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51 雨の中 

「やれやれ、涼子、探したぞ。どこに行ってたんだ」

 フロールはぶつぶついいながら、広間に入ってくる。

 彼の目に入った光景は彼の心の理解を越えた。

 二つの血だまり。

 一つは血塗れの子熊。

 もう一つは、血塗れの女。

 翔一と涼子だった。

 翔一はピクリとも動かない。

 涼子は虫の息。

「涼子! 何があった」

 涼子は答えられない。

 フロールは涼子に無線で接触した。

「メインの人格は起動しないか、予備の人格起動」

「……はい、ご主人様」

 死にかけの涼子の体だったが、独立した予備人格に移行すると最低限の応対はできるようだ。

「何があった」

「公認勇者一行の四人組が翔一さんを背後から襲いました。私は彼らを排除しようとして……」

「お前ひとりで勝てる相手ではないぞ」

「暴走してしまったようです……」

「……今はいい、それより、どうしたら……お前は治るのか」

「私は治る可能性はあります。しかし、総合的修理ができないので、短期間の生存になるでしょう」

「具体的には?」

「三年以上臓器は持ちません。破損が大きすぎます」

 フロールのスコープが一瞬動きを止めた。

 涼子は無感動に自分の傷をナノマシンで塞いでいる。

「……翔一はどうだ」

「翔一さんは死亡、しています」

 涼子は目のセンサーを光らせて感情なく告げる。

「よく調べてくれ」

 フロールは涼子の体を起こして、翔一を調べられる位置に置く。

 涼子は診断始めた。

「心臓への一撃が原因かと、エネルギー兵器の類だと考えられます」

「傷口が焼け焦げているな、死んでから間もないぞ。まだ温かい。心臓を一突きだ。なぜ治っていない」

「委細は不明ですが、心臓が完全に停止し破壊されています」

「こいつは不死身だ! 生き返る可能性は?」

「私の技術では死亡状態と認識します」

「何か手段はないのか!」

 フロールは必死だった。

「心臓を移植すれば或いは……」

「心臓、お前のか……」

「はい、私の心臓は人口臓器で汎用、血液も汎用。免疫の妨害もありません。移植すれば、彼は生き返る可能性があります」

 フロールは一瞬無言になった。

 しかし、迷っている時間はない。

「……すまない。涼子。翔一に心臓を与えてくれないか」

「はい、わかりました」

「死ぬってことだぞ、わかっているのか!」

「はい」

 涼子は感情なく答える。

 フロールは覚悟を決めた。

「心臓移植のアプリを入れる。データをくれ。それ以外の準備はお前がやってくれ。手術道具はあるか」

「ほかにもいくつか入れてください」

「指示してくれ」

 涼子は腕の血管を引き出すと、それに針を挿入して翔一に輸血を開始する。

 そして、体から簡易のメスやその他道具を取り出し、広げた。

「ジャックを入れて私を直接操作してください、心臓を取った後はご主人様のポンプで翔一さんに輸血を」

「わかった、アプリを入れる」

 フロールは涼子と有線でつながる。

「スタンガンにアプリを入れて、除細動器にしてください」

「わかった」

 涼子は自身の機能を絞り、最低限の部分だけを生かすようにした。心臓以外はほとんど動きを止める。

 フロールは作業用アームで翔一の毛皮を剃り、蒸留酒を撒き、必要なものを消毒した。

 作業用トーチで水を沸騰させる。

 涼子は人工皮膚を剥がし、筋肉を開いて心臓は剥き出しになった。

 骨はコマンドで簡単に外れる。

「ナノマシンで臓器を外します。そこで私は機能停止しますので、それまでに翔一さんの心臓を切除してください。輸血はバイパスを」

 フロールはうなずき、レーザーで翔一の体を切り開くと血管を切って心臓を取り出す。

 無残に焼け焦げていた。

(あの野郎ども……)

