4 ゴブリン襲撃
さらに一カ月が過ぎた。
ダナの容態は日増しに悪化しているようだった。
ハイエルフの自然治癒力に期待していたが、結果は芳しくない。
フロールのライブラリーは汎用で高度な医学情報はなく彼女を治療できない。
翔一の治癒精霊も毒のパワーに力負けして消えるありさまである。
最近は熱を出してもうろうとすることが多い。
「このままではまずいクマ」
翔一は少女の額に手を乗せる。
やはり、熱がある。
「わかってるよ、しかし……」
いつも強気のフロールも歯切れが悪い。
彼も方策がないのだ。
人々は最初、ダナを怠け者だとして嫌っていたが、本当に病気だと知ると批判はなくなった。
しかし、あまり好いてないのは変わらないだろう。
適者生存の世界なのだ、病気に斃れた者が歓迎される甘い社会ではない。
そんなある日。
谷の入り口を見張る見張り小屋から煙が上がる。
そして、必死に走ってくる一人の少女。
見張りは子供の仕事なのだ。
少女はミリュウという名前だったはず。一見すると少年のようなおてんばだ。
翔一は土砂の運搬の手を休めて、彼女の話を聞く。
「クマさん、武器持った奴らが大勢きてる。緑色の顔ですっごい気持ち悪いの」
「緑色……ホブゴブではないクマだね。大きかったクマ? 人数は?」
「小柄よ、皮の鎧着てる。人数は……お兄ちゃんが百人くらいって」
「すぐに見張り小屋撤収するクマ」
「うん、お兄ちゃんももう少しあいつらを見たら戻るって」
彼女の兄は十代前半の少年だが、意外と豪胆だった。
確か、カミュといったはずだ。
生きのびた人たちだから、大人も子供も意外と根性が座ってる、実力もある人たちだった。
走って戻ろうとするミリュウを止める。
「危険クマ。お兄さんがこっそり戻るのを邪魔してはいけないクマ」
翔一はフロールとジョシュを呼んで話をする。
人々は砦に集められて、武器を準備し始めている。
「敵はゴブリンですね、たぶん」
ジョシュが渋い顔。
「ゴブリンは話し合いの余地とかあるクマ?」
「ないですね。噂ですけど、ゴブリンと上手に交渉して撤退させた男がいるんですが、食料も武器も献上して和平が成った翌日に、奴らが襲い掛かってきて男は殺されたと聞きます」
「とにかく、数が多すぎるから野戦は禁物だ。食料は砦に備蓄してあるし、矢もそれなりに準備してある。奴らは食料が得られないと知ったら撤退するんじゃないか?」
フロールが問う。
「それは何とも……勢力範囲拡大のつもりできているなら簡単には引かないかもしれませんよ」
「乱闘は危険クマ、それは僕に任せるクマ」
「ええ、それはもう」
話が籠城で決まったあたりで、ドアをノックする音。
開けると、泣いているミリュウがいた。
「お、お兄ちゃんが帰ってこないの」
「わかった、僕が迎えに行くクマ。他は待っていてほしい」
「待て、俺も行く。村の人は守りを固めておいてくれ」
フロールは弓を取り、矢がいっぱい詰まった籠を背負う。
男たちは一緒に行きたがったが、フロールが制止する。
砦を出ると、フロールは望遠スコープで見張り小屋を観察する。
見張り小屋は北側の崖の中腹にある。一番上に立てたかったが、建設困難であり、今後の課題ということで現状の位置に落ち着いたのだ。
「何か見えるクマ?」
「何匹かゴブリンが登っているな。少年の姿は見えない……あ、居た! 岩の割れ目に隠れている……」
「急いで助けに行かないと」
「翔一、お前が完全大熊形態になって、高速で移動したら、何とか間に合うかもしれない。しかし……」
「剣は大丈夫クマ」
翔一は持っていた剣をどこかに消してしまう。
「どうやったんだ、完全に消えたぞ」
「変身するとき、服とは所持品は精霊界で保存されるクマ。その原理を利用して、所持品を自由に出し入れできるようになったクマ」
「そうか、じゃあもういいからすぐに行こう」
翔一は急いで大熊に変身すると、フロールを背中に乗せる。
そして、飛ぶように崖沿いを駆けるのだった。
谷の入り口近辺にはゴブリンの群れがいる。
確かに百はいるだろう。
隠れてもいないので、敵にはすぐに見つかる。
ゴブリンたちは突進してくる大熊に驚いて、吹き矢、スリング、ショートボウといったもので翔一を撃つ。
早いので当たらないし、当たっても分厚い毛皮を抜くことはできなかった。
尚、フロールはメタルボティなので平気だった。
しかし、
ボシュ!
