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53 魔聖剣『ジルバール』

 広間に大量の呪物が準備され、間を置かずに魔術が開始される。

 翔一は鹿の頭蓋骨を被り、皮を纏った。

 そして、ゴル・サナスと共に、儀式を執り行う。

「よいか、術式の途中に邪魔が入るだろう。このような術は得てしてそういうものなのだ。守備を任された人間は決してひいてはならん。この術の失敗は世界に多大な負の影響を与える」

 ゴル・サナスが集まった戦士たちに告げる。

「わかった。ポンコツの俺だが、命を懸けるぜ」

 フロールが弓を掲げる。

「俺は昔日の俺ではない、証明してみせようぞ」

 ニヒルなエトワールがかなり肉厚のサーベルを叩く。前のサーベルとは違うようだ。

「俺も聖なる武器を手に入れたからな、期待に応えるぜ」

 鉄球を構えて大柄なビアンカが服を脱ぐ。紐のような下着だけになって、盛り上がった筋肉を見せる。

 背中に美しい鳥の入れ墨が入っていたが、翔一はそれどころではなくて気に留めなかった。

 他にも冒険者が多数いるが、彼らはそれほど有名ではない。

 これもまた、半裸のエルザが城の兵士たちを守備に就かせる。

 美しい彼女の姿に兵士たちも気合が入っている様子だ。

「人類の命運がかかってるわ、皆、鍛錬の成果を見せるときよ」

 翔一は戦士たちの武器に、力の精霊を送った。翔一の呼ぶ精霊は強力で、彼らの武器は格段の破壊力を持つ様になる。特にビアンカの鉄球には強い精霊を送っておいた。


 術はすぐに始まる。

 まずは、ケーネの宿精の死霊を召喚する。

 呼んだのは一人だが、彼女に因縁深い二人の霊がついて来る。

「おお、君か。英雄クマ君だ」

 エパットの宿精が笑顔、寄り添うようにケーネの宿精も微笑む。

 そして、憎々し気なケーネのおぞましい人ユニコーンの姿。

「おお、憎きクマ小僧ではないか!」

 顔面を剥ぎとられ、角を折られた惨めな姿で怒り狂っている。

「あなたは自業自得なのよ。少しは控えなさい!」

 ケーネの宿精は片割れを諫める。

「チッ」

 ケーネは死後、無数の怨霊たちに食いちぎられて、霊の格が落ちている。

 宿精より明らかに弱い存在になっていた。

「お願いがあります、『混沌』のマナを世に解き放たないために、幾つかの呪物と合成して一つのアイテムに封印したいと考えています。ぜひ、マナを引き渡してほしいクマ」

「いいわ、儀式を行って、タイミングを教えてくれたら渡すから」

「私からも贈ろう、『禍を静める』マナだ。マナとしてはかなり弱いが、意味がないわけではない」

 エパットの宿精も申し出る。

 翔一とゴル・サナスはうなずくと、儀式を開始する。

 二人は魔力を解放すると、広間を一時的な精霊界にする。そこにある物体は全てが魔力でとらえられるようになり、物質は仮初になる。

「第一段階はユニコーンの角を剣の柄にするのだ」

 翔一はユニコーンの角を剣の柄に変える、人間の指先から肘ぐらいまでの長さに整形した時、柄頭が物足りなく感じた。

「これを使え」

 ダーク翔一が地獄のダイヤをくれる。

 翔一は迷わず乗せた。つるんとした魔力の宝石は白い柄に虹色の彩を添える。


