49 決戦と別れ
豪華な広間に入る。
前とは違い、何らかの魔術で明るく照らされていた。
敵が待っている。
翔一は赤い精霊を呼んで、大型の人獣になった。
広間には恐ろし気な吸血鬼たち、完全武装である。。
吸血鬼王とその二人の娘もいる。全部で二十人程度だ。
「ようやく来ましたね、勇者と聖剣使い共。我ら吸血種族の真の実力を見せる時が来ました」
「父上、あの熊。許せませんわ、私たちを残酷に殺した奴」
長女のシャザルナ、相変わらず気持ち悪い体の長さだ。
「あの熊……生きたまま皮を剥いで、ぬいぐるみにしてやりたい」
妹のフォアリナも神界では健在だった。
「やはり、熊君が勇者のようだな」
「どうやって、勇者とわかるんです」
「あんな奴でも、長生きしているから過去に見たことがあるんだろう。魂の形とか」
ピットとミレーヌが小声で話し合っていた。
吸血鬼王が剣を抜く。
現実界で見た魔剣より劣るように感じた。
「吸血鬼王よ、貴様のように古くから生きてきた奴も、最後には悪である限り滅せられるのだ」
アモンが巨大な聖剣を構える。
「アモンか……ピット王もミレーヌもいる。おまえたちはわかるが、その熊とゴーレムはどのような因果なのだ」
「彼らは予想外の因果。お前のような悪は思わぬ因果で横死する。悪とはそういうものだ」
ピットが答える。
「フム、では、お前たちが順当な因果で死ぬ結果を見せてやる、者ども邪視をせよ!」
吸血鬼王以下娘も部下たちも一斉に目が輝き、精神攻撃を放った。
全員のチビクマが膨らむ、何かの力を吸ったが、それ以上は防げない。
後は各人の実力である。
敵の邪視はわかっていたが、ドーリンは動きが止まった。
フロールも動かない。
(しまった、何かに負けたクマ!)
翔一も動かなくなった。
しかし、ピットとミレーヌ、そして、アモンは健在で敵に向かっていく。
フロールは赤いLEDが点滅してから弓を構えて連射し始めた。
「行動停止、即、別人格アプリだ」
「聖性精霊!」
ダーク翔一は精霊界にあり邪視が効かない。
吸血鬼は精霊界までは見通せないからだ。
しかし、ダーク翔一は吸血鬼に対してモフモフの背を向けている。彼は用心深い子熊だった。
聖性精霊をチビクマから出して、翔一とドーリンに被せる。
翔一はすぐに動けるようになった。
目の前に吸血鬼が迫り、斧と棍棒を振り下ろす。
「龍昇三段!」
敵の攻撃を無視して飛び上がると、斬りながら敵を踏み、着地と同時に敵の首を刎ねる。
体には少し傷がいったが、無視して振り向きざまに生き残った吸血鬼を真っ二つにする。
傷も治らず、霧にもなれず、塵になる吸血鬼たち。
「翔一、魔法陣を描け、奴らを憎む怨霊を呼ぶ」
精霊界からの声に反応し、翔一は急いで五芒星を描く、
ダーク翔一が吸血鬼を怨む霊を召喚すると、辺りは吸血鬼の魂にしがみつく怨霊で埋め尽くされた。
「こいつら、どんだけ、悪の限りを尽くしてきたんだ」
ダーク翔一が呆れるほど、魔法陣から怨霊があふれ出す。
吸血鬼たちは怨霊に悩まされて、確実に動きが鈍っていった。
どれだけ否定しようと、彼らが虐殺してきた魂たちにいい逃れができないのだ。
英雄の剣を受けて、怨霊の怒りを受けて、吸血鬼たちは劣勢に追い込まれていく。
ピット王の剣術はほとんどカウンターだが、敵は打ち込むとほぼ単に死ぬ。
首を飛ばされて、消滅していく。
「魔法みたいな剣術クマ」
翔一はピットの剣術が最も驚きだった。あれでは近接で戦わない方がましなのだ。
吸血鬼が魔法を飛ばすが、ピットには効かない。
完璧な防御だった。
ミレーヌは姉のシャザルナと一進一退の攻防。
アモンは重装甲の吸血鬼たちを確実に一人ずつ、文字通り粉砕している。
妹のフォアリナは復活したドーリンと打ち合い、フロールの弓を浴びながら何とかぎりぎり耐えている。
吸血鬼王は翔一に向かってきた。
「現世ではやってくれたな、熊怪物。神界では同じ手は食わんぞ」
前のように全く隙の無い構えを取る吸血鬼王。
怨霊たちが激しく絡みついているが、彼はそれを顔には出さない。鋭く強力なオーラを放つ。
ザー!