魔法の矢が飛んでくる。翔一の左肩を撃ち、苦痛で動きが止まる。
「ち、なんかエネルギービーム使う奴がいるな」
舌打ち? しながらフロールが降りる。
「ガキは俺が助けるから、お前はゴブリンとビーム野郎を頼む」
「わかったクマ!」
翔一はそういいながら、戦闘用のやや大きな子熊形態になると、虚空から青く光る剣を取り出す。
「熊を殺せ、取り囲め!」
灌木が多いのでわかりにくいが、一人背の高い黒い服を着た男がゴブリンたちに命令を下している。
二匹のゴブリンが一斉にとびかかってくる。
小さな鉄の剣と斧。盾までもっている。
翔一はビデオの動きを思い出して、斜めにかわしつつ一人を空中で腹を斬り、もう一人を着地点で後頭部をざっくり斬りつける。
腹を斬られた奴は内臓を噴き出しながらもがき苦しみ、後頭部を斬られた奴は、致命傷だったのか即死した。
「こいつ、思ったよりやるぞ!」
甲高いゴブリンの声。
翔一は敵の怯みを感じたので、一気に押し出すことにした。
「チェストオオオオオオオ! キエエエエエエエエエェェェ!!!」
奇声を上げながら、当たるを幸いぶった斬りまくる。
ここでは立木打ちの鍛錬が役に立ったようだ。
何匹斬っても疲れもしないし、動きも遅くならない。
翔一は気が付かなかったが、彼の速度は既に人間離れしている。
敵の攻撃は当たっても大した威力もなく、毛皮が斬れたとしてもすぐに治る。翔一が負ける雰囲気は全くなかった。
十匹も斬ると敵は浮足立ち始める。
そして、大慌てで逃げ出すのだった。
翔一は逃げる敵を放っておいて、フロールの援軍に向かう。
しばらく行くと弓矢の打ち合いが見えて、次々とゴブリンが落下していく。
「翔一、こちらはもう大丈夫だ」
フロールが弓矢を片手に手を振った。
彼の足元には射殺されて崖から転がり落ちたゴブリンの死骸が積み重なっている。
少年が降りてくる。カミュだ。
「坊主よく頑張ったな、しかも二匹くらいやっつけただろ」
「坊主じゃないですカミュです。僕ももう大人なんですよ」
と、まだ子供っぽい少年がいい返す。
「豪胆だな気に入ったぞ、俺の故郷の軍に入れたい逸材だな……そうだ翔一、残りの敵はどこに行った」
何となく祖国の人材不足を思い出すフロールだった。
「奴らは砦に向かっているクマ」
「こうしてはいられないな、カミュ、一緒に来い。皆を助けるんだ」
翔一は移動形態に変化すると二人を乗せて敵に向かう。
砦に到着すると、既に戦いは始まっていた。
防御側は少人数。敵は八十人くらいはいる。
ゴブリンたちは砦に張り付き、登ろうと必死だった。
そして、致命的な欠落が発見される。
砦の周りの樹木だった。
樹木を猿のように登ったゴブリンたちは枝を伝って砦に飛びつき、少数が突入していたのだ。
「しまった、まずいな、あの大木、伐っておけばよかったぞ」
「もう遅いクマ、それより、救援考えないと」
「敵の大将は俺が倒す。クマは巨大化して突破し、内部のゴキブリを潰してくれ」
「わかったクマ」
「僕はどうしよう」
カミュも皆を守りたいだろう。必死な顔だ。
「奴の背中に乗って弓を撃ちまくれ。砦に入ったらみんなの手伝いをするんだ」
うなずく少年。
翔一は血の精霊をよびだして、喰らいつく。
「グアアアアアアアアアアアア!」
巨大化してゴブリンたちを踏みつぶし蹴散らして砦に向かう。
「化け熊だ!」「弓を撃て!」「ヒィ―」
ゴブリンたちに恐慌が起きる。しかし、敵のリーダー、黒衣の男は冷静に魔法の漆黒の矢を作り、翔一を撃ち続ける。
