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52 『混沌』のマナ

 翔一とフロールはノロノロと作業を進める。

 散らばった荷物を纏め、精霊界ポケットに放り込んだ。

 フロールは、雨の中、がれきで墓標を作りあげる。

「クマクマ」

 チビクマがどこで見つけてきたのか、花を摘んできた。

「ありがとう、心配いらないよ」

 翔一は花を涼子の墓に添える。

 フロールは墓を作った後、壊れた人形のように動かない。

 ダークファングがうずくまって、フロールが動くのを辛抱強く待っていた。

「フロールさん、僕を刺したのはヴィックさんたちです」

「……このまま帰る気が起きない。奴らを追うぞ」

 フロールはぼそりとつぶやく。

「大雨が降って、匂いは追えないです。あいつらは聖剣と心臓の入った箱を持って行きました」

「……持って行ったものがヒントだ。青い聖剣は……あいつは聖剣の主じゃない。自己顕示欲のために使うのだろう。心臓はよくわからない。あれの正体を奴らは知っていたのか?」

「グロウギルなら何か知っているかも知れない。あの人は撒き散らされた荷物の影で一切を見ていたんです。雨の音がうるさいから、広間まで行きましょう」


 二人は広間に移動し、グロウギルを出す。

「キキー、さあ、どうだったか……そうだ、あの神官の奴が神託で心臓の正体を探るといっていたぞ」

「あんた自身は何も知らないのか」

「奴らの受け売りだが、あれは高位の魔術者がやる術だ。心臓をあのように封印しておけば、自身は不滅になる。しかし、心臓を抑えらえたら、そいつのいいなりになるのだ。余程すごい奴の心臓だぞ、あれは」

「魔王が持っていたのだ、魔王が誰かをいいなりにしていた。たぶん、今現在、邪悪なことをやっている術者だな」

 フロールは腕を組んで考え込む。

「『七人の魔女』筆頭のガラエルではないのか。あいつ、昔はそんな悪い奴じゃなかったぞ」

「ガラエルのこと何か知っている?」

「ガラエルはネクロマンサーだ。しかし、奴が得意なのはそれだけじゃない。ダナのように魔術全般に通じている。ダナと違うのは死神の巫女だということだ」

「悪い術に通じているなら、悪人だと思うよ」

 翔一は素朴な感想を述べる。

「それが素人の浅はかさだ。術を使えても、それだけでは悪人ではないぞ。ガラエルは大昔から生きている。半神なのだ。しかし、奴は死神を崇拝する宗教を宰領していただけで、特に悪事もやっていない。どちらかといえば逆だ。昔は亡者の災禍を抑えたなんてことも聞いことがある」

「カルネスで女王なんだろう? ホブゴブリンの女王。俺たち二人は異世界人だ。カルネスのことはよく知らない。教えてくれ」

 フロールが珍しく頼む。

 グロウギルは頼られたのがうれしいのか、色々と話してくれた。

「カルネスは白鱗山脈の北限で栄える交易都市だった。しかし、長引く戦乱のために、ホブゴブリン勢力の支配下に入った。これは百年以上も前のことだ。ホブゴブリンはあの辺りで、邪悪な妖術師が異世界から連れてきて、繁殖したという」

「その妖術師のことは?」

「それは不明だ。そいつがガラエルだという意見もあるが、真偽はわからない。わかっていることは、広沃野と呼ばれた、レイド王国の中心部を今の死人荒野に変えたのがガラエルだということだけだ、ホブゴブリンの勢力を増やして、近隣国家にケンカを売っているもの彼女の指示だろう」

「仮にガラエルの心臓として、あの心臓を手に入れたヴィックは何をするつもりなんだろう。やはり、公認勇者だから倒すつもりかな?」

 翔一は首を傾げる。

「あいつはそんな善良さなんて欠片もない奴だ。たぶん、その魔女を奴隷化する」

 フロールは決めつける。

「公認勇者というのは、大会があってそこで優勝した奴が勇者の地位を得る。各国から寄贈された強力な装備を手に入れて、魔物退治の旅をする名誉職だ。しかし、何か善良さがわかる基準などがあるわけではない」

