30 クマと少女と老人
翔一の公園昼寝は日課になっていた。
翔一は心を閉ざしている。
暗い記憶が翔一を自縄自縛にしてしまっていたのだ。
心を閉ざし、精霊界に行くと寝ているように見える。
その姿を人々は最初は怖がっていたが、無害とわかると、通りすがりに撫でたり、話しかけたりするようになった。
不思議と、心を閉ざした翔一は、逆に人々を安心させて無言の話し相手になった。
なかでも、特にリリーは毎日来る。彼女の料理はとてもおいしく、翔一は楽しみだった。
「今日はクルミとハチミツのパンよ」
リリーが焼いたのだろう。とても芳ばしい香りがする。翔一は嬉しそうに食べる。
食事の後、リリーに毛玉を差し出す。
「あら、これ何? 毛皮の球? 首にかけるのね、フカフカして可愛いわ。クマちゃんの毛皮と一緒ね」
リリーはにっこり微笑むと、首にかける。
すぐに膨らむ。何かの禍を吸ったのか?
「今日は気分がいいわ。散歩しない?」
翔一とリリーは公園の中を散歩する。いつもより、顔色もよい。毛玉はかなり大きくなった。
「え、返すの?」
リリーは怪訝な顔。
翔一は呪詛に変えた禍を絞り、瘴気を聖性精霊と対消滅させると、彼女に返す。
「またくれるのね、ありがとうクマちゃん」
次は膨れなかった。安堵する翔一。
半時間も歩くと、彼女はかなり疲れた様だ。ベンチで休む。
球の反応を見るに、疲労は禍ではないらしい。
(自然に近い反応は禍ではないクマ?)
そこには例の青年が一人で剣技を練習していた。前より上達したように見える。
「おや、君は確かレンドール家のリリーちゃんだね。外に出ていていいのかい」
汗を拭きながら、青年が声をかける。
「フォノンさん……私クマちゃんと仲良しになってから、具合がいいの」
「へぇ、じゃあ、今までクマ君とデートしてたんだ」
彼の名前はフォノンというらしい。
頬を赤らめるリリー。
「ハイ」
「でも、そろそろ帰った方がいいんじゃないか。ご両親も心配しているよ」
リリーはうなずく。
「クマちゃん、フォノンさん、さようなら」
リリーは礼儀正しく挨拶をすると去っていく。それなりに足取りはしっかりしていたので、手を振って見送る。
翔一はベンチにゴロッと横になった。
「やれやれ、結局、寝てしまうのか君は。僕も休憩するか……」
ため息をついて剣をしまい、翔一の隣に座る。
「僕はここを出て、力をつけて帰ってくるよ。天罰騎士に推薦されなくても、自力でね」
そういうと、剣を抜く。
「剣の力ではどうしようもないと思う。でもいてもたってもいられないんだ……ここにいては駄目なんだ……」
(なんだろう、ただ、力試しがしたい青年というわけじゃなさそうクマ)
「僕には弟がいてね。とても可愛かったよ。そんな気がする」
(?)
