27 人と狼、狼と熊
オーギュストの館を観察する。
やはり、かなりしっかり警備されていた。
「魔法の警報装置があるわ。隠密で無理やり入っても無駄よ。すぐにばれる」
「詳しいな」
「オーギュストのお気に入りの妾と連絡を取り合ってるわ、こっそりとね」
「なるほど、それで奴の出現もあらかじめ知っていたのか」
しばらく考えていたフロールだったが。
「やはりこれしかないな、お前ら警備兵がこの女を捕らえたといって中に入る。この女は以前あのオーギュストから逃げたことがあるそうだ。奴らは入れるはずだ。門を開けさせて、中に入ったら門兵を始末しろ。俺たちもすぐに突入する」
男たちは目が座っていた。
「任せてください。命をかけますよ」
うなずくフロール。
翔一は手早く人間たちに聖性や硬甲など防御系の精霊を幾つか纏わせた。応急なのでおおざっぱだが、効果はあるはずだ。
後ろ手に縛られた形でベアトリスを連行する三人。
「なんだ、貴様ら、腰抜けの警備兵ではないか」
顔まで皮で覆ったあの男たちだ。
「へぇ、旦那様にこの女を献上しようと思いまして」
にやにやもみ手のトム。このような態度はお手の物だ。
「なんだその女。美しいな」
「ベアトリスとかいう女ですよ。ご主人様の奴隷だったのに逃げた女です」
翔一はベアトリスが恐怖の汗をかいていることに気が付く。もちろん警備兵たちもだ。
「顔を見せろ」
ベアトリスがディッキーに顎を持ち上げられると、恐怖にひきつっている。
「フフフ、見覚えがあるぞ。冒険者のベアトリスだ。こいつ逃げた女だったのか。ご主人様がどんなお仕置きをするか楽しみだな」
門がゴゴゴと開く。
ベアトリスが入ると扉が閉まり始める。
警備兵は突入した。
「おい、お前らは入ってくるな」
皮の男たちの声が聞こえる。
「行くぞ!」
翔一は四足歩行でダッシュし、フロールとダナは銀モフに乗って高速突撃を敢行した。涼子も少し遅れて走ってくる。
中では既に敵兵と仲間たちが剣を抜いて戦っていた。
味方の動きはかなりいい。防御力が精霊で強化されているので思い切った動きができるのだ。
「クソ! 貴様ら正気か!」
門兵の一人が体を変形させ始める。やはり、こいつらも人獣だったのだ。
「落ち着いて戦え! 銀は普通に効くぞ」
フロールと涼子が弓を乱射し、ダナが魔法の矢を叩き込む。
敵は六人居たが、不意打ちと銀武器で次々と討ち取られた。
翔一は聖剣を短い刀にして抜いたが、翔一が戦う必要はなかった。
警備兵三人組は今までの恨みを晴らすかのように連携で敵を屠った。盾、小剣、槍を効果的に使い、全く危なげない戦いだったのだ。
しかし、館の奥から獣の気配と吼え声が聞こえてくる。
「皆、まだいっぱいいるクマ。涼子さんは門を閉じて」
翔一がいうと涼子はためらわず、門を閉じた。
「連携とお互いを助ける。これを徹底するぞ。俺と涼子ダナは遠隔。他は俺たちを守って近接で敵を倒せ」
フロールの指示。皆がうなずく。
「オーギュストは三階の広間にいるわ。あそこで月を見るのが奴の日課よ」
ベアトリス。彼女の剣も血に染まっている。
一行は警戒しつつ二階への階段を探す。階段の前には二匹の狼男。
「がああああ!」
牙をむきだしつつ迫ってくる。しかし、盾で阻まれ、矢を撃ち込まれ、ベアトリスの細剣や兵士たちの小剣を刺されて絶命する。
「はぁ!」
ベアトリスの華麗な剣技で、狭い場所で敵の首を切り落とした。
細身の剣でしかも力の弱いベアトリスが狼男の首を落としたことに、ちょっと驚いた翔一だった。
「ベアトリスさん、凄い」
「今までの恨みよ!」
二階に上ると、更に数匹の狼男。しかし、これも各個撃破される。
三階への階段はすぐに見つかった。
翔一はすさまじい獣臭。濃厚な血の匂い。男と女の体液の匂いを嗅いだ。そして、三階から伝わってくるすさまじいオーラ。今までのは劣化狼男といっていいだろう。
「上にいる奴はエパットが直接人獣化させた奴です。皆は待っていてほしい。僕が一人で倒します」
自分以外が行けば味方も危機に陥る。翔一は覚悟を決めた。
「私も行くわ、奴の弱点は私が知ってる」
