背中を開けて、赤いスイッチを長押しする。各所のLEDが点滅すると、フロールは動かなくなった。

「フロールさん?」

 声をかけても反応がない。


 暫くすると、夕食が出た。

 配膳の音に、ハスタは頭を振って目を覚ます。

 翔一も腹が減っていたので少し元気が出た。

 食事は想像以上にまともだった。パンと肉。翔一とハスタは無言で食べる。

 ダナのためにミルク粥的なものが出た。

 翔一は匙で掬って、冷ます。

「フーフー、熱いから冷まして食べるクマー。甘くておいしいクマクマ」

 ダナの白くなった口に持っていくと、少しだけ吸う。

「やった、食べたクマ! もっと、もっと!」

 わずかだが、ダナは食べた。翔一はうれしくて涙が出てきた。

 翔一はダナが食べられなくなるまで繰り返す。

「よかった、よかった。死ぬかと思ったクマ」

 ぽろぽろと涙が落ちた。

 ウトウトし始めたダナを、毛皮に抱きかかえる。

「お主は……お互いほとんど自己紹介もしておらんな、私のことは知っているようだが」

「すみません、名前は翔一です。異世界からやってきたようですけど、前のことはほとんど覚えていません。僕は恐ろしい化け物に噛まれて、人獣……ライカンスロープみたいなものになったらしいですクマ」

 まともにしゃべろうとするが、最後にクマをつけてしまう翔一だった。

「ライカンスロープは人間が獣の毒を受けて変わる病気とも呪いともいわれる。普通は人間形態をとって、本性を現す時獣になるのだが、お主は変わっておるな、常に獣形態をとっておる」

「はっきり覚えてはいないのですけど、化け物に噛まれた直後に光を浴びたような気がするんです。その光を浴びた時、苦痛が弱くなって軽くなったような……」

 翔一は記憶にある限りのことを話す。

 化け物と光輝く女が戦っていたことを。

「ライカンスロープは病気でもあり、呪詛でもある。それが私の見解だ。お主は最初の魂の変容をその光で狂わされたのかもしれん。その女戦士は天使のような存在だろう。お主は狼と違い、熊だから更に何かがあるのかも」

「……」

「ダナはハイエルフだから、人間のように混沌には屈しないのだ。実際、この子はとんでもない魔力を秘めておる。この子が成長した大人だったら、呪いは効かなかったに違いない」

「じゃ、じゃあ、ダナちゃんが大人になったら、自動的に治るクマ?」

「可能性はある。しかし、今のままでは長期間は耐えられない」

「何か方法はないのですか」

「アーロン王国の重鎮、ドーリン大司祭なら……まだ生きておられるのかは知らぬ。私も世に疎いのでな。後は……呪詛をかけた本人を倒すか呪詛を止めるように説得するか……遥かに強力な聖なる魔力で呪詛を撃てば壊れる可能性はある。しかし、お主のいう化け物は半神のような存在だろう。簡単にはゆかぬ」

「どれも相当大変クマ……」

「お主は人間に戻ろうとは思わないのか、この子のことばかり追っているようだが」

「ダナちゃんを元気にするのが先決クマだと思います。他のことは後回しにするしか」

「お主はいい奴だな、熊殿。とにかく、この子はしばらくは小康を保つ。私が付いて居よう。どうせ、行くところはない。家を追い出された年老いた浮浪者だ」

 苦笑いをするハスタ。

 そして、無毛の頭を振る。

「先々代のアルマク聖王には心酔したのだがな……息子タルカン、孫ケプラ……とても褒めることはできない。タルカンは横死した。ケプラ王には諫言してから処刑されようと思っておったのだがな……お主たちがその機会を……」