 グロウギルの蘊蓄。

「神託とかでそういう地位になるわけではないの?」

「信仰の奇跡というのは神の世界から力を引っ張る技術であって、神様が何かやってくれるわけではない。神は意思を示さないのだ。昔は違ったようだが、ヒヒヒ」

「俺の世界でも宗教家は神じゃなくて金の力ですべてを制する。神の意志とか思いなんて全く意味のないのもだ」

「じゃあ、あのヴィックは暴走して魔女を奴隷化して……それからどうするんだろう」

「さあな、たぶん、自分の欲望を満たすんじゃないか。俺の見た感じではあいつは下層の犯罪者とほとんど変わらない雰囲気だ。欲望だけで生きている。人を背中から刺すのにためらいもない程、欲望が深いんだよ」

「吸血鬼王を倒したって世間にいって、皆から喝采浴びる方を選ばないの?」

「奴が選んだのはお前から奪う事。同時に名誉もか……不可能ではないけど……証拠もないからな、吸血鬼王を倒したといっても。あの剣の残骸くらいか、証拠は」

 怪しい魔力を持った吸血鬼王の剣の残骸が落ちている。

 相当な魔剣である。

 翔一は適当な袋に詰めると、聖性精霊で封印して精霊界ポケットに放り込んだ。

「こんな危ないものは放っておいてはいけない」

「とにかく、ここにいては情報も集まらない。ここを出て……エラリアに戻っている場合じゃないだろう」

「吸血鬼王を倒したことは報告しないんですか」

「報告は手紙か伝令に頼んで誰かに託そう。今は陸の孤島のエラリアに行くより、世間とつながっている青剣城に行って情報を集めたらどうだろう」

「わかりました、そうしましょう」

 二人は準備を整えると、廃墟の街を出る。

 フロールは一度だけふりかえり、涼子の墓をちらりと見た。


 青剣城城下町に入る。

 門はフリーパスで通れる。

 翔一たちは、少なくともこの街だけは普通に入れるようだった。

 天罰騎士はこの街にはいない。

 翔一から逃げる残党を倒しただけとはいえ、あからさまに天罰騎士を攻撃したのだ。

 彼らは、滞在を許されず、レイド王国まで逃亡したようだ。

 エルザに面会を求める。

「あら、お久しぶりね」

「ああ、すまんな世話になるぜ」

 フロールはお辞儀する。

 傍らに彼女の廷臣もいるので、礼儀は欠かせない。

 翔一はエルザの城に入ったあたりから、うつらうつらして、エルザに挨拶する前に座り込んで寝てしまった。

「どうしたの、クマ君」

「疲れ切ったのだろう。あまりに過酷な試練だったから……」

「本当、寝ているわね」

 エルザは翔一の様子を近寄って伺う。

「すまんな、寝かせてやってくれ」

「ええ、いいわ。誰か、寝室に彼を運んで」

 エルザが呼ぶと、召使がやってきて来客用の寝室に翔一を運んだ。

「いったい何をやってきたの」

「内密なんだ」

「いいわ、下がって」

 廷臣たちは頭を下げて立ち去る。

「『死霊の都』で公認勇者のヴィックと共闘して吸血鬼王を倒した」

「すごいわ! ありがとう。さすが聖剣の主と勇者ね」

 エルザもにっこりである。

 アンデッド勢力が衰えるのは確実なのだ。

「翔一と俺は吸血鬼王の本体を叩くために神界に行って、吸血鬼王の息の根を止めた。神界で出会った英雄たちに力を借りたがな」

「勇者もさすがね、神界まで行くなんて」

「あいつらは行ってないぞ。行ったのは俺と翔一だけ」

