表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/70

2 死人荒野

 翔一は暗くて狭い空間に閉じ込められている。

 周りから笑い声。

 どかどか蹴る音。

 箒の柄が目の前にある。

 どうやら、翔一は掃除道具のロッカーに閉じ込められていた。

 翔一はしくしく泣いている。

(なんで皆こんなひどいことをするんだ、僕は何もしていないのに)

 嫌な笑い声が響く。

「おもしれー、こいつ泣いてやがるぜ!」

 歪んで腐ったような少年の声がする。

 恐怖で体がこわばった。

(僕は何もしていないのに!)


 ふと、空気が変わる。

 気が付くと、いつぞやの海岸にいた。

 空はどんよりと曇っている。波は穏やかだ。

「目覚めたのね」

 美しい背の高い女性が立っていた。

 前見た時は気が動転していたが、よく見ると彼女の耳は尖っている。

「あなたは……前……」

 彼女は体が透けるような薄物しかまとっていない。

 翔一は赤くなって思わず目をそらす。

「前回と同じよ、あなたには二つの道が示されている。一つは破壊の道。もう一つは異世界の道。どちらも善でも悪でもないわ。ただ、そういう力というだけなの」

「赤い方を選んでも悪人になるわけじゃないの?」

「ええ、そうよ。結局、そうなの。あなたの心次第よ。あなたを苦しめた過去の記憶の悪人たちも凄い力があったわけじゃない。普通の人間でしかないの。普通の人間の力を使って邪悪なことをしただけ。力はあなたの心次第でどうとでもなるわ」

