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40 人獣と聖剣

 ゴル・サナスの元にたどり着いた時はすでに冬だった。

 冬の高山なので本来ならかなり困難な道行きだったが、魔術は以前よりもかなり強力だったので、それほど苦労することもなく雪山を越えることができた。

 道があること、そして、住民のオークたちはもろ手で歓迎してくれたこと、これも大きなことだった。

 彼らに感謝しつつ、翔一たちは御所の祈祷所に入る。

「これはこれは、英雄の帰還ではありませんか。大歓迎ですぞ」

 にこやかにゴル・サナスに迎えられる。

 大祈祷師は翔一の顔を見ると、手招きする。

「翔一殿だけ少し話があります、他の方は食事を摂ってゆっくりお休みください」

 弟子がそう告げる。

 フロールはうなずくと、ゴル・サナスに翔一を預ける。

 翔一はずっと塞ぎ込んでいたのだ。

 ユニコーンの人獣ケーネは翔一に衝撃を与えた。

「お主はとても心が傷ついておる。残酷なものを見すぎたのじゃ」

 オークの老女は翔一の頭から背中を優しく撫でる。

 翔一はぽろぽろと涙を流すと、老女の膝に縋った。

「しばらく、ここで休んでいきなさい」

 祈祷所は主と助手たちの広い住居があり、翔一たちはそこで冬を過ごした。


 翔一はぽつりぽつりと、ゴル・サナスに今まで起きたことを告げる。

 イスカニア帝国であったこと、『奇跡の里』のこと、ガルディアで起きたこと……。

 フロールはあまり詳細を語りたくない様子だったが、翔一は老女を完全に信用しており、全てを話してしまう。

「魔王を倒したと申すか。よくやったぞ翔一殿。お主は世界の恩人ぞ」

 老女は絶賛するが、翔一は嬉しそうにも見えなかった。

 翔一はフロールの許可を得て、『時渡りの秘術』を見せる。

「これは……このような恐ろしいものが……。これを世の権力者に見せてはならん。必ず悪用するだろう。ワシも見たくなかった……しかし、この婆には使えない。それが救いじゃ」

「お婆さんにも使えないクマ……」

「これ、悩んではならんぞ。占って見せよう」

 いつものように宝石や骨の欠片をばらまく。

「解決の時は近いぞ」

 しかし、それ以上は口が重い。

「それなら、よかったクマ」

 フロールは老婆の表情が曇っていることに気が付いていた。

「これを見てほしいクマ」

 翔一は、ケーネの聖剣ことユニコーンの背骨、そして、二本のユニコーンの角を見せる。

「これも、凄まじいものじゃ。ただでさえ強力なユニコーンの力、それの背骨と角。魔の討伐と治癒……強力な宝器として生まれ変わらせることができる」

「これの本体はユニコーンの人獣ケーネとその子供だ」

 フロールが補足する。彼は翔一から詳細を聞いていた。

「ユニコーンの人獣! それは、神話時代の存在。『原初の野獣』が人々を虐殺した。それを憂いた人々はユニコーンを殺して一振りの聖剣を作った。聖剣の主エパットは聖剣をふるって野獣を殺し、串刺しにして岩に繋ぎ止めた……」

「それではあの邪悪なエパットが正義の味方みたいクマ」

「エパットは野獣に勝つために混沌と契約をして、聖剣を混沌に染め上げ、野獣を殺したのじゃ。混沌の力と野獣の力、二つをミックスしてこの世の邪悪な人獣を作った」

「ケーネは自分を『原初の野獣』の子供だといっていたクマ」

「その時代では混沌が悪とは考えられておらず、変容の力として受け入れられていた。だが、この剣に混沌の気配がない。いかにも混沌の生き物から出たはずなのに、聖剣だとはあまりにおかしい」

