21 クマの宿命
翌日、霧が濃く、目の前一メートルも見えない状況になる。
一行はロープを互いに結び、はぐれないように用心しながら進むことになった。
「今日は危険だから、狼に乗るのは禁止クマ。今日は僕に乗って」
「ええ、狼ちゃんに乗りたいー」
ぷっと頬を膨らませるダナだが、我儘を押し通すようなことはしない。
「俺は大人だからいいだろ」
「フロールさんもダメ!」
「いいじゃん、ちょっとぐらい」
「駄目なものはダメクマ」
「しゃあねぇなあ。熊で我慢するか」
「普通に歩くという選択肢もあるクマよ?」
「いいじゃん、ダナは乗せるんだろ」
「いいですけど……」
その時、
クエエエエエエエエエエ!
謎の叫び声のようなものが聞こえる。
「何の音だ! 化け物か!」
「皆さん、急ぎましょう。悪魔鳥がやってきました!」
オークリーダーの必死な叫びが聞こえる。
「悪魔鳥って、この状況で襲われたらなすすべもないぞ」
誰かの声。人間だ。
オークリーダーが答える。
「霧の濃い間は襲われませんが、ここは早めに去りましょう」
「ついてないぜ」「不運続きだ、祈祷師様にお祓いしてもらおうぜ」
オークたちが珍しくぶつぶついっている。
霧の道行は恐怖と焦りの中で進むことになる。
時折バサバサと特大の鳥が羽をはばたかせる音、そして、あの独特の叫び。
旅人たちは霧の中でもがくように道を進む。
霧は変化がないが、二時間程の移動で休憩所につく。
「一旦ここで休もう。怪鳥が消えるまでここで待機してもいい」
フロールがそういうと、皆、少しほっとする顔になる。
そこは上古人の作った休憩所で、小さな洞窟のようになっており、水が出る。
休憩所に避難しても、怪鳥の叫びは止まなかった。
「……三匹いると思うクマ」
「休憩所はあと何か所ある?」
ロニーがオークリーダーに問う。
「村まではあと一つです。そこからは御所まで安全ですが……」
大体一日の距離だ。途中で日が暮れる計算になる。
「このまま霧を進んで行けば、死ぬことはないだろう」
フロールが発言。
「霧が張れたら万事休すですよ。何もないところで鳥に上空から襲われます」
「オーク族はどうやってあいつらを凌いでいるんだ」
「道の所々に避難壕をつくってます。逃げ込めたら何とか……」
「運が悪ければ死ぬんだな」
「あいつらのやってくる頻度はどうだ、明日になったら去っているのか」
「長居はしませんが……いなくなる保証はないですね」
結局、霧のある間にできるだけ進もうということになった。霧が晴れたら全力で村に逃げ込む。
鳥に一気にやられる危険を避けるために、紐は付けずに行くことになった。
「翔一、このワイヤーやるわ」
フロールは小さなリールのようなものくれる。
「これは?」
「ワイヤーだよ。潜入任務に使ってたけど、この世界に来てから使ってないし、今はお前の方が有用に使える」
「使い方を思いつかないクマ」
「ワイヤーを手首に固定して、あの青い剣の柄に結わえておく。ぶん投げても戻せるという作戦だ」
「聖剣を投げるクマ?」
「そうだ、鳥の化け物だったらその方がいいだろう? お前が短い脚で必死に走ってジャンプする可哀想な姿を見る立場にもなれ」
「可哀想はちょっと酷い感想クマー」
「長身イケメンの俺から見たら、お前は可哀想で哀れなんだよ」
「元長身イケメンですよねクマ? というか、たぶん妄想」
ワイヤーリールは手のひらサイズで、先端にナスカンが付いてる。極細ワイヤーを伸ばすと、スイッチ一つで戻ってくる優れものだった。
「どういう理屈クマ」
「チップ内蔵のモーターが入っている。電力はシャカシャカ振ってたら自動充電される。CPU制御が一番いいけどな。今は戻すだけの単機能にしてある」
試しに短剣をつけて投げる。地面に落ちたものを戻すと、凄い勢いで戻ってきた。
「うわ! 危ないクマ」
間一髪で手に取る。
「それ、人間でも引き上げられるからな。すごいデブは無理だけど」
ごちゃごちゃやっていると、誰かに「静かに」といわれたので、あとは無言でついていく。
翔一はこっそりワイヤーを剣の柄に引っ掛ける。ナスカンは少し大きめで剣の柄にしっかりと嵌った。サイズの調整もできるようになっている。
霧はゆっくりと晴れていく。
鳥の声は消えた様だ。
人々の顔に安堵が宿る。
「どうやら、怪物は去ったようですな」
ロニーが辺りを見回す、まだ遠くは見えないが。
「ふう、思った以上に大変な行程だったわね」
アメリアが伸びをする。
誰かが冗談でもいったのか、少し笑いが起きる。
「おい、翔一、嫌な予感がするぞ」
フロールは弓を構える。理屈は不明だが、フロールは憎悪のようなものを感じていた。
「わかった、気を付けるクマ」
翔一は聖剣を出した。
クマとタマゴが警戒を解かない様子を見て、アントンは弓を構える。
「ロニーさん、完全に敵が見えなくなるまで……」
アントンはいいかけて、言葉が詰まった。
一瞬視界が真っ暗になったのだ。
(ちがう、目の前を巨大な翼が横切ったんだ!)
