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29 平穏と呪詛

 あれから一カ月経った。

 翔一はとあるハイエルフ夫婦のペットとして過ごしている。

 ダナが養子縁組した相手だ。

 グロウギル公爵領というのが、ハイエルフ居住区の正式名称である。

 人口密集しているイスカニア首都の一等地に広々とした邸宅が立ち並んでいる。すぐ北に皇帝宮殿、居住区の東西には貴族たちの邸宅がある。

 ダナが住む家も、こじんまりとしているが瀟洒な邸宅であり、ハイエルフの一般人が住む、標準的な家である。

 そこの主、夫チュペルと妻アナトーという夫婦。

 人が良くて、上品で、怒ることなんて一度もない。

 ダナは彼らのことを嫌ってる雰囲気はないが、あまり、懐いてもいない。

 家にいる時間、ダナは翔一と過ごす。ダナは日中、学校に通っている。

「クマちゃん、あまり喋ってくれないのね」

 翔一はハイエルフ領に入ってから一切口をきいていない。普通に見たら、単なる動物だろう。

 実際、ハイエルフたちは翔一に興味がない。

 簡単に調査魔術を使って、結果が出ないことを知ると、それ以上詮索もしなかった。

 ダナに関してはかなり入念に魔術で分析し、強力な呪詛の存在に気が付いている。結果、彼らもハスタと同じ結論に達したのか、ダナに定期的な解毒剤をくれていた。


 ダナが新しい生活を始めているのに対して、翔一は停滞していた。

 翔一は疲れていたのだ。

 戦いと血みどろの記憶に。

 翔一はペットとして過ごす時間を、寝て過ごしている。

 そして、その睡眠に見える時間の大半は精霊界に入り浸っていた。

 その日はチュペル家の応接間で寝て過ごしている。

 夫妻が冷たい目で見るのは承知しながら。

「お主、現実界で全く喋っておらぬな。そのまま、単なる熊になるつもりか」

 ご先祖の侍が心配してくれている。

 翔一はその問いに答えず、

「月読三突はなぜあんなに残虐なんですか」

 翔一は精霊界の中で人間形態になっている

「戦い殺し合いに残虐も何もない。ただ相手の体を破壊するそれが戦い。残虐じゃなく倒せば優しいなんて嘘八百だ」

「……あの感触が心から離れないんです。敵の目を潰し、顔面を取り外す……」

「お主がその地獄に手を突っ込んだおかげで。大勢の女子供が助かり、大勢の怒りや恨みが晴らされた。お主に皆感謝しておるぞ。ワシも鼻が高い」

「辛いのです。自分は地獄でのたうち回るばかりで。それでも全員が助かるわけでは……」

「あまり背負い過ぎるな。背負ったところで何も変わらない。目の前の戦いに身を投じるだけでいいではないか。人間なんてそんな偉大なものではないぞ」

「……」

「立木を打て、木は何もいわないが、お主の何かを鍛え続ける。継続は力だ。心は疲れていても、続けることによって、何かが変化するだろう」

 翔一はそういわれると、反論もできず、精霊界で立木を打つ。

 ダナが学校から帰ってきた。

 翔一は寝ているように見えるが、魂を戻す。

「また寝てたのねクマちゃん。ずっと寝てばかり」

 ダナは学校で嫌われていることを翔一に話した。他所者であり、女性たちのあこがれの美男子を呪ったことで女性達からかなり嫌われてもいる。

 魔力は高いので、魔術は誰よりも上手い。それが更に嫉妬を呼んでいる。

「私が、簡単な言霊で結んだ呪詛も解けなかったのよ、ここの人たちは弱いわ」

 ダナの感想は事実だろう。ハイエルフたちは堕落しており、オーラが呆れるほど小さい。人間と大差がない。ダナのオーラの前には消し飛びそうな弱さだった。

「でも、嫌われてるのはつらいわね。皆無視するの。怖がられているみたい」

 ダナが翔一の背中にしがみついて、しくしく泣き始める。翔一は彼女を優しく撫でた。

 翔一は彼女を寝かせると、薄暗い外に出て中央公園ベンチで寝っ転がる。

 動物だと思われているので、外で寝ても何もいわれない。

 ある意味、飼い猫のような気軽な身分だった。

 瀟洒な邸宅が並び、鬱蒼とした森が黒く浮かぶ。

 魔術で作られた街灯が薄く石畳を照らす。

 ハイエルフ領は中央広場とそれに接合された森、清流、そういったものの中に立ち並ぶ住宅という形で形成されている。領全体が公園であり、ごみごみとした都市の中に人工的に作られた、清らかな公園兼住宅街なのだ。

