25 帝国首都
イスカニア帝国は巨大なUの字を西に倒した形をしている。
巨大な内海があり、西にだけ口が開いていた。
倒れたU字の最も奥に首都の港がある。
内海と沿岸を囲む山脈も大きくUの字であり。その北にはシンシア、南にはアーロン王国などの神聖平原。東は巨大な山地帯で人は住まず、南方より未開である。
内海と沿岸は豊かな実りのある土地で、文明の母体といっても差し支えない。
その全域を支配するイスカニア帝国はこの世界の文明の中心地といっていいだろう。
首都、皇親大聖都の規模も巨大で、百万都市である。
広大な平野に市街地が広がっている。都市と農村の区分があいまいである。
中心部は城塞都市となっているが、これも非常に長い城壁が取り囲み、壁の後ろにも前にも建物があるような状況になっている。凡そ、防御はあきらめているのだろうか。
この巨大な帝国に逆らう国があればという話だが、防衛は都市の膨張にないがしろにされているといえるだろう。
ボルトン兄弟とは首都に入った段階で別れた。
彼らは気のいい連中だったが、首都には詳しくない。現地ではまた別の冒険者を雇うという話になった。
「俺たちはあまり来たこともないんだ。首都に向かうのにあまり危険はないからな。途中パトロールも多い。でも、首都は犯罪者だらけだから気をつけろよ。都市の奴らは信用できない」
ボルトンたちは忠告をくれると去った。
一行は宿を取り、話し合う。
「まずは、案内人兼護衛といった人間を雇うべきだな。調査を行い、ハイエルフの領域にどうやって侵入するかだ」
「雇った人に目的を悟られたら問題あるクマ」
「それはそうだが、周辺調査をするのに、そういう存在が必要だ。大人のこわもて無しでうろうろするとどうなるかわからん」
「魔法と精霊の隠密で無理やり入るとかどうですクマ」
「大金持ちでオカルトも上手なハイエルフの街だぞ、考えられるだけの防御警戒をしていると思うべきだ。ただ、皆がそう思って敬遠しているうちに警備が疎かになるなんてことはあるが」
「では、どうすればいいクマ」
「当然考えられることはやっているという前提で、隙ができてないか調べる。そういうことだ。例えば、特定の場所だけ警備兵が油断してるとか、そういう穴をだな……」
「普通に、ハイエルフの女の子連れてきました。親戚いませんかとかでいいのではないですかクマ?」
「そういって行ったら、まず、すごい取り調べを受ける。ダナは連れ去られて、俺たちは何か危険な生き物だということで監禁。ガルディアの対応覚えているだろう、あいつらみたいにダナを殺すという選択はしないだろうけど、どんな残虐なこともあり得るぞ」
「フロールさんは人を信じなさすぎるクマ」
「人を信じた奴から死んでいく。俺の世界はそうだった」
「……」
「とにかく情報を集めよう、それからだ」
冒険者を雇うという話になったが、キルボールの宿場町とは違い、酒場も冒険者ギルドも無数に存在している。どこに入るか悩むことになった。
涼子と翔一だけで行動する。
いつもの通信機眼鏡をかけていた。
「目についたところでいいだろう」
フロールの声が聞こえる。
「といわれてもね」
キョロキョロする翔一。子熊では目立つので今は人間形態だ。
「おい、やめろ、どう見てもお上りさんだろ、カモにされるぞ」
翔一が困っていると、ニコニコ笑顔の非常に小柄な老人が近寄ってくる。
「ああ、来たぜ、変なのが」
「お困りですか、少年」
老人はこの世界の一般人の服を着ている。
しかし、種族は人間ではない。小人種族、ホルス人だ。
「ええ、冒険者ギルドに仕事を持ってきたのですが、どこに入ればいいか」
「ここの辺りのは大したものはいません。腕の立つ冒険者がいるところに案内しますよ」
