50 エパットとケーネ
丈の高い草が永遠に広がる草原。
月が出ていたので多少は明るいが、遠くが見えるわけではない。
翔一はフロールと乗用狼の匂いを探した。
意識を集中すると、はっきりとわかる。
(微かにフロールさんの油の匂い、ダークファング君の匂いもある)
翔一は四足歩行になると、後を追う。
かなり長い距離を移動する。
(どのくらい遠くまで行ったのかな。フロールさんなら何も考えずにずんずん突き進んでいきそうだ)
焦りも感じていたが、苦笑もする。
やはり、どこか調子はずれな人なのだ。
翔一はとにかく足を止めずに走り続けた。
気が付くと朝だった。
ダークファングが小さな岩の上で座っている。
丈の高い草はなくなり、くるぶしぐらいの草が生える草原になっていた。
狼の前に、金属の塊が転がっている。
翔一が慌てて、近寄ると、
片腕の取れたフロールが横たわっていた。
「フロールさん!」
声をかける。
草叢の中に倒れていた。
ピクリとも動かない。LEDの明かりもなかった。
泥まみれだ。
(電源が切れている? そうだ、主電源を……)
以前、教えられたパネルを開けて、主電源を押す。
機構の作動音がした。
全部のLEDが点滅をする。
「主電源オン。起動します」
無機質な女性の声。
やがて、
「お、ここはどこだ」
フロールの声を聞いて、ほっとする翔一。
「フロールさん、なにがあったんです」
「突然電源が切れて、たぶん、狼から勢いつけて落ちたんだ……腕が取れた、嵌めてくれるか」
翔一は腕を拾うと、ジョイントに嵌める。
簡単だったが、差し込んでいるだけだ。
「以前、ネジが緩んでなくなったんだ。つまらない部品だが、この世界では調達できない」
「大丈夫クマ?」
治らないフロールが心配になる。
「ああ、心配するな、運が悪いと外れるだけだから。一応戦いもできるぞ。いっそ、レーザーで溶接してしまうか」
腕をぐるぐる回すフロール。
「……」
「ここはどこだろう」
「草原の先に白い丘みたいなものがあるクマ」
辺りを見回すと、草原の先に白い大きな隆起が見えた。
「じゃあ、そこに行ってみるか」
フロールは特に問題もなく動けるようだ。
二人で連れ立って件の場所を目指す。
白い丘は巨大な頭蓋骨だった。
超特大のイヌ科の生き物の頭蓋骨である、額に小さな背骨が刺さっている。
「あれが、混沌の聖剣クマ……」
「ああ」
翔一は丘に登っていく。
フロールもダークファングを駆る。
聖剣がはっきり見える場所に来ると、翔一が持っているものと似ているが、明らかに色が赤黒い。
強い混沌の波動がある。
ふわっと空から何かが降りてきた。
鹿の頭蓋骨を被り、ボロボロの獣皮を纏った男。
羽の生えたユニコーンにまたがっている。
原始人のように見える。
「エパットとケーネの宿精?」
翔一はなんとなくそう思った。
匂いが同じなのだ。
ケーネとは違い、有翼ユニコーンは非常に美しくて悲しい深い目をしている。
「いかにもそうだ。私はエパットの宿精、おまえは何者だ」
「僕は翔一クマ。後ろのタマゴさんはフロールさん」
「……」
二人は警戒したが、彼らの優しげな眼を見ると、悪の首魁には見えない。
男はユニコーンから降りる。
すると、有翼ユニコーンは全裸の美女となる。
やはり、どう見てもケーネだった。
フロールは無言で弓を持っているが、構えなかった。
不思議なくらい殺意も悪意も感じないのだ。
「ここまで旅をしてきたものは有史以来ほとんどいない。よかったら、歓迎の宴をするが」
エパットは仮面を取って優しく笑う。
無精ひげの生えた男だが、物静かな雰囲気である。
