28 曇天
事件は大騒ぎになった。
首都警備隊の一般兵士が男爵邸に乱入して、狼男の群れを倒し、誘拐された婦女子を救出したのだ。
イスカニアには瓦版的なマスコミが既に存在しており、その噂は瞬く間に広がった。
女剣士決闘代行のベアトリス、そして、英雄の三兵士。トム、ディッキー、バリー。彼らが男爵の首をもって雄たけびを上げるイラストが描かれ、瓦版は飛ぶように売れた。
「あの人たち凄い大人気よ、本当はクマちゃんが倒したのに。私も頑張ったし、タマゴちゃんも凄かったのよ」
ダナがちょっと不機嫌。
「いいんだよ、それで。俺たちが目立っていいことなんてないから。しかし、思った以上に反響が大きい。悪人どもが隠蔽工作する前に、マスコミに情報晒したのは正解だったな」
フロールはどこ吹く風といった調子で、宿屋でゴロゴロしている。
あの事件の直後、ベアトリスは瓦版屋に向かい、男爵邸を案内して何が起きたかを伝えたのだ。
そして、三兵士たちは仲間を集めて男爵邸を一時封鎖した。思った以上に正義のために働く兵士が多く、庶民もこの動きを歓迎した。大勢の女性や一部男性、そして、子供が保護され家族のもとに返されている。
もちろん、この兵士たちの動きは勝手な行為であり、反乱とされてもしかたがないものではあった。
しかし、オーギュストの所業への不満は庶民の間で激しくくすぶっていたのだ。帝国政府は鎮圧するより、兵士の行動を称賛し、英雄に祭り上げることによって事件の解決を図った。
「瓦版屋さん呼んだり、兵士集めたり、全部フロールさんが指示したことですクマ」
翔一は彼らに話していたフロールの姿を思い出す。
「俺は何もやってないぜ、ただ、提案しただけだ」
「また新しい瓦版が出ました」
涼子が帰って来た。
手に持ってきた紙には、『英雄三兵士、女傑ベアトリス、皇帝陛下に謁見!』とある。
「すごいクマー。皆出世するクマクマ」
「お前がやったのに、他人事みたいにいうなよ」
「僕は世界から貰った力で倒しただけクマ。人間の力だけで頑張った兵士さんたちとベアトリスさんは凄い人クマ」
「おまえが一番がんばったじゃないか。卑下しなくていい」
フロールが毛皮の背中をモフっと叩く。
「皆さんの活躍お聞きしましたよ。でも、困った方たちだ。騒乱を起こさないでいられないのですか」
デリクが苦笑しながらやってくる。
「そうだ、お願いしたことはどうなったクマ」
「その話です、それとお嬢さんの約束の件も」
ハイエルフと会う手引きと、黒龍山地の『奇跡の里』のことだろう。ダナがやった契約の件もあるようだ。
「ハイエルフたちはかなり紛糾していますね。お嬢さんが契約呪詛をかけたので、苦慮しているようです。よそ者を入れるのが嫌だという意見と、約束したのだから連れてきたらいいという意見です。呪詛を解いて、反撃に出るという意見はないですね。やはり、同族だからでしょう。たぶん、このまま迎えの使者が来ますよ」
「デリクさんの接触ルートは?」
「これは大臣に頼もうと思っていたのですが、彼はオーギュストから女性を貰っていたので失脚する予定です。残念ながら消えました」
「それはすまなかったな」
「いいんですよ、正義の方が大事です。オーギュストは前から我々も許しがたいと思っていたのですが、あのような怪物ですからね。なかなか、手が出せず……」
「……」
翔一は彼もあの兵士たちも批判できるだろうかと思った。確かに警備兵は卑怯者だった。しかし、力もないのに正義を貫けば間違いなくあの怪物に殺されていた。自分にできたのは世界が力を貸してくれたからだ。仲間の存在も含めて。
「あら、皆さん、ごきげんよう」
ベアトリスがやってくる。
いつもにもまして、エロス全開の衣装だった。ぴったりした服は大胆過ぎるくらいに胸元が開いている。
手足に包帯が巻いてあるのが愛嬌だろうか。
血の匂いがしたので、翔一は彼女の体に治癒精霊を張りつかせた。
「あんた、変態か何かか?」
フロールは呆れ気味。
「ふふ、褒めてくれてありがとう」
「褒めてねぇから」
「それより、お別れいいに来たのよ。私、剣士を引退するわ」
「それは残念ですな」
デリクがほほ笑む。
「クマちゃんとあの野郎の戦い見た後思ったの、私じゃどうしようもない領域があるんだって。だから、今後は私の長所を生かして生きるわ」
「へぇ、何するクマ?」
「ファッションよ、ブティック。私の衣装を着たい人って大勢いるから。人気もうなぎのぼりよ」
「はあ、長生きするわ、あんた」
フロールはロボ体をかきかきしながら寝っ転がる。