老人はニコニコしている。
「胡散臭いけど、嘘はついていない」
フロールの声。
翔一は自分の世界以外の大都市に始めて来た。少し浮かれていたのかも知れない。フロールの懸念はわかっていたつもりだが老人の笑顔に何となく信用の気持ちを持ってしまった。
老人はデリクといい、彼は長年冒険者をやっていたという。
「翔一さんと涼子さんですか、変わったお名前ですね」
彼の案内でちょっとした繁華街のような場所を歩く。
人は多すぎず少なすぎず、建物もこじんまりとしたものが多い。
「私は若い時は名の知れた隠密だったのですよ。隠密冒険者という奴です。神聖平原を旅し、魔物を倒し、賊を倒し、本当に楽しかったです。悲しいこともありましたが、仲間との友情は格別でしたね」
「じゃあ、色々な場所を見たんですよね……く」
クマといいかけたが、ぎりぎりで耐える。
「ええ、一番不思議で綺麗だったのは砂漠の地下宮殿かなぁ。あれは本当に綺麗だった。恐ろしくも残酷でしたが」
「地下宮殿! 凄いですね、僕も見たい」
「ハハハ、あれはもうないですよ。魔人が作り出した幻影みたいなものです。英雄たちが破壊しました」
「ああ、それは残念です」
「邪竜が復活して本当にそれはもう危ない状況だったんですよ……ピットが」
「あなた! もうお昼の用意ができてますよ」
突然、女性の声が聞こえる。かなり美しい女性がエプロンをつけて小さなレストランにいた。彼女は人間だった。高原人の特徴がある。
「女房のアリスです。若い奥さんでお恥ずかしいですが」
デリク老の顔はさらに笑顔になる。
「お客さん、入って下さいな」
小さなレストランにはそれなりに客も居り、繁盛している様子だった。
奥に案内されると、何故か三人分の食事が用意されていた。
「おい、怪しいぞ」
フロールの声。
「遠慮なさらず食べてください。内海で採れた海の珍味が多いです。お口に合うかどうか……」
「わあ、蟹だ。タコもある。美味しそうだ」
翔一は久しぶりの海鮮の香に頭がくらくらした。
何かプチッと音が聞こえたが翔一はそれどころではなかった。
「海の幸を好まれるのですね」
「僕の故郷も海の幸は凄く食べてましたから。いただきます!」
翔一は蟹の身を頬張る。旨味が口いっぱいに広がった
「これはすごくおいしいです!」
「ハハハ、それはよかった、存分にご賞味ください」
老人は翔一が嬉しそうにパクパク食べるのを見てニコニコしていた。
「デリク殿、冒険者のことですが」
涼子が静かに問う。
「おお、そうですな、目的を教えて頂ければ、紹介申し上げますよ。私はこの辺りでは顔が広いんです」
「そ、そうでしたね」
食事の手を休める翔一。
ちょっとはしたなかったかと後悔した。
翔一はどうこたえるか悩んだ。涼子が何かいいたげに翔一を見る。
「ぼ、僕たちは、そうです、観光にきたんです」
思わず、思いついたことをいう翔一。
「フフ。翔一さんでしたか、あなたとその涼子さんが相当な腕前なのは私程度のものでもわかりますよ。そのような御仁が観光だけに来るわけがない。この街には悪人が多い。あなた方の善良さを逆手にとって利用しようとしたり罠にはめようとするような奴はごまんといます。私に事情を教えて頂ければ、悪いようにはしませんが」
「しかし……」
「では、本当のことを申しましょう。私はアーロン王国の人間なのです。話を聞きました。とある辺境で我が軍と賊が決戦をしました。残念なことに我が軍は敵の怪物の前に苦戦していました。しかし、そこに颯爽と現れた異形の英雄が怪物を討ち我が軍を救ったと」
翔一と涼子は顔を見合わせる。
