47 吸血鬼王
館への道は戦いの連続だったが、単調な作業でもあった。
街の門から屋敷の前に到着するのに三十分はかかっただろうか。
屋敷の前に来ると、扉は開けっ放しである。
執事らしき男が待っていた。
呼吸をせず、闇の塊のように見える。
思わず立ち止まるヴィック・カース。
「扉開いてるクマ」
翔一は気にもせず、のしのしと近づき、執事の前に立つ。
男は背が高く美男子で牙が生えている。
服装は召使風の衣装だが、相当に上等な生地である。
「皆さまはどちら様ですかな、どのようなご用件です」
執事は冷酷そうな目線を一行に投げかける。
「俺たちは公認勇者一行だ。吸血鬼王に用がある」
少し慌ててヴィックがやってきて答える。
「クマクマ」
「勇者様……主人から聞いております。勇者様がいらっしゃると。どうぞこちらへ、屋敷の広間までご案内します」
わざとらしく思い出したかのようにいうと、男はうなずき、一行を迎え入れる。
男に促されて、屋敷に入る。
フロールは狼を降りない。
「フロールさん、歩かないクマ?」
「足の調子が悪いんだ」
暗くて長い廊下を歩く、やがて、真っ暗な空間に案内された。
「おい、何も見えないぞ」
ヴィックが足を止める。
「さあ、ご主人様が待っております」
執事は何のためらいもなく入っていった。
「なんの気配もないが……」
スレッソンの声には怯えがある。
「気を付けて、魔力が凄いわ」
ゲオルギーネの目が光る。魔術を使ったのだ。
翔一は聖剣を掲げると、蒼い光で皆を先導する。
一行は、聖剣を追うように、警戒しながら広間に入った。
すると突然闇が晴れて、天井に明かりがともった。
非常に大きな広間、舞踏会の会場のような豪華な装飾だった。
壁際に大勢の人々が立っている。
男女ともにきれいに着飾っている。全員青白い顔で牙が見えていた。
誰も呼吸をしていない。
正面の王座に、一人の男。
翔一は見たことがあった、夢の中で見た吸血鬼王だ。
背が高く痩せた老人。
しかし、妙な生気がある。不自然な黒髪に長い犬歯。
イスカニア貴族の衣装を纏い、腰には恐ろしげな魔力を発する剣を佩いている。
「これはこれは、勇者殿ではないか。とうとうここまで来たか」
「あんたが吸血鬼王か、退治してやるぜ」
ヴィックが剣を掲げる。
「わが娘たちを倒しただけではなく、私の命まで欲しがるとは、なんと凶暴な奴だ」
「はあ? 何いってる」
ヴィックが怪訝な顔。
「お前のような凶暴な奴には全力で当たるしかない。我郎党を揃え待っていたんだ」
吸血鬼王がそういうと、周りの吸血鬼たちは各々の獲物を出す。
剣や鞭、鉤爪、棘付き棍棒……禍々しい力を持った武器ばかりだった。
「数がいれば勝てるってもんじゃねぇぜ。エンケ、聖なる光を」
ヴィックが合図する、しかし、エンケは答えなかった。
ピクリとも動かない。
ヴィックは驚いてキョロキョロするが、ゲオルギーネも動かない、スレッソンはよだれを垂らしてヴィックを睨みつけていた。
尚、翔一は無言、フロールもピクリとも動かない。涼子は武器を構えてじっとしている。
「ほう、やはり、全員に邪眼は効かぬか。さすがだな勇者一行」
「いつまでこんなことを続けるクマ」
「私は美を愛する。私の存在は世界の美を永遠に固定するものなのだ。見ろ、私の郎党たちを。非常に美しい男女しかおらぬ。彼らは私が収集してきたコレクションなのだ」
「全員、気持ち悪い化け物クマ」
「勇者殿、可愛いお主も化け物ではないのか」
「え? こいつが勇者なのか」
ヴィックは思わず翔一を見る。
「コレクションして何の意味がある? 吸血鬼の存在は世界を破壊するだけだ。この街のように汚く潰れた廃墟でファッションショーでもするのか」
どういう原理か、フロールも動き出した。声を出して問う。
「私の心が満足だ。それ以上の意味はないがそれで十分だ。もういいだろう、やれ」
部下に合図を送る吸血鬼王。
すると、一斉に武器をかざして美しい吸血鬼たちが襲い掛かってきた。
「聖性精霊!」
ダーク翔一が間一髪でヴィックの仲間に精霊をかぶせる。エンケとゲオルギーネは動きを取り戻すが、スレッソンはハンマーを振り回してヴィックに襲い掛かる。
「ち、目を覚ませスレッソン!」