「あら、そうなの、公認勇者のくせにおじけづいたのかしら」

「あいつらは俺たちが帰ってくるのをじっと待っていた。そして、帰って疲れ切っていた翔一を背中から刺した」

「え、そんな、まさか……」

「奴らは聖剣と誰かを奴隷化させるアイテムを奪い、翔一は心臓を焼かれた。俺は涼子の心臓を翔一に移植して蘇がえらせた」

 淡々と述べるフロール。

「移植ってどういうこと、涼子さんは」

「死亡した……俺が殺した」

「……どういうこと」

「彼女は人間に見えるが、あんたらの言葉でいえば肉のゴーレムなのだ。だから、彼女の命より翔一を優先した」

「……そうね、仕方がないわ。確かに、あの子は少し存在感が希薄だったわね」

 視線を落とすエルザ。

「俺たちは公認勇者のヴィックを探している。うわさを聞いたことはないか」

「『死霊の都』から、こちらには来ていないわ。あの人たちは皆が注目してるから噂にならないなんてことはない筈よ」

「奴らの情報を集めてくれないか、頼む」

「いいわ、あなたたちは恩人だもの。でも、あの公認勇者がそんな卑怯者だったなんて……」

「そうだ、エラリアのコンラッドに手紙を出してくれないか。吸血鬼王を完膚なきまでに倒したことと、翔一が聖剣を奪われて、その奪還に出るのですぐには帰れないことを伝えないと……」

「ええ、任せて、書記官呼ぶから」

「俺たちがいなくて、エラリアが心配だが。早く勇者の件は片付けたい」

「各国に、エラリアを助けようという動きは出始めているけど、まだ具体的なの聞かないわね。青剣城も出せる余裕はないわ。お金で冒険者雇って送るぐらいかしら」


 フロールは神界に行ったことまでは伝えるが、その後の『原初の野獣』を解放した話は、その時、あえていわなかった。

 人狼人獣たちに関係ある話であり、彼にもその結果が現実界にどのような影響を与えるかわからなかったからだ。

 しかし、フロールには気にかかることがあった。

「ところで、マナを持っている存在が死んだらどうなるか知ってるか」

「いきなり、変なこと聞くのね。マナの主が死ぬと一旦失われるけど、その内、それを手に入れる人間が現れるって話よ。生まれつき持っていたり、超自然の存在から与えられたりという感じでね。とにかく、マナの主はこの世に同時には一人しかいないというのがルールらしいわ」

「フム、じゃあ、いずれ出るってことか」

「心当たりあるの? どのマナよ?」

 エルザは興味津々である。

「『混沌』のマナってどうなんだ、強いのか」

「……え、そんなのを個人が持ったら、それこそ魔王じゃないかしら。多分、邪悪な方のマナよね。単純な力ほど強力で、世界に害を及ぼすわ」

「……うーん、じゃあ、まずいことをやったのかな。俺。『混沌』のマナ持った奴を殺してしまった」

「詳しく、教えてくれるかしら!」

 絶対、言い訳させないという気迫でエルザが詰め寄る。

「お、おちつけ!」

「おちついていられないわ!」

「俺たちは吸血鬼王を殺した後、『原初の野獣』に導かれて、エパットの宿精を殺した……」

 フロールは、結局、その後の経緯も話す。

「じゃあ、そのケーネの宿精って奴が『混沌』のマナの所持者なのね。神みたいな奴なら、まだ死後の世界に居て、マナを持ってるかもしれないわ。あなた、精霊界でも何でもいいからそいつを呼んで、何かにそのマナを封じるの」