「しかも、その英雄たちは名も名乗らず褒美も受け取らず去ったと。王はそれをお聞きになり、非常に残念がられたと。なぜ、そんなに急がれたのか、なぜ、援軍に駆け付けたのか。王国の人間として興味があるのです」
「そ、それは、罪のない人を殺す怪物が許せなかったから……」
思わず答えてしまう翔一。
「ただ、義侠心だけだと仰るのか。ハハハ。でも、嘘ではないようですな。感謝申し上げます。我が軍の兵が大勢助かったのです。あなた方は命の恩人だ」
老人は恭しく頭を下げる。
「それでも、大勢の犠牲を出してしまいました。ごめんなさい」
翔一は怪物が殺した人々を思い出す。
「滅相もない、頭を上げてください。全滅もありえたのです。無謀な出兵でした」
ため息をつく老人。
「……」
「よかったら、お手伝いさせてください。翔一さん。我々もこの都市にはかなりの情報網を持っています」
「あまり詳しくはいえませんが、ハイエルフの人たちと接触したいのです」
フロールにあとで怒られると思ったが、恩を売った相手が早々裏切ることもないだろうという打算も少しはあった。
「フム、なかなか高難易度の話ですぞ、なぜなら、彼らは都市内で孤立して生活し、出入り業者、皇帝の勅使以外は接触できません。一番簡単に接触するのは彼らが外に遊びに行く時だけですな。繁華街など超高級店や金持ちだけのリゾートなどに彼らは時折顔を出します。しかし、それは若くて権力の無いハイエルフが殆どで、本当の権力者は外には出ません」
「うーん、困ったなぁ」
「世界のどこかにハイエルフ評議会というものがあり、そこでハイエルフ全体の意志を決定しているとも聞きます。一応、一部の窓口を通じて彼らと意思疎通は図れますが、直接会うことは不可能でしょう」
「……」
「一つ手段がありますが……これは手配に時間がかかります。それまで、待っていて下さらないか」
「わかりました。デリクさんを信じます。そうだ、もし、知っていたら教えてほしいのですけど、『奇跡の里』という場所をご存知ですか。一度行ってみたいのです」
「そこは……黒龍山地の極度に危険な場所にあります。それもハイエルフの里ですが……今は滅んで廃墟があるだけと聞き及びますが」
「僕たちで行きたいんです。彼女の記憶の場所がそこじゃないかと……」
「彼女、あのエルフの少女のことですか?」
「ええ、まあ、そうです。彼女は記憶がないのです」
どこまで喋っていいのか、思わず、全部話してしまいそうだった。
「その場所はかなり難しいですぞ、伝説の里を略奪しようと冒険者が向かいましたが、一カ月以上探索しても見つからない。行方知れずになった奴らも数知れず。しかし、ハイエルフならば三日もあれば装備も無しで到達できるとも聞きます。過去、ハイエルフの高官の会話を分析して、そのような結論が出ているのです」
デリクはあまり気にもしないのか重要なことを教えてくれる。
「何かの秘儀かなぁ」
「では、この二つの件を調べてお伝えしますよ。それまでは今の宿に滞在してくださいな」
「わかりましたありがとうございます」
「一つお聞きしたいのですが、あなたは人間ではありませんね」
「……ええ、そうです。みんなが怖がる魔物です。でも、天使の力で僕は普通の心を保っているんです」
「ほう、何か証拠はありますかな」
翔一はシャツをめくって鳩尾を見せる。
傷だらけの締まった体。
白く輝く紋章が見えた。
「……これは、確かに……邪術ではありませんね、聖痕だ、これはすごい。……フフフ、しかし、若いのに、古強者みたいな体ですね」
老人は顔をくしゃくしゃにして大きな笑顔を見せた。
「あまり防御はしないので……」
「わかりました。ありがとう教えてくれて。では、ゆっくり食事をお楽しみください」
デリクはそういうとどこかに行ってしまう。