「そう、僕以外は覚えていない弟。ある日忽然と消えたんだ。しかし、不思議なことに誰も探そうとしない。僕は聞いたんだ、両親に『弟はどこに行ったの?』ってね。そうしたら父は『何をいっているんだい、弟なんていないよ』でも、母はボロボロ泣きながら『バカなことをいわないで、私の子はあなた一人よ』……おかしいだろう。どう見ても、どう考えても」
「……」
「もっと不思議なことがあるんだ。僕が弟のことを聞いたこと自体、皆、翌日には覚えていない。街の人も同じだよ……弟の痕跡は数日はあった。服とか玩具とか。でも、それも時が経るごとに消えていった。誰かが、とても恐ろしい誰かが、僕の弟を消し去った。僕はいつかこの街の秘密を暴いて、弟を取り返す。そう決めたんだ」
「……」
「だが、今の僕は弱い。何もできない。たとえ、隠された秘密を暴いても、僕は非力ゆえに指をくわえて見ているしかない。グロウギル公爵は何かを知っている。公爵は天罰騎士団のスポンサーなんだ。天罰騎士団に入れば、何かわかるかもしれない。確か弟が消えた時も天罰騎士に召集がかかっていた」
(確かに、何かあると思うクマ……しかし、何だろう)
フォノンはそこまで一気に語ると、優しげな笑顔で去る。
誰にも語れない胸中を語ったのか。
(そろそろ、ダナちゃんが帰る時間クマ)
翔一は伸びをした時、かすかな光が目に入る。
ふと見ると、宮殿の最上階から望遠鏡でこのハイエルフ領の中央公園を覗いている人間が居た。
(覗きかな? 悪趣味クマ)
家に帰ると。ダナがいた。
「ねえ、明日から午前中は自習になったの。私、もう初級の術は全部使えるから。図書館で自分でテーマ決めて自習しろっていわれたわ。別にいいけどなんだかねぇ……」
ダナはあまりうれしそうではない。実力を認められたようにも思えるが、見方を変えれば厄介払いともいえる。
夕食後、ダナは寝てしまったので、翔一は公園で寝ることにした。あの夫婦の家で寝たくない。
いつものベンチに行くと、誰かが座っていた。
翔一はお気に入りの場所を取られたが、あまり気にせず隣のベンチで横になる。
「お主はいつも寝ておるな」
人影は近づいてくるとそういう。
太った初老、よくいえば壮年の男。
彼を囲むように数人の人間の気配が移動する。翔一はすぐに気が付いたが、特に反応もしなかった。
「お主のように気ままに生きられたら。ふぅ」
男は翔一と同じようにベンチに横になった。
「どうせわしは無能だ。気が付かぬわけもない。誰もわしに心服しておらん。誰もが敬服しておるのはあいつだ……」
「……」
「お主は可愛い女の子の友達が居るしうらやましい限りだ。わしの周りにも女は大勢おるが。わしを友達だとか愛しているだとかそういうふうに思っている女はいない。汚い太った無能のおっさんだよ。あの女たちの見る目でわかる」
太った男は足元の草を引っこ抜いて、その辺に投げつける。
「……」
「わしも友達が欲しい。誰も、わしを人間としてみてくれない」
男はむくりと起き上がると、また草を抜いて地面に投げる。
魔法の街灯があるので、きれいな石畳に草の塊が落ちているのが見える。
翔一も草を引っこ抜くと、投げつける。
見事、男の投げた草に当たった。
「お、やりおるな、お主。じゃあ、これならどうだ」
男は丸い石を拾うと、少し遠くに投げる。
翔一は小さな石を拾って、その石に投げる。見事、今度もヒットした。
「ほう、単なる熊ではないのだな。新しく領に住んだ少女のペットだと聞いておったが、ただものではないな」
男と翔一は石投げゲームをする。男は大きめの石を転がし、翔一が小石を当てる。
何度も似たようなことを繰り返した。石を当てても外しても、男は大喜びした。
「ハハハ、可愛い奴じゃ。これを褒美にやるぞ」
男はポケットから小さな袋をくれる。
