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38 『聖なる』者

「イスカニアの身分証が役に立ったな」

 翔一たち一行はガルディア首都から東北に向けて移動している。

 巨大な白鱗山脈に向かう道である。

「イスカニア系の国は多いようです。私たちの世界のイギリスのような国でしょう」

 涼子もそれなりに情報を持っている。

「ふーん、私だけ知らないんだ。みんな異世界から来たのよね」

 ダナは銀モフに乗っている。

「僕とフロールさんとは時代が違うみたいクマ。全く同じでもないと思うクマ」

「へぇ、じゃあ私どこから来たのかしら、やっぱり、この世界の過去?」

「あれこれ悩んでも始まらんだろ、俺たちははぐれものなんだよ」

「イスカニアの皇帝のおじさんが僕たちを探しているみたいクマ。この国にも連絡は来ているみたいだけど……」

「陸路で一カ月かかる国だからな、真面目に探してないだろ」

 フロールはそう見切っていた。実際、じろじろ見られても役人が飛んでくるようなことはない。

 しかし、油断せず、なるべく正体は隠している。

 翔一も人が来ると人間に変身した。

 フロールは魔術でドワーフに変装している。

 強面ドワーフがいると、おかしな奴は寄ってこないようだ。通りすがりの人々も軽く会釈してくれた。

 変装魔術だけではなく、チビ鬼の偵察も行う。

 偵察を透明になって行うこともできるらしく、誰かに騒がれることもない。

 今回も、ガルディアの領土をトラブルなく移動できた。


 天罰騎士の支配する領域に近づくと、大地は荒廃し、そこかしこに難民がキャンプしている。

「天罰騎士には近寄らない方がいいですよ。あいつらはすぐに人を殺します」

 農民に聞くとそんな答えを貰える。

 フロールのドワーフの姿は、やはり、想像以上に信用が大きい。

 ドワーフは国王の指揮の元、国土インフラ開発に貢献し、人々の信頼を得ているという。

 おかげで、人々から話を聞くのに、それほど困らない。

 翔一は戦乱で殺された無辜の民の幽霊をあまり見ないようにしながら移動する。

 つい最近殺された者ばかりだ。

「新しい死人が多いクマ……」

「天罰騎士の連中だよ。あいつら、通りすがりの地域すべてを略奪しながら歩いているらしいぜ」

 フロールが聞いた情報である。

 チビ鬼の偵察情報で、天罰騎士の戦闘部隊は避けて移動する。

 数は多くないのか、地域が広すぎるのか、彼らと出会うこともなく、白鱗山脈と接する国境地帯まで来た。


 とある荒野で、翔一はぞっとした。

 夕方、日が暮れかかり、そろそろ野営を考えようという時間帯である。

 平原の中にポツンと一軒の農家と農園。

 そこに、戦死者と思しき幽霊が大勢いる。

 包帯の体、治療した痕。

 しかし、その幽霊たちは上顎から上がない。

 上げようのない叫びを上げながら、何十人もズラリと並んでいる。

 幽霊たちの横には大きな納屋が建っていた。

 戦傷者を治療しているのだろう、若い男たちのうめき声が聞こえてくる。

「あの納屋、農家の廃墟……何かあると思うクマ」

 柵で囲われた農園。往時は豪農だったのか。

「兵隊の駐屯地だな。改造して使っている。屋敷の方は廃墟だな」

「チビ鬼、偵察してきて」

 ダナの命令。

 しかし、すぐに帰ってくる。

「あそこは、凄い怖いゲス、魔よけの結界があって……」

「結界?」

 翔一が霊視すると、建物全体が透明の鎖で縛らているように見える。

 こっそり近寄ってさらに見ると、兵士たちにも鎖が絡みついている。

 鎖はどこか遠くに繋がっているようだ。

「鎖が絡まっているクマ」

「何か神聖系の魔術が兵士と建物にかけられているわ。私も、正確にはわからないけど、魔術を阻害するわね。弱いけど全員にかかってるわ」

 ダナが腕を組む。

「触らぬ神に祟りなしだろ、無視して行こうぜ」

 フロールは関わりたくないようだ。

 翔一にはこの納屋がおぞましい漆黒の塊のように感じた。

 魔王の瘴気とは違う、そこまでの破壊力はないが、突き抜けたような異常性を感じた。

「ここにはとんでもない奴がいるクマ。僕はここに入る」

「おい、何考えてる。滅茶苦茶な奴だな」

「それに、ここで天罰騎士たちから情報も集めたいクマ」

 リリーの情報を集めたかった。

「いいだろう。人間形になって、少年兵の様相で入れ。メガネを忘れるなよ」

 翔一は人間形になり、眼鏡をかける。彼の体は傷だらけであり、戦士というのなら異様な説得力があった。幼い顔なのが残念だが。

「鎧はないが小手だけつけてろよ、あとは、魔法の小剣か。そんな感じだな。シャツは脱いで上半身裸で行けば問題ないだろう。この世界では服は寒いから着るみたいな感じだからな」