「ありがとう、よかったら、色々教えてほしいクマ」
一旦、丘を降りる。
焚火と、土器の鍋が用意されていた。
鍋の中は何かの肉をぐつぐつと煮込んでいる。
思った以上においしそうな匂いだ。
「ここのものを食べたら帰れないとかないよな」
フロールはエパットに問う。
「ここは死者の世界ではない、安心していい。しかし、君は口がないから食べられないだろう」
「ああ、腹も減らないからな……」
不思議と、フロールのセリフに諦めを感じた。
翔一はちょっと心配になる。
「どうぞ、おいしいわよ。ウサギの肉よ」
ケーネが木の皿に肉の切り身を盛り、翔一に渡す。
「おいしいクマ―」
パクパク食べる翔一。
素朴なスープと肉だが、旨味が口いっぱいに広がる。
臭味は何らかのハーブで消しているのだろう。
「おかわり欲しいクマ」
「はい、どうぞ。……フフ、可愛いわこの子。私たちの血を受け継いでいるのに。穢れてないわ」
ケーネの宿精は可愛い子熊がすぐに気に入ったようだ。
「それが本来の姿なのだ、われらの血を受けて、おぞましい怪物になることの方がおかしい」
エパットは首を振る。
「あんたらがあの背骨であの怪獣を穢したから、現世の狼男やその類はとんでもない怪物しかいないのだろう」
フロールの声には批判が籠っている。
人肉を喰らうおぞましい怪物を見すぎた。
「そうだ、確かにそうだ。我らの片割れは面白がって悪事をやった。我らは彼らと真逆の性格なのだ。こんなことは望んでいない」
「ええ」
ケーネも同意する。
「では、なぜあんたらは剣を抜かず、ここでぼんやりしているんだ」
「我らはこの地に封印されている。存在そのものが剣を固定する役目を果たし、我らはそれを歯ぎしりして眺めるしかないのだ」
「封印したのはエパットか」
「そうだ、それと、混沌の源」
「混沌の源?」
「このケーネの宿精は混沌のマナを持っている。混沌のマナは世界を汚染するが、持っている者を汚染するとは限らない。彼女の背骨は清いままだが、片割れは聖性を持ちながら、同時に強力に汚染されてしまっている」
翔一は心当たりがあった、あの現実界で見たケーネの圧倒的なおぞましさ。
あれは聖なる者が汚染された姿なのだ。
「ごめんなさい、僕が倒してしまったクマ……」
「いいのよ、どれほど私があいつの死を望んでいたか」
ケーネの宿精はうなずく。
「では、どうすればいい、どうすれば世界のゆがみはなくなる」
「簡単だ。骨の聖剣で私とこの混沌のマナ所持者ケーネを殺し、あの混沌の聖剣を抜く」
「骨の聖剣が二本、いいのと悪いのと、これはどうしたらいい」
「君たちが持ってきたケーネの聖剣は『原初の野獣』である父のものだ。彼に返したらいいだろう。混沌の聖剣……わからない、これはどうしたらいいのか」
エパットが腕を組む。
「もう、太古の時代は過ぎたわ、あなた。聖剣は父に返さず、この人たちにどこかに持って行ってもらった方がいいと思うの。父が聖剣をふるったことが全ての元凶なのよ」
「そうだな、ではそうしよう。君たち、聖と邪この骨の聖剣を現世に持って行ってくれ。後は運命に任せよう」
「では、もういいでしょう。坊やたち、私たちを殺して、あの剣を抜いて現世に帰りなさい」
ケーネはにっこり微笑む。
「ぼ、僕はできないクマ。そんなこと……」
翔一は首を振る。
悪意のある敵が相手なら剣を抜けたが、彼らのように穏やかで心優しい人々に刃を向けることはできなかった。
「優しい子」
ケーネは翔一の頭を撫でる。
「……」
「彼ができないなら、あなたがやるしかないわ」
ケーネはフロールを見る。