 柄ができた段階で、不気味な咆哮で満ちた。

 周辺の死人の群れが集結し始めたのだ。

「敵はゾンビとグールよ。落ち着いてやれば勝てるわ」

 エルザの声が聞こえる。

 冒険者たちはあえて動かないようだ。

 エルザの兵だけで十分対応できた。

 盾の陣を構えて敵を押し返しているだけで、戦線は維持できるようだ。

「第二段階は、折れた魔剣を戻す」

 老婆の声。

 精霊界の中において、折れた刀身を形に戻す。

 大剣の形を形成した。

 白いユニコーンの柄に嵌る。

「ホブゴブリンが来たぞ!」

 誰かの叫び。

 五百程度のホブゴブリン部隊が襲来してきたのだ。

 矢や魔法が飛び交い、乱戦が始まる。

 こちらは吸血鬼の屋敷を拠点に戦うので守備側の利点があるが、ホブゴブリンたちは意に介さず、奇声をあげてとびかかってくる。

 冒険者も参戦する。

 ビアンカはブンブン鉄球を振り回すと、凄まじいパワーでなぎ倒していく。

 動く死人共はバラバラになって飛び散り、ホブゴブリンたちは、彼女に近づく前にぐしゃぐしゃの肉塊になる。彼女の彫刻のような裸体は敵の血で血塗れになる。

 エトワールはさらに腕に磨きがかかり、肉厚で短いサーベルを稲妻のように走らせる。

 しっかり鎧を着こんでいるホブゴブリンが鎧ごと斬殺されていく。

 翔一に余裕があったら、目を丸くして見ただろう。

 フロールは矢を連発している。あまり狙わず、密集している敵に矢を撃ちこむ。炎と電撃が敵を焼き、まとめて何匹も倒せるようだった。炎上することで敵の動きを鈍らせる効果もある。

 現状、敵は守備側に圧されている。儀式の遂行に問題はないようだった。

「骨の聖剣、骨の混沌聖剣、同時に魔力として、魔剣に同一化させる」

 翔一は聖剣を、ゴル・サナスは混沌聖剣を魔性化して魔剣に融合させる。

 これはかなり時間のかかる作業だった。


「何だ、何をやっているんだ貴様たちは。ああ……これはすさまじい邪悪な魔力だ、我ローヴィエの神の怒りを知れ!」

 誰かがやってくる。儀式の呪力の返しとして知らずに呼ばれた『妨害』。

 公認勇者の仲間、僧侶エンケが数人の冒険者と共にやってきた。

 彼が連れている仲間は公認勇者一行ではない。

「また、『妨害』が訪れた、戦士たちよ、儀式を守るのだ!」

 ゴル・サナスが叫ぶ。

「ローヴィエよ、魔を討つ我らに光の加護を!」

 エンケは聖なる力を解放して、自分と雇った冒険者部隊。そして、ホブゴブリンやアンデッドも守護してしまう。

「あいつ、自分が何やってるのかわかってないんじゃ」

 ビアンカがメリケンサックで敵を殴り殺しながら叫ぶ。

「奴は儀式の『妨害』でしかない。殺すしかない敵だ!」

 エトワールも叫び返した。


 激しい乱戦が始まっている。

 少なからず、味方にも負傷者が出ているようだった。

 翔一は味方を助けたくなって、思わずチラチラ見てしまう。

「翔一殿、お仲間を信じて、術に集中するのだ!」

 ゴル・サナスの叱責。

 翔一は慌てて、術に意識を戻す。

 魔力の凄まじい融合に、広間一帯が雷のような力に満ち溢れる。

 剣戟、魔法の応酬、怒号と悲鳴。

 魔剣は一つの形になっていく。

(早く形になってくれ!)