凄まじい風と、恐ろしい黒い姿。オークの一人を長いくちばしに咥えている。
いつの間にか霧は晴れていた。
クエエエエエエエエエエ! クエエエエエエエエエエ!
二匹の巨大な怪鳥がぐるぐる回るように飛び、オークを咥えた奴は崖に降りると、首を上にしてのみ込む。
崖にとまったので、はっきり姿が見える。鵜に似ているがサイズは馬の三倍はありそうだ。
飲み込まれるオークは悲鳴も上げない。
その時点ですでに圧死していたのだ。
「おい、翔一! あの崖の奴は今ならやれるぞ。あのサイズだ、飛び立つのは遅い。小鳥じゃねーんだ」
フロールと翔一は狼に飛び乗ると、高速で移動する。
怪鳥はバカにしたように見ていたが、やがて羽ばたき始める。
バババ!
と電撃の音が響く。ダナが上空を舞う怪鳥に攻撃をしている。他の人々も弓矢を撃つが、あまり効いていないようだ。
(あと十メートル!)
狼は非常な高速で走ったが、怪鳥は一瞬早く飛び立つ。
翔一は渾身の力で聖剣を投げつけた。
ヒュン!
ワイヤーは非常に軽い感覚で聖剣の後を飛んでいく。
聖剣は見事怪鳥の胸に刺さった。
「クエエエエエエエエエエ!」
ズズズっと、剣は怪鳥の体を突き破って深く刺さる。
羽ばたきを止め、動きが鈍くなる。
剣が心臓を貫いたのだろう、崖の端に落ちると動かなくなった。
「よくやった、あと二匹だ!」
フロールが弓を掲げる。
ワイヤーを戻すと、剣は怪鳥の体からスルッと抜けて翔一の手に戻る。
怪鳥は重い音を立てながら、ゆっくりと滑り落ち、崖の下に転がっていった。
反転すると仲間の元に戻る。
人々は必死の抵抗をしているが、怪鳥は異常に頑丈な体を持つ。
矢は硬い羽毛で止まり、魔法もあまり効いていない。
電撃を受けても若干動きが遅くなる程度だ。
一匹の怪鳥が馬鹿にしたかのようにゆっくり地面に降りると、一人の兵士を咥えて上空に持ち上げる。
「た、助けて! ……ご、グオ!」
鳥が軽く咥えただけで、兵士の胸は潰れ口から血を吐く。
「喰らえ!」
アメリアが、黒い剣を上段から降り下ろして怪鳥の腹を斬る。
ズバっと斬り下ろした一撃は、思った以上にダメージを与えた。
怪鳥は一声あげて、犠牲者を落としてしまう。
彼は悲惨なことに、岩に叩きつけられてピクリとも動かなくなった。
怪鳥は腹から血を流しながら、ひょいっと後ろに跳ぶ、代わりに上空を舞っていた怪鳥がアメリアめがけて突っ込んでくる。
アメリアは恐ろしい鉤爪を、間一髪転がって避けたが、岩の裂け目に落ちた。
ビアンカが走って助けに行く。
「蜘蛛の巣!」
ダナの魔法が飛び込んできた怪鳥に発射される。
ねばねばの蜘蛛の巣状のものがまとわりついて、そいつは飛べなくなるが、怒り狂ってくちばしをオークや兵士たちに叩きつけた。
「うわー!」
弾き飛ばされ、体を潰される兵士たち。
翔一は聖剣に長柄をつけると、飛べない怪鳥に突撃する。狼に乗ったままランシングの要領だ。
「エイ!」
翔一はもとより、防御を一切考えない突撃を敢行している。怪鳥は殴るか避けるか一瞬迷った。迷うような高い知性がある。
しかし、それが裏目に出た。長剣槍は怪鳥を串刺しにする。
「クエエエエエエエエエエ!」
まるでバターに刺したようにずぶずぶと根元まで突き刺さってしまった。
ドウ! と倒れる怪鳥。
翔一は狼から降りて槍にぶら下がる。
必至に長剣槍を抜こうとするが、今度はしっかりホールドされて、なかなか抜けない。
焦って大型化を忘れていた。
腹を裂かれた怪鳥が内臓を引きずりながら、翔一に迫ってくる。
長いくちばしが振り下ろされ、翔一の背中を強打した。
(うぅ!)
