3 太古の遺跡と新しい村 周辺図有り
樹木が少ない山脈の麓、それを横切るように流れる川があり、その川沿いを歩く二十人程の集団。
山脈は南側の東西に走り、遠く東にも壁のようにある。
西と北は広く不毛な平原。
彼らの先頭は、子熊と卵型のロボットという異形。
子熊は尖った耳を持った銀髪の少女を背負っている。
「結局、戦はあれだけだったクマですね、ホブゴブより、いっそ、野生の獣の方が厄介クマです」
「気を抜くな、ああいう奴らは絶対諦めないし、恨みも忘れない。俺たちは奴らから見たら虫けらみたいな存在だ。そんな奴らに反撃されて被害まで出して、誇りを傷つけられてもいる。時間かけても追跡して襲ってくるだろう」
「……」
翔一はあまり同意したくなかった。何時までも付け狙われる恐怖を認めたら、それが現実になるような気がしたのだ。
(フロールさんは少し心配症だと思うクマ)
人々も無言だった。
やがて、地形はアップダウンが激しくなり、森や灌木が増える。
もう完全に山地の地形といってもいいかもしれない。
翔一は目的地が近いことを感じて、霊視を行う。今は呪文を唱えなくてもできるようになっていた。頭で考えるだけで。
ばっと視界が切り替わる。
平原とは違い、穏やかだが、闇がないわけではない。
そして、燦然と輝く何かが見えた。
近づくにつれて判明し、それは大きな岩のモニュメントのようなものだった。
「こちらに行きましょう、魔力が見えるクマ」
翔一が案内すると、人々は無言で従う。
フロールですら一々オカルトだといって否定しなくなった。
例の廃墟から出発して、六日後に碑石に到着した。
それは大きな谷の奥にある。
その谷を中心で割るように東から西に小川が流れている。東に聳える山脈が水源なのだろう。
谷の北東、崖の下に砦があり、石碑はその後ろにある崖の中腹にある。
石垣と自然石で作られた砦は崖に張り付くように建つ。
砦をぐるっと回りこむと階段があり、石碑の前に行けるようになってた。
「石垣の周りは、かなり腐葉土が豊かだ。思ったより平地も広い。敵が来たら砦にこもって守ればいい。ここはいい感じの村落になるぞ」
フロールがちょっと高揚していう。
ちなみに、砦の崖の上は山の尾根に繋がっているので、軍隊が展開できる地形ではない。
「川を離れるとすぐに荒野になってる……こんな山地でも荒廃してるクマ」
「とりあえず、河岸を開墾したら、目先の食糧生産はどうにかなるだろう。荒地はその後だ」
谷は大きなお盆のような形をしており、川で南北に分断されている。北側が若干狭く、耕地にできる面積も少ない。北の崖の直下には灌木林が広がる。南側は広い平地があり、農業開発に適しているだろう。
「西に大きく開いた谷。といえばそうなるクマ。西側以外は全部崖」
崖の上は大なり小なり山地であり、居住は不可能に見える。
「谷の入り口付近、崖の頂上に見張り小屋を設置したら、かなり遠くまで見えるな」
かなり高い崖で、相当な登山になるだろう。
「今は無理クマ」
「そうだな、今はとりあえず、生きのびることが先決だ」
一週間が経過した。
砦の中は廃墟だったが、まだ屋根はあり、相当しっかりしたつくりだった。これもあの細身の古代人が作った遺跡なのかもしれない。
建物の中には往時を偲ばせる金属のガラクタや、用途不明の物品などが多数転がっていたが、金属品はフロールの手によって、農具に変形して行くことになる。
砦の中を掃除して、とりあえず住めるように改造すると、人々に活気が訪れた。
大人たちは河岸を開墾し、トウモロコシの種を蒔く。
「あれ、トウモロコシ? これだけ馴染みがあるクマね」
翔一は土砂を運ぶ手を休めて、難民たちと話す。
「ああ、これは南から流れてきて流行ってる作物なんです。小麦と一緒で、数年前から爆発的にみんなが作り出したんですよ。昔ながらのカラ麦とか鹿麦などはどんどん減ってます」