開くと黄金色の飴玉がいくつか入っていた。
「ご主人様、そろそろお時間です」
武装した一人の男が現れる。少し霊視すると、魔法で輝いてた。相当な装備を持った兵士だった。
「ええい無粋な奴だ。仕方がないな、また来るぞクマよ」
そういうと男は去っていく、手を振ったので、翔一も手を振り返した。
翌日、午前はダナのお供をすることになる。
図書室は不思議とあまり大事にされていない。司書はいるがボケーと座っている、本はたくさんあるが、整理もいい加減だった。
それでも、ダナは珍しい本の山に目を輝かせて読みふける。
「魔法の概説ね。精霊術の章もあるわよ」
翔一は少し目を通すが、間違っている記述が多く、信頼性が低い本だと思った。
本を放り出して、翔一は図書館を探索する。最奥に『重要書類保管庫』というものがある。
入るには許可がいるのか、司書が、
「ああ、何? 君? 動物は本とか意味ないだろ」
間抜けかつ性格の悪そうな司書の男が翔一をシッシと追い払う。
翔一はダナの元に戻る。
「クマちゃん、精霊術の本見つけたから借りて行ったら?」
パラパラとみると、確かに色々と面白い記述があるようだった。ダナの名義で借りていく。
ダナは学校があるので、手を振って別れる。
翔一は公園のベンチで精霊術の本を読みふけった。
(精霊には原初の精霊があり、獣には原初の獣がいる。人狼に代表される人獣は獣の化身と人間が融合した神代の存在。人間であると同時に半分獣の精霊でもある。神代から存在が変化していないので、半神のような膂力と再生力を持つ。しかし、神ではなく人間に近いので存在は消滅し得る……今日の人狼人獣の魔物性は、神代における混沌勢力の獣への攻撃の結果である。『原初の野獣』は『混沌の剣』に汚染され、人獣は混沌の影響を受けずには存在し得なくなった……)
翔一は『混沌の剣』というものが心に残った。それが、『原初の野獣』を変容させたものだ。自分は、聖痕の影響で混沌の影響を受けずにいるのかもしれない。
「クマちゃん、難しい御本読んでいるのね。お邪魔かしら……」
小さくて可愛いリリーがバスケットをもってやってくる。
今日は珍しく、リリーの両親であるレンドール夫婦も同行していた。
「クマさん、リリーと遊んでくれてありがとう。最近、あなたと会ってからリリーは元気になってきたのよ」
ハイエルフの美しい奥方が翔一に感謝の言葉を述べる。
「本を読むとは、単なる熊ではないな。どういう生き物なのだろう」
壮年のハイエルフの男。彼がレンドール氏だと思われる。
「賢い子熊なのよ、きっと」
「まあ、確かに子熊だな」
リリーがお母さん的な態度で食事を用意し始めると、ニコニコしながら夫婦は去っていく。
「クマさん、リリーをお願いします」
奥方が声をかけて去っていった。
翔一はおいしい肉の入ったパイを頬張る。かなり手の込んだ料理だった。あの奥方とリリーが一生懸命作ったのだろう。
翔一は夢中になって食べた。
「うふふ。お腹空いてたのね」
リリーがナプキンで翔一の口元を拭く。
「今日も旨そうなものを喰っておるな」
夫妻と入れ替わるように、昨晩見た太っちょの壮年の男がやってくる。
ゆったりとした服装だ。
「あ、あの、おじさん……」
リリーはびっくりして翔一の後ろに隠れるように移動する。
「わしはそのクマと昨晩石当てゲームをして決着がつかなかったんだ。それで、今日はこれで勝敗を決しようと持ってきたのだ」
太っちょは何らかの箱を持っていた。
彼は机付きのベンチに移動すると、その箱を広げる。翔一は興味を惹かれて見に行くと、かなり贅を凝らしたすごろくだった。
「わぁ! すごろくね。おじさん遊んでもいい?」
リリーが目を輝かせる。
「おじさんはやめてくれ。ユアンと呼んでくれよ。そうしたら一緒にすごろくをしよう」