デリクとベアトリスは別れを告げて立ち去る。
入れ替わるように、宿屋の親爺がやってきた。
「お客さん、また、なんだかすごい人たちが来ましたよ。面倒事は……」
「心配しないで、保証は致します」
涼子がそう告げると親爺は安心して引っ込み、客人をロビーに案内する。
涼子とダナ、翔一がロビーに行くと、ハイエルフらしき二人の人物が待っていた。
彼らの服装は薄緑色のジャケットとパンツ、白いフード付きコート。全てが最上級の品物だ。
「ふう、本当に汚い宿ですね。病気にならないのですか」
高貴なハイエルフの男は手巾を鼻に当てて、悪臭を防いでいる。
「ダナさんのお迎えの使者ですね」
涼子が機械的に尋ねる。いつもの、通信機付き眼鏡をかけている。
「ええ、しかし、こちらも少し紛糾しましてね。呪詛を解いていただいて、そののちにダナ様とそのペットを受け入れると」
「文章で約束してください。それなら解きましょう」
涼子の返事、たぶん、フロールがいわせている。
「フム、そう来ると思っておりまして、書面も用意しています」
三人で書面を見る。
「えーっと、『ハイエルフのダナは呪詛を解いたのち、ペットを連れてハイエルフ領に入場する権利を有する。入場したのちはダナは両親を捜索し、見つからない場合は適宜な夫婦の養子として縁組をする義務を負う』……うーん、微妙」
ダナが読み上げながら、不満げな顔になる。
「……少し待っていただけますか」
「いいですが、少しだけですよ。僕たちは書面はお渡ししました。明日の朝に書面にサインして正門まで来ていただければ、契約成立になります。もちろん、呪詛は解いてください」
離れて話し合う。
「養子になるなんて嫌よ」
「でも、僕たちと一緒にいたら、いつか死ぬかもしれないクマ」
そういえば、思わずダナも一緒に狼男の館に突入したが、止めるべきだったと反省していた。ダナは一度いい出すと聞かない頑固さがあるので、ちょっと、彼女のペースに圧されていたのだ。
「私、冒険できるし、クマちゃんと離れたくない」
「うーん。どうしたらいいのだろう」
「いずれにしても、ハイエルフにダナのことがばれてしまったのだから、無理に連れて行っても、奴らの追手が来る。ハイエルフを敵に回す意味もないぞ。一度彼らのペースに乗ってみてはどうか。彼らもあの恐ろしい呪詛をどうにもできないとなったら考えを変えるかも。どうにかできるなら、俺たちの仕事は終わった」
涼子がフロールの言葉を仲介している。
「そういう考え方もあるクマねぇ。僕はダナちゃんについていくよ。たとえ彼女が養子になってもね」
翔一は人間扱いされないのはわかっていたが、平和な生活にちょっとあこがれもあったのだ。
「……」
ダナも聞いていたのか、無言だった。
翔一はダナに向き合うと改めて話す。
「ダナちゃん。僕は君についていくよ。最後まで面倒見るって決めたから。平和な生活もいいと思う。あんな戦いばかりだからね……ちょっとあこがれていたクマ」
翔一は血みどろの戦いを思い出す。月読三突のぞっとする感触が手に戻って来た。
思わず恐怖でめまいをおこす。人間体なら真っ青になっていただろう。
「いいの? クマちゃん。正義のヒーローなのに……」
「僕は単なる喋る熊でしかないクマ」
「ご主人様と私はしばらくここに逗留します。結果がはっきりするまで……」
「ダナちゃん、いっておいで。明日の朝、書面サインして持っていくって」
翔一は優しくダナにいう。
ダナはうなずくと、ハイエルフたちに明日の朝行くといって帰した。
二人の非常に美しい人物がいた。
とても背が高く細い。
耳がとがっているのでエルフだ。
女性と男性。
シンプルだが高品質な衣装を身にまとい、女性は小さな冠を被っている。
女性の方が地位は高いようだ。
白くて美しい部屋にいる。
しかし、何か陰鬱だった。
「私の子はどこにいったの」
女性は涙を流している。
男性は彼女を慰めつつも、悲しい表情だった。
「いつか会えるよ、いつか」
「こんな苦しいのなら生きていたくないわ」
「生きていなければ、彼女が生きて帰ってきた時、笑顔で抱くことができないよ」
「何という苦しみなのかしら。……本当に、なんという」
女性は涙を流し続ける。
翔一は胸を割かれるように辛くなった。
「大丈夫、僕が見つけてあげるクマ」
翔一は進み出る。
「ありがとう、君は?」
男性が翔一を見る。
「僕は翔一クマ」
「お願い、私の子供を見つけてください。お願いします!」
高貴な女性のエルフが翔一の体に縋った。ぎゅっと毛皮の体を抱きしめる。