五発も喰らっただろうか、翔一は苦痛と出血でもうろうとし、砦の入り口にたどり着く前に斃れそうだった。
カミュは殺されそうだったので、途中から左腕で抱えて走っている。
「熊さん、しっかりして」
カミュの声がかすかに聞こえる。
フロールは翔一のピンチには気が付いていたが、それでもゆっくりと敵の首領に近寄る選択をした。
見ていると、何発かの矢が男に当たる前にポトリと落ちていたのだ。
(エネルギーフィールドか? 肉薄しないと無理かもしれないな)
手足を縮めて、そろそろと近寄る。
しかし、ばっと振り向く男。
フードの中には細くて酷薄そうな顔が見えた。髭がなく、尖った顎と耳。青黒い肌。美男子といっていいだろう。
(ゴブリンじゃねぇなこいつホブゴブでもない、エルフ!?)
その男は謎の卵にぎょっとしたが、どう反応していいかわからないという雰囲気だった。
「熊のとどめをさせ!」
そう告げると、何か魔法を唱え始める。
今がチャンスと見て、フロールは手足を伸ばして、ジャンプして敵に抱き着く。
男は思ったより反応が早い、さっと回避されてしまう。
草の中に落ちるフロール。男の魔法が発射される。
電撃だった。
光の奔流がフロールを撃つ。動きを止めるフロール。
男はそっと近寄る。
「倒したのか……何なんだこいつは」
近寄ったのが運の尽きだった。フロールの腕が彼の腕をつかむ。
「なに!」
そして、同時にスタンの電撃が彼を包む。
バチバチ!
びくびくと痙攣したのち、男は動かなくなった。
「お前らの大将は討ち取ったぞ!」
フロールは叫ぶが、ゴブリンたちは攻略に興奮状態なのか、動きを止めることはなかった。
翔一はいない。
どうやら、砦に入れてもらったようだ。
フロールは迫ってくる数匹のゴブリンと対峙しながら様子をうかがう。
(義体にスタン対策入れておいてよかった。しかし、ゴブリンどもをどうするか……)
翔一は必死に少年を抱きかかえて砦の入り口に倒れ込む。
体はみるみる小さくなる。
すると、少し開いて翔一を中に引きずり込む男。
ジョシュだった。
「大丈夫ですか、熊殿!」
「し、心配いらないクマ。少し休めば回復する、それより、中の状況はどうなっているクマ」
「敵が侵入しました。樹木を伝ってくるとは……」
「女たちが持ちこたえてくれると思います、狭い地下室に女子供でこもってます」
狭いところで一対一なら、女性でもゴブリンを止められるかもしれない。
「そうだ、ダナは?」
「あ!」
忘れていたという表情。すぐに後悔の顔になる。
翔一は治癒精霊を呼んで傷に当てる。
出血は止まる、傷は治っていくが遅いようだ。魔法が原因なのか。
止血だけして翔一は砦の内部に向かう。
狭い砦内では、彼の剣では長すぎるので、鍛冶場から魔法のハンマーを借りた。
地下室の入り口付近では、ゴブリンが数匹迫っていた。
女性たちの小さな悲鳴とゴブリンの喚き声。
勇敢な女性が怪我をしたようだ。
翔一はゴブリンを体当たりで吹き飛ばす。
「クマァ!」
そして、ゴブリンたちをハンマーでたたきつぶしていく。
サイズは変わらなくても、力も速度も翔一の方が上だった。
盾を叩き割り、骨を砕き、小剣を折る。
ゴブリンたちは悲鳴を上げながら絶命した。
三匹も倒すと小康を得る。
女たちが恐る恐る顔を出す。
「大丈夫クマ?」
「ええ、大丈夫です、でもダナちゃんを回収してませんでした……」
(回収し忘れって……もしかして、わざとクマ?)