翔一は少し冷めてしまった料理を食べる。それでも非常においしい。
「おい、翔一! のんびり喰ってる場合か」
フロールの声が聞こえる。
「あ、フロールさん、途中で通信切れましたよね、たぶん」
「たぶんじゃねえ。切れたんだよ。切られたというべきか」
「どこから切れたんです」
「おまえが蟹を頬張った辺りだ。でも、会話は聞こえていたから、嫌がらせだな。あの爺相当なくわせものだぞ」
「デリクさんはいい人だよ、絶対」
「くわせものってのは『いい人だよ、絶対』と人に信じ込ませるような奴のことを指す」
「フロールさんは心が濁りきっていると思う」
「それで生きのびてきたんだ。しかし、あの爺はスパイの大物か何かだ」
「スパイ……確かに、事情通でしたね」
「一旦引き上げろ。宿に戻れ」
「相手がスパイなら、宿は監視されているのでは」
「ああそうだ、でも、逃げ回っても見つかるだろう。労力の無駄だ」
翔一たちはアリスに礼を述べて、代金を支払おうとするが、
「デリクさんのお友達だから、代金は要りませんわ」
にっこり微笑むだけで受け取ろうとしなかった。翔一たちは礼を述べて立ち去る。
宿に帰る。
一日待ったが連絡はなかった。
「街を見て歩きたいー」
やることがなくて暇なダナがじたばたしている。
「デリクさんの連絡来るまで大人しくするクマ」
「来るまで暇でしょ、だったら、街を見てみたい」
「それはそうかもしれないクマ。難問だっていってたから、しばらくかかるクマですよね」
「だろうな、下手すると数カ月ということすらあり得る」
「じゃあ、明日から少し観光するのはいいと思うクマ」
「ダナは少し変装して、ハイエルフっぽい髪を染めたらどうだろう。俺はフード付きマントに仮面でも被れば多分ばれない。涼子はそのままで」
結局、フロールも出かけたいらしい。
涼子が買い物に出かけて必要なものを買ってくる。ダナは夜の間に髪を染め、フロールはフードマントにマスクという怪しさ全開の服装にチェンジする。
「特につける装備はないクマ、僕は子熊形態で行く。たぶん大丈夫クマ」
「お前、熊になる意味ないだろ。人間形態になれよ」
「人間形態は疲れるクマ」
「普通、逆じゃね? 前から思うけど」
「大都市の人はあまり他人に興味がないクマ。子熊形態で歩いても危険が無さそうなら無視されると思う。涼子さんか案内人が付けば問題ないクマ」
「……間違ってはいなけど、確実に目立つということも忘れるなよ」
「僕はもう、心を、熊を、偽らないクマー」
「女装で歩くおっさんみたいな発言だぞ、それ」
翌日、宿を出ようとすると一人の女が待っていた。
「オホホ、可愛いわ、あなたたちがデリク様がいってた方たちね」
背が高い。舞踏会のマスクのようなものをつけた女だった。レースのような生地のドレスで肌が透けて見える。腰には細い剣と短剣を挿している。
「決闘代行兼冒険者のベアトリス・ラルカンジュよ、よろしくね。この街の案内をしてほしいといわれたわ」
「うーん、公然わいせつギリギリかな。アウトかもしれん」
フロールのつぶやき。
「お姉さん。僕は翔一クマ」
モフモフの手を出す。
「あらら、やっぱり人間じゃないのね。キャーもふもふのおててじゃない?」
紫のマニュキュアの手で翔一と握手する。
「一応、ペットの熊という設定なので、喋ることは内密で頼む」
「ええいいわ、あなたたちのことは聞いているから。涼子さんとダナちゃんと、ええっと」
「フロール・高倉だ」
「フロールね。覚えておくわ。忘れがたい格好よね」
「あんたもな」
「フフ、強い女は好きな服装でいいのよ。見たい人は好きなだけ見せてあげるのが私の信条なの」
翔一は女の銀色の小手がかなりのものだと気が付いた。