 フロールは心臓を横に置く。

 次に、涼子の心臓を取り出す。

 彼女の目はすーと生気を失った。

 翔一の血管を涼子の心臓の血管と一つづつ縫合していく。

 フロールは涼子のナノマシンを遠隔稼働させて、心臓血管の縫合を補助させる。

 その間、涼子の口と肺を動かし、人工呼吸させた。

 涼子の体をジャックから操作して、呼吸器にするのだ。

 翔一の体と涼子の心臓血管との縫合が終わった。

「ふう、次は体の縫合だ」

 皮膚の縫合はホッチキスで素早く行った。

「心臓を動かさないと……」

 電撃で心臓を稼働させる試みをする。

「一、二、三!」

 ドンという音と共に心臓を刺激する。

 動かない。

「威力を上げて、一、二、三!」

 ドン!

 動かない。

 フロールはあきらめずに繰り返す。

「絶対死ぬな、絶対生き返れ!」

 心臓マッサージを行う。

 それでも動かない。

 フロールはホッチキスを外して、皮膚を開き、心臓を直接マッサージした。

「生き返れ! 死ぬな! お前が死んだら、涼子の犠牲はどうなる! この世界はどうなる! エラリアはどうするんだ! この俺はどうしたらいいんだ!!!」

 無人の廃都にフロールの叫びが木霊す。


「ねえ、クマちゃん」

 起きたくない。この世は苦しみばかりだ。

「起きて、クマちゃん」

 リリーの声だ。とても可愛い。

「僕は、もう、疲れたよ」

「駄目よ、まだまだ人生はあるじゃない」

「君は人生を生きる間もなく死んだ。僕はつらいんだ。僕だけ生きていいのか」

「いいの、私のことは。あなたが気にかけてくれただけで。でも、あなたは……」

「僕は……」

「あなたが死んだら、お友達が可哀想よ」

「……」

「私、あなたの元気な姿が見たいわ」

 翔一には答えらえれなかった。このまま闇に沈みたい気持ちが強い。

 リリーの気配が消えた。


 不安になって、辺りを見る。

 暗い部屋だ。

 全てが霞んでいる。

 日本の住宅のようだった。懐かしく、見覚えがあるような気がした。

 大きくてどっしりした梁、古い家の大きな部屋。

 しとしとと、外では雨が降っているらしい。ひんやりとした湿気。

 ふと見ると、ひとりの女性が座卓の前に座っていた。

 背中を向けているので顔は見えない。

 疲れ切っているような細い背中だった。

「お母さん、元気出して。絶対大丈夫よ」

 少女が部屋に入ってくる、顔は霞みがかかって見えない。

「ええ、でも、これだけ探しても……」

「警察の人はなんて?」

「全然手掛かりがないらしいわ。いたずら電話の情報はあるけど」

「……そう」

 痩せた背中。長いまつげから涙がポトリと落ちる。

「私、どうしたら……」

「今日は私がご飯作るから、お母さんは座ってて」

 少女はエプロンをつけると、どこかに行ってしまう。

 この座っている女性は誰だろう、どこかで見たことがあるような……翔一は首を傾げた。

「どこに行ったの! 翔一! ううぅ」

 女性が涙を流しながら叫んだ。

「!?」

 翔一は大きく目を見開く。


 いつもの海岸にいる。

「僕は死んだんだよね。あの勇者に殺されて」

 アリアに告げる。

「ええ、でも、まだあきらめては駄目よ。あなたの友達が必死に蘇生しているわ」

「僕がここで死ぬ運命なら、もう道は選ばなくても……」

「諦めるなら、選ばなくてもいいわ。あなたの友達は一人になる」

「どういうこと?」

「自分で決めなさい。私はあなたの意思を尊重するわ」

 翔一はため息をつき、白い道を目指してゆっくり歩く。

「僕は生きるよ。フロールさんが心配だ。あの人は強いように見えて、全部自分で抱える人なんだ。カッコつけてるだけで本当は……」

「ええ、ありがとう。世界のためにも」

 アリアは背を向けて答える。

「レベル十になりました」