「……ケーネには宿精が見当たらなかったクマ、ケーネの宿精は聖剣だということクマ?」

「ふむ、状況を見ればそれが正しかろう、神界において野獣を串刺しに繋ぎ止めているのはケーネの宿精、それが混沌の聖剣ではないか」

「それを抜けば『原初の野獣』の呪いは解けて人獣から混沌消えるクマ」

「何らかの理由で新しく生まれる者はそうなるかもしれぬが、今現在人獣の者、エパットに噛まれる者。それは混沌から逃れられぬ」

 翔一はふと思った、ボビーやエイミーがそんな簡単に治るだろうか。あの、根源から汚染されたオーラ。あれが綺麗になることはないと感じたのだ。

 だから、倒す決断ができた。

「でも、それでも、今のままでは……」

「そうじゃな、エパットを弱体化するために、混沌の聖剣は抜かねばならぬ。しかし、それは『原初の野獣』を解き放つことにもなる」

「野獣さんを倒す必要があるクマ?」

「わからぬが、それも考えておかねばなるまい……最古の祖霊と話してみよう。何かわかるかもしれぬ。『原初の野獣』の伝説には矛盾がある。エパットが嘘を流布しているのかもしれない」

「お願いしますクマ」

 翔一は頭を下げる。

 

 滞在している間、高山の雪原の中を剣をふるって修業する。

 ケーネとの戦いで己の怯えのために負けそうになったのだ。翔一の中でそのことも大きく心に引っかかっていた。

 どうしても、厳しい修業がやりたかった。

 フロールが硬い草から竹刀のようなものを作ってくれたので、それを雪原の中で振り回す。

 木刀を持ったオークの精兵たちが翔一の相手をしてくれる。

 翔一の剣術は速度と破壊力。

 ほとんど防御はない。

 オークたちは翔一の余りの速さに対処できず、連続で急所や手足を打たれ続けた。

 それでも、必死に彼らは翔一に喰らいついて来る。

 翔一も何度も木刀で打たれた。

 それを朝昼晩とやるのだ。

 オークたちはへとへとになって、部隊単位で交替して翔一の相手をする。

「たった一人を相手しているのに、これほどつらい訓練はありません」

 精兵たちの翔一を見る目は崇拝になっていた。

「当たり前だ。あいつがどれだけ凶悪な怪物を相手してきたと思っているんだ。誰でもビビッて小便漏らすような相手でも、逃げず、全力で打ち込む。そんな奴はいないよ。あいつは凄い奴だ」

 フロールが翔一を絶賛する。本人の前ではほとんど褒めないが。

「翔一殿はどのような魔物を相手してきたのですか」

 若い兵士が問う。

「えーっと、最初は人狼と戦って、人鼠、次に吸血鬼王の娘二人、人虎、悪魔鳥……六匹全部倒したぞ。そして、貴族の人狼、魔王、人ユニコーン……雑魚は数知れずだ」

 呆気にとられるオークたち、さすがに、俄かには信じられないのだろう。

「我々オークの英雄と呼ばれるようなものでもそれほどの戦歴はありません。もし、それが全部本当なら、彼は我々だけじゃなくて、この世界の恩人です」

「本当に決まってるだろ。それなのに、あいつは報われねぇ」

 フロールのスコープには翔一の寂しげな毛皮の背中が映っている。

「我々だけでも翔一殿のために尽力します」

 若いオーク兵は胸を張る。

「あいつ、蜂蜜が大好物なんだ、手に入らないか」

「お任せあれ」

 翌日には、翔一は食べきれないくらいの蜂蜜をプレゼントされていた。

「ありがとうございますクマ。代金のお支払いは……」

「いいんですよ、大英雄殿。我々の感謝の気持ちです。お金なんて受け取れませんよ」

 そういって、オークたちは翔一に贈る。

「いいから食ってみろよ。蜂の巣もあるぞ」

 フロールが進める。

 翔一はパンにつけるとおいしそうにパクパクと食べ始めた。

「おいしいクマ―。ありがとう」

「クマちゃん、私もちょっとちょうだい」

 ダナは少食だが、翔一と付き合う時は食べる。

「いいよ、一緒に食べるクマ」

 久しぶりに嬉しそうな翔一を見て、フロールは少し安心した。


 数日後、

「聖母様がお呼びです」

 ゴル・サナスの弟子が呼びに来る。

 翔一とフロールは大祈祷師の元を訪れた。

「先日の『原初の野獣』のことだが、かなりわかった」

 うなずく翔一。

「太古において人々と獣は共存共栄しておった、やがて、その堺はあいまいになり、獣と人が混ざり合って、最初の人獣が誕生した。それが『原初の野獣』じゃ。彼の者は大勢の妻を持ち、それは獣だったり人だったりした。その大勢の女たちは子をなし、人獣だけではなく、様々な幻獣を生み出す。彼の子らは強大な力を持ち、人と普通の獣を迫害し始めた」