外では豪雨が降り始める。
翔一は雨の気配に、天から降りる何かを感じていた。
神の雷、神々の怒りを。
「吸血鬼王、ただ、速さと剣の威力だけでお前に勝負を挑むクマ」
「ほう、何百年も生きる私にそれで来るとはな。勇気だけは褒めてやる」
「剛刃素戔嗚でお前を屠る。真っ直ぐ横に薙ぐ」
翔一はわざと敵に剣の動きを教えた。
「小僧、舐めすぎだぞ。太刀筋まで教えるとはな」
怒りで目が吊り上がる吸血鬼王。
翔一は聖剣を背負うように構え、剣に雷気が増すのを待った。
雨が降り、雷が大地を打つ。
広間が一瞬明るくなる。
一瞬の雷光。
とどろく雷鳴。
次の瞬間、翔一は吸血鬼王の後ろにいた。
「馬鹿な、……この私が……見えなかった……」
体が二つになってゆっくりとずり落ちる。
吸血鬼王はそれでも魔剣で防御はしていた。
魔剣は折れて、先端が床に刺さっている。
翔一は振り返ると、吸血鬼王の首を刎ねた。これはそれほど早い剣ではなかったが、止める者はいない。
「父上が!」
シャザルナの最後の言葉、ミレーヌが首を刎ねる。
「助けて、もう悪いことはしないから!」
フォアリナは剣を捨てて命乞いをするが、ドーリンが首を刎ねて、ピットが頭を踏み潰す。
吸血鬼たちは首魁が死ぬと、しおれた草のように刈られて終わった。
吸血鬼は塵になって消えていく。
巨大な館も涼しく強い風が吹くと、塵となって消える。
吸血鬼王の死骸は消え、大きな地獄のダイヤが転がっていた。
ダーク翔一が精霊界から毛皮の手を伸ばして拾う。
「剛刃素戔嗚、見事な剣だ」
アモンが手放しで褒める。
「何百年にもわたる悪夢は、これで終わったよ。あっけないものだ……」
ミレーヌが剣をしまいながらつぶやく。
「現実界でほろぶと、神界においても脆い。一度負けた事実が悪にほころびを作る」
ピットは眼帯を左目にかける。
ドーリンがうなずき答えた。
「神界まで追って行って止めを刺そうとは、なかなかそうなりませんからな」
英雄たちはため息と共に館の跡から去る。
雨も止み、空が晴れてきた。
晴れという因果が始まると、ぬかるみは消えた。
「これからどうなるクマ」
「みな自分の道を進むことになる。今集まったのは偶然の邂逅なんだ」
ミレーヌが答える。
彼女が視線を遠くに向けた。
翔一もつられてそちらを見る。
その先に、二人の人影が見えた。
凄まじいオーラであり、半神のような存在だと思われる。
清浄なオーラ。悪ではない。
「僕と師匠は彼らと行くよ。魔人の息の根を止めないと世界はいつまでたっても良くならない」
ミレーヌはそういいながら先ほどの白馬にまたがる。
「さらばだ、少年」
アモンは馬に乗ると、人影の方に向かう。
ミレーヌとアモンは誰かと連れ立って去った。
「あの方たちは伝説時代の英雄でしょう。神といっていいような人々。神話の時代の因縁深い人たちが、魔神を討つために、新しい英雄と合流したのです」
ドーリンが斧をしまいながら語る。
「ドーリンさんはどうするクマ」
「私はピット王の家臣。義務は果たしました。王と共に現実界に戻ります」
「現実界に戻る方法はわかるか?」
フロールが聞く。
「難しいことではありません、神界ですることがなくなったら、現実界の因果の方が強くなります。勝手に引き戻される筈です」
「君たちはエラリアから来たのか?」
ピット王が訪ねる。
「ええ、そうですけど……よくご存じクマ」
翔一は王がなぜわかったのか不思議に思った。
「アーロン王国も各国から情報集めているからね、王妃が現実界の情報を送ってくれるんだ。……それはさておき、アーロンも何とか方法を講じて、エラリアを支援するよ、コンラッド王に伝えてくれ。外交で近隣国を動かすか……直接の援軍はちょっと遠すぎるかなぁ」
腕を組むピット。
ドーリンが答える。
「金だけ動かして近隣の傭兵を雇うという手段もございます」
「各国で騎士団でも結成するか」
「天罰騎士なら、絶対やめてほしいです!」
翔一は厳しくいう。
これだけは譲れない。
翔一の雰囲気に、顔を見合わせるピットとドーリン。
「ピット王よ、翔一は奴らにつかまって拷問されたのだ。しかも、友達、何の罪もない愛らしい少女だ。奴らに惨殺されている」
フロールがフォローする。
「……天罰騎士団は一獲千金のうわさが付いて回って、ならず者が大勢参加している。申し訳ない。政治家共は小さなこととして人々の苦しみを無視する。僕は今後天罰騎士団への参加を禁止するよ。資金援助もしないし、通行も認めない」
ピットは翔一の手を握る。
「元はといえば、ローヴィエの排他主義が強すぎるのも遠因です。仲間の信者以外人間と考えていない」