 翔一は焦るが、恐ろしいまでの力が形になるには時間がかかる。

 二人の強力な祈祷師が必死になっても、じわじわとしか力は形にならない。

 エンケとエトワールが一騎打ちを始める。


 僧侶エンケはしぶとい戦士でもあり、一撃必殺のエトワールの攻撃を奇跡と経験と硬い装甲で何とかしのぐ。

「さすが『疾風剣』名は伊達ではないな!」

 二人の戦いは長引いた。

 ビアンカはその間に、つぎつぎとエンケの配下の冒険者たちを血祭りにあげる。

 彼らは名の通った冒険者だったようだが、世界を守る側に立ったビアンカは迷いのない強さを発揮していた。

 彼女が気が付いているかどうかは不明だが、翔一の力の精霊も一助になっている。

 鉄球を受けた武器は破壊され、手足はへし折れ、頭蓋は叩き潰される。

「なんて怪物だ、この女!」

 エンケの部下には逃げ出す奴も出る始末である。

 エンケは必死の防御を行い続けるが、所詮は限界があった。

 盾が壊れた瞬間、エンケは膝をつく。

 同時に首を失った。

「すまんな、神に仕えるものを斬りたくはなかった」

 エトワールが斬った瞬間を普通の人は判別できない。

 しかし、転がる首が何が起きたのかを教えてくれる。

 戦いが勝利しそうになったとき、剣は一つの形になった。

 長大な魔剣。

 既に、恐ろしいまでの力を秘めている。

「マナを剣に与えよ」

 老女の声。

 エパットとケーネの宿精はうなずくと、魔剣の刀身を手で撫でる。『禍を静める』ルーンと『混沌』のルーンが刻まれて、剣が完成に近づく。


「これは何でしょうね、面白そうなことをやっている様で……」

 廃墟の上に、十人程の人影。

 巨大な体は獣の皮に覆われ、顔は狼。

「エパット様がここに集う奴らを皆殺しにしろと仰ってましたからね、運の悪い奴らだ」

 広間の大きな窓から確認できる。

 高橋ことシリウスだった。

 シリウスは人差し指の爪を剣のように伸ばすと、凄まじい速さで守備兵に襲い掛かる。

「こいつ、速すぎるぞ!」

 そう叫んだ兵士は次の瞬間真っ二つになっていた。

 シリウスは瞬きする間に、兵士を五人も斬殺してしまう。いずれも綺麗な真っ二の骸になる。

「怪物、『赤い髪』エルザが相手よ!」

 エルザが祝福された剣と短剣を構える。

 彼女も既に連戦を生きのび、敵の血にまみれていた。

「美しいお嬢さんだ。あなただけは殺さずにおいてあげますよ。美しいですから」

 シリウスは、若干、人間の顔を残した不気味な狼面で笑う。

「余計なお世話よ! あなたがシリウスね。聞いたことがあるわ」

 にんまり笑うと、シリウスは巨体と恐ろしい速さでエルザに迫る。

 振り上げられる爪。

 畢竟の剣技でシリウスを迎え撃つが、怪物は早さだけではなく、力もすさまじかった。

 エルザは弾き飛ばされる。

「なんと、受けきられるとは思わなかったですよ。さすが、有名な剣士だ」

 背中からがれきに激突して、一瞬意識が薄れるエルザ。

 フロールが魔力の矢を連発で打ち込むが、面倒臭そうに爪ですべて叩き落す。

「怪物、俺が相手だ」

 エトワールが進み出てくる。

 彼らの背後では新たに現れた狼男たちと戦士たちが死闘を繰り広げている。狼男たちは非常に強く、次々と戦士たちが犠牲になっていた。

 ゴル・サナスの配下、オークの精兵たちも応戦に参加しているが戦況は苦しい。

「『疾風剣』エトワールですね。面白い、戦ってみたかったんです」

 にんまり笑うシリウス。

 エトワールは剣を一度鞘に納めて、居合抜きの体制で間合いを詰める。

 シリウスは左手の人差し指の爪を伸ばして二刀流になる。

 睨みあう二人、腕前は互角のようだった。

 お互いピクリとも動けない。

「なるほど、納得の腕前ですが、私の方が生き物として上のようですね」

 シリウスは動く前から勝った気分でいる。

「そう思うなら、来い!」

 エトワールの気迫。

「オラァ! 死ね、怪物!」

 突如、ビアンカが鉄球をシリウスに投げつけた。

 シリウスは薄笑いを浮かべながら、簡単に鉄球を避ける。

 しかし、それが合図になった。

 エトワールとシリウスは同時に動く。

 一瞬で、二人の位置は入れ替わっていた。

 エトワールは左肩の肩当が吹き飛び、鮮血が出ている。

 シリウスは胸をざっくり斬られていた。普通なら即死である。しかし、