「俺のような部外者でまともな人間でもないようなのにやらせるのか」
「無関係だからできるのではないか」
エパットの宿精もフロールを見る。
「わかった、やるよ。あれを出すんだ、翔一」
翔一は気が進まなかったが、『魔退治』の刻まれた骨の聖剣を出す。
フロールは受け取る。
「私からやってくれ、ケーネが死ぬのを見たくない」
フロールはうなずくと、エパットの宿精の喉を貫く。
フロールはためらいもなく全力で刺した。
大穴が開き、血を噴き出しながら死ぬ。
「あなた、私も行くわ。一人にしない」
ケーネの宿精が目をつぶる。
フロールは無言で心臓を貫いた。彼女も一撃でこと切れた。
翔一は目を伏せていた。
「こんないい人たちが、こんな最後なんて……」
「混沌の聖剣とやらを抜くぞ」
翔一がショックを受けているのはわかったが、フロールはあえて無視するように大声を出す。
フロールはびっこを引きながら、丘を登り、背骨を抜いた。
「うわ!」
丘が激しく振動する。
フロールは転がり落ちた。
翔一は慌てて駆けつけ、フロールを守る。
見ると丘は消え、巨大な人狼が立っていた。
「これが、『原初の野獣』……」
あまりに強いオーラ、翔一には魔力の暴風のように見えた。
翔一とフロールは圧倒されて固まる。
しかし、野獣は二人に何もしなかった。視界に入っていたのかも怪しい。
巨大人狼は辺りを睥睨していたが、一声吼えると単なる獣のように去っていった。
深く暗い森があり、彼はそこに消える。
唖然と見ていると、例の大猫が彼を追うように走っていく。
一度だけふり向き、彼女は翔一を見たが、やはり去った。
「何かされるかと思ったぜ。何事もなくてよかった」
「たぶん、現実界では相当なことになったと思うクマ」
「ところでどうするよ、この骨の剣というか背骨」
「二本ともフロールさんが持っていてほしいクマ」
「俺が聖剣の使い手ってガラでもないから、持って帰る役目なんだろう、たぶん」
フロールはエパットの着ていた獣皮で剣をくるむと狼の鞍に乗せる。
ふと、気になって、エパットの被っていた鹿の頭蓋骨を拾う。
「翔一、被ってみろ」
素直に被る翔一。
「凄い魔力がある、魔術を使う時凄く役に立つと思うクマ」
「じゃあ、お前が貰っておけ」
翔一は精霊界ポケットに放り込む。
ふと見ると、土鍋がなかった。
出発しようと思い、先を見ると現実世界が遠くに見える。
「あれだな、さっさと帰るぞ」
二人は草原を駆けた。
ふわっと霧を越えたと思った時、死霊の都の例の屋敷にいた。
吸血鬼王と戦い、彼が逃げた広間だ。
辺りを見ると、死骸も装備の残骸もない。
フロールがいない。
彼の狼の方が足が速く、一歩先に出たのだ。
「よお、翔一じゃねぇか。神界はどうだった」
背後に公認勇者ヴィックがいる。
「吸血鬼王を倒したクマ。もう、あいつに人々が苦しめられることもない……」
翔一はそういいながら、広間の段に座る。
現実界に帰って来たと思うと、安堵の余りため息が出る。
「ふぅ……フロールさんは見てないクマ?」
「ああ、あいつならさっき出て行ったぜ」
いつの間にか翔一の背後にヴィックは立っていた。
「大変だった……疲れた、クマ」
あまりにも疲労が貯まっている。
「じゃあ、永遠の眠りにつきな」
ヴィックはそういいながら、翔一の後ろで剣身を実体化させた。
翔一が振り向こうと思った時には、自身の胸から光り輝く剣が見えている。
背中から心臓を刺され胸まで貫通していた。
肉の焦げる音、翔一は少しもがいたが、すぐに動かなくなる。
ヴィックの剣は聖なる光を帯びた剣、人獣などの再生能力を奪う。
