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37 片目の王

 出た場所は真っ暗だった。

 明かりをつけると、天井の低い、狭い空間。

 同じく、狭い階段があり、登っていくことができる。

 幾つも石の扉があり、ダナが扉に彫り込まれたコマンドワードを唱えると、扉は開く。

「出てしまうと場所がわかりにくくなっているわ。でも、よく見ると、コマンドワードが隠されている」

 エルフの言語に長じていれば開閉はたやすい。

 逆に知らなければ永久に開かない。

 ハイエルフ領で学習したことが有用な知識として結果を出したのだ。

(勉強は裏切らないクマ)

 翔一はそう思う。

 最終的に出た地点は、大きな建物の一階部分だった。

 陽の光が廊下を明るく照らす。

 ざっと見て、ここは、城、なのだろう。

 中庭に面した通路の一角に出た。

 大勢の人の気配がある、食事の匂いがするので今は人がいないようだが、すぐに大勢の人が移動し始めるだろう。

「もしかしたら、ここはガルディアの王宮かもしれませんね、調度品が立派ですよ」

 翔一はキョロキョロする。

「し、誰か来た」

 フロールはとっさに近くの部屋に皆を入れる。

 部屋の中は使用人の備品置き場だった。

 食器や使用人の衣装が置いてある。

「翔一、お前の服ボロボロだからこれに着替えろ」

「私たちの幻影も使用人に変えるね」

 ダナが呪文を唱えると、女性二人はメイドさんになる。

「可愛い!」

 翔一の目が輝く。

「じろじろ見ないでくれる」

 ダナご立腹。

「僕の人間体に冷たすぎない? あのクマも僕自身なんだよ」

「俺は……ドワーフだから、このままでいいか」

 翔一はぼろ服を捨て、使用人の服に着替える。こざっぱりとした個性のない衣装。

「でも、狼連れてきてる時点であんまり意味がなくないですか」

 銀モフ、サンダーアッシュ、ダークファングの三匹は嬉しそうに狭い部屋をうろうろする。

「し、じっとして」

 翔一が興奮する彼らを抑えようとするが、ガウガウいってしきりにその辺りのものの匂いを嗅いだりする。

「大人しくさせられないのか」

「大人しくするクマ!」

 翔一が子熊に変身して彼らを制すると、嘘のようにおとなしくなった。

「やった、クマちゃん来た」

 ダナが翔一の背中に抱き着く。

「おまえはそのままで狼どもを率いていくんだ。俺と涼子で偵察して、人気のない場所を通って外に出る算段するから」

 そういって、フロールと涼子は外に出た。

「隠密精霊張って、大人しく待つクマ」

「ええ、つまんない」

「今は我慢クマクマ。そうだ、ちょっとおやつ食べるクマ」

 翔一は皇帝から貰った極上のビスケット等を出して、ダナに食べさせる。

「すごい美味しい、もっと食べたい!」

「紅茶も飲むクマ」

 これは冷めてしまっているので、熱の精霊を呼んで温める。

 おやつを食べると、ダナも少し大人しくなった。

 一息ついたところで、誰かがやってくる。

「ふーむ、本当に獣の臭いがするんだな」

「俺は嘘はいわない、猫の嗅覚を舐めるな」

「じゃあ、俺のアーティファクトアイィー! ……特に何も感じられないな」

 翔一は興味惹かれて、鍵穴から外を覗く。

 黄色いネコを抱いた二十代後半の男が中庭をうろうろしている。

 片目で銀髪だった。衣装は高価である。貴族か王族だろう。明らかに手入れしてない感じの錆びた柄の剣を挿している。

(猫がしゃべった! そして、男は片目……クマ)

 翔一は片目の男を見ると、魔王を思い出すので、思わずぞっとする。

 しかし、その男からは禍々しい雰囲気はなかった。

 オーラはかなり強く感じたが。

(魔王ほどじゃないけどかなり強いオーラ持ってるクマ。ひとかどの人物ではあると思う)

 翔一はその男が右手に小手を嵌めており、その手の甲に瞳のような珠が嵌っていることに気が付く。

 瞳はキョロキョロと動いていたが、翔一の方を見ると動きを止める。

 その目と自分の目が合った。

 翔一は思わず、のけぞって、目をそらす。

「ん、何かいるのか」

 男はそういいながら翔一が隠れる扉に向かってくる。

(ど、どうしよう)