「私に銀や聖なる安っぽい魔術なんて通用しませんよ」

 ふりかえるシリウスの胸はみるみる治っていく。

「う、く!」

 エトワールは肩を斬られ、出血している。鎧がなかったら左腕を無くしていただろう。

「まあ、多少卑怯ですが、私の勝ちですね。エトワール、首を貰いますよ」

 のっしのっしと迫ってくるシリウス。

 ビアンカは助けに行きたかったが、狼男の強力な奴に手を取られていた。

 この狼男は腕が多く、ビアンカは手足を取られて動くに動けない。

 よだれが顔にかかる。銀のナックルで殴って顔面を潰すが敵はへこたれない。

「逃げろ! エトワール!」

 そう叫ぶのがやっとだ。

 出血に苦しむエトワールの肩を掴むシリウス。

「劣化狼男にはならないのですね。また、あのクマ小僧の精霊ですか、忌々しい」

 苦しむエトワールだが、シリウスの意に反して、顔を笑いに変える。

「……フフフ」

 エトワールの笑い声。

 状況から考えても、無理がある。

「何がおかしい。負け惜しみですか」

 シリウスは怪訝な顔。

 ゆっくり、剣より鋭い爪を振り上げる。

「お前らの負けだから笑ったのだ」

「はて、なんのことやら。あるのはあなた方の絶望だけ。もう、終わりですよ」

 しかし、シリウスの耳には何かおかしな音が聞こえた。

「逃げろ、怪物だ!」「なんだ、あの剣は」「熊だ、巨大な熊だ!」

 はっと振り向くシリウス。

 彼の目には、巨大な存在が見えた。

 黒く巨大な怪物。

 漆黒の巨大な両手剣を振りかざし、

「グオオオオオオオオ!」

 熊の咆哮が『死霊の都』を震えさせる。

 ブンと振り下ろす巨大な剣。 

 まるで野菜でも切り飛ばすかのように、戦士たちを苦しめていた一匹の狼男を真っ二つにした。

「まさか、あれは、翔一か!」

 シリウスは驚愕して目を剥く。

 銀色の美しい光を発しながら、漆黒の魔剣はシリウスの部下を両断していく。

 殺された人狼たちはピクリとも動かない。

 再生もできず、そのまま死ぬだけなのだ。

 シリウスは本能で危機を感じた。

「あれには、勝てない。……今は無理だ」

 シリウスはそうつぶやくと、全力で戦場から脱出する。

「逃げるのか、卑怯者!」

 エトワールの声が聞こえるが、彼はふりかえりもしなかった。

 がれきが崩れ、ホブゴブリンの悲鳴や、狼男たちの絶叫が木霊する。

「魔聖剣『ジルバール』! 真っ二つになりたい奴はかかってこい!」

 巨熊の叫び、知性のある敵たちは恐慌に陥った。

「逃げろ!」「勝てるわけがない!」

 敵はそう叫ぶと、全力で背中を見せて逃げ惑う。

 生き残った戦士たちは、勇気を取り戻して敵を追い詰めていく。

 やがて、悲鳴は消え、戦士たちの勝鬨が聞こえる。

「怪我をした戦士たちはゴル・サナス様の精霊治療を受けろ」

 誰かの声。

 戦士たちは安どのため息をつく。


 翔一は剣が完成した時、それがどのようなものでもよかった。

 ただ、仲間を助けたかった。

 血の匂いは廃都に充満している。それが敵の血だけではないのはわかっていたのだ。

「翔一殿、それは聖と魔、法と混沌、希望と絶望、全てを兼ね備えたものとなった。魔聖剣とでもいうべき存在だ。全ては持ち主の心によって決まる武器なのだ、それを忘れないでくれ、暗き光『ジルバール』と名付けよう」

 ゴル・サナスの声にうなずく翔一。

 大祈祷師は見たこともないような巨大な赤い精霊を呼ぶ。

 翔一はそれを喰らうと、巨獣と化した。

 出口を破壊して、外に出る。

 ふと、視線を感じて空を見ると、巨大な人狼が霞んで見える。『原初の野獣』だった。

 彼は何もいわなかったが、不思議と満足げだった。

(因縁が断ち斬れたことを喜んでくれたクマ、たぶん)

 翔一は夜空に剣を掲げる。

 存在は消えた。

「逃げろ!」「なんて怪物だ!」

 翔一は人狼を稲妻のように斬り伏せて行く。

 戦場を飛ぶように駆け抜け、目につく人狼たちの首を刎ねる。

 いち早く逃亡したシリウスは討ち漏らしたが、彼の部下は誰一人生き残らなかった。

 シリウスの部下たちは相当な実力者ばかりだったのだろうか。

 しかし、魔聖剣をふるう巨熊翔一の前には無力だった。

 早さ、強さ、威力、全てが彼らより上だったのだ。

(『ジルバール』は聖剣『フェルシラ』より間違いなく強い剣……)