何とか背骨は守ったが、左の脇腹に命中して片側のあばらが全部折れる。重機で殴られたような威力だった。
「が、うぐ! フロールさん!」
フロールは翔一を打った怪鳥に矢を撃ち込み、両目に矢を立てる。
怪鳥は人々の耳をつんざく最大レベルの叫びをあげる。口を大きく開けて「クエエエエエエエエエエ! クエエエエエエエエエエ!」と叫び続けるのだ。
「クマちゃんに何をするの!」
ダナが激怒して、何か魔術を発射した。
赤い火が怪鳥の口に飛び込み、そして、大爆発を起こす。
怪鳥の頭は四散し、首だけになって、地に斃れる。
「な、なんという、戦だ」
ロニーがつぶやく。
戦士たちは、かなり長い時間無言で立ち。呆然としていた。
翔一は自分と仲間に治癒精霊を付けて怪我を治す。
結局、人間とオークに二人づつの死亡者が出た。
「ありがとうございます、熊神様」「この熊様は偉大な守護の大精霊なのだ」「ああ、ありがたや、ありがたや」
オークたちは翔一を熊の神として崇めたてる始末だった。
人間たちも大いに感謝しているが、そこまでではない。
やがて、オークの軍勢がやってくる。最も近い女神社村という村から来たのだ。
彼らも大地母神信者のオークである。
怪鳥を倒した熊のことを知ると、彼らも翔一を崇め始める。
「ちょっと待って、僕はそんなえらいクマではないと思うクマ」
「この悪魔の怪鳥を倒せるのは大地の女神に選ばれし者であると予言があったのです。選ばれし者は半神。我々は偉大な神の眷属を崇めるだけなのです」
オークリーダーは翔一に土下座しながらそう発言する。
「僕たちは大祈祷師様に会いに来ただけクマ。そんな存在ではないクマ」
「怪鳥は誰もかなわず、オーク諸族は恐怖の中で地獄のような日々を送っていました。時折、旅人や孤立した人を襲って食い散らかしていたのです。それが怪鳥の恐怖。白い手の魔女の呪詛。それを解放したあなたは半神です」
女神社村の村長、老オークの言葉である。
それから、その日は村まで案内されると、翔一は生きている神のような丁重な扱を受けることになった。
一行の仲間たちも『選ばれし者』の従者であるとして、手厚い歓迎を受けることになる。
その日の夜は宴会、翌日も、旅の疲れを落とすために丸一日休むことになる。
丸一日休んだ後、村を発つ。
翔一たちはエルザの部下とはここで一旦別れる。
彼らは外交交渉が目的であり、大祈祷師と会うだけではないのだ。オーク「王国」の下位の重臣たちと下交渉を行ってから大祈祷師に面会する。滞在期間もかなり長い予定である。
「僕たちは一足先に、大祈祷師様と面会するクマ。じゃあ、お元気で」
「熊君。ダナちゃん、フロールさん。皆さんのことは永久に忘れません。君たちがいなかったら、僕たちは死んでいたと思う。ありがとうまた会おう」
アントンがさわやかな笑顔で手を振る。
「皆さんの武勲は私も敬服しましたぞ。エルザ様を守ってくだされ」
ロニー。口はへの字ではない。珍しく笑顔だ。
「クマちゃん行ってしまうのね。もっとしっかりモフモフしておけばよかったわ」「また、村に遊びに行くぜ」
アメリアとビアンカも手を振った。
翔一達は手を振ると、狼に乗って御所に向かう。
村から大祈祷師の住まいまでは綺麗な石畳と石の階段で道が作られ、全く危険もなく。高山の絶景の中を登っていくことになる。
所々にオークの中でも相当な精兵と思しき男たちが警備に立っていた。
非常に高価で強い装備に身を包んでいる。
その彼らから、狼を降りるように指示され、狼たちは専用の厩のような場所に預けられることになった。
御所は高山の高みにある古代の寺院である。何時作られたかもわからないほど古く、寺院の周りは夏なのに白い雪が積もっている。
フロールはびっこを引いている。
「フロールさん、足をどうしたクマ?」
「岩場を走り回ってるときに岩にぶつかった。思わぬ方向から関節部品が少し壊れたようだ」
「背負うクマ?」
翔一は徒歩を進めた自分を軽率だと少し反省した。
「気にするな、応急修理で何とかなる」