タルボという男が説明してくれる。彼は脚の膿を絞り出した難民だ。
「小麦は聞いたことがあるけど他は知らないクマ」
「何でも、この作物を広めたのがガルディア国王で、彼は異世界の人だといううわさなんですよ」
「へえ、じゃあ僕と一緒クマ」
「クマさんの世界はどんなんだったんですか」
タルボの妻のレミーという女が声をかけてくる。
「うーん上手く説明できないクマ。凄く発展してたけど、人がいっぱいいて都市だらけで、綺麗な服を着て、それが当たり前。でも、なんだか荒んでいたかなぁ」
イジメられた記憶が黒い影を落とす。
はっきり覚えていないのだが、それでも、苦痛な記憶だった。
「うらやましいですね、私たちも行ってみたい。都市なんて見たこともないんです」
レミーはおばさんに見えるが、老けているだけで彼女も相当若い。
作物は種を蒔いただけだが、すぐに収穫できるものではない。
とりあえずは、狩猟漁労採集をおこなうことになる。
尚、ショットガンや水中爆発は使わない。騒音が大きすぎるから敵を呼ぶかもしれない。爆発は魚の住処まで破壊して、再びとれるようになるには時間がかかるだろう。あのような行為は緊急以外しないという話し合いをフロールは村人と行った。
「まあ、普通にやっても、それなりに豊かだろ。ここは手つかずの谷だ」
フロールはそういいながら、弓矢を作っている。ライブラリー検索でショートボウを作ったのだ。
フロールはゴムマリ手で弓を引くと、見事的に当てる。
「上手いクマ。さすが元警官クマね」
「俺は高性能センサーがあるからな、それにマシンだから手振れなんてのもない。そして、一番重要だが、鋼のようなメンタル……!」
シュッと矢を射ると、魔法みたいに的の中央を貫く。的は炭で丸を書いた樹木だ。
「僕もやるクマ」
翔一も弓矢を受け取ったが、短い指に短い腕ではあまり器用には発射できなかった。矢は明後日の方向に飛んでいく。
「ああ、おしい!」
「いや全くかすりもしてないぞ」
「大型化したら力は出るけど指がもっと不器用になるクマ。人間形態になるとひ弱すぎて無理クマ」
「その体ではな、でも、お前でも役に立つことはある。大熊化して、幾つか岩をどけてほしい。ついでに、防塁づくり、河岸工事などの資材を運ぶとかだな。色々あるぞ」
「そういえば、河岸はどうするクマ」
数日前に雨が降って、簡単に増水し、開墾予定地が水浸しになったのだ。
「ライブラリー検索したら、蛇篭という技術が出た。蔓で籠を編んで、石を入れる。それを護岸にするのだ。そして、その上に根を張る灌木を植える。自然の護岸の完成というわけだ」
「それならこの場所でも簡単に材料調達できるクマ。凄い技術クマですね」
「日本の江戸時代からある技術らしいぞ。二十一世紀でも使われていた、近代では針金で作ったようだがな」
「へえー」
初耳の技術に目をキラキラさせる翔一だった。
「しかし、当面は食料確保が重要だな。工事するにも農業するにも食料の備蓄がないとだめだ」
フロールの作った弓はなかなか強力で、しかも使いやすかった。ホブゴブリンの弓はコンポジットボウという種類だが、出来栄えが悪く、二つは早々に壊れてしまう。村人たちもフロールの弓を使いたがった。
「鹿を狩ろう。鹿を取れば、肉もあるし、皮で服も作れる。荒地の灌木帯にわなを仕掛けて、定期的に捕まえる。翔一は俺と一緒に狩りに出よう」
蔓と灌木で簡単な罠を作成して、村人たちに管理させる。
フロールと翔一は狩りに出かける。
「狩りはいいけどロボさん足が遅いクマ、馬にも乗れないし」
「うるせー、お前も馬は無理だろ。お前が大熊になって俺の乗熊になるんだよ」
「えー嫌だなぁ」
「つべこべいわないの。村人を外に出して死んだら困るだろ」
フロールを乗せた翔一は、大熊になって谷を出る。
