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56 新魔王

「おい、ヴィック、本当に上手く行くんだろうな」

「さあな、でも、これはチャンスだ」

 スレッソンの声は、若干、怯えがある。

 ヴィックは生来無神経なのか、恐怖も何も感じていないようだ。

 広大な『死人荒野』で馬を駆る公認勇者ヴィック・カース一行。


 ヴィックは翔一を殺害してから、『死霊の都』から一路北東を目指した。『死人荒野』を横断し、カルネスを目指す。

 魔物も多く危険な旅だったが、不思議と襲われない。

 どこに消えたのかゾンビやグールも数を減らしている。

「勇者殿、その心臓の力ですよ。あの魔女の気配が魔物を仲間と、あるいは、主と認識させているのです」

 僧侶エンケが推測を述べる。

「本当に、あの魔女の心臓なんだろうな? あんたの神託が間違っていたら、たった四人で魔物の大軍の中で取り残されるんだぜ」

 スレッソンはあくまで懐疑的だ。

「魔物が全然襲って来ないだろう。これがあの、『七人の魔女』筆頭ガラエルの心臓だというのはかなり信憑性があるぜ」

 ヴィックは嬉しそうに手に持って掲げる。

「たぶん、あの女が呼び寄せた魔物だけだと思うけど、あの女の力を感じた奴らは支配関係を及ぼせるわ。直接間接問わず、あの女がここら辺りの魔物のヒエラルキーの頂点にいるのは間違いない」