「ユアンさん、私リリー。クマちゃんもすごろくしたいって顔してるし、皆でやりましょう」
ユアンはどうやって作ったのか、クマの駒、少女の駒、太っちょの駒を持っていた。
翔一とリリーは大喜びですごろくに興じた。
「ずるい、ユアンさん、いい目ばかり出ている」
ちょっとリリーが不満げ。
「これはわしの運だよ。でもちょっといい目を願ってサイコロを振ると、サイコロの神様が幸運を少しだけ運んでくれる。リリーもやってみたらいい」
「じゃあ、六でて!」
リリーが幸運を願って振ると、五が出た。
「六ではなかったが、それなりによかっただろう?」
「うん!」
リリーが可愛い顔を笑顔にしてうなずく。
最初はユアンが勝利、二度目はリリーが勝利した。
「ああ、ぎりぎりでわしが負けたわ。悔しいのう。もう一勝負だ!」
「ごめんなさい、そろそろ……」
楽しんでいたようだが、リリーの体力は限界に近かった。翔一はそっとユアンの腕を止めるように持つ。
「そうだな。すまぬ。お主の具合に気が付かなくて」
「いいの。ユアンさん。心配かけてごめんなさい」
「わしの友達になってくれぬか」
「うん、ユアンさん、クマちゃん。二人とも私の友達」
にっこりとほほ笑む。
翔一は彼女を背負うと、彼女の家まで送る。
「わしも心配じゃ、家までついていこう」
しかし、
「ご主人様、そろそろ……」
ずっと隠れて見張っていた男の一人が立ちふさがる。
「本当に無粋な奴らだ。やれやれ仕方がない。クマよごきげんよう。リリーは元気になったら一緒に遊ぶぞ」
こくりとうなずく少女。
ユアンと別れ、リリーを降ろす。
「クマちゃんありがとう。また遊ぼうね」
リリーがにっこり微笑む。翔一は手を振って別れる。
翌日。
翔一はまた二人と遊ぶことになるのかと思い、ダナの手を引いて公園を指す。
「クマちゃん、私、もう学校に行かなくてもいいっていわれたわ。その代わり、あの図書館で本を読みたいの。誘ってくれてありがとう。でも、今は色々本を読みたいの」
ダナにはすげなく断られてしまう。
公園に行くと、リリーが待っている。
「今日はユアンさんがご飯持ってくるって連絡が来たわ。私たちはおじさん待ちましょう」
レンドール家に使いが来たらしい。
待っていると、ユアンが、美人の侍女を連れてやってくる。彼女はバスケットを持っており、生クリームの乗ったパンを出してくれる。
とてもいい匂いがする。
「すごくおいしいです、おじさん」
リリーが目を輝かせる。珍しく、一つを全部食べた。
翔一もおいしそうに、パクパク何個も食べる。
「これは旨いだろう。わしもお気に入りだ。お昼が終わったら、堀に行って釣りをしよう」
ユアンも少しつまむ。
「魚釣りやったことないの」
「心配するな、わしが教えてやるぞ」
お腹が膨れたら、三人で街壁の上に座って、釣り糸を垂れる。
ハイエルフ領の堀はあまりきれいな水とはいえないが、思った以上に魚が多かった。
翔一は知らなかったが、この堀で釣りは禁止なのだ、だから魚が多い。
普段は兵士が見回っている筈だが、その日はいなかった。
「見ろ、わしのこのナマズ。一番だろう」
数分で老人は魚を釣り上げる。
翔一も負けずと、鯉のような魚を見せる。
入れ食い状態だ。
「ふーんなかなかではないか。でもわしの方がわずかに大きいぞ」
ユアンが胸を張る。
翔一は再び、釣り糸を垂れる。リリーも同じようにやっているが、あまりかからないようだ。
「私、あまり釣りは上手くないわ」
ちょっと諦めたような顔をする。
ユアンがリリーに上手な釣り方を教える。彼女は真剣に聞いている。まるで、お爺さんと孫娘みたいに見える。
残念ながら、あまり彼女は魚を釣れなかった。
魚が餌を食べに来ると、
「キャ!」っといって、竿を引き上げてしまう。これでは永久に釣れないだろう。