ダナは何か発言しようとするが、彼女の魔力でもどうしようもないと考えたのだろう。何もいわなかった。
三人は控えの間に通され。暫く待たされる。
「聖母様がお会いになられる」
かなり上級の警備兵がそう告げる。聖母は大祈祷師のことだ。
公式の謁見ではないので、私室で会うという。
狭い通路を案内されて、かなり広いが、魔術のための道具や材料が雑然と積み上げられた部屋に通された。
その部屋には数人のオーク女性が何かの作業をしている。
「客人だな、ワシがゴル・サナス。こちらに来なさい」
大祈祷師ゴル・サナスは相当年老いた女オークだった。
小柄な三人で並ぶ。小さなダナが最も背が高い。
「初めまして、ハイエルフのダナです」
どこで覚えたのか、幼いダナが優雅にあいさつをする。
オークたちは一瞬、顔を見合わせるが何もいわない。ゴル・サナスは表情一つ変えなかった。
「僕は翔一クマ。こちらのロボさんはフロール・高倉さんですクマ」
翔一とフロールもぎこちなく挨拶する。普段、礼儀など全く考えない二人なのだ。
「ホホホ、翔一とやら、お主も『もう一人の自分』を開眼しておるのだな」
しわしわの顔を笑顔にするゴル・サナス。
「はい」
「そして、その少女。……確かに、凄まじいまでの秘めた魔力を感じるぞ。まるであのお方と同じ……そして、肩に宿る呪詛もすさまじいな」
老女の目が光る。何かの術を使っているのだろう。
ダナは無言でオークの老女を見つめる。
「そちらのゴーレム殿、フロールとやらのオーラも強力な波動を感じる。お三方は、小柄で一見は可愛らしいようだが、中身はなかなかじゃ」
「俺は単なる人間でしかない。そんなことより、ダナの病気だ。治るのか?」
「さすがに人間とはいえないと思うクマ」
「詳しく調べてみよう。この台の上に横になるのだ」
ゴル・サナスは小さなベッドのようなものを指す。
ダナは翔一を振り返って不安そうに見る。翔一がうなずくと、意を決してダナはそこに横になった。
香を焚き、数珠を鳴らし、皮の太鼓をたたく。
どうやら、精霊を呼んでいるようだ。翔一は単に願うかダーク翔一に連れてきてもらう方法しか知らないので、興味津々で見る。
やがて、びっくりするほど大きな精霊がやってきて、ダナの肩を掴む邪悪な呪詛にまとわりつく。
「……ふうむ……ふうむ。この呪詛は混沌の大精霊。エルフには効かないが、怒り狂って変質し、何が何でもという憎悪の念だけでしがみついておる。これを外すのは……」
険しい顔になる老女。
「……」
翔一は固唾をのむ。
「不可能じゃ、不可能に近い。しかし、方法がないわけではない……」
考え込む老女。
「教えてほしいクマ。何でもするクマ!」
「何でもすると申すか、翔一とやら」
ギロッとにらむゴル・サナス。
うなずく翔一。
「では、一対一で話そう、こちらに来るのだ」
老女は控室に案内してくれる。高弟と思われる女オークが彼女を支える。
部屋は広間の奥にあり、お茶でも飲むような場所だろうか。
「翔一とやら、お主は人獣じゃな」
「そうですクマ。たぶん、熊人間。エパットという邪悪な怪物に噛まれてなりましたクマ」
「エパット! 知っておるぞ。邪悪な混沌の怪物だ。あれに噛まれて正気を保つとは……フム、何か天使の力を感じるぞ。お主、変容する前、あるいは、その途中で何らかの聖なる力を受けて、混沌を消し去ったな」
「はっきりはわかりませんが、……この世界に来た時、泥の中で不思議な光を浴びたのは微かに覚えているクマ。人間の体を見ると、胸に何かのやけどの跡が……」
翔一がそういうと、ゴル・サナスはその姿を見たがる。
翔一は非常に久しぶりに人間の姿になった。若干手間取ったようだ。
「ふぅ、久しぶりなので……」
服はボロボロ、腰に辛うじてズボンの残骸が付いている。
「胸に何かの痕がある。これは聖痕! 天使の残した印だ。お主が混沌を受けなかった理由がそこにある。お主は人獣だが、原初の汚染されていない人獣と同じだ」