 その中でも領の中心に位置する中央公園はハイエルフ領のメインストリートといえるだろう。

 公園のベンチから見ていると、公園を囲むようにして建つ家々から灯りが燈る。

 ハイエルフ達が家に帰って来たのだ。

 実は、この時間が最も情報収集に適している。

 人々は帰宅すると、家族で話し合いをする。翔一はその気になれば領内全体の音を拾うことができた。もちろん、それは精霊の力を借りてのことだが。

 翔一の動物の耳が拾う音はたわいもない雑談や生活音だが、時には異様な会話を耳にすることもできた。

「あの子不気味だわ」

 アナトーの声が聞こえる。

「そんなことをいうものじゃないよ」

 チュペルの声。

「普通、あんな子供が恐ろしいオークの領域を越えて、高原の騒乱を越えて、この街までたどり着けるものなのかしら」

「どうやら、腕の立つ冒険者に拾われたそうだよ。あの熊も活躍したとか」

「あの熊は寝てばかりで一言もしゃべらないわ。単なる動物だと思うの」

「あれがしゃべった、戦ったという噂があるんだよ。まあ、僕も今の姿を見ると信じられないけどね」

「とにかく、あの子は私たちに懐かないし、もう無理だと思うわ。学校でもみんなから孤立しているわ」

「いじめではないのか」

「そういう雰囲気じゃないわね。あの子は大勢を殺したことがあるらしいの。皆怖がってるわ」

「まさか、子供にそんなことはできないだろう」

「電撃を撃てるらしいわ、火炎球も」

「本当なのか、流石に信じ難いよ、もし本当なら、僕たちの手には負えないよ」

「あの子が受けている呪詛も私たちの魔術ではどうしようもないらしいわ」

「じゃあ、あの子はいずれ勝手に死ぬんじゃないか?」

「司祭様の解毒で生きのびているの。いっそ、中止したらいいのよ」

「それは、できないよ、批判を受けてしまう」

 しばらく沈黙が続く。

「あの子はもう、捧げましょうよ」

 陰湿な色を帯びた声が聞こえる。

「う、ん……それは、評議会の決定を聞いてからの方が」

「最近捧げていないわ。宰相様が……」

 聞こえなかった、何もいわなかったのかもしれない。

(捧げる、宰相……)

 翔一はむくりと起き上がった。

(子供を捧げる。なんだか生贄みたいな話クマ)

 そう思った。

 歩ける範囲をぐるっと一回りしたが、そのような可哀想な子供の霊はいない。

(そういえば、あの時、二人のイケメンが最近行方不明になった子供なんていないといっていた、気のせいクマかな)

 しかし、翔一は一つのことを思い出す。

(そうだ、宰相は皆の記憶を改ざんするんだ! どうやってるかはわからない。もしかしたら、過去を変えている? しかし、捧げた現実はアナトーの記憶に残っている。どういうことだろう。過去は変えていない。時間を変えるには相当な力がいるはずだ。あんな簡単に日々できないだろう。因果関係を侵しているのか。それならあり得るかも……クマ)


 翌朝、ダナを送った後、中央公園でごろっと昼寝をした。

 今日は天気もいい、風も涼しい。

 誰かがやってくる。数人の男女。

「あらー久しぶり、元気してた、クマちゃん」

 ベアトリスだ。いつもながら珍妙な格好をしている。羞恥心というものがないらしい。男たちは彼女の荷物持ちなのだろう、大きな荷物を抱えている。

「……」

「きいたわよ、あんた喋らなくなったのよね」

 ベアトリスは翔一の横に座ると、膝に抱っこする。荷物を抱えた男たちは疲れているのか、座り込んでしまう。

「気持ちはわかるわ。あんな戦いした後に元気いっぱいっておかしい話よ。私も本当はそうなんだけど、仕事を頑張った方が忘れられると思って、やりたいこと精いっぱいやってるのよ」

 翔一の毛皮をモフりながらベアトリスは静かに話す。

「……」

「でも、あのタマゴ野郎だけは変化ないわね。暇だからって冒険者やってるわ。盗賊を壊滅させてちょっとした有名人というか、有名ゴーレムになってる」

「……」

「そろそろ行くわ、私、ここと宮殿の御婦人たちから一杯注文貰ったの。忙しいのよ」

 彼女の衣装は大人気で、ハイエルフの貴婦人たちとイスカニア帝国宮廷の貴婦人に販売を行っている。彼女はどこでも自由に出入りできるのだ。尚、ハイエルフ領はすぐ北に、道を一本挟んで宮殿があり、見ようによってはハイエルフ領は宮殿の一部だった。

