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41 故郷もない獣

 雪に閉ざされた村は一見動きがないようだが、翔一はひそかに働いていた。

 翔一は剣技を鍛え、精霊を呼び、村の発展のために植物に活力を与え続ける。

 雪が解けると、びっくりするほど植物は一斉に芽を出す。

 作物や、その他植物の様子を見ていると、

「翔一さんがいなかったら、俺たちは飢えてた」

 村人のタルボが頭を下げる。

「みんな友達クマ。僕は友達のために頑張るクマ」

 翔一はふと視線を感じて、振り返る。

「ち、あいつら……」

 タルボが少し怖い顔をして、新しい村人たちを見る。

 彼らはまたひそひそ話し合っているのだ。

「新しい人たちはあまり馴染んでいないクマ」

「あいつらは感謝の気持ちがねぇ。この村がどうやって出来上がったのか、現状がどうやって成り立ったのか。住まわせてもらっているのに、我が物顔だ。気に入らねぇ。あいつらはローヴィエ信者で俺たちエクセレス信者とは気が合わねぇんだ」

 タルボは気が強く、新しい人たちとは相性が悪い。

 宗教も絡んでいたとは翔一は知らなかった。

 タルボの話では、最初期の村人は五十人ほどで、ハスタとその弟子を中心にエクセレス信仰だが、新しく入ってきた人々はローヴィエ信仰が多く、何かと習慣が違って対立しがちだという。

「僕にとってはこの村は故郷みたいなものクマ。いつかみんなわかりあえると思うクマ」

 前の世界の記憶がほとんどない翔一にとって、この村は心の拠り所だった。

「それならいいですがね。あいつら、翔一さんが働いても一々悪意に取りやがる」

 誤解はいつか解けるだろう、翔一はそう楽観視することにした。

(オーギュストやケーネみたいな極悪を相手するわけじゃないクマ。多少そりが合わないだけで憎しみ合う必要もないと思うクマ)

