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45 無辜の民の英雄

 一行は『死霊の都』を目指し、宮殿を出る。

 コンラッドと十人程度の近侍武士が待っていた。

 全員、武器も鎧も傷だらけで、死線を潜り抜けてきた面構えの連中である。

 しかし、それは翔一たちも同じだった。

「王よ、見送りなんて……」

「そういうな、東農場までは案内する、そこから先の荒野は見送りはしないがな」

 そこから先は命の保証がないのだ。

「本当に吸血鬼王は『死霊の都』にいるのか?」

「神託だから、信じるしかないだろう。これを持て」

 王は地図をくれた。それが精いっぱいなのだろう。

 フロールは文句をつけるつもりもない。

 一行は連れ立つ。

 エラリアは荒野のど真ん中にあるが、東農場は川岸にあり、農地はそこそこ広い。

 川岸に細長く畑があり、中央付近に柵で囲われた村落があった。川辺の漁村も兼ねている。

「耕地はこれ以上広げられないが、それでも、農民の数が足りない。男は皆戦士になっているからな。女子供と老人だけでこの農場は成り立っている」

 コンラッドの説明。

 彼には心苦しい雰囲気がある。女子供に労働を課さないと国が成り立たないのだ。

 しかし、顔には出さない。

「アンデッドは撃退できているのか。女子供ばっかりで」

「守備兵は男だよ。彼らも休みなく戦って、ようやく成り立っている」

「聖性精霊を武器に受祚するクマ。明日の朝までに可能な限り」

「すまない、兵士たちも魔法の武器があれば、対処力も上がる。士気も上がるだろう」

 農園に入ると、歓迎というムードではない。

 騒然としていた。

「王よ! 人狼共がやってきています!」

 農園主が走ってくる。

「どこだ、数は?」

「北の丘の上です。数は……十体。劣化人狼は五十ほど」

 農園主の顔に絶望が浮かんでいた。

 エパットに直接噛まれた人獣は桁違いに強い。それが十体もいたら、人間の精兵が百人でも勝てないだろう。

「劣化の奴らはエラリア兵なら対処できるが、真性人獣がそんなにいたら……」

 コンラッドが絶句する。

「真性?」

 フロールが聞き返す。

「エパットに噛まれた奴らのことだ」

「この国ではそんなふうに分類しているんだな」

 真性人獣とは劣化人獣に対して普通の人獣に対する言葉だが、エラリアでは人獣との戦いが長く、そのような分類が一般になっていたのだ。


 農園の中央、ちょっとした高台に人々が集まっていた。

 そこから、丘の上が見える。

 数人の人質が縛られている。そして、その周りに、余裕しゃくしゃくの真性人獣の群れ。

 丘のふもとには、人狼と人犬の劣化人獣が屯していた。

「狼と犬の真性が人を変容させる力があるみたいだな」

 フロールがつぶやく。

 エパットに噛まれた真性人獣は様々な特殊能力を持っているが、全員同じというわけではない。

「王よ、そのお二人は……」

「このゴーレムと熊は、俺の友人だ。ゴーレムは弓の名手。熊は熊神から遣わされた熊の精霊だ。聖剣の主でもある」

「クマクマ」

 コンラッドは翔一を人獣と紹介すれば、人々を怯えさせ凶暴化させる危険を感じていた。「熊神から遣わされた熊の精霊」という説明は考えていた言葉なのかもしれない。

「熊神様の精霊ですか……」 

 人々は不承不承納得したような態度。

「王よ! 私の子供が!」「お願いします、私の子供を助けてください!」

 母親たちが王の足下に縋る。

 人質は食べられる野草や山菜を探しに出ていた村の子供たちだったのだ。

「しかしだな、敵が……」

 コンラッドも素直に助けるとはいえなかった。

 いかにも、状況が不利すぎる。

「これ、気持ちはわかるが、無理をいってはいかんぞ」

 農園主が母親たちを諫める。

「大丈夫。僕が卑怯者どもを成敗するクマ」

 翔一は狼を降りると、母親たちの手を取った。

「お願いします。熊様!」

 母親たちは涙を流して翔一に縋った。翔一は、優しく背中を撫でる。

「おいおい、さすがにこの状況はちょっと不利だぞ」 

 フロールがやや呆れ気味にいうが、

「フロールさんが凄い作戦を思いついてくれるクマ」

「気軽にいってくれる」

 