山野を駆け巡ると、すぐに大量の鹿や猪に出会う。
フロールは獲物を見つけると、降りてこっそり忍び寄り、矢をほぼ百発百中で命中させた。
三日も狩りをすると、村には置けないぐらいの獲物を手に入れる。
「こんなものにしておくか。取り過ぎはよくない」
解体と皮の鞣しは村人たちにはお手の物だったらしく、フロールが指導する必要すらなかった。
生存を目指して努力し、一カ月が過ぎた。
村人たちは栄養状態がよくなって、肌もつやつやし始めたし、笑顔が増えた。子供たちも無邪気にはしゃいでいる。
服装も皮革を縫い合わせた衣装を着こみ、以前の浮浪者みたいな服装ではなくなった。
作物も順調に芽を出している。
「とりあえず、すぐに死ぬような状態ではなくなったが、未だに不足のものは多いな。例えば金属とか、文明品も欲しい」
「買い物にでも行けばいいクマ」
「気軽に行ける場所に都市はないようだ」
「ジョシュさんの話では、昔は平原に小さな都市が点在してたというクマ」
「ないものは仕方がないぞ」
「そういえば、あの碑石の下には宝が埋まっているらしいクマ。それを売れば……」
「売れないとしても……そうだな、ちょっと見に行ってみるか」
ようやく多少は落ち着いてきたのだ。
二人はジョシュとタルボを連れて、碑石に向かう。
多少登攀が必要な位置なので、危険もあり、今まで行かなかったが、実際に来てみると思ったよりは楽に行けるようだった。
「雑だけど階段が作ってあるクマ」
碑石の前に来る。
巨石があるだけで、何かが埋まってるようには見えない。埋まっていても石をどけるのは人力では無理だった。
「これでは……どうしようもないな」
フロールがつぶやく。
翔一は霊視を使った。
一気に広がる光の渦。岩には奇妙な魔力が走り、奇怪な文様を形成する。翔一はその魔力ポイントに手を置く。すると、
「い、岩が動くクマ!」
岩が後退し、崖の中に引っ込む。岩の下に階段と石室のようなものが現れた。
四人は恐る恐る階段を降りる、思った以上に深い。そして、真っ暗だった。
フロールがライトをつける。
高さ三メートルはある天井に、正方形の地下室。雑然とがらくたが積み上げられている。よく見ると、古代の武具なのかもしれない。
「いくつか光り輝いているな、どういうことだ」
「魔法の剣とか鎧クマ」
「……」
フロールは最近あまりオカルトといってバカにしなくなった。
現実に翔一の精霊が活躍しているのを目の当たりにしてるのだ。彼はそれに対して何もいえなくなったのだろう。
正面に埃を被った大きな何かがあった。
翔一は最初、仏像のようなものかと思ったが、よく見ると王座に座った人物だった。
「誰かここで亡くなってるな。干からびた死骸だよ、椅子に座ってるのは」
フロールがライトでしっかり確認する。
鎧を着て王座に座った人物。
翔一は、以前、村落の廃墟で見た強力な幽霊の亡骸のような気がした。
「でも、もう、死んでるクマ」
闇の地下には想像とは違って幽霊の一人もいなかった。あのビジョンで見た経緯もここでは戦いがなかったはずだ。
その王の亡骸の膝には青く光り輝く剣が置いてあった。
翔一はジョシュとタルボを見るが、
「滅相もない、俺たちには分不相応な代物ですよ」
完全に腰が引けている二人。
「俺もガラじゃないな、俺のエクスカリバーはスーパーマグナムと決めてるから」
フロールがその辺のガラクタを検分しながら答える。
翔一はこのままこの剣を置き去りにするのが偲びなかった。
思わず手に取る。
小柄だが熊の力があるので、その大きな剣を持ち上げても問題はなかった。
「とってもきれいな剣クマー! 青と銀色で、光沢が凄くて、紋様も繊細クマ……」
浮かび上がる古代文字。翔一は見とれしまう。
皆に見せると、全員同じく見とれて無言だった。