 魔術師ゲオルギーネはシンシアの秀才だった。

 四人の中で最も博識である。

「ハハハハ! そりゃぁいいな。じゃあ、いっちょ、適当な魔物に命令でもしてみるか。魔物の大首領の心臓を握ってるのはこの俺だからな」

 ヴィックは大声で笑う。

「調子に乗りすぎだぞ」

 スレッソンは巨体と筋肉に似合わない臆病さがある。

 普段の横暴さは、その本性を隠すために無理をしているのだ。

 そして、そのごまかしが、いつのまにか彼の性格として定着していた。

「あそこにホブゴブリン共がいるな、ちょっといってくるぜ」

 ヴィックはその異常な無神経さで迷いなく行動するところがある。

 仲間の止める間もなく、ホブゴブリンの集団に相対した。

 ホブゴブリンは百人程のパトロール部隊。

「おい、大丈夫かあいつ」

 スレッソンがじっと見ていると、魔物たちはヴィックに平伏するようだった。

「やはり、私のいった通りだわ」

「うむ、しかし、勇者殿は奴らを退治するでもなく……本意がわからん」

 エンケが馬上で腕を組む。

「あの心臓を持って……魔女ガラエルと会ってどうするのかしら」

「討伐、ではないのか?」

「もしかしたら、支配するだけで、自由に利用しようと考えているんじゃないの? あの勇者さんならあり得るわよ」

 彼女もヴィックの極度の利己主義には気が付いていた。

「凡そ、勇者の器ではないな……」

 エンケは勇者に従ってはいたが、子熊の人獣を背後から刺し殺した卑怯さに心のしこりが残っていた。

「おい、勇者に仕えると誓ったはずだ。今更だろ。お前らも仲間なんだよ」

 スレッソンが怖い顔で二人をいさめる。

「……」

 無言になった三人は得意顔のヴィックと合流した。


 勇者一行の周りには続々と魔物の軍勢が集結していく。

「ホブゴブリンは珍しくないが、武装トロールに、丘巨人。類人猿。混沌人間もいるな」

 スレッソンが無表情にいう。

 しかし、微かに手が震えていた。

「どうだ、こいつら、俺のいうことを聞くぞ。おい、お前ら、俺たちを護衛してカルネスまで案内しろ」 

 一人のダークエルフが進み出る。

「ご主人様、なんとお呼びしましょうか。それとも魔王様でいらっしゃいますか」

「魔王? なぜ魔王の名が出てくる」

 スレッソンは怪訝な顔。

「最近お見掛けしませんが、魔王様は時折現れ、『白き手』の君に指示をされています」

「ほう、そういうことか、ならば、あの熊小僧はどうやったのか魔王からこの心臓を盗んだのだな」

 ヴィックが小声で仲間と話す。

「あの熊は相当な英雄だったのかもしれませんぞ、勇者殿。それを卑劣にも……」

 エンケは我慢できず批判する。

「おい! いっていいことと悪いことがあるぞ。俺は邪悪な人獣を討伐しただけだ。剣と心臓はあいつが誰かから盗んだんだ。それだけだ!」

「おい、仲間割れしてる場合か、今はあいつの相手に集中しろ」

 スレッソンが二人を落ち着かせる。

「そうだな。うむ。俺は魔王だ。魔女のガラエルに会う。案内してくれ」

「は、では我らの部隊の後についてきてください」

 ダークエルフの将校は部隊を引き連れて、勇者一行を先導する。

「勇者殿、仮であったとしても、魔王を自称するとは……」

 エンケは再びヴィックをいさめようとする。

「うるさいぞ、これ以上俺を批判するなら、お前はもう仲間じゃねえ。どこへでも行きやがれ」

 ヴィックはそういって一睨みすると、馬を走らせる。

 エンケはしばらく悩んでいたが、やはりついていくようだ。




 公認勇者一行は特に問題もなく数日後にはカルネスの内部に入り、宮殿にずかずかと上がりこんでいた。

 警備兵たちはヴィックを素通りさせる。

 確信をもって通したのではなく、どうしていいかわからないうちにヴィックが宮殿に入っていったのである。

 宮廷の王座には、けだるそうに座る非常に美しい女が待っていた。

 灰色に近い白い肌。漆黒の髪、漆黒の瞳。

 スッと立ち上がる、背が高い。

 大柄な勇者と変わらない身長だったが、線の細さはハイエルフのようだった。

 黒く、あまり体を隠す仕事をしていないドレスを纏っている。

「あんたがガラエルだな」

 大勢の魔兵に囲まれながら、のうのうと宮廷に入ってきたヴィック。

 魔物たちは彼が敵か味方が判断がつけられず、うろうろするばかりだった。

「……」

 大きな美しいガラエルの瞳は冷たく光る。

「ひざまずけ、女よ。今日から俺、公認勇者……いや、そんなつまらない物じゃない。新魔王のヴィック・カ―スがお前の主だ」

「わかりました、ご主人様」

 全く心のこもらない声でそういうと、ガラエルはひざまずく。

 ぐっと顎を取って、ガラエルの顔を覗き込む。

「美しい女だな。今までいろんなご主人さまに仕えてきたのか」

「はい、心臓を持った人は私の主です」

 ガラエルは一切感情のこもらない瞳でヴィックを見返す。

「じゃあ、俺がここで裸になれといえばなるのか」

「はい」

「いいだろう、いずれ見せてもらうが、フフフ。それより、今日から俺がこの国の王になる。俺を魔王と呼べ」

「はいそうします。部下にもそう伝えましょう」

「ならば、この椅子は俺のものだ」

 そういうとヴィックはどっかりと王座に座る。

「雌犬、俺のブーツを脱がせて、足でも揉んでもらおうか、長旅で疲れたぜ」

 汚い脚をガラエルに突き出す。

 ガラエルはあきらめたようにブーツを脱がせた。

「女王陛下になんてことを、この下郎ども!」