 慌てる翔一。

 精霊界から、

「殺すしかないだろ。死人に口なしだ」

 ダーク翔一、首を掻く仕草。

「さすがにそれはやりすぎクマ、大物だったら、国を挙げて追跡されるクマだよ」

(人が来るわ、私と狼たちは魔術で消えるから。クマちゃんは無理)

 ダナが賢明にもテレパシー的な魔術で連絡をくれる。彼女の魔術は個人単位で、動物は従属生命扱いである程度なら効果を及ぼせるのだ。

 翔一は存在として強すぎるのだろう。

「たぶん、隠密精霊も目の前では無理クマと思う」

「もう、いっそのこと単なる動物の振りしたらどうだ。得意だろ」

 ダーク翔一の投げやりアドバイス。

 扉が開くのと、ダナが魔術を使うのは同時だった。翔一はダナと狼の匂い、姿、音が消えることを感じた。

「あれ、熊がいるよ、子熊だよね」

 男は目をぱちくりとさせる。

「こいつの臭いだけだったかな、でも、動物がいただろう」

 猫がしゃべる。

「君、どこから来たの、何してるの?」

「クマクマ」

「うーん単なる動物みたいだな。誰が連れてきたんだ。部屋の様子から見て、使用人が面白半分で連れてきたんだろう……おや、しかし、この子かなり魔力持ってるよ」

 男の片目が光る。普通の目ではないらしい。

「熊ってこんな鳴き声だったか?」

「さあ、知らないよ。熊なんだからクマクマ鳴くんじゃないか」

 男から漂う、若干の適当さ。

 ダナと狼たちは奥の棚の陰に隠れている。しかし、男が入ったら万事休すだろう。何か特別な知覚を持っている様である。

 翔一はダナから男を離すためにスルッと外に出る。

「クマクマ」

「あ、クマ君逃げるなよ」

 男は翔一の腕をモフっと取った。

「何かの使い魔かもしれないな。魔術を感じるぞ」

 猫がしゃべる。

「王妃に見せよう」

「最近王妃の機嫌いいよな。あんた何かやったのか」

「陛下! 既に重臣の方々が集まっております」

 身分の高い家臣と思われる人物が慌ててやってくる。

「わかった、すぐに行くよ。どうしようかなこの子」

「連れて行ったらどうだ、面白いじゃないか。王妃もいるし、重臣たちなら何か知ってるかも」

「……王妃がいたら大丈夫かな。たぶん。正体がわからないけど単なる動物っぽいし」

 翔一は彼から逃げるべきか迷ったが、ここで暴れると、仲間に危害が及ぶように感じて大人しく男についていく。


「クリサレス王、ダナ王妃、ミランダ王大后……」

 王族の名前を読み上げる声。続いて、大貴族、そして、賓客を紹介する。

 翔一はガルディアの王宮に連れてこられたのだ。

(また宮廷に来てしまったクマ……こいつ王様だったのだ、倒さなくてよかったクマ)

「クリス、そのクマは」

 ミランダ王大后と呼ばれた、三十代後半くらいの美女が片目の男に問う。彼はクリサレス王というらしい。

「中庭にいたんです、大人しいし、可愛いから連れてきたんですよ」

 黄色の猫は宮廷に入った時点でさっさとどこかに行く。

「まあ、クマちゃん、こちらにいらっしゃい」

 ダナ王妃、以前にも出会った非常に美しい女性。

 王妃は翔一を抱っこすると、ニコニコしながら膝に乗せる。

 宮廷にどよめきが走る。

「あの王妃が笑ってるなんて初めて見たぞ」「笑顔もお美しい……はあ」「可愛いクマちゃんね」「私も一匹欲しい」

「王妃、そのような生き物を……」

 背の高い白髪の老人がいさめようとするが、

「この子は無害よ」

 ダナはじろっと老人に冷たい目。老人は頭を下げて引きさがる。

 この王妃の怖い目線を喰らって引き下がらない人間はいないだろう。

(目元といい、髪の色目の色、ちっさいダナちゃんとそっくりクマ)