「あなた、熊戦士か何かなの。武器は持ってないのね」
「持ってるクマ。出してないだけ」
「面白いわね」
そういうとベアトリスは翔一の手を持って歩く。
「むー」
ダナはあまり面白くないらしく、もう片方のモフ手を取って歩く。
「いつもながら、モテモテだな翔一」
「これはモテているといえるのだろうかクマ」
「毛皮がいいわね」
ベアトリスはかなり嬉しそうだった。
彼女の装備を霊視する。腰の剣はかなり強力な魔術、幅広ハットも、ドレスもベルトも、プーツまで魔法で強化されていた。
「あなたたち、ハイエルフに興味あるのよね。彼らが集う店に案内してあげる。喫茶店よ」
「銀モフと一緒に行く」
ダナは外に出ると銀モフと名付けた乗用狼に乗る。
「いいけど、口にはマスクつけないと警備兵が因縁つけてくるわよ」
「皮の装具を買っておくか」
フロールは乗用動物の店に入ると、装備を買う。
「やっぱり、大都市はいい。欲しいものがあっさり手に入る」
銀モフはあまり気に入らないという顔をしたが、翔一がなだめるとあきらめて付けるようだ。
早速向かったのがブティック。
「??」
翔一は混乱する。
「クマとマントお化けはもういいわ。それより、エルフちゃんと涼子ね。あんたたちは綺麗に着飾らないと逆に目立つわ」
ベアトリスの意向で二人は貴族専用の高級店に行くことになる。
「はい、いらっしゃい、あら、ベアトリスさん。それに、その野暮ったい二人の女の子」
女言葉を使うおっさんが出てくる。
「久しぶりね、この二人に似合う普段着でいいわ。何か見繕って」
「じゃあすぐに採寸するわね……」
結局、この店で一時間近く経過する。イライラの頂点に達するフロール。
「ええーい、さっさときめろよ!」
「クマクマ」
「ワオン」
銀モフも同じ思いだった。
「なあにこいつら、獣よね。動物はおとなしくご主人様を待つのが仕事でしょ」
店主がくねくねしながら答える。
「ふう、一瞬で決めたから、ちょっと自信ないわ。でも、二人とも凄くきれいだからお似合いよ。絶対」
ベアトリスが衣装を抱えて出てくる。
「一時間のどこがいっしゅんやねん!」
フロール。青筋があったら完全に膨れ切っていただろう。
「しめて、金貨百五十枚になります」
「ひゃ、ひゃくごじゅうまい!」
フロールは機能が停止して、赤いLEDが点滅し始める。
「落ち着くクマ。祚物を売れば多分心配ないクマ」
小声で必死になだめる翔一。
「エルフちゃんはシルクのワンピース。青いシルクよ。素敵よね、可愛いわ。涼子は透けてるセクシードレス。もう、男たちの視線は釘付け」
ベアトリスのねっとりしたお言葉。
ダナは少し頬を赤らめているが、可愛い可愛いとほめあげられて、嫌でもないらしい。
涼子は無感動に着ている。
「防御力が下がりました」
「男は剣じゃなくて誘惑を武器につかってくるから防御なんていらないのよ」
翔一は金貨を出すと、金を払う。
「あら、この熊お金払えるのね。賢いわねー。えらいえらい」
店主に褒められてちょっと胸を張る翔一だった。
「ちょっと現金が尽きてきたぞ。お前の余ってるのを売るんだ」
「クマクマ」
途中質屋に寄る。
祚物などを店主に見せるフロール。
「おお、精霊のアイテムですね、近年珍しいですよ。……ふむ、なかなかの一品ですな。物は素朴ですけど、魔力は高い。一個三百五十枚でどうでしょう」
「四百でどうだ」
「精霊のものはあまり需要がないですから……多分変わりませんよ、他の店でも」
「クマクマ」
「わかった、それで頼む」
それでも三つも売れば、千枚を超えた。ズシリと金貨が重い。百枚を取り出してベアトリスに渡す。
「経費クマ」
「あら、あなたたちお金持ちなのね。女はお金持ち大好きなのよ。ウフフ」