 シャツを着ると王宮の小間使いになってしまうので、翔一はうなずく。


 フロールが古強者的な雰囲気で納屋に連れていく。

「何者だ」

 番兵が止めた。

「隊長がこいつを病院に連れて行けって、戦闘で頭がおかしくなったのだ」

 兵士は翔一の傷跡だらけの体を見て、ぎょっとしたが、すぐに同情の顔になる。

「こいつ、小僧のくせに凄い戦いをやって来たんだな……通れ、肉体の治療はケーネ様だから、心はポーラ様がいいだろう。彼女と面会して祈ってもらうのだ」

 フロールは納屋の警備兵に翔一を渡すとすぐに退散する。

 彼の姿はダナの作った幻影なので、魔力の強い者がいたら簡単に見抜かれる可能性があるのだ。

 翔一は兵士の後をついて歩く。

「おい、あの納屋の一角がポーラ様の教会だ。あそこで祈ってもらえ」

 兵士が顎でしゃくる。翔一はうなずく。

 納屋は非常に大きいもので、東西に大扉があり、南北に小さな居住区画がある。

 北の区画に行くと、幾つか部屋がある。そこかしこに包帯を巻いた兵士が大人しくしている。

 雰囲気は暗いが、治療の手際は的確だった。

 以前嗅いだことのある女の匂いがする。

 そして、人獣の匂いもした。

 翔一は嫌な予感がして、以前、ダナを攫いに来た連中が使っていた錬金術の消臭剤を自分にかける。あまり当てにならないような感じだったが、無いよりはましだ。

(これで臭いをごまかせたらいいんだけど……)

 そっと、その部屋の近くで座り込む。

 翔一の鋭い聴覚には壁があっても会話が聞こえる。

「私は北の本隊と合流するわ。ランス殿は夜にはここに戻ってくる。負傷兵がいるからあなたにお任せするわ」

 ポーラの声。

(ポーラさん……天罰騎士に加入していたんだ……)

 彼女は以前、人虎を討伐した時に一緒に戦ったローヴィエの僧侶だ。愛する人を人虎に殺されたことを翔一の責任だと思い込み、激しく恨んでいる。

 彼女は翔一の人間形を知らないはずだが、会いたい人ではなかった。

「何故、そこまで北の荒野に拘るの?」

 軽やかな美しい声。宮廷で聞いた声、ケーネだ。

「許せない怪物が生きているの、そいつは人間社会に溶け込み、尊敬を得ているわ。しかし、あいつは人獣よ。私、このガルディアで正体を知ったの。この国で正体がばれて処刑されかけたのに、まんまと逃げだしたわ」

「……あら、そんな奴がいるのね、どんな獣なの? 名前と姿は?」

「名前は『ショウイチ』というわ、変わった名前、異世界の怪物よ。姿は子熊に見える。可愛いように見えても人獣よ。なぜかガルディアの王家は一度手配をしてから取り消したわ。私は首都まで行って抗議したのよ。でも、王家が追うなと。意味が分からないわ」

(ダナ王妃が僕を助けてくれた?)

「よくそんなことが分かったわね」

(……今、変な気配がした)

「魔術学院のコレットという女が教えてくれたの。彼女も手配が取り消しになったことに不満を持っていたわ」

「コレットとのつながりは?」

「そうね、北平原一帯ではあの熊と出自不明の仲間たちのことで一時大騒ぎだったの。だから、おおっぴらに調査していた私に目が留まったのね。コレットは副代官のケヴィンがあからさまに事件をもみ消していたのが不満だったみたい」

 ポーラは少し棒読みのようにぺらぺらと喋る。

(ポーラさんの様子がおかしい気がする)

「そのケヴィンはなぜもみ消したの? 王家の指示?」

「王家のことはわからないわ。でも、噂ではあのケヴィンは熊に弱みを握られているそうよ」

「その弱みのことを教えて」

「……それは、たぶん、ダブル不倫だと思うわ。あの軽薄で薄汚い男らしく」

 ポーラの声に主体性がない。

(たぶん、ケーネは何かの術を使ったと思う)