 匂いは近いが大人と子供では違うのでそこはわからなかった。

「では、今日の陳情ですが……」

 農作物の問題、治水、など内政問題。

 やや退屈な話が始まるが、片目の男はまじめに対処している。

「南方公領の開拓は元リディア家臣との軋轢があります。彼らにも一定の領土を与えるべきかと……」

 先ほどの老人。

「宰相、功績なき者には領土は渡さないというのがガルディアの基本方針なんだ。彼らに功績があるなら、そのようにしてくれ」

 クリス王。

「では、小領主たちの功績をリストにしておりますので、ご検討いただきたく存じます」

「わかった、王妃と検討の後、沙汰を出す」

 小さな陳情が続く。

 翔一はぎょっとした、見め麗しい女性が入って来て、施療院の建設を訴える。

「……天罰騎士団と勇者様の活躍でゴブリンは滅ぼされました。しかし、近隣の村々は大勢の死傷者を出し、けが人が続出、しかも疫病まで起きています。騎士団の方たちにまで疫病が……」

(この女、人獣! 歪み切ったオーラを持っているクマ! でも、狼じゃない、何の人獣だろう……)

 翔一はその美しい女から邪悪な体臭を嗅いだ。

 その女も、翔一の匂いを嗅いだようだ。

 怪訝な顔をしている。

「天罰騎士団には速やかな退去を命じたはずだ、キャンプを作って治療に当たらせたら、すぐに北に転進して頂きたい」

 クリス王は不満げだ。

「騎士団長もいらっしゃいますので、直接お命じになってはいかがでしょうか。私は民のためにも施療院の建設を……」

「うむ、しかし……」

 王は宰相と目配せをするが、迷っている様子だ。

 翔一は嫌な予感がして、ダナの手を掴んで首を振る。

「? やめた方がいいの?」

 ダナが不思議そうな顔をする。

 うなずく翔一。

「あなた、この件はすぐに決めない方がいいわ」

 ダナがクリスにこっそり耳打ちする。

 翔一にはかすかに聞こえる、「ち!」と美しい女が一瞬顔をゆがめ、舌打ちをした。

「ケーネ殿、この件は追って沙汰を出そう。キャンプは建設して医術者を派遣する」

「医術だけなら、このケーネが奇跡の力で治せますわ。しかし、屋根のあるベッドが傷つき倒れた戦士たちに必要なのです」

 美しい女ケーネは涙を流し訴える。

「ガルディア王に申し上げる。我ら天罰騎士団は魔物勢力のオークとも戦端を開いております。人々を守り戦う我らに支援をお願い申し上げたい」

 髭面の冷酷な目をした男が跪く。

 盛り上がった筋肉、貴族風の服が筋肉でぴったりと張り付いている。

「『鋼鉄剣』ランス殿か。勝手なことをしてくれたな。現状オーク勢力は平和主義の大地女神信仰が主流になって、我が国とも和平を結んでいたのだ。それに騎士団は徴発を勝手に行っている。地域の領主から苦情が殺到しているのだ。これ以上の狼藉をするなら攻撃するからそう思え」

 ガルディア王は先ほどの気の抜けた顔から人間が変わったような厳しい視線を騎士に送る。

「し、しかし……」

「もうよい! 下がれ、二度と我が国に入るな!」

「王よ、お考え直しを」「天罰騎士団は正義のために」「さすがに追い出すのは横暴ですぞ」

 天罰騎士団には応援団も多いらしく、王にとりなしを願う声も大きかった。

 王は宰相を見る。

「天罰騎士が最初の約束を破っているのは事実。速やかに領土を抜けて頂きたい。本隊は既に青剣城に達しているのでしょう?」

「オークの砦を三つもとりました。ガルディアはオークとは同盟ではなく和平だけのはず。我々はオークと戦っただけです。この砦には何も申されますまいな」

 ランスは勝ち誇ったようにいう。一応、戦って切り取ったのだから、彼らの領土なのは事実だった。この世界の常識なら。

「我が国から出撃して、不意を突いたのだ、オークからなんといわれるか。非難されても仕方ないだろう。砦も放棄してすぐに目的地に行くのだ」

 王は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「命をかけて取ったのですぞ、それは横暴です、王よ」

 ランスが目を怒らせて反論する。

「勇敢な戦士たちを前線から回収して、後方で施療する場所がいるのです。王よ是非支援を!」

 わざとらしい涙を再び流すケーネ。

「そうですぞ、彼らを助けましょう!」

 南方の貴族が大声を上げる。彼らは山脈に盤踞するオークとの和平なんて歯牙にもかけない。

「追って、沙汰を出す! この件はここまでだ」

 ジョラー宰相が大声を出すとこの話し合いは終わりになった。彼にさらに追い打ちで何かをいう人物はいなかった。翔一は知らなかったが、彼は名宰相として近隣諸国に名前が知れ渡っている。