「そ、そんなオカルト臭いこといわれてもな。ゴル・サナスの婆さんに頼んだらどうだろう」

「勇者を追うのは待ってもらうわ。ゴル・サナス様に早馬飛ばすから、彼女の返事を待って行動してちょうだい」

「わかった」

「……あなたがそうやってすぐに暴力ばかり振うからこんなことになるの、ちょっとは責任感じなさい!」

「誠に遺憾に存じます」

 直立姿勢で謝るフロール。


 翔一とフロールはここで足止めを喰らうことになる。

 伝令は優秀な冒険者が雇われて、即座に出発した。

 ゴル・サナスは事態を知って重い腰を上げると、二週間後に青剣城を訪れた。


「お婆さん。こんな遠いところまで来てくれてありがとうクマ」

 翔一は頭を下げる。

 既に体は完全に回復していた。

「翔一殿、気力が落ちているぞ。何があった」

 ゴル・サナスと護衛達はお忍びで来ている。この訪問は非公式なのだ。

 それでも、うわさにはなっているのか町は騒然としており、オークの大物を一目見ようと大勢の人がうろうろしていた。

「涼子が死んだのだ。俺の責任だ……」

 フロールがうつむく。

「……お主の責任ではない」

 なぜか断言する大祈祷師。

「聖母様、よくぞおいで下さいました」

 エルザはにこやかにゴル・サナスに挨拶する。

 彼女はエルフ神殿のあまり知られていない神の入信者であり、女神アーマーラとは友好関係にあるという。

「手紙である程度のことは知っておるが、詳しく教えてくれ」

 ゴル・サナスは応接室に案内されると、そう告げる。

 フロールは吸血鬼王を倒し、神界で起きたこと、そして、翔一が生死の境をさまよったことを告げる。

「あの公認勇者と申す奴ら。背後から味方を襲い、物を盗んで逃げるとは……心底下劣な奴だ……我が配下の話ではホブゴブリンのカルネスに入ったと報告があった。しかし、今は、『混沌』のマナじゃな。確かに放置はできない。心の歪んだものが所持すると、この世は地獄になるやもしれん」

 ゴル・サナスは既に何か考えていたのだろう。大きな帆布のようなものに、複雑な魔法陣を描いて持参していた。

「これで施術を行う。やはり、施術の主導者は翔一殿がやるべきだ。なぜなら、神界の冒険は翔一殿のものであり、フロール殿はお主の運命の延長で行動したのだ。ケーネとその宿精はお主の運命が殺した……霊を呼ぶのであるなら、翔一殿が最も因縁深い」

 大祈祷師の言葉にうなずく翔一。

「この術は高度というだけではなく、非常に危険だ。翔一殿は覚悟せよ」

「わかりました。術には命を懸けるクマ。僕には責任があります」

「よくぞ申した。事の発端である『死霊の都』に出向き、吸血鬼の広間で術を行う」

 ゴル・サナスは翔一が所持している呪物を詳しく聞く。

「わしの持参した、ユニコーンの角。フロール殿が持ってきた混沌に汚染された骨の聖剣。そして、骨の聖剣。形を持たせるため、吸血鬼王が使っていた魔剣。この四者を持って、『混沌』のマナの依代とする。つまり、一振りの剣を作って『混沌』のマナを封印する。お主はエパットの宿精がかぶっていたマスクと獣の皮を被ってケーネの宿精を呼べ」

「バランスが悪に偏っているように思うクマ」

「混沌魔力自体は悪ではないぞ、悪とはっきりいえるものはその壊れた魔剣だ。善が多く、混沌は同等、悪が一つ。この術が完了すると『混沌』のマナをもつ魔聖剣とでもいうべき剣が出来上がる」


 この大規模な儀式の概要は既に早馬で伝えられており、青剣城の方では準備が整っていた。

 護衛部隊は冒険者のエトワールとビアンカが率い、ゴル・サナスと配下、翔一、フロール、エルザは数日後には『死霊の都』に到着していた。

 血で汚れた広間は清掃され、聖別される。

(ここで起きたことは一生忘れられない)

 儀式の準備を行いながら、翔一の胸には様々な思いが去来した。

2020/8/9 固有名詞を修正しました。

2020/8/11 助詞の微修正

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