「ふふ、つまらない話」

「あら、私、今少し何か喋ったのかしら」

「疲れているみたいだったわよ」

 二人の会話はそれで終わる。

 精霊界から、ダーク翔一声がする。

「翔一、今、精霊の動きを感じた。誰かが精霊術を使ったようだ」

「ケーネだと思う」

「ああ、そうだろうな」

「そうだ、匂いを消す精霊を知らないか。この怪しい錬金術の薬じゃ心もとなくて」

「隠密精霊の上位版だな。消臭精霊だ、肉食動物の魂の変容したものだ」

 翔一はそれを纏う。

 体の汚物を綺麗に舐めとるような感覚があり、人獣の体臭も無くなる。

「ありがとう、これであの女に近寄れる」

 扉を開ける音がする。

 翔一は傷病兵の振りをしてうつむき、座り込む。

 ケーネの軽やかな足音。護衛兵が数人付いていく。

 ポーラも出てきた。

 血走った眼を一度翔一に向けるが、すぐにどこかに行ってしまう。

 彼女にも護衛がいる。そして、おぞましいことに、憎悪に凝り固まった幽霊たちがぞろぞろ彼女についていた。幽霊たちは目をそむけたくなるような拷問を受けてから殺されたらしい。ポーラの半透明の鎖には触れない。少し距離を開けている。