しかし、その剣に何かが映った。
ぎょっとして振り向く。
いつの間にか亡骸が直立していたのだ。
「ひ、ひい! 化け物が動き出した!」
「クマ殿を守れ!」
ジョシュが偃月刀を抜く。
その巨大な干からびた死骸は手の届く位置に転がっていた巨大なメイスを拾う。
「ち、武器を拾いやがった」
フロールのつぶやき。
死骸はふらふらと動きながら、重量も感じないように軽々とメイスを振りかざす。
「翔一、気をつけろ! お前を狙っているぞ!」
叫ぶフロール。
翔一めがけてメイスを振り下ろす死者。
しかし、間一髪で避けた。
ガンっと床石を叩き割る。
「わ、うわ! 危ないクマ!」
亡骸は片手でメイスをぶんぶん振り回す。そこらにあるものはバラバラに砕け散り、金属片が辺りに撒き散らされる。
翔一は巨熊になるか迷った。狭いということもあるが、なぜか彼をこの剣でとどめを刺してやりたいと強く感じたのだ。
ジョシュが果敢に立ち向かうが、メイスの一撃を刀で受けて簡単に折れられる。しかも、とげが鎧に引っかかり、かなり遠くまで飛ばされてしまった。
勢いつけて外に転がり。動かない。
翔一は心配だったが、目の前の敵を倒すのが先だった。
霊視を使って目を凝らすと、敵の心臓が赤く光り輝いていた。
「敵の心臓が弱点クマ!」
「よし、俺が時間作ってやる、剣をドスみたいに構えて、突撃しろ」
「え、でも」
「いいから、やれ! 身を守るなんて考えるな!」
フロールの剣幕に圧されて、翔一は剣を腰だめに構える。
すぐに、いつものショットガンが発射され、高速の礫が敵を包み込む。
無数の石礫を喰らったが、動く死骸はびくともしない。
しかし、それは目くらましともいえた。フロールは煙の陰からスタンガンを放ったのだ。
小さな金属の矢が敵の腹に刺さると高圧電流が流される。
一瞬、視界がゆがむくらいの電流が流れたが、死骸は少し動きを止めただけだった。放電した場所からは煙が上がっている。
しかし、翔一にはそれで十分だった。
獣の力と反射神経、剣を真っ直ぐ突き出すパワー。
魔物は躱そうとしたが、避けきることはできない。
「心臓貫け!」
ずぼっと剣は敵の胸に刺さり、鎧を真っ二つにしながら、ずぶずぶと沈み込んでいく。
死骸は声にならない悲鳴のようなものを上げて、手足をじたばたさせていたが、やがて動かなくなった。
ボロボロと崩れ落ちる死骸。
メイスが床に落ちて、盛大な音を立てる。
その頃には死骸は単なる埃の塊になっていた。
「勝った、クマ」
「勝ったはいいけど、下手すぎるだろ剣術」
フロールの酷評。
「なんか、かっこいい剣術はないクマ?」
「そうだな、ライブラリーで動画検索したらあるかもな」
翔一は剣術を鍛えようと思った。
剣を使えば一々変身しなくても今の子熊スタイルで戦えるのだ。
ジョシュは打撲で気絶していただけだった。
胸をなでおろす翔一。
それからが暫くは大変だった。
財宝を石室から出すだけでも一苦労だった。大半が武具の残骸。通常の金属であり、大半が錆びて使い物にならないが金属としては大量にある。
使えるものは数本の剣と、古い青銅の兜。
硬貨はほとんどなかったが、宝石は多少見つかる。
あの亡骸の人物が軍事拠点として使うつもりの場所だったのだろう。
「使えるものは何か魔法がかかっているクマ」
「ああまたオカルトか、バーチャル世界だから仕方ないけど、本気にするなよ」
フロールはここがバーチャル世界だという仮説を諦めない。
「バーチャルかもしれないけど、もうここが僕たちの現実クマ。諦めるクマ」
結果的に、かなりの金属を手に入れたので、本格的に鍛冶を始めようという話になった。
ハンリとロロという兄弟が鍛冶を学ぶことになる。
施設は元から砦にあるので、多少の改修で使えるようになる。
鍛冶道具などもほとんどは残骸だったが、ハンマーなどは一部魔法がかかっていて、未だに使用できるものもある。