「……」

「『原初の野獣』は怒り狂い、邪悪な子供たちを殺し始めた。野獣は人獣の再生能力を封じるために、息子の有翼のユニコーンから聖剣を作った」

「……ユニコーンの力で治癒を封じる?」

「聖なる力だけを抽出した結果じゃ、ユニコーンの治癒力はあくまでも角にある」

「……」

「危機感を覚えた人狼のエパットは弟の無翼のユニコーンであるケーネを拉致して、混沌に汚染した。そのユニコーンは有翼ユニコーンの双子の弟であり、瓜二つだった」

「瓜二つ……」

 翔一は宿精のダーク翔一が自分の子熊姿とそっくりであることに気が付く。

「エパットは蝋で翼を作ってユニコーンにつける。そして、父にこっそり近寄ると、背骨から混沌の聖剣を抜いて父を刺して岩に縫い付けた。無翼ユニコーンは兄の聖剣を奪い、兄を自分の混沌聖剣の守り人にした。有翼ユニコーンの兄はケーネの宿精でもある」

「ケーネはお兄さんの綺麗な聖剣を背骨にしていたクマ。お父さんを串刺しにしているのはあの邪悪なケーネの背骨。でも、ケーネは邪悪だったけど、そこまでのパワーはなかったと思うクマ」

 翔一の心には魔王の存在、山のようなオーラがあった。その伝説が事実となるにはケーネのオーラではパワー不足に感じたのだ。

「ふうむ、混沌の汚染、混沌魔力の本体はケーネを通じて兄に行ったのかもしれぬ。本体と宿精とは別人のようでありながら、魂はつながっている」

「聖剣は汚染されなかったクマ」

「それもあり得る。本人が汚染されても、聖剣は聖剣でまた別個の存在なのじゃ」

「本人が死んだのに、宿精は死なないクマ?」

「神代の存在だから、神界でも死なないと本当の意味での死は訪れぬ。ケーネの場合は宿精が死ぬ必要があるな」

「……じゃあ、今死んだケーネはどこに行ったクマ」

「死した祈祷師は宿精の案内で先祖の世界に旅立つ。ケーネは宿精を父のもとに縛り付けているから、どこにも行けず、冥府と精霊界の間の地獄で怨霊に苛まれ続けている」

 ここで、茶菓子が運ばれてくる。

 弟子の女オークが恭しく、並べる。


「先日聞いた話とはかなり違うようだな」

 フロールは静かに聞いていたが、分析はしている。

「通説にはエパットが流した嘘が混じっているのだろう。今話したことは最古の祖霊の話。ワシが知っていたことより正確」

「じゃあ、お兄さんを解放したら、エパットはどうなるクマ、『原初の野獣』さんは?」

「ケーネは宿精の導きで冥府に行くであろう。エパットは人獣の王ではなくなる。王は『原初の野獣』になる。『原初の野獣』は解き放たれた時どう行動するかは謎じゃ、ただ、悪を憎んで動いたことを思うと最初の聖剣の主として運命を全うするだろう」

「僕の聖剣は背骨ではないクマ、どうして、色々な聖剣が生まれクマ」

「何かを犠牲にして聖剣を作り悪を討つ。『原初の野獣』がその雛形を作った。神々は知ってか知らずかその雛形に引きずられ、聖剣を鍛える再演をしたのじゃ、そして、その剣の主は……」