「あ、そうだ、ちょっと伝言よ。デリクがあなたが行きたがっていた場所を見つけたって。行く方法はまだわからないから、待てって」

 翔一はそれを聞くとびくっとした。

「反応してくれたのね。ありがとうまた会いましょう」

 そういうと、ベアトリスは去った。

 翔一はごろっと横になる。

(フロールさんがまじめに働いて、僕がゴロゴロしている。いつもと逆クマ)


 昼になった。

 昼食の時間に家に帰る。

 あの夫婦が用意する食事は口に合わない。愛情が欠片も感じられないのだ。量も少ない。無理やり口に放り込んで、すぐにいつもの公園に戻った。

 お気に入りのベンチで横になる。

「あ、クマちゃん、今日もいたのね」

 非常にかぼそくてかわいい声がする。

 ハイエルフの少女だ。この街だから当たり前だが。

 彼女はその中でも特別に体が細く、背も低い。何かの病気なのだろうか。

 ハイエルフでも病気に掛かり、治らないものもあるのだ。

「今日もご飯持ってきたよ」

 小さな細い手で彼女はサンドイッチを出してくれる。

 翔一はおいしそうにパクパクと食べた。本当においしい。

「今日もお母さんから怒られたわ。寝てなさいって。……でも、クマちゃんに会いたいからご飯作って来たの」

 彼女はリリーという。

 翔一はありがたく食べる。量は多くないが、彼女から見たら大量に食べたのだろう。

「おいしそうに食べるのね。私もちょっといただくわ」

 リリーもがんばって食べるが、サンドイッチの半分も食えない。

「私も大きくなれたら、学校に行きたいわ……友達いっぱい作るの」

「……」

「でも、わかってるの、無理よね。私、そんなに長く生きられないと思うの」

 リリーは長いまつげから涙を落とす。

 翔一は精霊で彼女を調べる。

 毒も病気もない。精霊から見たら彼女は異常がないのだ。つまり、

(この子の病弱は先天的なもの、僕の世界でいうなら遺伝子の病気クマ)

 翔一はそう思った。ちょっとでも元気になるように、肉体強化精霊を送る。疲労が貯まりにくくなるようなものだが、それぐらいしかやることはなかった。

 彼女との出会いは数日前。

 翔一が公園で寝ていると、ふらふら歩いて躓いたのだ。

 翔一は彼女を助け起こした。

 出会いはそれだけだったが……彼女はそれから翔一に話をするようになった。返事はしないが。

「今日は天気がいいわ、見たことのない花が咲いていたの、その花の上をリスがうろうろして可愛かったわ……」

 彼女の話はこんな調子で他愛もない。

 翔一は可愛いいさえずりのような感じがして居眠りをしてしまう。

 気が付くと、リリーはいなくなっていた。

 いつものことだが。

 

 寝ころびながら、守りたいものを守る手段を考える。

(様々な悲劇、不幸、暴力、そういったものを呪詛と捉えることはできないだろうか。実際、精霊界の中では呪詛も喧嘩も同じだ。ネガティブな力の流れでしかないクマ)

 ふと、翔一は精霊を呼ぶ、魔力だけの何も特別な力を持たない存在。

 水や草木の精霊のようなものだ。

(ゴル・サナス様の形代と同じ術を施したら、同じような物になる。僕なりの修正を加えるクマ)

 大祈祷師がくれたものは、害悪魔力だけに限定している。指定が簡単だからだ。

 小さな粘土の球を作ると、ゴル・サナスの術と同じ紋様を刻む。

(これだけでは足りない。害悪を魔性化させる過程を組み込めば、もっと汎用の害悪防止祚物になるクマ)

 さらに、紋様を加え、高度な呪術の粘土玉にする。

 翔一は自分の毛を少し抜いて、形代に加えた。

 魔力を帯びて、ボワっとフカフカの毛玉になる。

(害悪を全て呪詛という形に変換させれば、逆に形代で吸収できるクマ。僕の毛を加えて、僕の一部のような扱いにする。僕が守りたいという気持ちが、害悪を呪詛とみなす。そうして形代に流す。この受祚物は自分の魂の写しのようなもの。小さな精霊界クマ)