「ヒヒヒ、野戦で決しようではないかコンラッド王よ」

 劣化人犬の男が、伝令として農園の外壁にまで来た。

「王は貴様のような下郎の相手はしない」

 守備兵がそういっても、劣化人犬は、

「我らはあと一刻待とう。それでも出てこないのであれば、あの子供たちを喰らう。生きたままな。ヒヒヒ」

「わかったクマ。僕がお前たちの相手をしてやるクマ」

 兵の後ろから声がする。

「?」

 人犬が怪訝な顔。

 ひょいっと、翔一は壁を越えて着地した。

 人犬はいきなり真横に大型の人熊が立って驚きを隠せない。

「な、なんだ、貴様」

「僕は翔一。野戦をしてやるから、子供たちを解放するクマ」

「お、お前ひとりでどうやって野戦をするのだ。すぐ、なぶり殺しになるだけだぞ!」

 翔一は犬人獣の声を無視して、のっしのっしと人獣軍に向かって歩く。

 劣化人獣の軍は、翔一の気迫を恐れたのか、取り囲みつつも丘の上まで妨げることはしなかった。

 面白そうに見ている人獣たち。

(人狼が六人。人犬が一人。人蛇が二人。人鹿かな?)

 最後の草食獣は珍しい奴だったが、混沌の気配は霊視しなくてもわかる。

「おい、そこで止まれ。お前は人獣だな。名前は何という」

 リーダー格の人狼が声をかける。会話するには距離があり、やや困難である。

(この距離なら、敵は警戒してないクマ)

「僕は翔一」

「翔一? はて、聞いたことがあるぞ」

「聖剣の主」

「何?」

 人獣たちは一瞬顔を見合わせる。しかし、それが命取りだった。

「キエエエエエエエエエエ!」

 翔一は突如奇声を上げると、精霊界から剣を取り出しつつ一気に跳躍する。

 ほとんど助走なしで、敵の目前まで迫った。

 慌てる人獣たち。

 まさか、一度の跳躍でここまで一気に来るとは思わなかったのだ。

 蒼き光が風車のように回る。

「白虎三段、雲燿剣!」

 不意を突かれた、真性人獣たちの首が舞う。

 同時に、隠密精霊と消臭精霊で気配を消していたフロールが茂みの中から矢を連射する。

 彼は翔一が目立っている間に丘の反対側から迂回して接近していたのだ。 

 人狼、人鹿の頭部が電撃と炎で爆発し、首から上がなくなる。

「聖剣だ! 聖剣の主だぞ、こいつ!」

 人狼が吼える、爪を出すが、一歩遅い。

「旋風剣!」

 柄をつけ巨大な薙刀にした翔一は、聖剣薙刀を風車のように回し、人狼たちを撫で斬りにして行く。

 ブシャ!

 視界の端から、人蛇が回り込んで毒を吐きつける。

 毒を浴びるように見えたが、

「クマクマ!」

 チビクマが飛び出すと、毒を『禍』という呪力に変えて吸う。ポコッと膨れ上がるチビクマ。

「チビ君偉いクマ!」

 そういいながら人蛇の首をスパッと落とした。人蛇は偃月刀で防御はしたのだが、簡単にへし折られて首を落とされている。

「火炎精霊!」 

 ダーク翔一が渾身のエレメンタルを召喚する。

 迫る劣化人獣たちを巨大なエレメンタルが焼いていくのだ。

「ギャー!」「燃える、毛皮が燃える!」「ご主人様を守れ!」

 劣化人獣はあまり再生力も高くなく、知能も低い。エレメンタルに肉弾で突撃して、そのまま全身炎上している。

 その間も、翔一は一人、また一人と、人狼たちを屠る。

 フロールはナイフを出すと、子供たちの縛めを解放し、草叢に隠れるように指示をしていた。

「急げ! 戦いの邪魔になれば死ぬぞ!」 

 戦時下の逞しい子供たちである。蜘蛛の子を散らすように乱戦から離脱し、物陰に隠れる。 

 子供たちの解放と同時に、

「皆突撃せよ! 怪物どもを倒せ!」

 コンラッドが叫ぶと、

「コンラッド王万歳、エラリアに栄光あれ!」

 兵士たちが唱和し、劣化人獣たちを銀メッキした武器で一斉攻撃開始した。

 農園の守備兵と王の護衛兵たちが総出で決戦を挑む。

 矢が飛び、槍を構えた兵士たちが突撃を開始する。

 