ヴィックは公認勇者だけあって、相当な剣の腕前がある。さっと躱して、盾でスレッソンを叩く。スレッソンはバランスを崩して転倒した。
翔一は皆を守る位置につくと赤い精霊を喰って、巨大化した。
剣に柄をつけて、薙刀にする。
ぶんぶん振り回すと、飛び跳ねていた吸血鬼たちは蠅のようにバタバタと落ちていく。
「聖光!」
エンケの叫び、光が辺りに満ち、吸血鬼たちの動きが鈍る。
吸血鬼王はあくびをしながら玉座に座り、この光景を見ていた。
「そろそろ、こいつらにも飽きていたところだ。お前たちが在庫処分してくれたら、新しい美男美女を調達しよう」
「ち、なんて野郎だ」
ヴィックは唾を吐くが、スレッソンの猛攻が激しくてそれどころではなかった。
「おい、その二人の邪魔をするな」
吸血鬼王はヴィックとスレッソンの対決を楽しみたかったのか、部下に邪魔をさせない。
翔一は恐ろしく早く剣を振り回して吸血鬼共を叩き潰し、フロールは狼で走り回りながら、矢を連発する。
エンケとゲオルギーネは背中合わせになって、攻撃魔術を連発して吸血鬼の足を止めた。涼子は基本防御に徹して自分と仲間の身を守ることに専念している。
吸血鬼たちにじわじわと恐慌が広がっていく。
翔一の体は人獣であり頑健。毒、魔術は精霊で効かない。しかも、異常なスピードと破壊力。そして、武器は聖剣であり、これで致命傷を受けると通常の武器とは違い完全滅殺されるのだ。霧になることすらできない。
永遠の命もこの広間の中で風前の灯火だったのだ。
数人の吸血鬼が広間から逃げようとする。しかし、
「おい、逃げるとは何を考えている」
剣を持った吸血鬼王は突然現れると、彼らを虫けらのように殺した。異常な角度で剣を回転させ、部下をバラバラにする。そして、次の瞬間には玉座で暇そうに座っている。
「奴はテレポートを使うぞ」
エンケの声。
ダーク翔一は強力な聖性精霊を召喚すると、スレッソンに当てる。
支配が解けた。
「ち、やってくれたな」
スレッソンはつばを吐くと、吸血鬼王に向かっていく。ヴィックは一歩遅れて向かう。
二対一の剣戟が始まる。
吸血鬼王は笑いながら漆黒の魔剣をふるい、ヴィックとスレッソンは必死に武器を繰り出す。
勇者と戦士の技は相当なものだったが、人智を超える力と速度を持つ魔物にはかなうことはなかった。
スレッソンは後方に弾き飛ばされる。
鎧が強力でなければ死んでいただろう。
しかし、衝撃で気絶し、動かなくなる。
ヴィックは不利と見て盾と剣で防御に徹する、後ろで戦っている仲間の援護を待つ姿勢だ。
「かなわぬとみて、防御ですか。あまりカッコいい戦い方ではありませんね」
吸血鬼王はヴィックの盾をズバズバ斬りつける。
金属が削れ、盾が急速に壊れていく。
彼の魔剣は全く刃こぼれ一つない。
「クマクマ」
翔一のチビクマが闇の弾を吸血鬼王にぶつけるが、ひらりと躱される。
だが、ヴィックは一息付けた。
さっと下がり、広間の仲間と合流する。
大方の吸血鬼は倒され、仲間たちが吸血鬼王に向かっていく。
「数押ししたら勝てますかな」
吸血鬼王はそうつぶやくと、目を赤く光らせる。
先ほどこっそりやった邪眼とは違い、これは真っ向から来る強力な魔力の波動だった。
全員の動きが止まった。
ヴィック以下勇者一行と翔一たちは全員動きが止まった。
見ると、涼子はピクリとも動かない。
フロールも動きを止めるが、機能停止して赤いLEDが点滅している。
翔一は胸の毛玉が魔力を吸いきれなかったのに気が付く。
チビクマも膨れ切っている。
まさしく、指一本動かない。
「ハハハ、どうです、定命の者に私は倒されないのですよ。私を倒したかったら、神でも連れてくるんですね」
ゆっくりと宙に浮く吸血鬼王。傲然と英雄たちを見下ろす。
しかし、
ブシュっと、胸に、矢が立った。
「なに!」
炎と電撃が彼を焼く、が、怒り狂って矢を引きちぎる。
フロールには呪縛攻撃が効かなかったのだ。
更に二発の矢が飛ぶ。
ひらりと躱すが、一発が更に追尾して彼を貫いた。
「貴様、なぜ私の邪眼が効かない!」
フロールは答えもしない。更に矢を射込む。腕と脚を焼かれる。
剣を抜いてフロールに突撃する吸血鬼王。