 敵が見当たらなくなった時点で、翔一は魔聖剣を月にかざして見た。

 漆黒の刀身。銀色の清浄な光を醸す。

 美しいといえるだろう。しかし、ふと、『フェルシラ』が恋しくなった。


 敵は逃亡全滅し、廃都に静寂が訪れる。

 翔一は子熊に戻った。『ジルバール』は精霊界ポケットにしまう。


 戦士たちが集まってくる。

 多少なりとも全員何か怪我を負っていた。

 長く幅の広い階段があり、皆、そこに座って休息を取る。

 階段を登り切った場所に台があり、ゴル・サナスや翔一など、主だったものが立つ。

「者ども、聞け。翔一殿は世界最強の魔聖剣『ジルバール』の主になった。真の『勇者』は彼だ。彼は無理やり召喚され人熊の呪いを受けた異世界の人。世界に何の責任も負わないのに、ただその善良さだけで我らのために戦ってくれる。悪魔鳥も吸血鬼王も魔王すらも倒した。魂と肉体に傷を受けながらだ。翔一殿の勇気と犠牲。この者を『勇者』と呼ばず、何者を『勇者』と呼べばよいのか!」

 ゴル・サナスは戦士たちの前でそう宣う。

 人々は静かになる。

 翔一がそのような存在だと誰も知らなかったのだ。

 単なる、可愛い子熊だと思っていた。

 人々は自然と膝をつき、翔一に敬意を示す。

「僕はそんな偉い人ではないクマ。ただ、目の前で困っている人を助けたいだけでここまで来たクマ」

 翔一は皆の反応を見て慌ててしまった。

「そう思って、あなたほど行動できた人はいないわ」

 エルザがほほ笑む。

「お主は真の『勇者』大英雄だ。俺が保証する。いいか、翔一に不満がある奴はまず、この俺、エトワールに文句をつけに来い!」

 エトワールが声を上げる。

 彼は暗に天罰騎士のような考えの奴らに警告をあたえたのだ。

「そうだ、俺たちは『勇者』のために戦う!」「翔一殿万歳!」「真の『勇者』に剣を捧げよ!」 

 戦士たちは口々に叫ぶ。

 ゴル・サナスのオークの護衛達も血塗れだったが、にんまりと満足げだった。彼らは以前から翔一を英雄と認めていたのだ。

 知らぬは人間だけだ。

 戦士たちの胸に、熱い思いが去来する。

 人々に認められる真の『勇者』の出現は何百年も前の話なのだ。

 人々は誰にも助けられず、苦しみの中で生きてきたのだ。


「おい、のんびりやってる暇はないぞ。偽勇者から聖剣とあれを取り戻さないとな」

 空気を読まないフロールがやってくる。

 彼は伝説など歯牙にもかけず、現実しか見えていない。

 足は少し修理したようで、前よりはスムーズに歩いている。

 エルザは苦笑しながら、

「皆、早急に撤収準備を。朝にはこの街を出るわ」

 エルザの指示に人々は重い体を上げて、戦場を整理する。

「わしはすぐに帰還する。翔一殿元気でな」

 ゴル・サナスはしわしわの顔を笑顔にする。

「お婆さん、まだ暗いから休んで……」

 翔一はゴル・サナスと一緒に居たかった。

 彼を理解してくれるのはごくわずかな人間だけなのだ。

「精霊が闇を照らしてくれる。わしはオークの女。闇の娘。わしのことは気にするな」

 オークたちは去った。

「翔一、今日は休め。明日早いうちから出発する。偽勇者に早く一泡吹かせないとな、気が晴れないぜ」

 そういうと、フロールは広間に戻って横になる。

「僕も寝るかな。ちょっと疲れたクマ」

 翔一は毛布を引いて、フロールの横に寝る。

 少し気持ちが高ぶっていてなかなか寝付けなかった。

 フロールがかすかに寝言をつぶやく。

「涼子……」

 翔一はフロールの寝言を聞いた。

2020/8/13 細かなミスが多かったようです。修正しました。

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