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26 漢、怒りの刻

 店を出たら、ベアトリスがどこかに案内するようだ。

「覚えていないけど、宰相はオーギュストのこともみ消してるっていったのよね」

 翔一はうなずく。

「間違いないクマ」

「許せないわ……」

「何かあるクマ?」

「興味ある? ちょっと見て行かない?」

 ベアトリスは下町に案内してくれる。

 全員マントを被って、目立たなくした。

 念のためそのような装備は持っていたのだ。

 下町は非常に貧しい雰囲気で、人数は多いが道行く人たちは死んだような目をしている。

 先ほどの高級店立ち並ぶハイエルフ居住区周辺とは違い、桁違いに街が汚い。

 鼠が走り回り、散乱したゴミにはぎっしりゴキブリが張り付いている。


 市場についた。

 汚物と汚染の巨大な塊である。

 動物の内臓が散らばり、糞尿が撒き散らされ、人の死骸が転がっている。

 残飯などが堂々と売られている。

 あまりに不潔である。

 子供たちは多いが、走り回りも叫びもしない。常にキョロキョロしている。

 子供だけではない。大人もキョロキョロしている。

 何かに怯えているようだった。

 警備隊もいるが、ただ見ているだけで何もしない。喧嘩が起きようが、窃盗が起きようが何もしない。

 翔一は警備兵たちの怠惰に呆れる。

「あいつら何をしているクマ」

「街を回るだけの仕事よ」

「ゴミ警官だ。俺が一番嫌いな奴らだ。同業だけにな」

 フロールも怒りを感じているようだった。

「市場には入らないで。見るだけにして」

 ベアトリスの指示で、狭い路地の雑然とした物陰に潜む。

(今から、何かあるクマ?)

 翔一は彼女に特に疑いもなく従う。他の仲間もそうした。

 暫く待つと、鞭を持った数人の男たちがやってくる。

 人々の間に緊張が走る。男たちは全身皮を着こみ、マスクも皮。不気味な連中だった。

 人々はじっとしている。固唾をのんでみているとでもいえばいいか。

「あれは…? 雰囲気悪い連中クマ」 

「連絡があったの。来るわ」

 ベアトリスは何かを知っているらしい。

「動くな。動けば殺す!」

 皮の男たちが叫ぶ。人々は体を固くして動きを止めた。

 突如、ぬっと闇から直立した野獣のような、人間のようなものが出てきた。 

 二階建ての商店の屋上に堂々と姿を現す。

 人間と狼の中間のような姿で、狼部分が少ない。上等な上着を着こんで、剣を腰に挿している。

(狼男!)

 翔一は愕然とした。

 ここまで公然と現れるとは。

 人々が逃げようとすると、皮服の男たちが回り込み、棘だらけの残虐な鞭で人々を打つ。

「ギャー!」

 血しぶきを上げて倒れる人々。

 警備兵たちは心得ているのか、市場を封鎖する。

 狼男は稲妻のような動きでひょいと市場のど真ん中に立つと、二人の子供を抱えた。

「いや! 助けて!」「うぇえええん!」

 幼い子供が悲鳴を上げる。

「なんて野郎だ! おい子供を助けるぞ!」

 フロールが激怒している。

「待って、今は駄目!」

 ベアトリスが抱き着いて止める。

「しかし、おい!」

 ベアトリスの必死さに、フロールは何もいえなくなった。

 狼男に縋る女がいる。

「お願いします! お慈悲を! 私の子……」

 母親だろうか? 狼男に必死に訴えるが、

 バシ!

 残酷な鞭が母親を打ち、彼女は背中から血を噴き出して倒れる。

 悠々と、狼男は市場を去った。

 市場の端で見ていた翔一たちだが、動くにも警備兵が邪魔だった。

 市場を守るように警備隊が塞いだのだ。

 まるで、子供の誘拐を助けるようだった。

 狼男は霞のように消え、皮の男たちも速やかに去った。

 警備隊は止めようともしない。

 ことが終わると、まるで何事もなかったかのように人々は死んだ目をして仕事に戻る。


「なんだ今のは!!」

 フロールが怒りの余り、辺りのガラクタを殴りつける。

「ご主人様、体が壊れます、やめてください」

 涼子が止める。

 翔一も腹が煮えくり返っていたが、翔一には人々のつぶやきも聞こえていた。

「オーギュスト様は今日は二人だった」「市場はしばらくなかったから安心していたのに……」「警備隊は邪悪の手先だ」

 堂々と人々を攫っているのだ。警備隊は見てみぬふりどころか積極的に悪事に加担している。

 一行は裏路地に入った。

「どういうことです! ベアトリスさん!」

 翔一は叫ぶ。

「あいつはオーギュスト男爵。公然と子供や女性を攫って喰っているわ」

「誰も止めないのですか!」

 翔一もフロールと同じく怒っていた。

「あいつは宰相のお気に入りなのよね? 確かにいつももみ消してるわ。こんなひどいことが公然と行われているのに、上級階級が本当に無反応なの。しかも、ほとんど無敵の最強の狼男よ。大勢の剣士が彼に倒されたわ」