 その後は、気の抜けたような話題の話し合いがあったが、論争はなかった。

 ただ、イスカニア帝国の外交官が、

「ガルディア王よ、その動物はいつ飼われたのですか」

 膝まづきながら、怪訝な目で翔一を見る。

「ああっと、それは先ほど……」

 王は頭を掻きながら答えようとすると、

「私の熊です」

 王妃が強い目線で外交官を圧する。

「は、も、申し訳ございません! 皇帝ユアノール陛下の寵愛していた子熊が行方不明であり、帝国でも探しているのです。同時期に皇后陛下宰相閣下の病死の件もあり……」

 平伏しながら答える外交官。冷や汗が出ている。

「イスカニアからは一カ月以上の距離があります。このような子熊がまっすぐ馬でも走らせて旅をしたとは思えませぬ。これは私の熊です。誰にも渡しません」

 ダナが宣言すると、誰も反論しない。彼女ににらまれて生きた心地のする奴はいないだろう。実際、彼女のいう通り、翔一たちの出現時間はイスカニアを出てから一カ月経っていない。普通に考えると無理がある。

 尚、事件は数日後には全世界に広まっていた。外交官などが使う魔法の交信が確立しつつあるのだ。

「は、しかし、皇帝陛下にはどのように申し上げればよいのでしょう」

 外交官も一筋縄ではいかない。このまま引き下がれば、逆鱗に触れる可能性があるのだ。

「気まぐれで野生の子熊を愛でただけじゃ。皇帝陛下にはそのように申し上げろ」

「は」

 その話はそれだけになり、宮廷はお開きになる。


 翔一は解放されず、王族の会合に連れて行かれることになる。

「クマちゃん、ご馳走食べましょうね」

 ダナが耳打ちしてくれる。

 女性たちと王、王大后、女官たちの華やかな昼食会である。

 子供向けの椅子が三つあり、二つには既に小さなかわいいエルフの兄妹が座っていた。

「母上、その子は何者なの」

 兄の子供エルフが不思議そうにダナに問う。

「あ、クマちゃんだー!」

 妹は天真爛漫で笑顔。

 翔一は妹の横に座らされる。

「人間みたいに座って、食事ができるの?」

 王大后がびっくりしている。

 全員が座ると、エクセレスに祈ってから食事になる。

 翔一はなんとなくナイフとフォークで焼いた肉を切って食べ始める。

「クマクマ」

 全員がぎょっとした目で見ていた。

(何となく食べてしまったけど、まずい状況クマ!)

「この子は賢いのよ」

 ダナがそういうと、何故か皆受け入れてしまった。

「そ、そうだよ。王妃が可愛がっている子熊だから賢いんだよ」

 王、何故か冷や汗を流す。

 可愛いエルフの妹がちらちら翔一を見る。

「クマちゃんどこから来たの」

 翔一は可愛い少女に何か答えたかったが、声を出すのはまずいと感じて、観相精霊を送る。

 微かに覚えている、異世界の記憶。

 現代日本。雑然として、桜が綺麗で、平和な……。

「きれいな花が咲いているのね。ピンク色の」

 うなずく翔一。

 食事は終わり、王大后以下、女官たちと二人の子供が翔一を可愛がる。

「私が一番偉いんだから、私が最初にだっこしましょう」

 王大后は嬉しそうに膝に翔一を乗せる。

「おばあ様、私も」

 先ほどの姫が更に膝に乗る。

 王大后は「おばあ様」といわれるほど老いてはいない。未だに美しい女性だった。

「重いですわ姫」

 姫は存分に翔一の毛皮に顔をうずめ、モフる。

 女性たちは動くぬいぐるみのような生き物に興奮して大喜びだった。

 翔一は無言を貫く。

(やがて飽きるクマ) 