やがて、リリーは疲れたのか、途中でやめてしまう。
ユアンはいい場所を求めてどこかに行ってしまった。
リリーは翔一の隣に座り、一緒に景色を眺めたりしている。
翔一が糸を垂れていると、対岸を見覚えのある姿が通る。
フロールだ。
ダークファングに乗っている。
「おーい翔一、元気か。心配してたぞ」
フロールが手を振る。彼の背後には涼子と見覚えのない冒険者風の男女が三人ついてきている。
翔一も手を振り返す。
「キャア、可愛いクマちゃん。手を振ってくれるのね」
軽戦士風の女が嬉しそうに手を振る。
「あの熊は喋る上に剣をふるって魔物を倒しまくっていたというが……本当なのか」
重装甲の戦士がつぶやく。
僧侶スタイルの男はじっと見極めようとして見ているだけだった。
「あのクマちゃんモテモテね。エルフの女の子とイチャイチャしちゃって」
「通信機は持ってるだろ、俺は連絡待ってるからな」
フロールはそういうと去っていく。
「クマちゃん、あの変わった人何なの? 人間じゃなくて、玩具みたいな……」
リリーはフロールの姿を見て目を丸くしている。
やがて、老人が戻って来た。
「南門の辺りも大きいのがいるだろう。以前、お忍びで確かめたのだ。一緒に行くぞ」
うなずく翔一。
場所を変えてハイエルフ領の南側で釣りをする。
この辺りは下町と接しており、騒がしい。
門を出て、老人と一緒に橋のたもとで釣りをすることになった。
リリーは疲れたので帰ってしまう。
老人の護衛の一人が送ってくれるようだ。
「どうだ、わしの方が釣果は上だろ」
ユアンが自慢げに籠を見せる。大きな魚がたくさん入っていた。
翔一の方は若干劣るようだった。うなずく翔一。
ふと視線を感じたので見ると、ボロボロの服を着た子供たちがじっと魚を見ていた。
翔一は彼らに近寄ると、魚を渡す。
子供たちは大喜びで魚を抱えた。
「わしの分もやるぞ、ほれ持っていけ」
ユアンも籠を地面に置くと、子供たちが群がる。
護衛らしき奴らが慌てて老人を守るように間に入る。
「ご主人様!」
「ええい無粋な奴らだ」
強面が来たことと、魚が無くなったことで子供たちは蜘蛛の子を散らすように去った。
ユアンは魚の大きさを自慢しながら、翔一と夕陽の中を歩いた。
「また遊ぼうな、クマよ」
その日はリリーもユアンも来なかった。代わりにレンドール夫妻がバスケットをもってやってくる。
背が高いハイエルフだが、庶民的な親しさのある人達だった。
「クマさん、いつもリリーと遊んでくれてありがとう。これはお礼よ」
二人はおいしそうな肉のパイと紅茶を出してくれる。
翔一はいい匂いにつられて、パクパクと食べる。
「あの子暫くお医者さんにかかることになったの。隣地区のエクセレス神殿にいるわ。あの子あなたのこと気にかけてたから……」
レンドールの妻は翔一の背中の毛皮を撫でる。
「人の言葉を理解してるのか? しかし、おいしそうに食べる。リリーがこれくらい元気な子なら……」
二人は翔一が食べ終わるまで待ってから去った。
翔一は横になる。
「クマちゃん、お客さん来たよ」
起き上がると、ダナと見かけない立派な衣装を着た初老の人物がいた。
「私はユアン様……皇帝陛下ユアノール十二世の執事です。お二方に陛下からのご提案があります」
「……」
翔一は目をぱちくりさせる。ユアンは皇帝だったのだ。
「毎日は遊びに行けないから、宮殿に来てほしいと。いつ来ても構いません」
「駄目よ、クマちゃんは私のものなの」
ダナが翔一のモフ腕を取る。
「ハハハ、いや、失礼。お嬢さんも一緒に来ていただいて構いませんよ。宮殿に自由に出入りできる身分証をお持ちしました。これをつければ、皇帝お墨付きであり、自由に宮殿に出入りできます」