ブンっと、聖剣が吸血鬼王に振り下ろされ、進路を妨害した。
さっと回避する吸血鬼王、すぐに元の玉座に戻る。
「さすが勇者だ、どうやって私の支配を抜けた」
「精霊界で宿精君がお前の魔力を解呪詛したクマ」
翔一は柄を捨て普通のサイズに戻す、鞘を取り出して剣をしまう。
「ほう、もう一人の自分か、聞いたことがあるぞ。野蛮な術者は制御できない自分を使って術をつかうが、やがてそれは術者の手にあまり破滅するとな」
「……」
「鞘に戻したな、何の真似だ」
「貴様のような奴は、天照割岩剣で屠るクマ」
「アマテラス? 何のことやらわからんが、私の畢竟の剣技でお相手しよう」
すっと片手で剣を構えると正面を見て異様な気配を醸し出して、守りの形を整える。
翔一は彼に一切隙が無いことが分かった。どう一撃を加えても、彼は完全なカウンターを返すだろう。
にらみ合う二人。
フロールが矢を射込む、が、矢が空中で叩き落とされる。
「じゃあ、これならどうだ」
フロールはスタンガンを撃つ、これも弾き飛ばされるが、激しい電撃が吸血鬼王の腕を走る。
「ち!」
吸血鬼王はそれでも剣を落とさなかった。
翔一にはそれで十分だった、人智を越えた跳躍をする、一瞬天井に張り付く、
「剣をそこから振り下ろす!」
吸血鬼王は薄笑いで両手で剣をかざす、
翔一はただ全力で敵の額を狙って鞘のついた剣を振り下ろした。
ガン!
敵の魔剣は翔一の全力を受けて、激しく振動したが、受け切った。
異常な吸血鬼王の膂力。
聖剣は敵の剣を利用して鞘から抜ける。
翔一は地面に着地したと同時に、聖剣を敵の顔面に向けて繰り出す。
聖剣を敵の魔剣で見えない様に突き出した。
吸血鬼王は滑り落ちる鞘の存在と自分の魔剣で視界が暗くなる、そこに青い聖剣が光りながら殺到した。
「光が、陰から……」
バリッ
吸血鬼王の剣は割れる、そのまま聖剣は吸血鬼王の顔面を割った。
「そんな、……嘘だ」
それが、彼の、現世における最後の言葉だった。額を叩き割る。
脳を破壊され、グラグラと揺れる吸血鬼王。
翔一はさらに聖剣をふるって彼の首を落とした。
しかし、雑魚どもとは違い、吸血鬼王の体は霧となる。
虚空が割れ、吸血鬼王が吸い込まれていく。
「あの空間の亀裂は奴の神界に続いている。本体は神界にある。息の根を止めるなら行くしかないぞ」
ダーク翔一の声。
翔一に迷いはなかった、奴の息の根を止める。
あいつが生きのびれば、再び悲劇が世界を襲う。
ここで妥協はできなかった。
「僕は奴を神界まで追って倒す。皆は待っていてほしいクマ」
「俺も行くぞ」
フロールが呼応する。
「お、俺は……」
ヴィックはいい淀む。神界に行けば自分を心底試されるだろう。
今の戦いで自信を失っていたのだ。
顔を見合わせる公認勇者パーティ。結局、彼らから神界に行く希望者は出なかった。
「涼子、待っていてくれ」
フロールはそういいながら、ダークファングと亀裂に向かう。
「はい、いつまでも待ちます」
フロールは驚いたように一瞬ふりかえったが、すぐに前を向いた。
翔一とフロールは無言で亀裂に入る。
やがて、亀裂は消えた。
雲が晴れ、『死霊の都』の闇は消える。
広間の窓から陽光。
吸血鬼たちの骸は蒸発して消えていった。
「エンケどう思う」
ヴィックがエンケを見る。
「神界では時間の概念はありませんが、因果の流れはあります。どのくらいの時間で彼らが帰ってくるかはわかりませんが、今日明日に帰ってくることはないでしょう」
「とにかく、倒したでいいんじゃないか。これ以上はよくわからん世界だ」
スレッソンが陰気にいう。
「敵の武器は魔力品ばかりだ、館に宝もあるだろう、集めて持って帰ろうぜ」
ヴィックがそういうと、彼の仲間は物色を始めた。
涼子は無言で隅に座る。
興味がないようだった。
「どうするよ、勇者殿」
「すぐに帰るのはもったいない。神界に遠征に行った英雄を待とうぜ。可能な限り」
「何か思惑でもあるのか、あんた」
「さあな」
そういうとヴィックは敵の剣を拾って見分し始めた。
2020/9/12 微修正しました。
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