ベアトリスは遠慮もなく受け取る。
昼食時間に喫茶店にきた。
今日は雲一つない晴天。
ここは翔一の世界基準で見ても、かなり洒落た店で、高級感あふれている。陽の光を浴びて、店が輝いて見えた。みすぼらしい人間は近寄ることもできないだろう。
二階にテラスがあり、高貴なハイエルフが数人食事をしている。
ベアトリスが先頭で入った。
「いらっしゃいませ、ベアトリス様。お連れの方たちは……」
従業員がすぐに出てくる。こざっぱりした高級衣装の男。
「高貴な女性達よ、外国の方なの。そのちっさいの二人は、ペットの熊とゴーレムよ」
「粗相があった場合は……」
「大丈夫よ、そんなバカなのじゃないわ。あの狼は乗用だから厩の隅に置いといて」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
テラスに行く。
そこからは高い壁と堀に囲まれたハイエルフの居住区が見えた。
外壁は重厚だが、中の建物は瀟洒。掘りまであり、都市内なのにかなり厳重に防御された区画だった。
翔一とダナは並んでその建物を見る。
「見覚えあるクマ?」
翔一は小声で話しかける。
「うーん、無いけど、中の建物の作りは私が記憶している廃墟と似てるわ」
「ここの人たちは『奇跡の里』の末裔らしいから、やはり、里に行く必要があるかもクマ」
「そうね、いつか行きましょう」
目を凝らして見ても、中の様子はわからない。
居住区の壁はかなり高いのだ。
「君たちは何者かな」
二人のハイエルフ男性が飲み物を片手にやってくる。
非常に高身長イケメンだった。
(腐女子ゲームのキャラクターみたいなのキター! クマ)
翔一は前の世界の微かな記憶がよみがえる。
「私、ハイエルフのダナ。この子はクマちゃん」
(うわ、いってしまったクマ!)
止める間もなく、ダナは自己紹介する。
「ハイエルフのダナって……君は髪を染めているが、たしかに、ハイエルフのようだね」
少し慌てた男たちだったが、何か術を使ったのか、なるほどといいながら納得している。
ベアトリスが割って入るか悩んでいると、フロールが止める。
「ハイエルフと接触できたんだ、しばらく様子を見よう」
フロールがそういうと、うなずくベアトリス。
「君はどこの氏族かな。両親の名前は?」
「覚えてないの」
「まさか最近子供が攫われたなんて聞いたこともないぞ」「ああ」
顔を見合わせるハイエルフの男二人。
「体は子供だけど、あの、恐ろしい女と似てなくもないな」
「上に報告するか?」
「無視したら後で責任問題になる。報告だけはしよう」
「熊はどうする」
「ペットだろ、どうでもいい」
イケメン二人はこそこそと話すが、翔一には全て聞こえている。
「その子熊のことをもっと教えてくれないか、君」
突然、一人の男が横からやってくる。
黒髪に片目。
ハイエルフ二人は驚いて、膝まづく。
「これはこれは、宰相閣下。このような場所にお忍びで?」
「そうだよ、たまには息抜きも必要だからね」
高価な衣装に身を固めた黒髪の男。
背後に数人の従者、たぶん、相当な手練れだ。
(こいつはエパットと一緒にいた男クマ!)
「クマたんは私の友達なの」
何となく翔一の前に立って、かばってくれるダナ。
「おや、お嬢さん、君は?」
「ハイエルフのダナ」
「フフフ、その名前どこで覚えたんだい」
「私の名前よ!」
「これ、お嬢さん、礼儀をわきまえなさい。申し訳ございません、宰相閣下、この子はまだほんの幼く……」
ハイエルフのイケメンが慌ててフォローしてくれる。
「気にするな。勇敢なお嬢さんじゃないか。それにしても、このクマ君どこかで見たような……」
(憶えていない?! 悪の首魁じゃないのか?)