 どこかで声が聞こえた。


 ザーッ

 外でかなり強い雨が降っている。

 翔一が目を覚ました時、涼子に口をふさがれて、抱かれるような姿勢だった。

 涼子の後頭部からジャックが伸び、フロールと繋がっている。

 涼子の体は氷のように冷たく、涼子の肺は無理やり電気信号で動かされて翔一に空気を送っていた。

 彼女の胸が開き、赤い内臓が見えている。

 フロールは翔一を見ていない。

「帰って来たか、よかった」

 フロールはそうつぶやくと、涼子を外した。

 翔一を毛布に横たえる。

「……」

「いかにタフなお前でも、生き返ったばかりだ、休んでおけ。俺は涼子を埋葬する」

 ここは吸血鬼王と戦った広間だ。

 フロールは涼子を背負うと、よたよたした足取りで雨の降る外に出た。

 広間から直接庭に出る扉がある。フロールと涼子はそこを抜けると、雨に打たれずぶぬれになった。

 広間には大きな窓が幾つもあり、彼らの姿が見えている。

 翔一は心臓さえ動けば、回復は異常な速度で始まった。胸の皮膚はすぐにくっつく。

 散らばるアイテムの中に、嫌な視線を感じた。

 見ると、グロウギルがいる。

 重い体を引きずりながら、グロウギルの瓶を手にした。

「何があった、全部答えろ」

 喉がひりひりする。声がかすれていた。

「おまえは、白い鎧の戦士……黄金の指輪をつけた男に背後から刺された」

「公認勇者ヴィック・カース……」

「奴らは聖剣を盗んだぞ、あと、心臓もな」

「心臓?」

「魔法の箱に入っていた奴だ、魔王から盗んだだろ」

「ああ」

 魔力は強いが、目的不明のアイテムだ。

「それから、死んだお前を発見したあのタマゴ野郎は、下僕の女から心臓を取り出して、お前の焼けた心臓と入れ替えた」

「そんな……」

「まさか生き返るとはな、そんな方法で。やはり貴様は化け物だ」

 翔一はグロウギルを空っぽの精霊界ポケットに放り込むと、フロールを探しに外に出る。

 外は穢れを流すように、強い雨が降り注いでいた。


 広間の外は屋敷の中庭で、枯れた植物が並んでいる。

 崩れた石造建築。

 涼子は倒れた大きな柱の上に寝かされている。体には毛布が掛けてあり、無残な体の傷は見えない。

 雨が涼子を打つ。

 フロールは庭を掘っていた。

「フロールさん! なぜなんです! 僕はそんな方法で生き返りたくなかった!」

「だまれ! 俺は機械を一つ壊してお前を生き返らせただけだ!」

 雨の中で叫ぶ二人。

「そんなの……僕は」

「涼子は機械だ。人間の命だったらどちらが大事か。しかもお前はこの世界の英雄だ」

「……涼子さんは人間です!」

「涼子は俺が半額セールで買った機械だ。肉でできていても、人工知能があっても……機械なんだよ……。全て、俺が決めた。俺が涼子に心臓を差し出すように命じた。あの娘は何のためらいもなく心臓を差し出した」

「……」

 雨が彼女の顔を綺麗に洗い流している。血に汚れていたが今は美しい。

 顔だけ見ると眠っているようだ。

「俺を憎め。俺が全て悪い。俺がお前を生かすと決めたんだ」

 翔一は雨に打たれながら、涙を流していた。

「……」

「中で休め。体を回復させてから、怒るなり泣くなりしろ。涼子の心臓を無駄にするな」

 翔一は背を丸め、無言で広間に戻った。

 そのまま座り込む。

 ふと、外を見ると、薄い霊体が黙々と穴を掘るフロールの背中を撫でていた。

「涼子さん……」

 翔一は涙が止まらなくなった。




お読みいただき感謝申し上げます。

評価ブックマークありがとうございます、励みになります。

2020/8/8~11 説明不足、誤字など若干修正しました。

2020/8/15 若干加筆修正しました。内容に変化はありません。

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