「汚染されていない……その汚染は人獣になってからでも取れますか?」
首を振る老女。
「無理だ、焼いた卵が元に戻らないように、失った手足が生えてこないように、無理だ」
「じゃあ、僕がふうつの人間に戻ることも……」
「可哀想だが、もう戻ることはない」
「……そうですか。わかりました。それはあきらめます。でも、ダナちゃんだけはどうしても助けたい。方法を教えてください」
「なぜ、そこまでその子を救いたいのだ?」
「両腕を失っても僕たちをかばった人がいるんです。彼は亡くなりましたが、彼の心は受け継ぎたい」
翔一はボビーが人間だった時の最期を思い出す。
ほんの一瞬の関わりだったが、翔一は生涯忘れられない姿だと思った。
「うむいいだろう。しかし、この子の呪詛は普通の祈祷で取り除くのは無理だ。他の方法を探すしかない。一つは呪詛の大元を殺す壊す。しかし、これは、神を人の身で殺せというようなことだ。神は死なない。だから神なのだ。だからこれも無理だ」
「他にはないのですか」
「呪詛とは因果に結びつく。呪詛の対象は娘だが、呪詛自体は呪詛の主の一部だ。対象をそらすのが最も早いだろう」
「そらす? どうすれば」
「あの娘を異世界に送れば……単にこの世界の神界や精霊界ではだめだ。この世界との因果が強すぎる、神が座っている場所に近い。完全な異世界、あるいは、因果のかかわりのないこの世界の別の場所に送れば、……あるいは」
「僕たち三人は完全な異世界から召喚されて、怪物にされたのです。因果なんていうなら、元々低いと思いますよ」
「それならば、並行世界のような場所に行けば因果は途切れる可能性が高いぞ」
「引っ掴んでいるなら、呪詛も一緒に行ってしまう可能性は?」
「どこまで手を伸ばせるのかという話だ。お主も元の世界の神々の加護を失っておる。異世界転生とはそういうことなのだ」
「僕は精霊界しか知らないのです。彼女をどこか遠くに送るには……」
「ワシもそうだ。精霊界にしか送れぬ。精霊界は様々な異世界に繋がっておるが」
「じゃ、じゃあ、精霊界からダナちゃんを送れば……」
「上手くいかぬだろう。あの娘の魂はアストラル界と密接につながっておる。それは外せない、となると、精霊界経由では無理なのだ」
「じゃあ、アストラル界から……」
「あの強力な魔力を動かせる人間は限られておる。お主がせねばならんのはそれを探すことだ」
「ガルディアの王妃のダナさんに頼めば……同族だし、名前も一緒だから……」
「それは無理だ。悲劇が起きる」
「悲劇ですか? しかし、それはなぜ」
「いえぬ。あの娘は王妃と絶対会ってはならぬ」
厳しい顔で断言するゴル・サナス。
翔一は食い下がる気持ちを失った。余程の理由があるのだろう。
「理由はわかりませんが、そうしましょう。他の人を探します。しかし、……心当たりはありませんか?」
「ワシ以外の『七人の魔女』なら……筆頭の『白き手』ガラエルは実力も申し分ないが……今は邪悪の筆頭株だからな。ビビアンという小娘でできるかどうか、あの娘は混沌魔術ばかりだ。何も知らぬかもしれない。他はシンシアの魔術女王ルシエル。彼女ならできるだろう。しかし、偉大なシンシアの指導者。一個人の事情を聴いてくれるかどうか……」
翔一は『白き手の貴婦人』の名前がガラエルだと初めて知った。
「他の人はどうです」
「名を上げなかった魔女たちは無理と考えよ」
「はい」
「そうだ、ハイエルフの古代の秘儀なら……可能かもしれぬ」
「ハイエルフの古代の秘儀ですか……聞いたんですけど、イスカニアという国の主都にハイエルフが住んでいると」
「イスカニアに住んでいるハイエルフは……百年前に当時の魔王による攻撃で廃墟になった『奇跡の里』というものがあるのだが、そこを離れた連中が作っていると聞く。ただし、ハイエルフの技術を切り売りし、贅沢三昧の歪んだ種族になり果てているとも聞くぞ」
「本人たちがダメでも、秘儀だから記録などはあるんですよね」
「そうなるが、それを提供してもらえる保証はないぞ」
「ダナちゃんはハイエルフ。同族の誼で……」