「あの女、とり殺されないのか……あそこまで恨まれて」

 ダーク翔一ですら呆気に取られていた。

「あの、半透明の鎖が邪魔しているね……」


 その日、とっぷり暮れた夕食の時間、焚火を傷病の兵士たちと囲む。

 彼らは大半がシンシアかイスカニアの人間で、オークやゴブリンと戦ったのは初めてだという。

 翔一が冒険者をやっていたといえば、体中の怪我を納得してくれたようで、話を聞くことができた。

 粗末な食事を摂りながら彼らと、ぽつりぽつりと語る。

「オークどもがあんなに強いとはな。三対一で釣り合うという感じだ」

「大地信仰のオークだから討伐する意味がないってこの辺の農民はいうがな、要は魔物だ。甘い考えをしてやがる」

「正義のために戦ってるのに、食料取り上げたらビービー泣きわめきやがって。乞食ども、殺してやったぜ」

 笑う男。

 翔一は腹の中が煮えくり帰ったが、無理やり冷静を保つ。

 その男の後ろに喉笛を斬られた女と子供の幽霊が見えた。恨みに満ちた目をしているが、謎の見えない鎖があるので近寄れないらしい。

「ケーネ様は女神のようなかただ。美しく、俺たちを治してくれる。奇跡の力というが……」

 何か疑問を感じている兵士もいる。

「でも、治ったはずなのに夜になると消えている奴がいるんだ」

「前線に復帰したんじゃないのか」

「普通、夜に消えるか? 誰も気にしていないが……」

 兵士の顔に一抹の不安。

 翔一は話題を変える。

「ハイエルフの女の子のうわさを聞いたことはないか?」

 兵士たちとそれなりに親しくなってから聞いたが。

「さあ、全く知らない。本隊にハイエルフの下士官がいるって話ぐらいかな。なんでそんなことを知りたいんだ」

「可愛い女の子がいるって誰かから聞いたんだ。天罰騎士に同行しているって」

「俺たちの『可愛い女の子』は頭のおかしいボーラ様だけだぜ」

 男たちはそういって、薄ら笑いを浮かべた。

 彼らからリリーの情報は得られなかった。


 夕食が終わるころ、大勢の人間がやってくる。

 彼らの隊長、『鋼鉄剣』ランスの部隊がやってきたのだ。

「医者は傷病兵を看病してくれ、兵士には食事を、野営地を建設しろ!」

 ランスの声が聞こえる。

 到着した兵士も、受け入れる納屋の兵士たちも大騒ぎで彼の要求に従う。怪我人を運び、テントを建てる。

 翔一も病人を運ぶ手伝いをした。

 ランスはずかずかと納屋に入ると、ケーネと話をしている。

「緊急の奴が終わったら話がある」

「ええいいわ、後でお伺いします」

「いや、こちらからケーネ殿の部屋に行く」

 ランスの言葉に、ケーネは下品な笑みを浮かべる。

 翔一は微かにそんな会話を聞いた。

 普通なら男女の会話だと思うが、何故かそんな雰囲気がなかった。

 二時間もたつと騒ぎが終わり、人々は寝静まっていく。

 ランスがケーネの部屋に入る。

 共回りもつけず、一人でこっそり入ったのだ。

 翔一は隠密精霊と消臭精霊を纏って、静かに寝床から抜け出す。

 ケーネの部屋は納屋の最も奥にある。労働者が寝泊まりする部屋だったのだろう。納屋で一番快適な空間だった。

 翔一は子熊に戻る。隠密はこの形態が一番有利なのだ。

 藁の中に潜み、彼らの会話を聞く。

「ポーラはどうした」

「彼女は入れ違いで去ったわ。本隊と合流するんですって」

「まだ、あの人獣に拘っているのか。大貴族の娘だから特別扱いしているが、私怨で動くとは本当に迷惑な奴だ」

 ポーラの行動力の背景には権力もあったのだ。

「あの娘は面白いわ、好きにさせたらいいのよ。人を拷問して殺すのが趣味になった、壊れた人間。普通の人間なのに」

「フン、そういう人間も必要だが、貴族はそのような汚れ仕事をしない。あの娘は愚かだ」

「あなたたちのそういう情けの欠片もない考え方が好きよ。それだから、私の純潔の子供たちに役に立つの」

(子供たち?)

「ああ、ああ、あの、あれか、純潔の子供たち。どんどん大きくなっているぅ!」

(ランスの様子がおかしいクマ)

「そうなの? いいわ、見せて!」

 ケーネは明らかに興奮しているようだ。

 それに対し、ランスは剛毅さがなくなり、すすり泣くよう声を上げる。

「ひ、ひひひ、お、俺はどうなるんだ」

「苗床になるのよ。私の子供たちは、穢れた奴の血肉を喰らって、元気いっぱいに育つの」

 ケーネは嬉しそうに明るい声を出す。

 翔一はあまりに異常な会話に興味を惹かれて、覗きを行う。

 あまり趣味のいい行為ではないと思ったが、好奇心に負けた。

 納屋の壁などは薄い木の板である、隙間は一杯ある。翔一は這って行ってそっと覗く。

 ケーネが笑顔で立っている。

 異常はないが、異様な笑顔ではある。満面の笑み。

 そして、ランス。

 上半身裸。

 肩から上は筋肉が盛り上がり、まるでボディビルダーのような体だが、胸から下は半透明になっている。

 背骨とあばらがみえ、透明の皮膚の下に二つの生き物がぼんやりと見えた。

 馬のような人間のような白い体。その生き物はランスの体をじわじわと喰いながら、彼の体の中で大きくなっているのだ。

 その二つの怪物を見るランスの目は完全に狂っていた。

「この赤ん坊たちはどうなるんだ。どんどん大きくなっていくぅ!」

「もう大して時間はかからないわ。あなたはあともう少し食い尽くされたら、この子たちに命を与えて死んでしまうの。でも嘆かないで、あなたは二つの命の糧になったの。とってもいいことよ」

「そ、そうなんだ、俺はいいことをしてるんだ」

 泣きながら笑うランス。

「汚泥に咲く美しい可憐な花のようね。私の子供たちは本当に可愛い」

「ひ、ひひ」

 半笑いで涙を流すランス。

「この子たちは私と同じ能力を持って生まれてくる。この子たちも人を治療して世界に貢献するわ。あなたも嬉しいでしょ」

「ああ、すごくうれしい」

 よだれを垂らし、恐怖のあまり気が狂いながら笑顔で答えるランス。

 翔一の目には何か心を狂わせる精霊が付与されているように見えた。彼の鎖は切れていない、どうやったのか。

「ポーラもランスも鎖があるのに、ケーネのおぞましい魔術を喰らっているクマ」

「あの女の正体に何かあるぞ」 

 ダーク翔一が答える。

「さあ、服を着て、部隊に戻りなさい。明日も出撃でしょ」

「ああ、ああ、ああ」

 ああ、としかいわないランス。

 翔一は少し動いて、藁の中に身をひそめる。

 やがて二人が部屋から出てきた。

 恋人の逢瀬のように仲睦まじい雰囲気だが、実体は狂気だった。

 ランスは厳しい顔で去り、ケーネは笑顔で見送る。

 翔一は手が震えていることに気が付いた。

 ケーネの隠すおぞましい秘密はまだあるようだ。

 これ以上、彼女を監視することに恐怖を感じていたが、やめることはできなかった。

 ケーネがつぶやく。

「ちょっとお腹が空いたわ」

 翔一は藁の中に潜みながら、固唾をのんだ。

2020/7/8 下書きの時点から、妙に苦戦した辺りです。

やはり、どうも文章が読み難く、訂正してしまいました。

また、訂正が入るかもしれません。読者の皆様にはご迷惑をおかけします。

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