 翔一は仕事を終えると、タルボの子供を背中に乗せて遊ぶ。まだおしめの取れない幼児だが、モフモフのクマさんに乗って、キャッキャと大喜びする。

 そのようなことをしていると、

「翔一さん、オークの使者が来ましたよ」

 レダが呼びに来る。彼は最近、めっきり大人びてきた様だ。


 砦に行き、オークの使者と会う。

 彼女はゴル・サナスの弟子の一人で、翔一は顔見知りだった。

「ドリナさん。お久しぶりクマ」

「翔一さまもお元気そうで何よりです。聖母様から贈り物です」

 ドリナは布の包みを開くと、光り輝くような杖を見せる。

 上部にユニコーンの角を嵌め、黄金と宝石で彩られた非常に豪華な杖だった。

「宝石には聖母様手ずから受祚された治癒精霊が入っています。ほとんどの怪我病気は治ることでしょう。奇跡の杖と申し上げても差し支えありません」

「こんなすごいもの受け取ったら申し訳ないクマ」

「これは二つあり、一つは聖母様がお持ちです。一つはお返しするようにと。本来これは翔一様のものなのです」

 無理に断るのもどうかと思い、翔一は受け取る。

「俺ですら何か感じるレベルだ。この杖は凄い力があるぞ。しまっておけ翔一」

 フロールがしげしげと眺める。録画しているのだろう。

 フロールの言葉にうなずき、翔一は杖を精霊界ポケットにしまう。

 人々は興味津々で見ていたが、翔一がすぐに消してしまうと、ひそひそいいながら去っていく。

「さっさとしまった方がよかったのだろうか……」

「あんなものを見たら、欲望を掻き立てるだろう。見ないで済むならその方がいいんだ」

 翔一は貰ったはいいが、村では見せないことにした。

 けが人や病気は概ねレダやダークエルフのコルバールが診れば問題なかった。

 しかし、一瞬でも翔一がユニコーンの角の杖を持ったことはすぐに噂になってしまう。

 そして、何故か、翔一がそれを出し惜しみしているという中傷が村に広まった。 


 そんなある日、村の雪がかなり消えた春、村の近隣にゴブリンが住み着いた。

 村は志願を募って討伐に出る。

「おまえは今回はいい。たいした敵じゃないし、村人の訓練にもなる。エルザの部下と連携してゴブリン如きすぐに倒してやるよ」

 フロールはそういうと、愛用の弓を抱えて狼に乗って出撃する。

 春ごろには剣術の修業も村の中では一切やっていなかった。

 新しい村人を怖がらせるのもどうかと思ったのだ。

 それを察したのかフロールは翔一を誘わず、村人と駐留兵だけでゴブリン退治に出かけてしまった。

「猫いるクマ」

 畑の監視をして害獣を食べる畑猫たちに餌をやっていると、戦士たちが帰ってくる。

 多少怪我人もいるようだが、ほとんど被害もなく、ゴブリンの耳を紐に通した戦利品を槍の穂先に掲げ、意気揚々と帰ってくる。

「やった、大勝利だ。フロールさんの指揮がよかった」「ローヴィエの御加護だよ、神よ感謝します!」「よかった、あなた、無事だった?」

 人々の勝利に湧く声。

 翔一も嬉しくなって、手をふる。

「翔一、大けがした奴らを診てやってくれ。レダの手に負えるものじゃない」

 翔一はうなずくと、重症者を広間に座るように指示する。

 五人ほどだ。

 翔一は無言でユニコーンの杖を出し、彼らの傷を軽く撫でる。

 みるみる治っていく。

 霊視すると、治癒精霊の治癒力を格段に飛躍させているのがわかる。

「おお、治ったぞ、血が止まって痛みもない!」

 腹を石槍で突かれて、内臓が出そうな男は驚愕の声を上げる。

 ディックとハリーは無言でうなずく。彼らは武骨な戦い方でいつも怪我をするのだ。

 五人の大けがはあっさり治った。

 まさしく、魔法でもかけられたように。

 しかし、このことは村人の心に変化を与えた。


 雪が完全に溶けた頃、一人の伝令が現れる。

 エルザ伯の部下だった。

「天罰騎士団一千がこちらにむかっています。迎撃準備を」

 伝令は必死の思いでこれを告げる。

 村の主だった者たちは首をかしげた。

「天罰騎士は魔物を討伐するために来たはず。平原のアンデットやホブゴブリンとの戦いで忙しいはずでは」

「天罰騎士団の別動隊は、村々に潜む魔物をしらみつぶしに駆逐するという名目で巡回中なのです」

 伝令の言。

「オークは関係ないだろう、オークは公然とエルザ伯と友好条約を結んでいる、となると……」

 村人の一人が、外で子供たちと遊んでいる翔一を見る。

「とにかく、ジョシュさんとフロールさんに伝えなければ」

 一人の村人が走った。

 砦で会議が行われる。

 メンバーはフロールとジョシュ、それ以外の主だった者たち。

 翔一は村では子供扱いなので参加はしない。

 外で薪を割っていた。

 会議室は窓が開いており、かなり遠いが翔一の耳には話の内容が流れ込んでくる。

「伝令は要請書を持参しております」

 その書には村を破壊されたくなければ、人獣を引き渡せと記されている。

「人獣って、翔一さんのことか!」

 ジョシュの怒りを孕んだ声。

 彼は非常に温厚な性格で、普段ほとんど怒らないが、この時は怒っていた。

「戦いましょう、天罰騎士は各地で騒乱を起こし、庶民を苦しめています。断固戦うべきですよ」

 コルバールの声。

「ダークエルフは黙っていたらどうだ。あんたは敵の手先だったんだぞ」

「何をいうか、貴族や無法者のいいなりになっていたら、生活は成り立たなくなる」

「今回はあのクマを引き渡すだけじゃないのか。俺は賛成だ。あんな得体のしれない生き物とは手を切るべきだ」

 聞いたことのない声。

「そうだ、人獣は怖いぞ、俺の宿屋も全滅したんだ。さっさと引き渡した方がいい」

 以前人虎事件で宿を壊滅させられた店主の声。彼はこの村でも宿屋を経営している。

「なにをいうか! 翔一さんの精霊でどれだけ村が助かったかわかっているのか! それに彼は命の恩人だ!」

 ジョシュが激昂している。彼がここまで怒るのは初めてだった。

「それはあんたら最初期のメンバーの話だろ。後から入ってきた人間から見たら単に迷惑なだけだ」

 誰かがいい返す。