 翔一の読み通り、やがて、去っていくようだ。

「私も行くわ」

 王大后が腰を上げると、

「クマちゃん、かくれんぼしよう!」

 幼い姫の発案で、世話役の女官と、幼い王子、翔一の四人でかくれんぼすることになる。

 翔一は庭の雑木に身を隠す。

 短い尻尾と丸い耳が見えているのは愛嬌だ。

「クマちゃん、どこー」

 可愛い姫の声が聞こえるが、かくれんぼで答える者はいないだろう。

「おい、翔一、何やってんの。遊んでる場合か!」

 背後に性格の悪そうなドワーフがいる。

「あ、フロールさん、どこ行っていたクマ」

「それは俺のセリフだ! ダナはどこにいる」

「最初の物置部屋に隠れていると思うクマ」

「じゃあ、あの城門前の矢玉倉庫の陰で待ってろ、あそこは、ほとんど人が来ない」

 攻城戦の時のための設備。普段、頻繁に人が訪れる場所ではないだろう。

 フロールはそういうと、こそこそと動き回る。

 隠密精霊があるとはいえ、彼の隠密はかなり上手かった。

 暫くして、

「ち、ダナと合流したが、人の動きが多くて動けない。俺たちは使われていない部屋を発見したからそこで夜まで待つ。お前も軽挙妄動しないでそこで大人しくしてろ」

 フロールからの通信、翔一は耳の内側にフロールから貰った通信機を張り付けていた。メガネも持っているが、熊形だとかけにくいのだ。

 翔一は自分の毛皮の色に近い草叢に隠れると、隠密精霊を張って寝転ぶ。

 余程知覚の高い人間でなければ、気が付かないはずだ。

「クマちゃんいないのー」

 幼い姫のべそをかく声が聞こえる。胸が痛んだが、さすがに彼女のためにここに居続けることはできない。

 彼女は翔一がいなくても非常に幸せな少女なのだ。

 王族と生まれ、誰からも大切にされ、生活の心配もなく、両親に愛され……。

「僕にもお父さんとお母さんがいるクマ、だよね……覚えてないけど……」

 そう考えると、心の中に寂しさが広がる。

「……」

 疲れがたまっていたのか、眠気が出てきた。


 いつのまにか寝てしまったようだ、辺りは暗くなっていた。

 誰かの膝の上で寝ている。

 慌てて起きると、ダナ王妃だった。

 宮殿を見下ろす丘の上にいる。

「……」

 翔一は何かいうべきか悩んだ。

「もう行ってしまうのね。本当は止めたいのだけど、これから起こることを思うと……」

 王妃はうつむく、泣いているようにも見えた。

「……」

「いいのよ、これを持って行きなさい。そして、友達を大事にね」

 そういうと王妃は、小さな紙の筒をくれる。

「ありがとうございますクマ」

 翔一は頭を下げた。

「し、喋っちゃだめよ。ここでは可愛いクマさんなんだから」

 ダナは翔一の頭を撫でると、ふわっと消えた。

 翔一がキョロキョロしていると、フロールの通信が入る。

「翔一、いないじゃないかどこに行った」

「たぶん、もう門の外にいるクマ」

「おい、門番はどうしたんだ」

「うーん、いないクマ」

 翔一は霊視、目視、嗅覚、聞き耳、全てで判断して、通る予定だった門が無人であることを確認する。

「罠臭いが、翔一がもう出ているのなら今更だな。行くぞ皆」

 やがて、フロール、ダナ、涼子が出てくる。涼子だけ徒歩である。

「こっちクマ」

 翔一が手を振る。

「こんなところに居たのか。それにしてもその紙の筒は何だ」

「王妃に貰ったクマ」

「王妃? 何かおまえこっそり仲がいいよな、ガルディア王妃と」

 翔一は筒を開ける。地図だった。

「ガルディア王都を抜けてから北西に行くと、俺たちが以前通った川越ルートになる。ヤクザ共が鬱陶しいな。それに、俺たちの印象がかなり残っている地域だ。北東に行くと、平原に出て……天罰騎士の分隊が暴れてる地域を抜けるとオークの領域か。オークは友好関係だから、そちらがマシかな。距離も短い」

「天罰騎士には興味あるクマ」

「わかっているが危険だぞ」

 翔一たちは王都の一角、人気のない丘で一夜を過ごす。

 夜が明ける前に出発し、イスカニアの身分証でガルディア王都を出た。




2022/11/23 微修正

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