難民たちがダナに対して迷惑顔だったのは事実だ。寝てばかりで働かないし、世話もしないといけない。
(今は追究している場合じゃない。助けに行かないと)
ダナは昔の城主の部屋に寝ている。
最上階の一番いい部屋だ。
翔一は飛ぶように向かった。
嫌な匂いがする。
血の匂いだ。そして、大勢のゴブリンの悪臭。
既に敵は突入していた。
そして、ことは終わっていた。
十匹ほどのゴブリンが全滅していたのだ。
七匹は頭を潰されている。
逃げようとした三匹も頭部が炭化した状態で死んでいた。
部屋には血塗れの少女が立っている。
「だ、大丈夫クマ? ダナちゃん」
白目を剥いたダナ。
翔一は恐怖でびくびくしながらそっと近づく。
「あ、クマたん」
白目が戻り、いつもの目になった。そして、少女はくたっと倒れる。
翔一は慌てて彼女を抱きかかえて、地下室に運んだ。
そこで戦いは終わったようだ。
生き残った敵は退却し、砦の周りはゴブリンの死骸が大量に散らばっていた。
三日後。
あれからダナは一度も目を覚まさない。
微弱な熱を発して苦しそうにしながら目覚めないのだ。
戦いは勝利に終わり、ゴブリンたちは死骸と武具を残して去った。
死骸は片付けられ、壊されたものは修復し、村人は大木を伐る算段をつけている。
病気でありながら、一人で十匹もの敵を倒したダナは畏敬の念で見られることになる。
「やはり、エルフは凄いな、子供でもあんなだぜ」
「でもダークエルフみたいなのもいるからなぁ。あの子もそんなんじゃなければいいが」
どこかで会話が聞こえる。
砦の一室には主だったものが集まり、一人の男を尋問していた。
男はゴブリンを率いていたダークエルフの男である。
「名前と身分をいえ」
フロールが冷酷な声を出す。
「私はダークエルフのコルバール、カルネスの騎士だ。身分相応の対応と、拷問を受けない権利を主張する」
「人の土地に勝手に入り込んで、問答無用で攻撃してくるような奴に権利もくそもあるか」
怒るフロール。
「この辺りはカルネスの領域だ。勝手に住み着いたのはお前たちの方だ」
「カルネスって知ってるクマ?」
「確か、ホブゴブリンの奴らの首都の名前だったような」
ジョシュが頭をひねる。
「何者だお前たちは。ゴーレムと熊。魔物のくせになぜ人間に味方している。魔術師がいるのか?」
「俺はサイボーグで人間!」「僕は人間クマァ!」
同時に叫ぶ二人。
「と、とにかく、お二人は凄く強い。お前は素直に白状したら、拷問もされないし、待遇もよくなるぞ」
ジョシュがとりなす。
「カルネスのことを詳しく教えろ」
フロールが怖い声。
「カルネスを知らないとは……なるほど、お前たち異世界から来たな」
蔑むような目で二人を見るコルバール。
「いいからいうのだ」
「カルネスは『白き手』死の魔女様の大都市だ。同時に国名でもある。カルネス女王国覚えておけ」
「『白き手』? 何者だ」
「死の魔女様のことを俺如きが口に出すのも恐れ多い」
「まあいいだろう、じゃあ、この辺りに来た理由を教えてもらおうか」
フロールが木の机を丸い手でトントンと叩く。
「私の任務は偵察だ。あのケダモノのようなゴブリンを武装と訓練を与えて使えるようにするのが目的だった」
「じゃあ、ここに来たのは偶然なのか」
「ああ、そうだ」
「ふーん、本当かなぁ」
コルバールの持ち物をチェックしていた翔一は、一枚の地図を発見する。
「フロールさん、こんなものを」
翔一が広げた地図にはカルネスから南方域の詳細な地図だった。