翔一は昼は護岸工事、夕方から剣の修業を行うことになる。
「まずは俺のモニターから、過去の剣術動画を見るんだ」
翔一がフロールのモニターをパネル操作すると、幾つも動画が出てくる。
「剣術っと、ええっと、色々ありすぎクマ」
「素直に両手剣の動画見たらいいだろ」
「このパネルだけ借りて研究したいけどできないクマ?」
「ワイヤレスぐらい俺の時代では当たり前の技術なのだ。ほれ外して持っていけ、一キロくらいまでは通信できるから」
尚、端末パネルはもう一枚あり、それはフロールが頻繁に使っている。
「内臓電池はどのくらいもつクマ?」
「さあな、切れたことないけど一年くらいか。大昔のは電源切るボタンとかあったみたいだな」
翔一は両手剣や日本刀の剣術を解説している動画を見る。
拾った剣は長剣で刃がかなり重い。
熊状態では持ちにくいので人間化してみたが、今度は、元が貧弱すぎて持ち上げることもできなかった。
「普段のチビグマではちょっと使いにくいクマ。しかし、人間形態では無理、そうなると、熊のまま手をもうちょっと器用にできれば最高クマ」
そう考えて、体長百二十センチくらいの熊に変身する。手に若干人間風味を残しつつである。
鍛錬の結果その形態になることができた。見た目にほとんど変化はないが、指の器用さを出せた様だ。
「これより大きいと無理になるクマ。今度はこの形態を簡単に長時間意識せずに維持することクマ」
ちょっと大きくなるだけの話なので、翔一にとってもそれほど苦労はなかった。頻繁にその形態を維持することによって、問題なくできるようになる。
「今度は剣術クマ」
形態変化訓練と並行して剣術もやっていたが、変化に慣れたら今度は剣の使い方を習熟する。
「長剣なら、西洋剣術系の動画を見るクマ」
そう思ってライブラリーを検索する。
「意外と刀身を持つような技が多いクマ。殴り蹴りも多用してる人も多い。柄で殴るのもある。うーん奥が深いクマね」
西洋剣術はちょっと動きが技巧的過ぎると感じ、翔一は日本刀剣術を自分なりにアレンジして修行することにした。
「柄で殴る技を多くするクマ。剣もそれを想定しているみたいクマ」
翔一の剣は柄の先端が尖っている、これだけでも至近戦においてかなりの威力を発揮するだろう。
剣の刀身を中ほどで持てるようにもなっている。形はかなり考えられたものだ。
熊化しているので人間よりかなりの筋力があったが、それでも剣を自在に振うにはちょっと不足を感じていた。
翔一は色々と動画を見た結果、示現流の修業である立木打ちを行うことにした。
「先生もいないし、動画では断片的情報クマ。単純で強くなるのはこれがいいと思うクマ」
これが翔一の結論である。
毎朝毎夕、翔一は奇声を上げながら、木刀で丸太を叩きまくるのである。
「チェストオオオオオオオ! ウォォォォオオオオオオオオオオ!」
バシバシバシバシ。
素朴な木刀で叩きまくる。
「おお、やっとるな、ええぞ、気合が入ってる証拠だ」
修業をしているとフロールがやってくる。
籠を背負って、石ころや木の枝などを運んでいるようだ。
「クマたんおかしくなったの?」
ダナもいる。ネコのように非常に長い睡眠ばかりとっているのだが、今日は珍しく起きてきたのだ。
子猫のように伸びをする。
「あれは示現流剣術の修業だ。一見なんか変だけど、あれはああやって捨て身で攻撃ばっかりやれば強いということなのだよ」
熊が木の棒を持ってぺちぺちやってる姿は、ある意味ユーモラスではある。
「ププ」
ダナは思わず笑ってしまう。
「ふう、今日のノルマは終わったクマでごわす、毎日五千発の打ち込み。これをしないと、眠れないでごわすクマ」
「おお、何か男臭くなったな翔一。やっぱり、男は腕力だよな」