「頑張るクマ」
「……を見つけて! お願い!」
なぜか名前は聞こえなかった。
はっと気が付くと、いつもの海岸にいた。
考えてみたら、ダナには両親がいるのだ、どこかに。
そして、自分にも。
「僕の両親はどんな人なんだろう。ダナちゃんの両親も」
「それは……私からは何もいえないわ」
いつものように女がいた。
「いつもの四つの道か……」
銀色の道は行きたくなかった。
月読三突の余りに残虐な感触が手に残っている。
肉と骨を引きちぎるあの感触、思い出すだけで嘔吐しそうだった。
戦いのときは興奮して何も感じなかった。
それだけではなかったが、何度も起きた殺し合いの無残な結果が翔一の心を苛んでいる。
月読三突が苦しみの決定打になったのだ。
あの怪物はそれでも足りないくらいの悪逆だったが、翔一はこれ以上剣の強さを求めるのは間違いではないかと思い始めた。
白色の道に入る。
「レベル八です」
非常に豪華だが、雑然と様々な物品が無造作に放置された部屋。
家具、絨毯、絵画、美術品、そして、用途不明の様々な品物。
全てのものが超一流の物であり、この部屋の主が、並大抵の金持ちではないことを示している。
巨大な机の前に一人の人物が腰を下ろしている。
窓から見える帝国首都の夜景は格別だった。満月の夜に、眠らない繁華街が輝いている。それ以外は漆黒の大地だ。闇に輝く海面も見える。
「ヘルベルト」
闇に向かって名を呼ぶ。
「宰相閣下お呼びでしょうか」
闇から聞こえる声。何らかの魔術なのだろう。
「オーギュストが死んだ。死の詳細はわかっているか」
「まだ、調査中ではありますが、市井の流れ者と警備兵たち、冒険者のベアトリスが手を結んで倒したようです」
「あれほどの狼男が簡単に倒されるとは思わないが……ベアトリスはそれなりに名が知れている。僕も見たことがあるよ。なかなかいい女だ。しかし、彼女程度の腕前ではオーギュストの手下でやっとだろう。警備兵なんて論外だ。やはり、流れ者が気になる」
「南の神聖平原から流れてきた奴らのようですね。ハイエルフの少女、黒髪の女、ゴーレム、そして、熊です」
「熊?」
宰相は怪訝な顔をする。
「アーロン王国に放ったスパイの話ではその者たちが悪魔鳥を三羽も仕留めたともっぱらの噂です……にわかには信じがたい話ですが」
「悪魔鳥六羽が全滅した話はガラエルから聞いた。なんとも役に立たない女だ。アーマーラ信仰のオークにも全部倒されたそうだ。あの白鱗山脈は魔神信仰の主力だったのだがねぇ。ダナの奴には本当に……」
「アーロン王国、その他の国はいかがいたします?」
「天罰騎士団を送るよ。彼らが行くところ騒乱ありだ。ガルディアも黒騎士領も対応に追われることになる」
「レイド王国は……」
「吸血鬼王の支配下に入れる。彼は大量の血を欲しているからね。レイド王国も貧民を持て余している。ウィンウィンだ」
「御意」
「皇帝には更なる増税を行わせて、兵をシンシアに向かわせる」
「今の国力では負けずとも勝てないかと」
「それでいいんだよ。北方蛮族連合が大同団結しているからね。氷原の北辺に上古人の小国家が成立したらしいよ。蛮族共は戦々恐々としている。報復が怖いんだよ。扇動チームを派遣したから、蛮人たちは荒れ狂い始めるよ。シンシアはこれで全く動けなくなる」
彼のいう氷原の北辺とは、広大なシンシア王国からさらに北上した極北の地を指す。
「彼らからすれば、悪夢の再来ですから。……オークの魔神信徒にダナが訪れたように」
「大きな話はこんな感じだ、天罰騎士の盲目の天使はどうなった」
「いつでも儀式可能です。しかし、人選が難航しているようです」
「いつものように、したらいいではないか」
「グロウギル公爵が難色を……」
「あのような傀儡など放っておけ。どうせ泣き寝入りしかしない。期日までに実行しないのなら、こちらが勝手にやると伝えるのだ」
「かしこまりました」
「あと、熊のことを調査しろ」
「出自不明のハイエルフ少女のペットのようです。少女はハイエルフ領に養子として入りました」
「ペット? フム……考えすぎなのか。噂のヒーローがペットに甘んじるはずもない。オーギュストの件は別の線を当たれ」
男は手で払いのけるような動作をする。
「はっ!」
そういうと、陰にあった気配は消えた。
「嫌な感じだな。僕の策がじわじわと崩れていく。前にも感じた……」
黒髪をかき上げ、見えない片目を撫でる。
「全人類に目にもの見せてやる。僕の片目を奪った報いを」