「警備隊はなぜ……」

「彼らも人間よ。あんな怪物に勝てないわ。しかも、権力を持っている。宰相が許していたのね……私も、仲間を募ったことがあるけど、皆逃げたわ。私一人では……」

「何故、宰相はあいつを許しているんだ」

 フロールが怒りを押し殺したような声で問う。

「あいつ、女をさらって仕込むのよ。凄い淫乱な女に。そうなった女はあいつのいいなりになってどんな命令でも従う。帝国と世界にスパイ女をばらまいているわ」

「フン、なるほど。スパイ組織のリーダーだから宰相は手駒として……でも子供は」

「そうよ、子供は彼の食事よ」

「何故、あんたはそんな詳しいんだ」

「わ、私は、あいつに……」

 青い顔をするベアトリス。何かを思い出しているのだ。

「わかった、もういい。あんたはここにいろ、俺たちだけであの怪物を討つ」

 フロールが断言する。

「無理よ、あいつは凄く強いわ。本物の怪物。それに、警戒も厳重よ」

「フロールさんと僕でやる!」

「……私も行くわ」

 ダナ。声が聞いたことがないくらいに低い。非常に怒っているのを感じる。

「私もご主人様を助けます」

 涼子の機械的な同意。

「あなたたち強いのね。悪魔鳥をやったというのは嘘じゃないみたい。ごめんなさい、ちょっと信じてなかったの」

 美しい顔に涙を流すベアトリス。

「ふむ……しかし、そうだな。情報と助けがいる。ベアトリス、あんたに戦力は期待はしないけど、あの警備兵共を三人ぐらい人気のない路地に誘い込めないか」

「いいわ、やってあげる」

 一旦、退く一行。

 翔一は親切な誰かが母親を担いだのを見て、彼女の背中に治癒精霊を飛ばした。


 警備兵たちは今日も公然と犠牲が出たこと、人々が憎悪の目で自分たちを見ることに無言を貫き、感情を押し殺す。

 しかし、心の中では深いため息をついていた。

 そんな日常は、心に痛みとして残っている。

「仕方がない。あいつは強いし権力がある。俺たちはしがない木っ端役人だぜ」

 同僚がそう漏らすと、うなずくしかない。

 それに、汚い惨めな庶民に同情して何を得られる?