 かなり複雑な術式になったが、翔一は祈祷師としてかなり実力が上がっていた。難なくこなす。

 試しに、自分を爪で刺す。

 すると、傷も、痛みもなく、形代が害悪を呪詛と捉えて魔力に変えて吸収し膨らむ。もっと傷つけると、もっと膨らむ。

 ちなみに、それは翔一にそう見えるだけで実際膨らんでいるわけではない。

(これが限度……)

 爪でチクっと感じるまで刺すと、玉は膨らみきって、それ以上は膨らまない。

 形代をぎゅっと絞ると、呪詛が黒い気の塊になって噴出する。

 聖性精霊を呼び、瘴気に当てると対消滅した。

(限度はあるけど使えるクマ。僕が守りたいと思う存在限定だけど、たぶん)

 翔一は毛玉形代を三つ作った。何かに使えるかもしれない。精霊界にしまっておく。

 手を公園の小川で洗い、ごろっと横になる。


 ふと見ると、二人のエルフが剣の練習をしていた。

「そんな剣技ではまだまだだな」

 年長の男。なかなかの腕前だった。細剣を使って若者を翻弄する。

「叔父上、騎士団に推薦していただけませんか」

 若い男は叔父の刃をかいくぐりながら、何とか反撃を試みる。

「天罰騎士団のことか? やめておけ、人間の貧民たちも大勢参加するのだ。勇者が共に行くといっても……」

 叔父の顔が曇る。

「勇者殿は歴戦の冒険者。天神神殿のお墨付きもありますよ。彼らは誇り高い騎士団になります」

「過去の天罰騎士の所業は知っているだろう? 評判が悪い」

 叔父は瞬息の技で、青年の剣を巻き上げ、地に落とす。翔一は華麗な剣技に感心した。

(ベアトリスさんと互角くらいクマ)

「ハァハァ。さすが叔父上」

「勇者というが、あまり彼は戦果をあげたことがない。勇者の選定大会で優勝したのは事実だ。しかし、その栄誉が最大で、目立った成果は今のところないのだ」

「彼は最近勇者になったばかりではありませんか。これからの人物なのですよ。年齢も若い」

「どうも俺は、彼を信用できないんだ。理由がないのは事実だが。勘とでもいえばいいか。それに、母上が悲しむぞ。学業はトップクラスじゃないか」

「この狭い土地で生きていくのに疲れたのです。広い世界を見てみたい」

「それなら、天罰騎士などにならなくても……」

「勇者の手伝いもしたいのです」

「お前は勘違いをしている。勇者と天罰騎士はイコールではなく、協力関係にある。天罰騎士の団長は他にいるぞ」

「ええ、でも、彼らはともにレイド王国の援助に向かうのです。魔物に襲われ、外国に蹂躙され。かの国は風前の灯火なのです。人として彼らを助けたい」

「基本は人間同士の争いではないか。やめておけ」

 叔父と甥はまた剣技を競い始める。

 彼らの話は平行線だった。何としてもハイエルフ領を出て行きたい甥。説得してやめさせたい叔父。二人はいい合うだけで考えを変えるつもりはない。

 翔一は彼らの話に飽きて、再び寝てしまう。


「クマちゃん。帰ろう」ダナがいる。少し暗い時間になっていた。

 翔一は彼女に手を引かれて家に帰る。

「今日ね、初級魔法の授業だったの。でも、私、全部できることばかりよ……」

 ダナは学校のことを教えてくれる。友達の話は出ない。やはり、敬遠されているのだ。

 ダナは死線をくぐり抜けている。彼女を形容するなら猫。捕食動物の可愛さである。しかし、この領のハイエルフは全員草食動物である。彼女から見たらどこか弱弱しい頼りない存在なのだ。

「ここの人たちは親切よ。でも、なんだか……」

 翔一は紐を通した例の毛玉を出す。

「これくれるの? ありがとうクマちゃん」

 ダナはまじまじと毛玉を見る。一瞬、何かの術を使った。

「……これは、受祚物ね。形代だわ。……なんだか複雑なアイテムね。禍を全部呪詛に変えて、形代に吸わせるのね」

(ダナちゃんはお見通しクマ)

 翔一はうれしかった、彼女はすぐに理解したのだ。

「ありがとう」

 ぎゅっとダナがしがみつく。

 この世界で自分を理解してくれる存在はダナとごくわずかな存在しかいない。

 翔一のダナを愛おしく思う気持ちが増した。

2020/6/17 投稿すると誤字発見する現象がありましたので、修正しました。

 

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