「薩摩武士は史上最強クマー! そうだ、フロールさん、この『肝練』という鍛錬は意味が分からないクマ」
翔一はライブラリーの項目を指す。
「ふむ、ライブラリーは検証してない情報多いから、あまりうのみにするなよ。ウィルス非汚染だけ調査された情報だからな。『肝練』……銃を中央にぶら下げて、宴会? 弾が当たったら死ぬんじゃないか?」
「そう思うクマ」
「たぶん、銃撃を受けても気合で回避するという鍛錬なんだよ」
「たぶん、むりですよね」
「薩摩武士ならできるかもしれんぞ」
「ぬう、これぞ漢ということでごわすクマ。でも、とりあえずはやらずにおくクマ」
「いずれ、銃を作ってやるぞ」
「一応、遠慮しますクマ」
「銃って何?」
ダナが暇そうに質問する。
「銃というのはだな、筒に鉛玉を詰めて、火薬を投入してその爆発力で……」
フロールが技術的に説明を開始するが、ダナは敷き布の上に寝転んで翔一に膝枕させる。
「毛皮だいすき」
「ところでフロールさんは何をしているクマ? その背負っているものは?」
「ああ、村の北西側の荒地を森林化できないかと思ってな」
「小石を一杯背負ってるけどどうするクマ」
「あの地形は雨が降ってもただ流れてしまう、要は保水がないんだ。保水したら植物も生きられる。雨は多くないけど、雨季はしっかりあって水自体がないわけではない。だから、荒野に石ころを一列に並べて極小のダムを造る。すると、水はすぐに流れずに水たまりを作る。そして、水は地面に浸透する。結果、植物が生えるということだ」
「なるほどクマ」
「更に、大き目の穴を掘って肥料と種を荒野に埋める。すると、雨が降ったら芽が出るという寸法だ。家畜の糞があるといいんだけど、人間様のウンコで代用するしかない」
「ほうほう」
「他にも、色々な植物の泥団子を作って撒くって方法もある。泥団子に朝の水分が付いて、乾燥しないし、地面から水の吸い上げもある、そして、その土地に適した種が芽を出す」
「へえ、色々知ってるクマね、さすがフロールさん」
「全部、ライブラリーの受け売りだけどな」
退屈そうに聞いていたダナは起き上がると「ふあぁ、じゃお休みクマたんロボたん」そういうと寝床に帰ってしまう。
「エルフってあんなに眠るものなのクマ?」
「ウーム、俺が集めたエルフの資料……ファンタジー妄想だけどな、大抵エルフは人間より超人のような存在で睡眠時間もほとんど必要なかったりする」
「真逆クマ」
「彼女の世話をしているおばさんの報告では、体に噛み痕があってそれが治らないらしい」
翔一がダナの体を洗うわけにもいかないので、村の女性に任せている部分も多い。
「そういえば、異世界から来た人は皆あの化け物に噛まれたクマ。フロールさんはロボだから噛まれなかったクマ?」
「よく見ろ、俺の美しいボディに微かに噛まれた跡があるだろ」
翔一がまじまじと見ると、確かに金属タマゴの表面に微かな傷があった。
「噛まれた人で獣人化しない人はたぶん、フロールさんとダナちゃんだけクマ、フロールさんはロボだけど」
「あの子は超人の一種だから、眠ることであの化け物の毒と戦っているのかも」
「それだと心配クマね」
「大体、この世界エルフがいるのなら、そいつらに託すのが筋だろうな。何といってもあの子は人間じゃないし」
「もう少し余裕が出たら、文明地と取引するクマ。その時にダナちゃんも連れて行って、お医者に見せるかエルフに渡すかするクマ」
「それがいいだろう」
そう話し合った彼らだが、小康状態と情報不足、村建設の多忙に甘んじて、暫く、積極的に動けなかった。
地図をつけました。
出来がいいとはいえませんが、位置関係の確認にお使いください。
主人公と難民は中央三角形の「丘の村」から「子熊村」に移動した展開になります。
2021/9/19 谷の描写改善しました。
2023/10/30 情景描写中心に修正