「あのクマは俺を簡単に治した。あの不思議な杖で。あの杖さえあれば……あのクマなんて渡してしまえば平和だぞ」

 誰かの声。

「そうだ、あの杖をクマから取り上げて、身柄を天罰騎士に渡そう。それが一番誰もが助かる」

「恥知らずめ……」

 ジョシュが怒りすぎて、言葉にならないようだ。

 フロールはいるようだが、発言をしない。

 翔一にはわかる気がした。

 幻滅しているのだ。心の底から。

「へ、やってみろよ。翔一さんに指一本でもふれたら、俺がぶったぎってやる!」

 タルボも激怒している。

 剣を抜こうとして、誰かが必死に止めたようだ。

「やめろ、タルボ。今は抑えろ!」

「ゴブリン討伐も何もしなかったじゃないか、命の恩人もやる気を失っているんじゃ役立たずだ!」

「とにかく、皆の命がかかっているんだ。千人もの完全武装の兵を持ちこたえられるか? 俺たちで」

 冷静な誰かの声。

 無言になる人たち。

「無理ではないが、犠牲は出るだろう」

 フロールはそうぽつりという。

「やはり、引き渡すのが無難だ!」

 この発言に複数人が賛同する声。

「俺は絶対反対だ。俺が村長なのだ、これで決まりだ。従ってもらうぞ!」

「俺たちは死にたくないだけだ。村長なら村人の命のことも考えてくれ」

 紛糾する村人たち、罵り合いが聞こえる。

「ジョシュの野郎、闇討ちしてやろうぜ」

 こんな言葉まで聞こえてきた。

 翔一はもうこれ以上話を聞きたくなかった。


 空を見ると、もう日が暮れかかっている。

 ため息をつくと、翔一はユニコーンの杖を出し、地面に突立てた。

 谷の出口に向かう。

 足取りは重い。

「翔一さん、もう暗いですよ」

 番兵が声をかける。

「門を開けてほしいクマ」

 翔一は村の重要人物なので、逆らいもせず、番兵は門を開けた。

「村の皆に伝えてほしい。僕は天罰騎士のところに出向くクマ。もう争うこともないって」

「え!? し、しかし」

「ユニコーンの杖は村の人にあげるクマ」

 番兵が何かいう前に、翔一はダッシュし、闇に消える。

 隠密精霊を張ったのだ。

 番兵が何か声を上げたようだが、翔一は無視して去った。

 翔一は久しぶりに高速移動を使う。

 エパットに居場所がばれるとも思ったが、奴が今目の前に現れるのなら歓迎だ、と思えるほど翔一の心の中は嵐で荒れ狂っていたのだ。


 幾つか小さな丘を越えると、天罰騎士団の先遣隊がキャンプしていた。

 翔一は手を挙げて、入っていく。

 騎士団は一斉に剣を抜き武器を構える。

「僕はお前たちが探している『翔一』という人獣クマ。子熊村に行く必要はない。僕は投降する」

 騎士団はお互い顔を見合わせていた。

 すぐにかなり重武装の士官たちがやってきて、翔一を鎖でぐるぐるに縛る。

「労せず獣を捕まえたな。ポーラ様に引き合わせよう」

 髭面の大男が翔一を見ながらにやにやしている。

 ボンっと彼は蹴りを入れた。

「さっさと歩け。これから、お前は生きて捕まったことを後悔するのだ」

「戦いがなくて助かったぜ、村はかなり厳重だった」「あれが本当に危険な生き物なのか?」

 騎士団員の声が聞こえる。

 翔一はわざわざ銀メッキを施された鉄の籠に放り込まれた。

 籠は馬車に乗せられると、一路西に向かう。

「リリー」

 翔一は彼女のことを思う。

 彼女が騎士団につかまっているなら何とか助けたい。

 ふと、東を見ると、夜の闇に谷の微かな明かりが見えた。

 追われた寂しさが心に刺さる。


「何で、何でクマちゃんがいないの!!!」

 ダナが絶叫する。

 フロールはこれほど取り乱したダナを見るのは初めてだった。

「翔一さんは自分が村の迷惑になると思って……」

 ジョシュが肩を落として答える。

 顔色が真っ青だった。

「嘘よ! あんたたちが追いだしたのよ!」

「……」

 ダナの剣幕に、村人は動揺している。

「いうな、もう」

 フロールはダナを抑えようとするが、ダナは怒り狂っていた。

「あんたたち恥ずかしくないの、今までどれだけクマちゃんがあんたたちを助けたのか!」

 村人を指さす。指さされた村人たちは顔を背けた。

 ダナは怒りながら、ユニコーンの杖を拾う。

「これはあんたたちが持っていいようなものじゃないわ」

 そういうと、虚空に消す。

 魔道ポケットに入れたのだ。

「俺たちは、生きるために……」

 誰かが反論しようとする。

「恥知らず! 人間なんて下等よ! 人間なんて大っ嫌い! クマちゃんは何も悪くないわ。クマちゃんは……う、うう……」

 最後は泣き出してしまうダナ。

 涼子がダナを抱きしめる。

 ダナは涼子の胸に顔をうずめて嗚咽した。

「俺たちは出ていく。そろそろこの村も独り立ちする時だ。それに、俺たちは最初の約束は果たしたぞ」

 フロールは荷物を狼に乗せながらそういう。

 難民たちが生きて行けるようになるまで助けるという約束だったのだ。

「フロールさん、待ってください。このまま別れるなんて……」

 ジョシュが止めようとするが、

「これをやるよ、餞別だ」

 フロールはズシリと重い金貨の袋をジョシュに渡す。

「こ、これは……」

「じゃあ、達者でな。村の生活も楽しかったぜ」

「お、俺たちは、受け取るばっかりで何も返せず……」

 ジョシュが涙を流す。

 タルボは泣きながら地に伏していた。

「あの熊の怪物は消えた」「俺たちは助かったんだ」「杖を取られたぞ」「あいつらには手を出すな、手強いぞ」

 こんな声がフロールの背中を焼く。

 涼子は乗用山羊に乗り、三匹の狼を連れて出た。

 ダナは涼子の胸にしがみついている。

 フロールとその一行は荷物を確認すると、夜の闇に消えてしまった。


 後に残されたのは、憎しみが残る空虚な村。


 ジョシュの心にはぽっかりと大きな穴が開いた。




いつもお読みいただき感謝申し上げます。

ブックマーク、評価ありがとうございます。

2020/7/15 単純ミスがありましたので、修正しました。

 

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