 賄賂とって、売春婦と遊んで、安酒飲んで、賭博やって人生を楽しむ以外やることがないんだ。

 正義なんてない。

 それが、彼らの心に刻まれた現実だった。

 ふと、いつものパトロールに戻ると、極上の女が歩いている。

 半裸だった。

「お兄さんたち、逞しい体してるわ。ちょっと遊んで行かない?」

 服装は淫らだ、かなり金がかかっている。

「へへ、この女、金持ちの淫乱か何かか? ちょっとぶち込んでやろうぜ」

「人目のつかないところに行きましょうよ」

 女は武器を持っていない。

 大丈夫だと思ってパトロールの最小単位の三人は顔を見合わせてニヤリと笑う。

 他の連中はいない。

「嫌なことばかりなんだこの街は。たまには役得もないとな」

 一人がつぶやくと、二人はうなずく。

 女は期待を高めるように、上半身裸になる。そして、ゆっくりと路地に向った。

 兵たちは路地に消える女を追いかける。

 少し走った後、女は消えた。

「おい、何だったんだ、女が消えたぞ」

 キョロキョロする男たち。

「人間呪縛!」「黒い呪縛!」

 二つの魔術が同時に発射され、衛兵たちは動きを止めた。

 翔一とダナが闇から現れる。

「普通の人間は一人が限度だな」

 ダーク翔一の声が精霊界から聞こえる。

「二人動けなくしたわ」

 ダナがつぶやく。

「な、何だお前ら。熊とガキ?」

「そして、ゴーレムと美女二人だ」

 フロールと涼子、ベアトリスも現れる。

「貴様ら、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

「結界!」

 ダナが何やら魔術を施し、この路地に結界を張る。

「これでお前らが泣こうが叫ぼうが誰も来ない。フフフ」

 闇に光るフロールのスコープ。

「な、何をするつもりだ!」

「黙れ、馬鹿者!」

 いきなりフロールのゴムパンチが飛ぶ。

「げぼぉ!」

 ガランガランと音を立てて警備兵のヘルメットが石畳に落ちる。

「貴様ら、庶民を守る警備兵のくせに、あんな邪悪を、人さらいの狼男を、見て見ぬふりか!」

 フロールは全力で兵士たちを殴る。

 ボコ! ボコ!

「ぐば!」「げお!」

「まってくれ! あ、あれは仕方がないんだ。あんな強くて権力を持った奴に……」

「そうだ、武器も貧弱、訓練もない俺らには勝てない!」

 警備兵たちは必死の弁解をする。

「黙れ! 武器がない、訓練がない、権力がない、敵が強い、全部言い訳だ! 甘ったれんな!!!」

 フロールが更に全員を拳で殴る。

 ボコ! ボコ!

(滅茶苦茶な根性論クマ……)

 翔一は内心そう思う。

「許してくれ、俺たちでは勝てない……」

 兵の一人は泣き始める。

「そうだ……俺は寝れなくなった。夢の中で子供の悲鳴が毎日聞こえて」

「酒を飲むしかないんですよ。あの悲鳴を消すには」

 ボロボロ涙を流す兵士。

「そんなんでどうするんだ! 力のない庶民共はお前らが守るしかないんだぞ! お前らが立って剣を握って奴と戦う。お前らがやらないで誰がやるんだ!」

「無理だ、無理をいうな!」

「根性なし!」

 フロールの拳が惨めな兵士にさらにめり込む

「フゴォ!」

「おい、俺たちを見ろ。俺たちはこの街にやってきた旅人でしかない。しかし、俺はお前らに代わってあいつを討つ。お前らはここで泣いてろ!」

「……」

「お前たちは、俺たちが奴を討つさまを見て、惨めな自分を哀れんで生きろ。だれ一人守れない、糞の役にも立たない警備兵殿!」

 フロールはそういい放つと、拳をボロ布で拭く。

 男たちの心に、何か懐かしい感情が起きた。

(そうだ、俺は、都の警備兵になった時、国を守り民を守ると誓った……誇らしかったなぁ。新品の制服を着て街を初めて歩いたとき……それがいつの間にか、賄賂を受け取り、サボリ、あまつさえ、人が攫われ、殺されるのを見ても指一つ動かさない、そんな鬼畜になり果てた……俺は何時から……)

 去ろうとするゴーレムの背中。

 男たちはそれをそのまま見送れば全てが終わるような焦燥に駆られた。

「待ってくれ! 俺たちは……」

「そうだ、俺にも怪物を討たせてくれ! ……頼む!」

「弾よけでも何でもします。連れて行ってください!」

 男たちは泣きながら、平伏した。

 号泣している。

 今までどこかで押し殺してた感情が爆発したのだ。

 フロールはしばらく無言で見ていたが。

「いいだろう、お前たちが命を懸けるつもりなら、連れて行こう」

「ありがとうございます。ありがとうございます!」

 男たちは呪縛から解放された。

 涙と血を拭き、ヘルメットをかぶる。

 普段と違い、しっかり顎紐を結わえる。

 翔一は彼らの目が澄んでいることに気が付いた。

「おまえたち、銀の武器を持っているか」

「はい、実は……対ライカンスロープ用の錬金術銀化剤を……」

「トムお前もか、俺もだよ」

「ディッキー。俺もだ」

 彼らは、トム、ディッキー、バリーといった。

 図らずも彼らは武器を銀化する錬金術薬品を持っていたのだ。この薬は香水のように吹き付けると一時的に銀の成分が付着する。数時間しか持たないが、それでも人獣との戦いには使えるだろう。

 彼らも心のどこかで狼男と戦いたいと思っていたのだ。

 翔一はちょっとほろりとした。


 心を入れ替えた警備兵たちの案内で、オーギュストの館を目指す。

 既に日は暮れ、月が下町を照らしている。

 オーギュストの館は闇夜に浮かび上がり、暗い気配を放っていた。



2020/6/10 訂正がいくつか……微細な修正です。

2020/6/11 2020/10/4 2021/2/28 微細修正。内容に変化はございません。

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