ベアトリスも上がろうとする。
「駄目だよ、桁が違い過ぎます」
翔一は諫めるが、
「それでも行かないといけないのよ。それが私のけじめ」
ベアトリスは引きそうにもなかった。
「翔一、上には熱源が三つある。でかいのと小さいのが二つ。小さいのは泣き声が聞こえるから子供だろう。敵は一匹だ。お前がやれ。俺たちは階段を守って援軍を断つ」
フロールはそういうと警備兵たちを階段の前に並ばせる。
「ベアトリスさん、絶対無理はしないと誓って欲しい」
翔一の言葉にうなずくベアトリス。
「クマちゃん……」
翔一はダナにうなずくと、兜のひもを締め直す。
聖剣を抜いて階段を上ると、小さなバルコニーに男が立っていた。
優雅に酒を飲みながら月を眺めている。
振り返ると、髭の生えた、立派な紳士である。
たぶん、状況がこうでなければ、彼の穏やかな雰囲気に騙されただろう。
しかし、机の上には人間の死骸と思われる生肉。そして、震えて縛られている子供が二人。先ほど攫われた子供だ。綺麗に洗われて白い下着を着せられている。
「ほう、ベアトリスか。私の奴隷に戻りに来たのか。そういう女は意外と多い」
にんまりと笑う男。口が耳まで裂ける。耳がとがり、体が狼的特徴に変貌していく。
この男の変身はかなり中途半端であり、上着以外は消えていくが、手はほぼ人間のまま、毛皮も薄い。顔も若干長い顔になるだけで人間と狼のカリカチュアのような不出来な狼男だった。
「悪事もここまでだ! 尋常に勝負しろ!」
翔一は剣を短くして、右上段に構える。
「なんだぁこいつは。匂いからすると人獣のようだが、はて、熊なのか。フフフ、剣を使うとは面白い。俺と同じような奴がいるとは」
机の上に置いてあった細剣を抜く男。彼も人獣でありながら、剣を器用に使う。
「オーギュスト、わが剣であなたを討つわ」
「女の身で勝てるわけがないだろう」
「そんなのやってみないとわからないわ!」
翔一はどうするか迷った。どう見てもベアトリスに勝ち目はない。
だが、彼女の気迫は相当なものだった。オーギュストも身構える。彼は受け用短剣も抜き二刀流である。ベアトリスも同じく短剣を抜いて二刀流。二人は全く同じ戦闘スタイルだった。
尚、オーギュストの剣は細身だが、非常に強力な魔力を帯びている。そして、力はわからないが多彩な性能のようだ。
(銀ではない)
大抵の名剣の類は魔物を討つことを考えてあり、銀メッキやミスリルを使ったり、その他錬金術で強化されている場合が多い。しかし、彼の剣はそうではなかった。
(この狼男に向かって行く英雄は普通人間……)
武器に付与できる魔力には限界がある。現に翔一は武器一つに精霊を一つか二つ宿らせるだけで限界だった。魔道魔法などは高レベルの術者だと効果を複数載せられるが、それも、そんなに多くもない。三か四も乗れば至宝といえるだろう。その狭い選択肢の中で、彼の剣は魔物を討つことを一切考えていない武器だと思われた。
オーギュストとベアトリスは細剣の攻防を始めた。
これは達人の戦いである。翔一は思わず見とれてしまった。
(凄い早い攻防……細剣は威力が低いけど、刺されてしまえば人間は怪我を負い、戦えなくなり負ける。とても効率的な戦い方)
二人の攻防はフェンシングの戦いよりはもう少し泥臭い剣術だが、思想は近いだろう。
「く!」
何度もベアトリスの剣が軌道を逸れる。そして、オーギュストの剣は嬲るように彼女の服を簡単に切り裂いていく。
「剣術補助、人間への特別なダメージ、装備破壊、魔力で剣を弾く、こんなところだろ。奴の武器は」
翔一の思いをいわずとも汲み取ったダーク翔一の声が精霊界から聞こえる。
「受け武器は、剣術補助と硬度の強化だ」
うなずく翔一、自分と同じ見立てだったのだ。
しかし、ベアトリスも負けていない。錬金術ミスリルの彼女の剣は何度もオーギュストの腕や肩を斬りつける。
「残念、このジャケットは戦闘装備だ。ミスリルが編み込んである、魔法もかかってるぞ」
オーギュストが薄ら笑いを浮かべる。
ベアトリスは無言で激しく斬りかかるが、頭と脚以外狙えないとなると、彼女は不利だった。