「えーっと、カルネスの南は白鱗山脈、東はキルボール伯国。北はイスカニア帝国。南西はレイド王国。白腕嶺という山脈抜けて南に黒騎士領。黒騎士領の東は山脈のなかオークと一言。南がガルディア王国に至る、だって。やっぱりいろいろな国があるクマ」
「各国のことを教えてもらおうか、政治情勢なんかも……」
ここからフロールの長い尋問が始まる。
彼は敵といっても知識人だった。
そして、思った以上に協力的で、情報を教えてくれるようだ。
「キルボールは騎士の国だ。大昔に冒険的騎士たちが建てた国で、今では騎士道の本場のようになっている。更にその南東にはアーロン王国という野蛮だが大国がある。これは近年冒険者が建てた国だ。正義の味方を気取っているが、底は知れている。北はイスカニア帝国。奴らは大国だが腐っている。白戴という山脈が南の領域と隔絶させているので、あまり直接の影響力はない。南西のレイド王国は人間の国だが、先王が間抜けで失政の連続、ガルディアに大敗して今は我が国の属国だ。黒騎士領は……あの忌々しいアモンが切り取った国だ。ガルディアの手先で小賢しい走狗よ。ガルディア王国は南の大国で、近年実力を上げている。間抜けで有名なバカ王が突然覚醒して大国になりあがったと聞く。異世界人の陰謀もうわさされている」
「オークはどうなんだクマ?」
「オークは、あの忌々しい『滅殺魔女』ダナの国だ。『白き手』の宿敵であり、地獄からやってきた邪悪な魔女だ」
「怖いクマねぇ。オークの首領ということはダナというのは凄い化け物なのねクマ」
「ダナはハイエルフだ。ハイエルフがなぜオークの大首領なのか、理由はわかっていない。我々の間でもかなりの議論が起きている」
「ハイエルフがオークの首領? 不倶戴天の敵同士じゃないのか、不思議な話だ」
フロールは興味津々である。
「ハイエルフのダナってよくある名前クマ? 僕たちの預かってる子も同じ名前クマ」
「何と忌々しい、名前が一緒で種族も同じとはな」
「ダークエルフならハイエルフのことも知ってるだろう。ハイエルフは病気になるものなのか」
フロール、少し話を変える。
「……あまり聞かない。エルフというだけで老いと病気はほとんどない。その中でもハイエルフはずば抜けた資質を持っている。真逆なのが森エルフだな。あいつらはゴブリンみたいなものだ、エルフと名がついているが、森エルフだけは違う」
森エルフはあまり評判のよくない種族のようだ。ハイエルフには嫌っているが、敬意は持ってる、そんな雰囲気だ。
フロールと翔一は少し相談していたが、
「あんたに見せたい人物がいる。何かわかることがあれば教えてくれ」
「人に者を頼むのに、後ろ手に縛ったままのなのか? 軟禁は受け入れるが、敬意を持っていただきたい。私は相応の身分のものなのだ」
「いいだろう、大人しくしろよ。装備の類は全部外すからな」
「皮膚に魔力が色々書いてあるクマ、信用は危険クマ」
「お前の変なオカルトぶつけたらいいのでは」
「わかったやってみるクマ」
翔一は魔力を消すような精霊を思った。刺すような感触の精霊が来たのでコルベールにぶつける。すると、彼の入れ墨は魔力を失った。
「何をするか!」
「でもこれで信用できるクマよ」
ぶつぶつ文句をいっていたコルベールだったが、縛めを解かれると一応納得はしたようだ。
皆で階段を上り、城主の部屋に。
ダナは女性や子供たちが交替で看病している。彼らが来ると女性は控えの間に下がった。
「うむ、銀髪に高貴な顔立ち。確かにハイエルフだ。名はダナ……しかし、魔女はこんな幼子ではない」
「この病気に心当たりはあるクマ? すでに二カ月も彼女は苦しんでいるクマ」