 人間の家臣と思われる老人が、怒って迫ってきたが、スレッソンが拳で殴りつけた。

「下がってな、ジジイ!」

 スレッソンは人外の怪力を生まれつき持っていた。

 その男が金属の小手を嵌めて殴れば、細い老人は硬い床に叩きつけられる。

 ピクリとも動かなくなった。

「おい、殺したぞ」

 エンケが批判的にいう。

「そいつが悪い、弱い癖に向かってくるからだ」

 一瞬だが、ガラエルはスレッソンを睨みつけたが、足を揉む手を止めるわけではなかった。


「さて、これからどうするか。聖剣『フェルシラ』を奪ったのはいいが、どうも使えるわけではないらしいな。女、この剣について何か知っているか」

「その剣は……若い時に見たことがある。勇者で聖剣の主が使っていた。聖剣の主以外が持つことはできない。そういうものだ」

「若い時ってのはいつなんだ」

「千年以上前だ」

「ほう、あんた、そんな長生きなんだな。人間ではないのか?」

「私はお前たちが上古人と呼ぶ種族と神の間に生まれた」

「半神ね。なるほど、だからそんなに凄い魔力があるんだわ」

 ゲオルギーネがうなずく。

「ヴィック、あんたその聖剣使えないのか。背負っているだけで、抜かねえと思ったが」

「ああ、まあ、そういうことだ」

 これに関しては歯切れの悪いヴィックだった。

 ふと利き手を見る。

 翔一から剣を奪った後、一人で剣を抜いた。すると、激しい冷気が手に走り、思わず取り落としたのだ。

 急いで小手を脱ぐと、皮膚が凍っていた。

 慌てて治療魔術を行ったが、手に凍傷の跡が残った。被害はそれだけだったが、手が凍り付いたら最悪壊死だ。

 それからは持ち運ぶだけに徹している。

「その剣の主はどこに行った。なぜ今になって現れた」

 ガラエルが聞く。

「ふん、しりたいか。熊の人獣『翔一』って奴が使ってたんだ。俺は奴を殺してこの剣を手に入れた。邪悪な人獣を滅ぼした俺の戦利品だよ。その時心臓も手に入れた」

 にやにやしながら、心臓を見せびらかす。

「その剣は悪人には手を貸さない。本当にその人獣は悪人だったのか?」

「うるせぇぞ!」

 ドカッとガラエルを蹴りとばすヴィック。

「聖剣の主が死亡すれば、別のものが運命を得る。お前が抜けないのであれば、聖剣の主はお前ではない」

 口から血を流しながら、ガラエルは強く述べる。

「聖剣が俺と合わなかろうが、これを手に入れたのは俺だ。俺が聖剣の主だ。そして、この都を支配して魔王になる。お前は俺の命令を忠実に遂行すればいい。俺と俺の仲間三人はお前の主だ。命令に従ってもらうぞ」

「はい」

 諦めたようにうなずくガラエル。

「女王陛下、魔王様、今現在、カルネス近郊に先進国の連合軍が迫っております。どのように対処いたしましょう」

 ダークエルフの重臣がひざまずいて告げる。

「数は?」

「約五千です」

「打って出るか……ガラエル、何か魔術で一網打尽にできないか」

「広域魔術を使えば、一般兵は抵抗もできないわ。眠りでも、麻痺でも」

「眠りかぁ……そんな安っぽい術で勝てるなら、お笑い草だな。じゃあ、やって見せてくれ」

 あわただしく、魔物と人々は新しい魔王の指示で動くこととなった。

 ダークエルフの重臣がやってきて、軍の編成などを述べる。

 退屈な話のようだが、意外と辛抱強くヴィックは聞いていた。

 カルネスは魔物の都市と思われがちだが、住民の大半は人間とダークエルフである。ホブゴブリンやその他魔物は、カルネス女王国で奴隷的な立場の兵士として使役されていた。

 支配者層はダークエルフ、人間は生産者である。下士官より下の兵士はホブゴブリンだが、将軍士官はダークエルフが担う。

 生産者の人間住民を温存することでこの国は成り立っている。

「人間どもも徴兵すべきだな。敵は大軍だ。準備をしておけ」

 ヴィックにとって、この国の形態などどうでもいいことだった。使い捨ての足掛かりでしかないのだ。

「し、しかし、人間たちは職人などで……」

「そうしなさい」

 ダークエルフの重臣が反対しようとするが、ガラエルはヴィックが怒る前に彼の反論を封じた。

 その後も、次々と、ヴィックは思いついた政策を実行しようとする。

 それが、どれだけ浅はかでも止める者はいなかった。 


「どう思う、ゲオル」

 エンケは宮廷の様子を見ながら女魔術師に問う。

「どうもこうもないわ。私はヴィックに従う」

「もう、あいつは勇者ですらない、単なる圧制者だ」

「それが何だっていうの。私に富と権力をくれるなら、私は誰だっていいの」

「……」

 エンケはそこまで聞くと、無言になる。

 そして、宮廷を去った。

 彼を追うものは誰もいない。




 カルネス国はその日から新魔王ヴィック・カースの統治を受けることになった。

 ヴィックは剣術以外、あまり、取柄はない男だった。

 しかし、、ガラエルを完全支配する秘宝と、持ち前の利己主義、そして、その無神経さで魔王としての本領を発揮するようになる。

 彼には前の魔王のように高い目標もない。

 あるのは目の前の面白さに興味惹かれ、子供が他人のおもちゃを欲しがるような邪悪さだった。

 これは前の魔王より悪質で、人々を疲弊させることになる。

 カルネスは以前より深く闇に沈んだ。




2020/8/20~2022/11/23 微修正 

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