 ハスタはふと翔一を見ると、ダナを抱いて寝ていることに気が付く。

 ハスタは翔一の毛皮の頭を優しく撫でる。

 彼も横になると寝てしまった。




 数日後、翔一たちはガルディアの北平原城という都市に連行された。

 北平原城はガルディア王国の首都ガルディア北方を守る重要な城塞であり、王国北部の中心都市でもある。


 翔一とフロールは檻に入れられ、馬車で運ばれていた。

 あれからフロールの電源は入れていない。

 こんな状況で起こすのは可哀想な感じがしたのだ。

 ハスタとダナは別の馬車で運ばれている。

 こちらはかなりまともな感じの馬車だった。

「熊よ、子熊」「なんで動物なんて捕まえたんだ」「喋るらしいぜ、あの熊」

 人々は珍しがって翔一に関心を示したが、翔一は見世物になる必要はないと考え、一切喋らず、動物のような唸り声を出すだけだった。

 単なる動物のようにふるまっていると、通りすがりの人々は興味を失ったのか離れていく。

 翔一は熊の聴覚で情報収集だけに専念することにした。

 人々は動物の聴覚を甘くて見て、こっそりする会話も筒抜けであることに気が付かない。

「本当に腹が立つわ、あの熊とゴーレム。あのまま単なる動物とガラクタの振りされたら、私が馬鹿みたいじゃないの!」

 エリンの毒づく声が聞こえる。

「見物にくる予定だった貴族方も様子を聞いてキャンセルされてます」

 部下の女の声。

「ハイエルフのダナというあの少女と、ハスタ師はどうされます?」

「あの子は何かの疫病かもしれないから、隔離することになるわ」

「隔離って……それでは……ハスタ師は最後まであの子を見ると仰ってますが」

「ハスタ師は重要人物よ。隔離施設で朽ちさせるわけにはいかないわ。首都のエクセレス大神殿に行ってもらうことになる」

「エクセレス大神殿であの子を看病……」

「大司祭が病人を連れてくるなとのご命令よ。ハスタ師は逆に連れて来いって」

「エクセレスは治癒の女神、病人を見捨てるなんて……」

「隔離施設もあいつらが作ったのよ。大金持ちの医者なんて、所詮、金と自己保身しか考えてないわ」

「はぁ、では、あの熊とガラクタは……」

「あいつは見分が済めば……いずれにしても、人獣として斬首よ。ガラクタも動く気配がないならゴミとして捨てるわ」

「でも、あの熊はハイエルフの少女をかいがいしく看病したり……」

「人獣共が引き起こす被害を忘れたの? どれだけの人が犠牲になったのか。今も街で人狼が暴れているのよ。情けはしまっておきなさい」

「……はい」

 この世界の遅れた様子からして、隔離施設は治しようのない病人を捨てる場所だということは、翔一でも理解はできた。

(そんな場所に連れて行かれたら、弱ったダナちゃんはさらに難病にかかるかもしれない。何としてでも脱出して奪還しないと。それに、僕もこのままでは斬首される……人狼が暴れている? まさか、高橋さん?)


 昼頃、檻はどこかの屋敷のような場所に運ばれて、一室に置かれる。

「ご苦労、エリンさん、あとは引き継ぎますよ」

 優し気な男の声。

「ケヴィン、気を許してはいけないわ。あの熊は人獣よ」

「なんだか、可愛い子熊にしか見えないけど」

「喋るし、ショウイチって名前よ」

「ショウイチ……それって、国王陛下の秘密の名前みたいですね」

「あなた、それは口にしては駄目よ!」

「そ、そうですね、はい」

「エリン、私も見聞するわ」

 幼いような大人のような不思議な女の声。

「コレット、あなたもきていたの」

「人獣を捕らえたと聞いて興味が湧いたのよ。生きたものはあまり捕まらないから」

「お好きにどうぞ、私は忙しいから後は任せたわ」

 そういうとエリンは気配が消えた。

 やがて二人の人物が入ってくる。

 若い貴族風の男と、少女のような小柄なエルフ。ダナよりは背がたかいが、人間基準だと子供のサイズだ。しかし、目が非常に深い色を湛え、子供のそれではない。

「これが恐ろしい人獣? どう見ても可愛い子熊ちゃんじゃないか。おいで、クマちゃーん」

 アホ面を晒しつつ手招きする貴族風の男、二十代後半と思われる。

 少女の目が光る、何かの術を使ったらしい。

「確かに、この二つの存在は魔力があるわ。ケヴィン油断しては駄目よ」

 声からして、この女がコレットらしい。

「でも、こんなに可愛いんだよ。国王陛下も大喜びするよ。猫とか大好きだから」

「こいつには知性があるわ。エリンが嘘をつく理由もないし。隙をつかれるようなことをいっては駄目よ」

「そうですね、気をつけます。知性……そうだ、彼らは弓と剣を持っていたんだ。弓は普通の手製っぽいけど、剣はそれなりのものだよ、興味あるかい?」

「ええ、この熊を魔術で分析したら、後で調べるわ」

「じゃあ、隣の部屋に置いておくから。僕は用事があるので……衛兵! 彼女を護衛してくれ」

 ケヴィンは去り、二人の武装した兵士が女の傍らに立った。

 コレットは翔一にひとしきり魔術をかける。

 逃げようもないので翔一は甘んじて魔術を受け入れた。

「確かに人獣、人熊ね。特徴が出たわ、でも、混沌の気配がない。聖なる力を感じる。どういうことかしら……」

 彼女は聞こえないようにぶつぶついっていたが、翔一には完全に彼女つぶやきが聞こえる。

 フロールにも同じように呪文をかけた。

「なんてこと、こいつ、人間なの?」

 驚きのあまり、小声にはならなかった。

「確かにこれも一種の化け物ね。このような姿で人間なんて……ありえないわ、でも、魔術のミスなんてないし……」

 小声でつぶやきながら、ふらふらと隣の部屋に行く。

 そして、剣を取って魔術をかける声。

「そんな……まさか……」

 暫くして、コレットが檻の前にやってくる。

「あの青い剣は聖剣『フェルシラ』凍てつく白銀。どこで手に入れたの。千年以上も失われていたのよ」

「……」

 翔一は無言。

「運命の時が動いているのね、『エルヴァルド』『ナルドリス』、そして、『フェルシラ』三振り目の聖剣が世に現れたわ。これを持ってきたのがおぞましき人熊だなんて…」

「……」


 コレットはしばらく悩んでいたが、無言で去った。




2024/3/26 読みやすいように修正しました。若干会話文も追加。内容にほとんど変化はないです。

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