「僕は……異世界に来て戦いばかりしているよ。精霊の力は役に立つけど、力も必要だと思う」

「ええ、間違ってはいないわ」

 翔一はそれでも迷った。自分を苦しめたような奴らと同じになる恐怖とでもいえばいいか。

「もう一度異世界の道に入ると何か変わるの?」

「ええ、更に異世界……精霊界との結合が強まって行くわ、強力な精霊や精霊界の住民の力が得られるの」

「……まだ赤い道は怖いよ」

 そういうと、翔一は白い道に入った。

「レベル二です」

 どこかで声が聞こえる。


 目が覚めると、硬いベットの上に寝かされていた。

 ざらざらの麻布が掛けてある。

 粗末な家だ、土の壁、破れそうな木の板の天井。天井はそのまま屋根になっているのだろう。日光が隙間から入っている。

 ふと、横を見ると、二つの小さな人影。

 ボロボロの服を着たはだしの子供が二人、くりくりした目で翔一を見ていた。

「ここはどこクマ?」

 話しかけると、子供たちは慌ててどこかに行ってしまう。

「かーちゃん! 熊さん起きたよ!」

 子供が声を出す。

 暫くして、何人かの人間がやってくる。

 老け顔の男とフロールだった。

「お体は大丈夫ですか、熊殿」

 男はたぶん三十代くらいだが、痩せて深いしわが走り、白髪も見える。

「ええ、もうよくなりましたクマ」

 翔一は左腕を動かす。

 微かにしびれがあるが、傷口はふさがっている。

「お前にしては怪我の治りが遅いからちょっと焦ったんだぜ……おっと、そうだ、こちらはリーダーのジョシュさんだ」

 フロールが紹介すると男は軽く会釈する。

「僕は……」

「ああ、いいよ、もうお前のことは皆に教えたから」

「ここは一体……」

「さっきの村だよ、俺たちが戦ったのを見て受け入れてくれたんだ」

 フロールが彼らと交渉してわかったことは、彼らはこの村の住民ではなく、故郷を捨てて難民化していた人たちだった。

 この村落は廃墟であり、彼らは南方に逃げる中継地点として使っていただけだが、ホブゴブリンの小隊に補足されて、戦になっていたという。

「じゃあ、南に逃げたら助かるクマ?」

「残念ながら……南から逃げてきた人がおります、彼がいうにはレイド王国とガルディア王国が戦争を始めて……」

「二つも国があるクマ? 助けてもらえないクマ?」

「今はどの国も難民は受け入れていないんですよ」

 ジョシュは首を振る。

「位置関係はこうだ」

 フロールが木の棒で地面に簡単な地図を描く。

 翔一たちがいる地域はゲール地方というらしい。全域がホブゴブリンの領域になっている。

 北はホブゴブリンの領域。

 西は海岸域でレイド王国という、レイド王国の首都は南西にある。

 南は大河を挟んでガルディア王国。

 南東に黒騎士領という地域がある。

 そして、ホブゴブリンの首都が東の山脈の中にあった。

「ホブゴブリンは魔物クマ? だったら、こんなに押されてるのにお互い人間同士で戦っている場合じゃないクマ」

「それはそうですが……」

 ジョシュは暗い顔をする。

「どうやら、今のレイド王はホブゴブリンに忠誠誓ってるらしいぜ」

「はぁ、どうしようもないクマ……」

「フロールさん、何処に逃げるにしても、我々はここにはいられないのです。どうか率いて頂けませんか」

 ジョシュが懇願する。

「そういわれてもね……」

 ジョシュの説明ではこの廃墟は南に向かうホブゴブリンの通り道に近い。

 このままでは襲われ続けるのだ。

「あなた方は強い。人間ではないかもしれないが、邪悪じゃない。私たちはあなたたちの力に縋りたいのです」

「おまえ次第だよ、翔一、どうする?」

 話を振られて動転する翔一。

「え? ぼ、僕はまだ子供だから……」

「そんなこといってる場合じゃないのはわかるだろ。相手はガキだろうが女だろうが、バイオクリーチャーの餌食にするような奴らだ。お前が気合入れて助けないと今後も簡単に全滅する」

 断言するフロール。

 外で聞いていた子供などは泣き出す。

「ちょっと、フロールさん。もっと優しい表現で……」

「どうせお前が見捨てたら、泣くよりもっとひどいことになるんだ。今更どうだというのだ」

「わかったクマ。とにかく、この人たちが安住できるところまでは助けるクマ」

 聞いていた難民たちの喜ぶ声が聞こえる。

「じゃあ早速、この廃墟の高台に上って地形を確認しよう。彼らをどこに連れて行くべきか情報が少なすぎる」


 フロールが案内する場所に古代の小さな塔があった。

 非常に古いようだが、しっかり作られていて崩れる雰囲気はない。

「ダナはどうしましたクマ?」

「あれから寝るばっかりだな。俺は医者じゃないからよくわからない」

「ライブラリーに似た症状はないですかクマ?」

「疲れているので食事と睡眠をとりましょうぐらいだよ。もっとはっきりした症状じゃないと検索もやり難いんだ」

 塔の上に上ると、かなり遠い場所までぐるりと全周見渡すことができる。

「これはいい景色だ。軍事拠点としても悪くない。やはり、さっさと出ないと次がすぐに来るな」

 望遠レンズをせわしなくズームさせながら、フロールはつぶやく。

 翔一は黙っていたが、塔の最上階にはかなりしっかりした鎧を着こんだ背の高い兵士のような人物が立っていた。ホブゴブリンの鎧とは違い、かなり美々しい鎧である。

(幽霊!)

 幽霊兵士は非常に厳しい目で北東を睨んでいる。先ほど聞いた話では、ホブゴブリンの本拠地がある場所だ。

「人が避難できる場所はないクマ?」

 翔一はそうつぶやく。

 幽霊に対して聞いたのだが、

「どこも厳しいぞ。やっぱり文明地に紛れ込むのがいいんじゃないか。難民を殺したりするものなのかね?」

 フロールが答えてくれた。

 幽霊はしばらく翔一をまじまじと見ていたが、真東に視線を移した。

 幽霊は何かつぶやいてじっと見ている。

(ナウラロジーアァハァウル)

 翔一にはそう聞こえた。

 試しにつぶやいてそちらを見る。

「ナウラロ? 何いっての?」

 フロールに翔一のつぶやきが聞こえた様だが、翔一は目を凝らす。

 すると、世界に光と闇が満ち溢れ、様々な存在がいることに気が付く。

 無人の荒野には、嘆き悲しむ人々の無数の魂が闇を噴き出しながら歩いている。道の傍らに咲く花には 小さな精霊が。生きている人々にはオーラが。

 あまりに違う光景に、翔一の脳はパンクしそうだった。

「やっぱり、南はちょっとダメだな。軍隊が歩いている」

 フロールのつぶやき。

 ふと、彼を見ると、オーラがあったが幽霊より黒くて濃かった。

(やっぱりこの人は凄い駄目な人クマ)

 フロールのオーラに手をかざす。黒というよりチャバネ色に近いようだ。

(オーラの色はゴキブリの黒さに近いクマ、ププ)

 思わず笑ってしまう。

 そして、もっとびっくりしたのは、一番大きな建物の上にフロールと同じように黒く、彼より何倍も巨大な暗黒のオーラがあったのだ。

 そこには背の高い高貴な印象のある人物が立っていた。衣装も見たことがないが、ゆったりして上等な衣装だ。

 ふと彼と目が合う。

(ヤバい!)