「おい、そっちはどうだ! 凄い数の狼男が来たぞ!」
下からフロールの声が聞こえる。はっとする翔一。
「また、俺の女になれ。膝まづけばいい。それだけだ」
そういうと、オーギュストはベアトリスの体を薄く切る。魔法が抵抗するが、バリバリと衣装がはだけた。
「くっ!」
「俺の元に戻れば、服もいらない」
それでもベアトリスは必殺の剣技を繰り出す。
オーギュストは易々と躱し、剣で彼女を嬲る。
(そうか、ベアトリスさんは僕に敵の剣技を見せているんだ)
しかし、ベアトリスはもう限界だった。人間の体力には限界がある。
浅傷のために、急速に力が衰えている。
オーギュストがとどめを刺さないで嬲るから生きているだけだった。
ベアトリスは勝ち目のないことを悟ったのか、防御に専念した次の瞬間、飛ぶように距離を開けた。
「逃げるのか? しかし、もう遅い。私の怒りを買ったのだ」
「私はあなたに勝てないかもしれない。でも、私たちはあなたに勝つ」
「負け惜しみだな。こんなチビ助が俺に勝てるとでも?」
確かに、翔一の剣技はまだまだ未熟で、木刀や竹刀でやり合ったら、ベアトリスにも勝てないだろう。
「僕は、あなたのような奴は倒す」
「隙だらけのお前がか……フフフ。俺は狼男になる前から、負けなしの剣士だったのだ。それが狼男となり、体力速度共に人智を越えている。そして、財力。莫大な金を積んで得た、このアダマンタイトの名剣。どのような者であろうと、剣で戦う限り俺に勝つことは不可能だ」
肩をすくめるオーギュスト。
彼の剣は至高の金属アダマンタイトだったのだ。
そして、彼が豪語する通り、剣技の圧倒的な冴えは一目瞭然だった。
何気に立っただけで、彼に隙は無いのだ。
翔一は右上段に構える。確かに全く守りを考えていない。隙だらけといえるだろう。
「フゥ」
ため息をつくオーギュスト。やれやれという表情をする。
「チェストオオオオオオオオオ!」
翔一は何も考えないことにした。敵に必殺の初太刀を行う。
(これで死ぬなら、それはそれだ!)
オーギュストは薄ら笑いを浮かべて、翔一の剣をどうするか考えた。
太刀筋は見えている。
まるわかりだ。
しかし、
「こいつ防御しない!」
オーギュストは間一髪で気が付いた。
翔一を串刺しにしても、自分は唐竹割に割られるのだ。
「チ!」
大きく後方に跳躍する。しかし、柱にぶち当たって、避けきれなかった。
狼のぶら下がる性器を聖剣は切断した。
「ぐあ!」
オーギュストは天井を這って屋根裏に上る。
「逃がさない!」
翔一も四つ足で稲妻のようによじ登った。
屋根の上ではオーギュストが待っていた。
股間からだらだら血を流し、怒り狂っている。
「よくも俺の大事なものを切ってくれたな。何だその剣は。なぜおれの体は治らない。つまらない銀ではないな」
「聖剣『フェルシラ』」
翔一は剣を大太刀に変え、ぎりぎりの長さに持つ。
「聖剣、だと! 世界には既に二本もあるのに、三本目が来たのか、しかも、なぜ熊男が持つ」
「僕にもよくわからない。でも、僕はお前のような悪逆非道を討つ!」
翔一は気が付かない間にやや大きくなっていた。小手も兜もしっくりくる。
「殺してやる。ずたずたにして、生きたまま内蔵を喰ってやる」
オーギュストは剣を稲妻のように突き出すと、一気に間合いを詰めてくる。翔一はあまり避けない、兜に当たって剣が滑る。
「ち、貴様の兜、伊達ではないな」
肩や顔を刺されるが、ほとんど痛みもない。傷も即座に治る。
オーギュストの武器は最高級品だったが、人獣対策はなかった。
(それでも心臓や脳を突かれたら負ける)
翔一はそう判断していた。
「傀儡乱剣!」
激しく打ち込みを始めた、敵も負けじと受け流し、突き返してくる。
翔一はその剣を聖剣で叩きのめす。
ガン。
硬い音がした。
「バカな!」
オーギュストの剣が少し曲がった。弾く力は全く効果がなかった。聖剣の魔力の前に弾く魔力などないに等しい。
「龍昇大上段!」
空を跳び、まっすぐ上から斬り下ろす。
大太刀を避けきれず、受け流そうとしたが聖剣の大上段の前には、全ての小手先技は効果がなかった。
パキン!