ドーリンもローヴィエには思うことがあるのだろう。
「ごめんなさい、でも、天罰騎士がやったこと、リリーを殺して生贄にしたことだけは永久に許せないんです」
翔一は思わず目を伏せる。
リリーを救えなかった自分を許せない気持ちが激しく沸き起こる。
「生贄……そんなことをやっていたのか、奴らは」
ピットは驚いている。
「『盲目の天使』という術、あれは人身御供が入っています」
「うむ、あの像がそのようなからくりだったとは……古代の邪術でしょう。今は正義の神々も、古代には恐ろしい術もありましたから。恥ずかしながら、我がエクセレス信仰にもあります」
「早急に調べさせるよ。今はそれしかできないが……よく教えてくれた、何も知らずにいたら悪に手を貸していたところだ、ありがとう翔一君」
ピットは翔一の手をぎゅっとつかむ。
ぽと。
ピットの手に翔一の涙が落ちた。
彼らは馬にまたがる。
「では、さらばだ、異形の英雄たち」
そういうと、アーロンの主従は現実界に向けて去っていった。
翔一とフロールは英雄たちを見送った後、野営をする。
吸血鬼王の館の跡地は草原になり、灌木が生えて、何もなかったかのような場所になっている。
少し、休憩してから、
「さて、どこに向かうかだが……」
「誰かいるクマ」
翔一のモフ指が指す先に、大きな動物がいる。
大きな木が生えて、何かが陰に潜んでいる。
「猫科かな……」
「会いに行ってみるクマ」
翔一とフロールは大きな動物に近寄る。
その生き物は馬より大きな肉食獣だった。
ただ、思った以上に凶暴さは感じられない。
「大きな猫だな。特徴見るに」
スコープを小刻みに動かすフロール。
翔一はそっと巨大な獣の体に触る。
特に抵抗もしないらしい。
「モフモフクマ」
大きな瞳で翔一を見つめる獣。
「……」
動物は何かいった。
「乗れって、僕だけ」
翔一はそうつぶやくと、動物の背中に乗る。
「おい、俺はどうする」
「ついてきてほしいクマ」
動物は動き出す。
翔一は背中にまたがる。
かなり大きいので、しがみつくといった方が正確かもしれない。
フロールはこの生き物が本気になったらダークファングでは追いつけないと感じた。
しかし、獣はわざとなのか早く走ることをせず、時折、彼がしっかりついてきているかを確認していた。
どのくらい移動しただろうか。
景色は緑にあふれ、森と草原、人の手の入っていない原初の自然。
そのような風景が広がっている。
「いい空気クマ」
モフ背中の上で翔一はあたりを見渡した。
温かい岩の上で大猫は横になる。
翔一はごそごそと動き、フカフカのお腹に顔をうずめた。
「あったかいし、やわらかいし、いい匂いがするクマ。まるでお母ちゃん」
大猫は翔一の背中を舐める。
「はあー、もう嫌なことは全部忘れて、このまま……」
すっかり、甘えん坊になってしまった翔一。
大猫の毛皮に包まれて動こうとしない。
「おい、翔一、ぼんやりしている暇なんてないぞ」
フロールが声をかけるが、翔一は無反応だ。
「僕はここで休むクマ」
「オイオイ……」
「世の中は苦しくて悲しいことばかりクマ、僕はなぜ戦わないといけない。僕は……何もしたくない」
翔一はギュッと大猫の毛皮に顔をうずめる。
「おまえはここで立ち止まるような奴じゃない。俺は先に行く。追いついて来い」
そういうと、フロールは一人、どこかに向かった。
初めて見た時よりかなりくたびれた金属の背中。
深い草に隠れて、小さくなって行く。
「何故、フロールさんはいつもあんなに前ばっかり見ていられるのだろう」
翔一がイスカニアで無言の動物になった時も、彼は休まず、冒険者稼業をやっていた。
(わからない、あの人は僕とは違うんだ……)
そう思うと、翔一は寝てしまう。
どのくらいの時間が経過したのか、はっと目が覚めると、空は暗くなっていた。
「フロールさん?!」
翔一はキョロキョロするが、彼の気配はない。
(フロールさんは故障し始めているんだ。一人では心配クマ!)
「……」
大猫は静かに翔一を見つめるだけだ。
「……やっぱり、もういいよ。僕はこの世界に何の責任も負っていないクマ」
翔一はそういうと、大猫に顔をうずめる。
しかし、すぐに身を離した。
「フロールさんが心配クマ。あの人は相手がどんな奴でも一人でも向かっていく人だと思う……」
翔一は激しく葛藤する。
大猫は鼻先でそっと翔一のお尻を押した。
「行けっていうんだね」
大猫は無言だったが、その意志は感じる。
ため息をつく。
「ありがとう、猫母ちゃん。僕は行くよ」
草原にモフっと降り立つと、翔一は振り返りもせずに去る。
暗い草の中に入ると、小さな熊はすぐに見えなくなった。