「わからない、行ってみないとわからない」
「ありがとうございます、大祈祷師様。イスカニアとシンシアに行ってみます」
「まて、少し占おう」
ゴル・サナスはそういうと、綺麗に装飾された小袋を取り出す。
中に何かがぎっしりと詰まっているようだ。
中身をカーペットにぶちまけると、宝石と何かの骨が散らばる。
老女はぶつぶついいながら調べる。
「あの娘はハイエルフ。イスカニアのハイエルフたちとの因果は強い。そこが最も有望。他は無縁と感じる」
うなずく翔一。
翔一は子熊形態に戻る。
二人は広間に戻った。
「遅かったな翔一」
フロールとダナはクッションに座ってくつろいでいた。
「フロール殿、少し話がある」
フロールもゴル・サナスに呼ばれるが、二人は背を向けると小声で立ち話をする。
翔一は思わず聞き耳を立ててしまった。
「お主たちの旅路は苦衷に満ちておる。それでも続けるか?」
「意外と冒険を楽しんでいるんだぜ」
「しかし、お主は……」
途中から聞こえなくなった。小声というレベルではないらしい。
「……いいさ。……いいよ、それで」
「お主がそれで納得するなら、ワシは何もいわない」
翔一たちは去ることになる。
ゴル・サナスはダナにできる治療はないと宣った。
「結局、ほとんど成果はなかったな」
少しびっこを引きながら歩くフロール。
「そうでもないクマ。次に行く場所が決まったクマ」
「……かなり長いこと婆さんと喋っていたな。何がわかったんだ。どこに行くんだ」
「順を追って、わかったことを話すクマ」
「いいぜ」
「まず、……僕はもう人間には戻れないクマ」
「……そうか」
「それと、ダナちゃんを治すには神様が本気出すか、異世界転生させるか、二つクマ」
「神様とは厄介だな。んなもん居ないからな。異世界転生は辛うじてあるか。俺たちは別の世界から来たから」
「異世界転生すると、邪悪の意志が届かない。でも、彼女はアストラル界の使い手だから精霊界からは動かせない。アストラル界関係の大物に力を借りるしかないけど。あてはほとんどないクマ」
「実力者……ダナ王妃はどうだ」
「ダメっていわれたクマ。会うのは危険だって」
「だろうな、ガルディアから人と物を盗んできたからな、人に関しては救出だけどな」
たぶん、違う。と思ったが、翔一は突っ込まなかった。
「『白い手』のガラエルさんはホブゴブの首領だから絶対無理クマ。シンシアの女王陛下は実力あるけど会ってくれない可能性高いクマ」
「そりゃそうだ。えらい人なんてものは庶民が苦しんでも無視だろう」
「最後の希望は、イスカニアのハイエルフ達クマ。彼らなら、ハイエルフ古代の秘儀を知ってるかもしれないクマ」
「聞くだけでも薄い線だが、それがいいだろう。魔術書とかなら盗んで終わりってやり方もある」
「元警官のセリフとは思えないクマ。事情話して譲ってもらうクマよ」
「事情聴いてくれる連中か、よく調べて考えてから行った方がいいぜ。俺たちのことを虫けらとしか思わない可能性がある。奴らが助けないと決めたら、俺たちは犯罪予備軍になる」
「そうは思いたくないけど……気を付けるクマ」
「どうするにしても、一度村に帰ろう。俺の足も村に帰れば多少は修理できる」
「困った問題クマですね」
「仕方がない。この世界にはゴムもプラスチックもないんだ。どうあがこうが、やがて動きが悪くなる」
「いっそのこと、動物の骨でも使ったらどうクマ?」
「面白い発想だな。試してみても悪くない。イスカニアは遠い。ルートも考えないと、俺たちの世界みたいに飛行機とか乗り物があるわけじゃないし」
「狼に乗っていけば早いクマ」
「それは俺も思う。荒野はそれでいいだろう。しかし、キルボールという国に行けばそこからは文明地。俺たちは人間の姿をしていない。他の方法も考えないとダメだ」
翔一、フロール、ダナの三人は狼に乗ると、一旦、子熊村に戻る。
帰り道はトラブルもなくすんなり帰還できた。
2020/6/6~2022/8/18 微修正