二人の可愛い様子を見て、笑顔になる老人。
「宮殿にも図書室あるの?」
「はい、もちろんございます」
「入って本を読んでいいのなら、クマちゃん貸してあげる」
「ご自由にどうぞ。持ち出しは駄目だと聞いておりますが、閲覧は自由ですぞ」
「じゃあいいわ」
ダナはうなずく。
老人は二人にネックレスを渡す。ローヴィエの光の剣を模した紋章である。ダイヤモンドが嵌められ、装身具としてもかなり高価なものだった。
「よかったら、このまま今日は宮殿にいらっしゃいませんかな。あのチュペル夫妻には私から伝えておきます」
「いいわ、行く」
三人は連れ立って宮殿に向かった。
宮殿の敷地はハイエルフ領の直ぐ北、やや東よりに在り、通りに出たら目の前に宮殿の通用門がある。
翔一は壮麗な宮殿の美しさに圧倒されてしまった。
「へぇ、凄い綺麗な建物ね。しかも大きいわ」
「なんと申されても、世界一の大国イスカニア帝国の首府ですからな。宮殿も世界最大、世界一美しくて当然ですな」
執事は胸を張る。
凝った中庭は細かく小さな壁で分断されている。中庭ごとに芸術家が贅を凝らした装飾を施している。幾つも小さな庭を越えないと宮殿にはたどり着けない構造になっており、これは防衛も考えたことだと思われる。初めてきた人間は迷うだろう。
宮殿につくと、ガラス張りの美しい公邸に案内された。
「ようやく来たな、クマよ。早速遊ぶぞ」
ユアノール十二世ことユアンは大喜びだった。
翔一はリリーのことを伝えたくて、観相精霊を飛ばす。
観相精霊は占いなどに使う精霊だが、感情やフラッシュバックのような情報を人に伝えることができた。
「ああ、リリーか。可哀想に……聞いたぞ病院にいるんだな。お見舞いと最上級の医者を手配しておこう」
ユアンは会話もしていないのに翔一からの意志を汲んだ。不思議とも思わないらしい。彼は無邪気な人間なのだ。細かいことを気にしない人間。ある意味ちょっと無神経なところがあるともいえる。
しかし、翔一はそれを聞いて安心した。
「私も遊んであげるわ。飽きたら図書館に行きたい」
「なんとも無礼な」
執事が眉を顰める。
「かまうな。小さな娘のいった事ではないか」
ユアンがたしなめると、執事は引き下がる。
ユアンと翔一、ダナ、そして、宮廷の女官いずれも美女が数人。ダーツ遊びを始める。
「わしにかなう奴はなかなかいないぞ」
ユアンは言葉通り、かなり上手かった。
しかし、手投げだけは翔一もかなり鍛錬を積んだので、ユアンに勝ってしまった。女性陣は二人に全く歯が立たない。
「ち、なかなかやりおるな、クマよ。じゃあ、次は小弓で勝負だ」
皇帝がそういうと、玩具の小さな弓矢が用意されて、的を狙って点数を競う。
これに関しては全くやったことがない翔一。結果はさんざんだった。
頭を掻く。
「ハハハ、これはワシの勝ちだ!」
翔一が頭を掻く仕草が面白いのか女官たちは笑いさざめく。
「私、そろそろ行くね」
ダナも弓の才能はなかった。
「ではこちらへ」
執事がダナを図書館に案内した。
翔一と皇帝は夕食まで遊んだ後、食事をする。
そのまま、一緒に風呂に入った。
老人の背中をタオルで洗う。美しい女官が翔一の背中を洗ってくれる。
「クマに背中を洗ってもらうなんて、生まれて初めてだぞ」
大笑いするユアン。女官たちも笑いさざめく。
そのまま、宮殿で泊まることになった。
翔一専用の小さなベッドまであり、皇帝が翔一を非常に気に入っているのが伝わる。
翌日から、翔一は宮殿で生活するようになった。
ダナは養子ということもあり、チュペル家と宮殿の図書館を往復することになる。
翔一は気ままなペット身分なので、ある意味自由だった。
2020/6/20 誤字脱字変換ミス等修正しました。
2020/6/21 微修正とサブタイトル変えました。