 元々、百人にも満たない戦闘である。

 勝敗はすぐに決する。

 戦いはエラリア側の圧勝で終わりそうになっていた。

 しかし、十人の最後の一人。巨大な人狼が圧倒的な頑丈さで翔一の剣を遮っていた。

「俺は『巨岩』ウェズン。聖剣であろうと通用せぬわ!」

 漆黒の人狼は巨大な樹木のような筋肉を膨らませると、体長五メートルほどになる。 

 翔一が斬りかかっても、驚いたことに皮膚ではじき返した。

 そして、長い剣のような爪で反撃する。

 ズバッと、翔一の腕が裂けた。

 すぐに治る。

「貴様、人獣なのか」

「……」

 翔一は答えずに、聖剣でラッシュするが、ウェズンは悉く二の腕ではじき返した。

 この時、翔一はコンラッドの手前、正派剣術で敵を討ち取りたくて正派を使った。しかし、

(動きを読まれている?)

 がっと手首をつかまれ、剣を落とす。

 組み合うことになった。

「俺は、力で誰かに負けたことがない。エパット様よりも俺の方が力は強いのだ」

 確かにウェズンの力は桁違いだった。

 赤い精霊を喰らって、何とか同じくらいのサイズになった翔一だったが、あまりの敵の膂力に、動きが取れなくなる。

「ガアアア」 

 あえぐ翔一。にやりと笑ウェズン。

 狼と熊。

 力比べはウェズンに軍配が上がりそうになっていた。

 お互いの息が鼻腔を衝く。

 不意に、ウェズンは首を伸ばし、翔一の右肩を噛んだ。

「グワ!」

 凄まじい咬力に肩を持っていかれそうになる。必死に力を入れて牙を跳ね返すが、ずぶずぶとめり込んでいく。

(だめだ……僕は……)

 膝をつきそうだ。

 視界にフロールが見える。彼はダークファングに乗って丘の下に矢を降らせている。

 ちらっと翔一の苦境を見たが、

「おい翔一、さっさとその雑魚を始末しろ」

 とだけいうと、劣化人獣軍に向かっていく。

(本当に、いつもながら滅茶苦茶な人だ)

 不義理にも助けてくれないフロールに怒りも沸いたが、緊張から来る絶望が少し溶けたようにも感じた。

「ガァ! ググ」

 右肩の筋肉が鋼のように盛り上がる、意識して魔力を集めたのだ。

 ウェズンの牙を少し跳ね返したようだ。

「!」

 必死に食らいつくウェズン、手の力が疎かになったので肩を掴んで爪を伸ばす、少し刺さった。

 ウェズンは翔一の手首をつかんで爪を刺してくる。

 苦痛と力の我慢比べが続く。

「ガ、グゥゥゥ!」「ハァハァ」

 二匹の魔獣は互角の状況だった。

 翔一は苦しい、少し頭を振る。

 ふと、優しい香りがした。

 ふりかえると、翔一を心配そうに見るつぶらな瞳。

 リリーが見ていた。

 不安そうに。

「リリー!」

「う?」

 一瞬だが、幾つかのことが起きた。

 翔一の声に、思わず、力を抜いてしまったウェズン。

 そして、翔一は心の中に、リリーの亡骸が浮かぶ。

(そうだ、僕が負けたら、またリリーが殺されてしまう!)