これが普通の剣なら翔一は苦しんでも死ぬことはなかったが、心臓を焼かれ再生もできないとなれば、死ぬ以外に道はなかった。脳に血液が行かず、意識がなくなり、そのまま死ぬのである。
「人獣の貴様が、怪物が、なぜ、聖剣を使う! なぜ、勇者と呼ばれる! その栄誉は俺のためにあるんだ!」
光が消え、翔一は床に倒れ伏す。
死ぬ直前、翔一はヴィックの指に黄金の指輪を見た。
(あ、あれは……)
翔一の魂が死のプロセスに入ると同時に精霊ポケットが力を失い、現実界に翔一の所持品がばらまかれる。
「やったな、勇者殿。へへへ、この熊野郎、いっぱいアイテム持ってるじゃねぇか」
スレッソンが物陰から出てきて、翔一の所持品を調べる。
ゲオルギーネとエンケもいる。
「この聖剣。これは俺がいたただく」
ヴィックは青い聖剣を拾う。
鞘ですらかなりの芸術品だった。抜くのが惜しいのか鞘を観察する。
「ヴィック、この箱見て」
ゲオルギーネは魔法の箱を開ける、心臓が入っていた。
「エンケわかるか」
「これは……最高レベルの魔術師が使うものです。心臓を別管理すれば、それを潰されない限り、不死不滅の存在になれるのです。しかし、これは弱点でもあり、心臓を誰かに取られたら、術者はその誰かの奴隷になります。誰の心臓かは神託を降ろしましょう」
「ヴィック、早くしましょう。めぼしい物だけを奪ったらそれでいいわ」
ゲオルギーネが若干焦りながらいう。
「へ、あんなタマゴ野郎にビビってるのか、あんな……グワ!」
スレッソンはゲオルギーネの言葉に反論しようとして、言葉が止まる。
腹に衝撃を受けたのだ。
見ると、大きな斧が腹の鎧を貫いて、食い込んでいる。
いつの間にいたのか、目を怒りに爛々と光らせた涼子がいた。
「て、てめぇ!」
「翔一さんへの敵対行為を確認しました」
涼子は斧をそのままにして短剣を抜くと、うろたえたゲオルギーネの顔をズバっと斬り裂く。
「ギャー!」
「エンケ治療しろ!」
ヴィックが涼子の前に立ちふさがる。
さすがに公認勇者だけのことはあり、涼子のトリッキーな短剣攻撃を小手で軽く受け流した。
「あいつらの下僕女、意外とやりやがる」
ヴィックが唾を吐く。
背後からメイスで殴ろうとしたエンケの脇腹を、涼子は異様な角度で腕を曲げて刺した。
「こいつ、化け物か!」
しかし、涼子の攻撃はここまでだった。
牡牛のようなスレッソンが涼子にとびかかり抱き着く。
そして、下腹部にナイフを突立てた。
「ふうぅ! 糞女、死にやがれ」
ナイフがねじられ腹を裂かれて、涼子は動きを止める。
苦痛に悶え、赤い血が広がる。
それでも、涼子は短剣でスレッソンの肩を刺したので、エンケとスレッソンが涼子を動かなくなるまで拳で殴りつけた。
「……なんて奴だ」
「地味な下女だと思って油断しましたな」
エンケが傷口に魔術を当てながら答える。思ったより出血が多い。
「翔一、涼子、どこだ!」
勝利に安堵した公認勇者パーティの耳にフロールの声が飛び込む。
「逃げるぞ、急げ。今は不利だ」
ヴィックが小声で促す。
「こ、この、女、よくも私の顔を!」
ゲオルギーネが叫ぶが、エンケが制する。
「怪我が多すぎます。女は死ぬでしょう、退却すべきです」
「ああ」
エンケの言葉に暗い肯定をするスレッソン。
公認勇者一行は怒るゲオルギーネを引きずるように、この場を後にした。
微かに苦しい息を吐く涼子。
「……しょう……いち」
血だまりの中、翔一はピクリとも動かない。
争いを見届けたかのように、翔一の魂はふわっと肉体から離れた。