オーギュストの剣は折れる。受け用の短剣まで折れた。
ざっくり左腕に斬りこみ、骨を断つ。
「ぐはぁ! 馬鹿な! 我が至宝が」
苦しみながらも剣を捨て、剣のような爪を伸ばす。
にらみ合う二人。
オーギュストは股間と左腕から大出血しており、息が粗い。
「ハァハァ。この俺がこんな小僧に追い詰められるのか! 卑怯者め、人獣が襲ってくるなんて……」
翔一を罵ろうとして、自分が殺してきた剣士たちと、自分が同じ立場にいることに気が付く。
「貴様は奥義で葬る」
「熊小僧、何をいってやがる」
「奥義、月読三突!」
剣を横薙ぎに構える。そして、稲妻のように迫った。
オーギュストは間合いの長い刀に斬られることを予想して、跳躍した。しかし、翔一は剣を薙ぐこともなく、まっすぐ体当たりするように迫って来た。
まさか、同じように翔一が跳躍すると思わなかったのだ。オーギュストの目の前に巨大な熊がいる。
爪を翔一の肩に突立てた、しかし、翔一は右手でオーギュストの肩を掴んだ。
「グォ!」
腹に食い込む聖剣の柄。
オーギュストは翔一の肩に刺さった爪をねじった。
しかし、彼の反撃はこれが最後だった。
翔一は右手を伸ばすと、人差し指と中指で眼窩を貫く。鋭い爪の生えた親指が鼻を突き破った。
そのまま、バリバリと、翔一は恐ろしい膂力でオーギュストの顔面を引きちぎる。
「ギャアアアアアアア!!!」
二人は屋根の端に落ちた。
オーギュストは苦痛とショックの余り、正気を失い、ふらふらと立ち上がる。
「『フェルシラ』!」
翔一が呼ぶと、剣は彼の手に収まった。
立ち上がり、オーギュストの首を青い光で一閃する。
転がるオーギュストの生首。
屋根の端で止まる。
噴水のような血を出しながら、倒れるオーギュストの体。
彼の体は中庭に落ちて、瀟洒な生垣を破壊した
翔一はすぐに二階に駆け付ける。
ほぼ全裸のベアトリスと仲間たちは狼男たちと激闘を演じていた。
「親玉の首を刎ねたぞ!」
敵のど真ん中に、オーギュストの首を投げつける。
しかし、血に狂った劣化狼男の群れはそれを見ても意に介さない。
翔一は味方を跳び越えて敵の群れに突っ込んだ。
ソードブレイカー付き短剣を抜き、器用に爪や武器をからめつつ、敵を聖剣で斬り倒していく。多少喰らっても、翔一は無視して敵を斬りまくった。
「僕の仲間は僕が守る!」
斬って斬って斬りまくる。
気が付いたときには、敵はいなかった。
全て、ものいわぬ肉の残骸と化している。
ふと、後ろを見ると、仲間たちが無言で立っていた。
「翔一、もう終わった。敵は全滅した」
フロールがそういうと、翔一は子熊に戻る。思わずへたり込んだ。
「終わったクマ」
「馬鹿め、戦場で座り込むな。まだ敵がいるかもしれんぞ、兜を絞めろ!」
フロールが叱責する。
「ご、ごめんクマ」
慌てて立ち上がるが、血に滑って転がってしまう。
「フフフ」
ベアトリスが笑う。
「フフフ」
「ハハハハ!」
緊張の糸が切れたのか、全員が大笑いをした。
兵士とベアトリスを残し、翔一たちは館を出る。
「いいんですか、一番活躍したのはそのクマさんですよ」
兵士たちはいう。
「いいんだよ。警備隊が悪を倒した。それがいいんだ。あんたたちが狼男達を倒したのは事実だ。俺たちの名は出さないでくれ」
フロールは彼らと握手をした。
「ありがとう、あなた方はヒーローです」
兵士たちは敬礼をする。
翔一たちは彼らに手を振って別れる。
館を後ろに見ながら。
「ところでフロールさん、彼らが改心しなかったどうするつもりだったクマですか?」
「え、そんなの殺すに決まってるじゃん、いわせるなよ、恥ずかしい」
「『恥ずかしい』の用法が間違ってると思いますクマ。……人として恥ずかしいのはあなたです! でも、あの人たちを仲間に引き込むつもりだったクマですよね?」
「最初は拷問して情報を吐かせるつもりだったけど、あいつらに一言文句をいいたくなってから、なんだかああいう感じになったんだ。別にあいつらを仲間にとか、欠片も思ってなかったぞ」
「……僕の心に芽生えた感動が、綺麗に消えていくクマー……」
「それより、この金銀財宝ちょっと重いからお前も持て」
フロールは重そうなかばんを持っていた。
「それは?」
「あの家から貰って来ちゃった♡ 持ち主もいないし」
「本気で最悪の人クマー」
「あ、雨」
ダナが空を見る。
いきなりどしゃ降りが降って来た。
「踏んだり蹴ったりだな、いいことやったのにどしゃ降りかよ」
「雨の神様が、血で汚れた僕たちを洗ってくれるクマ」
「物はいいようだな」
翔一たちは這う這うの体で去った。
2021/2/28 やや改訂しました。内容に変化はありません
2021/4/13 誤字など微修正