 翔一の思い至ったことは理屈に合うことではなかった。背後の少女もそう見えただけで、決してリリーではない。逃げ遅れた人質の少女だったのだ。

 だが、翔一にとってそれが全てだった。

「やらせない! もう二度と!」

 目を見開くウェズン。

 翔一がズズッと大きくなったのだ。

 五メートルの怪物ウェズンが見上げる怪物。

 その超巨大熊はウェズンの頭二つは大きい。

 思わず、口を外す。

 それが彼の最後だった。

 翔一はがぶっとウェズンの首筋に噛みつく。

 メキョメキョと音を立てて、ウェズンの頭蓋が歪み始めた。

「う、うわ、放せ怪物!」

 拳で翔一の胸や頭を殴るが、全く効いていない。

 鋼の筋肉に熊の牙がめり込んでいく。

「まさ、か、俺の、鋼の肉体が」

 息が止まり、血液があふれ出す。ウェズンは牙が首にめり込んでいくごとに力を失った。

 翔一は人狼の首を食いちぎる。

 ブチッ、という音共に、背骨を牙で噛み切るとウェズンはこと切れた。

 ブッと、首を吐き出す。

 ウェズンの死骸は、レスラーのような大男だった。


「なんて奴だ……たった一人で真性人獣を十匹も……」

 コンラッドが驚愕の表情で丘にやってきた。血塗れの剣を手に持っている。

 翔一は聖剣を拾った。

「フロールさんが三体倒したクマだよ」

 ウェズンを倒したのち、すぐにツキノワグマサイズに縮んでいる。

「こいつら、大した物もってねぇな」

 フロールは全く気にもせず、人獣の死骸から金目の物を漁っている。

 丘のふもとでは劣化人獣が歴戦のエラリア軍に半包囲されて全滅しかかっている。数人の人獣が包囲されて、長槍でなぶり殺しにされている状況だ。

 エラリア軍はチームワークが高く、ほとんど犠牲もない。

 劣化人獣の背後には数体のエレメンタルが迫り、運よく槍衾から逃げても、焼き殺されるだろう。

「下の戦況は心配するな、俺たちの圧勝だよ」

 翔一は剣をしまうと、物陰に隠れている子供たちを優しく呼ぶ。

「もう大丈夫クマー。カッコいいコンラッド王さまが助けに来たクマクマ」

「く、熊さん。僕たちの味方なの?」

 翔一がうなずくと、子供たちは翔一のモフモフの体に抱き着く。

「うぇええん」「ひっく、ひっく」

 今まで我慢していたのだろう。暖かい毛皮に包まれると、子供たちは泣き始めた。

「よしよし、頑張ったクマー。飴玉舐めるクマだよ」

 皇帝から貰ったお菓子を子供たちの口に入れる。

 子供たちはあまりのおいしさに目をぱちくりさせた。

 翔一は一番小さくて愛らしい少女を毛皮に抱きかかえてゆっくり丘を降りる。

「クマさん。名前なんていうの」

「僕は翔一クマ」

「シューイチ?」

 小さな子供には発音が難しいらしい。


 農園の前で、母親たちが待っており、子供の元に走り寄る。

 若い母親に、少女を渡した。

「ありがとうございます、熊様。熊神様!」

 少女を抱きかかえた母親は拝まんばかりだ。

「コンラッド王万歳。エラリアに栄光あれ。熊神様万歳!」

 兵士たちは翔一の活躍をしっかり見ていたのだ。

 大いに鬨の声を上げる。

「翔一殿を称賛するんだ。真性人獣を十匹も倒した。彼は熊神の化身。聖剣の主でもあるぞ。エラリアの恩人だ」

 コンラッドが高い場所に上って、公言する。

「そ、そんなに偉い人ではないと思うクマだよ」

 翔一は気恥ずかしかったが、人々は新たな英雄の出現に大いに沸いたのだった。


 翌日。

「気をつけて行くんだ。絶対帰ってきてくれ」

 コンラッドは厳しい表情で見送ってくれた。

 まだ寒い早朝、東農園を出発する翔一たち。

「絶対なんていわれても……無茶をいうな」

 フロールが呆れている。

「無茶は承知だ。それでもお前たちが帰ってこないとこの国は亡ぶ」

「王よ、大げさな……」

「最善を尽くしますクマ、師匠」

 翔一がそう呼ぶと、コンラッドはにやりとした。

「翔一、俺はお前の師匠と呼ばれるにはもう力不足だぞ。しかし、凄い剣だなお前のは。前よりはるかに洗練されている。誰に倣ったんだ? 独学ではあるまい」

「ご先祖様に……」

「そうか、我々は剣術すらも立ち遅れているな」

「正派は凄い剣だと思うクマです。でも、敵に太刀捌きを読まれていることが多いと感じるのです」

「常に新しい技を研鑽をし、敵に手の内を教えない。考えてみたら当たり前のことだ。肝に銘じておこう」

「じゃあ、王よ元気でな」

 フロールは皆を促し出発する。

 コンラッドはうなずくと、特に何も答えず、翔一たちを見送った。

 農民や兵士たちも手を振っている。

 彼らは名残惜しいのか、いつまでも見送ってくれた。




2021/3/1 少女との会話を変更、微修正です

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