 ゴル・サナスは何かいいかけたが口をつぐんだ。

「エパットも最初は仲間を守るために聖剣を作ったクマ。そう思う」

「そうであろう」

 うなずくゴル・サナス。

「でも、そこまでわかっても、神の世界にどうやって行ったらいいと思うクマ?」

「お主はいずれ行く。その時、『原初の野獣』の因果に引っ張られるだろう。慌てる必要はない」

「わかったクマ。そうだ、でもこれは僕の手に余るよ。お婆さんに差し上げるクマ」

 翔一は背骨の聖剣と二本のユニコーンの角を差し出す。

「もし、この婆にご褒美を上げようと思っているなら、高価すぎるご褒美だぞ。角は受け取ろう。しかし、その剣はお主が主を探すのだ。あるいは運命に任せろ。婆に渡してはならん」

 皺だらけの顔で笑いながらゴル・サナスは角を受け取る。

「運命に任せるクマ?」

「積極的に探さなくても、いづれ勝手に主に出会う運命ということじゃ」

「わかりましたクマ。そうします」


 春はまだ遠かったが、天候のよい日を選んで山を下りることになった。

「今は晴れ渡ってますが、一瞬で吹雪になるかもしれない。急いで行きましょう」

 案内のオークの言葉。

 翔一とフロールは狼。乗用山羊を貰った涼子はダナを乗せて山越えルートを行く。

「なんでまた、さっさと降りてしまうんだ」

 フロールは春が来るまでここにいるつもりだったのだ。

「ここは快適だけど、いつまでも甘えてはいられないクマ」

「……お前がそれでいいなら」

 エアーエレメンタルで山道の雪を吹き飛ばしながら進む。

 早い移動とはいえないが、この季節では常識外れの速度なのだ。

 雪が積もっている季節に、敵も味方も動きはない。

 ゴル・サナスの予想通り、ふもと到着まで晴れが続いてほとんど問題なく下山できた。


 子熊村に入る。

 ここは冬の間は雪に閉ざされる地域なのだが、人々の動きは活発だった。

 最初に反応したのは子供たちだった。

「あ、クマちゃん帰ってきた!」「タマゴさんもいるよ!」「あ、ダナもいる…」

 翔一が子供たちに人気なのに対し、ダナは子供に人気がないようだ。気が強いのだ。

「何よ、あんたたち、私たちが帰ってきて不満なの?」

 ダナが怖い目をする。

「クマちゃんには会いたいけど、ダナちゃん怖い」

 村の少女が正直にいう。

「なによ。クマちゃんは渡さないわよ」

 睨みあう少女たち。

「仲良くするクマ」 

 相性が悪いのは仕方がないが、喧嘩になったら困る。

「おう。ジョシュ、変わりないか」

 フロールは狩猟の帰りという雰囲気のジョシュに手を振る。

「フロールさん、ご無事で何よりです。村はまた人口が増えてどんどん大きくなっています」

 ジョシュがにこやかに来る。

「俺たちはイスカニアまで行ったぞ。大冒険をしてきたのだ」

「それは凄いです。土産話をお願いしますよ」

 村は大いに湧く。

 特に最初期メンバーは英雄の帰還に大喜びだった。

 しかし、ふと、翔一は遠巻きに見る新しい村人たちの視線を感じた。

(僕たちが帰ってきて迷惑なのだろうか)

 新しい人たちは、新しい人たちで固まってあまり交際をしようとしない。

 翔一とフロール、ダナに対して不信の目を向けているように感じる。

「天罰騎士が人獣を探しているって噂よ」「あの熊は人獣じゃないのか、人の言葉を話すなんてありえない」「人間ではないものが我が物顔で……」

 彼らがひそひそ語る言葉を、翔一の耳は拾ってしまう。

 自分の家だと思って帰って来たのに、いつの間にか他人の家になったような、落ち着かない感覚が翔一に湧いた。

 フロールはささやかな歓迎会で大いに冒険を語り、悪魔鳥を倒した話を人々に吹聴する。

(まだ、お婆さんのところにいた方がよかったかな……)

 翔一はそう思ったが、先延ばしにしたところで結果は変わらないだろうと考え直し、現状を受け入れる事にする。

 雪が融けるまで大きなことはなかった。

 やがて、季節は春になる。




2020/7/12~2022/9/25 微修正

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