翔一は思わず霊視する。
そこには漆黒の闇があった。
そして、一つの血走った目が睨んでいる。
翔一は恐怖で思わず身が竦んだ。
怒り狂って、辺りを見回しているような目だった。
「宰相閣下、皇帝陛下がお呼びです」
男の足下から黒い人の影が現れる。
「皇帝の奴がまた何かいってるのか、洗脳が少し足りないのかな。オーギュストの奴また人殺しをしたのか? もみ消すのも大変なんだぞ」
黒髪の男は不遜な独白をする。
全員の耳に聞こえているのに。
「そのようなことは申されない方が……」
「どうせ忘れるさ。気にするな」
そういうと、宰相はゆっくり店から歩いて出ていく。
時間が止まったようだった。
人々は無言で宰相を見送ってから、再び、いつもの喧騒を取り戻す。
まるで何事もなかったかのように。
「今の奴なんなの」
ダナが少し怒っている。
「そうだ、ところで君の出自だけど、よっぽど遠くから……」
ハイエルフのイケメンは今の小さな一幕がなかったかのような言動だった。
「記憶がないのだから、魔術師長殿に見せた方がいい。同族を放ってはおけない」
「君、どこに住んでいるの? 後で迎えをやってもいいかい」
「クマちゃんと一緒じゃないとどこにも行かない」
ダナの頑固そうな態度。
「その子は連れて行けないよ」
「嫌よ。絶対嫌。クマちゃんと一緒じゃないと」
ダナは強固に頭を振る。
「わかったよ、じゃあ、上の人にはそう告げるから」
薄ら笑いを浮かべるハイエルフのイケメン。
翔一は嘘臭さを感じた。
「じゃあ約束よ。もう約束契約結んだわ。言霊で」
一瞬、カチという音と共に何かの魔力が結ばれた感じがした。
「うわ、この子、なんて魔力だ! 僕たち契約させられてしまったよ」
ハイエルフのイケメンたちに怯えが走る。
「破ったら、酷いことになるからね」
翔一は初めてダナを怖いと思った。彼女は本能的に人を力で従わせるのだ。
「どこに住んでいるか教えてくれ!」
「この子たちは南部地区にある某という宿屋にいるわ」
ベアトリスが慌てて教えた。
イケメンたちはひきつった顔で店を出る。
ダナと翔一はテーブルにつく。軽食が用意されていた。
「すごい力技だったけど、少なくとも翔一は入れることになったな。オカルトは怖いぜ」
「あなた、怖い子ね。でも、ちょっと気持ちよかったわ。あいつらいつも人を上から目線で見て、馬鹿にしているのよ。表向きは紳士面だけどね、女なんて虫けらみたいに思っている」
ベアトリスがにっこり微笑む。
「黒髪片目の宰相のいってたこと覚えているクマ?」
「え、何の話、それってテオドール様のこと?」
翔一は彼の話をしたが、ダナ以外覚えていなかった。
「フム、覚えていないが、記録を確かめよう」
「記録、何のことクマ?」
「俺はこの世界で目覚めて以来、ずっと映像を録画している」
「すごい記憶容量クマね」
「未来世界では当たり前だぞ。これくらい。いっとくけど、全然まだ容量余ってるから」
「あんたたち何の話してるの?」
ベアトリスはけげんな顔。
「俺の脳内で再生するから、ちょっと待て」
暫くしてフロールは、
「……消えている。不自然に。確かに二分程度消されてしまったようだ。この世界では不可能な話だ」
ハイエルフとの接触という初期の目的は果たしたので、食事を摂ると一行はすぐに店を出る。
晴れ渡っていた空は、いつの間にかどんよりと曇っていた。
2023/5/28 微修正