「獣に噛まれたのだな? たぶん、人間には効く毒や呪詛なのだ。しかし、ハイエルフはその高貴な魂故に受け付けていない。しかし、彼女は子供。毒に対抗しきれないのかもしれない。毒を中和するのが肝要だ」
「多分、人獣人狼になるような毒だと思うクマ」
「それなら、それ専門の医者や魔術師に聞かないと無理だ」
「それはどこにいる」
「先進国や大都市だろ。私は専門外だ」
部屋を出て、元の尋問室に戻る。
コルベールは地下牢に閉じ込めた。
「やはり、彼女を治すには専門家を頼るしかないクマ」
「こんな田舎にはいないだろうな。大都市に行くしかないのだが……」
フロールはコルベールの地図を見る。
直線距離で一番近いのは北のカルネスと黒騎士領のトーバック。どちらも厳しい山脈を越える必要がある。
小さな点線で越える道が示してあるが、相当な悪路だろう。
「カルネスとトーバックはかなり難しいクマ。カルネスは悪の都だからやめた方がいいと思うクマ」
「そうなると、レイド王国の首都レイド、かな。大河越えがあるからガルディアの首都は無理だろう。それに戦争してるから通れないと思う」
「この一番近い『死霊の都』というのはまずいクマ?」
「ゲール地方の首都っぽいけど、名前からしてダメダメ感満載だな。地図でも思いっきり×してあるし」
「レイドがいいと思うクマ。距離はちょっと遠いけど、平地なら行きやすい」
「山脈越えは病人のいない時にすべきだな。俺もそれに賛成だ」
話は付いた。
二人で少女を背負ってレイドに向かうことになる。
石室で拾った宝石や魔法の剣を換金して治療費にするために、持っていくものを選ぶ。
その日、夢の中。
翔一は数人の少年を並べてにやにやしていた。
彼らは鎖でつながれている。
(僕をイジメていた奴らだ)
本当に嫌な顔の奴らで、見た目はそれなりに整った顔だが、根性は心底腐っている。
翔一はリーダー格の少年の顎をつかむ。
気が付くと熊の手になっていた。
「や、やめて……」
そいつは歪む顔で涙を流す。
「フハハハハハハ! もっと泣けよ。おまえを叩き潰してやるよ」
「許して、遊びだったんだ」
「へぇ、そうなんだ、だったら俺も遊ぶよ」
そういうと、翔一は少年の下あごをめりめりと外し始める。苦痛と恐怖のあまり失禁する少年。
笑いながら翔一は……。
はっと気が付くと、いつもの海岸だった。
酷い夢だ。
自分がいじめられていた時より後味が悪い。
「翔一、力に溺れる感想はどうかしら」
いつもの女だった。
「僕はあんなことはしない」
「フフ、どうかしらね。それより、あなたはまた強くなったわ。道を選びなさい」
「僕は剣士になる。熊のままだと人の心を失ってしまう」
「人の技術を使ってもケダモノ以下の奴もいるのが世の中よ」
「それでも僕は……」
「まあ、いいわ、それなら、新しい道も教えてあげる」
もう一つ、銀色の道が開く。
「これは?」
「人の力を使う道よ。自然や混沌の力を維持しながら、人間の編み出す法則の力にも親和できるわ」
「法則の力?」
「例えば剣よ。金属をあんなふうな形にしたらすごい武器になるなんて、自然や混沌では出てこないの」
「そうだね」
「でも、フェアじゃないから教えてあげる。この世界の法則の力は弱いわ。あなたの元の世界ほど発展してないでしょ。だから、この道を究めてもむなしいわよ」
「ほどほどにしておけってことだね」
そういいながら、翔一は銀色の道を選んだ。
剣術が面白くなっていたのだ。
「レベル三です」
どこかで声が聞こえる。
2024/1/25 誤字脱字、文章訂正しました。内容に変化はありません。