 翔一は目をそらそうとしたが、首を強力な力でつかまれたように動かせなかった、瞼も閉じられない。

 何か記憶のようなものが流れてくる。

 一人の男が村を建設し、統治し、戦争に明け暮れ、最後には誰かに裏切られて非業の死を遂げる。家族は皆、目の前で死ぬ。

(いつの時代の話なんだろう……)

 出てくる人たちは一様に背が高く細い。

 難民たちとは民族が明らかに違う。

(彼は悲惨な最期を遂げて、未だに怒り狂っている)

 そう思ったが、逃れられなかった。まるで万力のような力だった。

 様々なビジョン。最後に男とその郎党が、山奥に何かを隠しているいるシーンだった。彼らは強大な魔力で岩を動かし、奇岩の社のように変えてしまう。

(……禍……カラ、潜セヨ)

 微かにそんな声が男から聞こえる。

 東の山脈のふもとが光っていた。

「おーい、なにやってんの! 俺だけ必死に見てるのに、ぼんやりしすぎだろ!」

 フロールが翔一の毛皮の背中をモフっと叩く。

 一気に呪縛が解け、視界も通常に戻った。

「ふぅ! 凄いものを見ましたよ。ここには強力な幽霊がいっぱいいるんです」

「幽霊? そんなものは気合が入ってないから見えるんだ!」

「僕にはみんなのオーラも見えるクマ。精霊もそこかしこにいる」

「……どうやら、そういう道に入ったか。次は百均で買った壺を幸運の壺とかいって三十万で売るつもりだろ」

「そ、そんなことないクマ。そうだ、それより、重要な拠点を発見しましたクマ、ここから東に真っ直ぐ行って、山脈のふもとに避難できる場所が」

「うーん、全く何もわからんが、地形的には少数が潜り込むには適してるかもな。平原だと隠れようもないからな」

「川もあるし、生きていけるクマ」

「……どこに行っても死ぬ可能性が高い、立ち止まっても高い。オカルトに賭けるしかないのか?」

 ぶつぶつ文句をいいながら葛藤するフロール。

「お、オカルトも悪くないクマ。寺とか神社も極論したらオカルトクマ」

「お前、寺のどろどろとか知らんだろ。一筋縄ではいかない世界なんだぞ」

「と、とにかく今はここを出るしかないクマ」

「そうだな、仕方がないな」

 ため息とともに、塔を降りるフロール。

 翔一がふと幽霊を見ると、消えかかっていた。


 難民たちは荷物がほとんどなかった。

 食料もわずかしかない。

「元気なら四日、こいつらの足だと六日くらいは見た方がいいかな」

「食料心配クマ」

「到着しても、食料満載したトラックが待ってるとかじゃないんだろ。何とか補給考えないと」

「平原は絶望的だけど、小川を辿っていけば、鳥とか魚とかいるクマ」

 一応、村落の横を流れる川を上流に行けば目的地付近になる。

「どうやってとるんだよ。道具も何もないぞ」

「フロールさんのショットガンとスタンガンでどうにか……」

「ショットガンはもう弾がない。あれは必殺技で多用することは考えてないのだ」

「火薬で発射するクマ?」

「いや、そういうものじゃない、圧搾空気で押し出すんだ。だから、蓋になる物質と石ころでもなんとかなる。が、蓋を押し出すパワーで球が発射される」

「蓋……その辺の木の板ではだめクマ?」

「オイオイ、俺みたいな精密マシーンがその辺の木の板で……まあ、蓋ぐらいなら何とかなるか」

 フロールは器用にその辺の小枝を腹から出したレーザートーチで切断し、綺麗な丸い蓋を作る。かぽっとはめると、筒に入るようだった。蓋を詰めた後、小石を詰める。

「これならいけるか」

 試しに発射される小石。

 ボンッ!

 土の壁が吹き飛び、大穴が開く。

「凄い威力クマ。これ犯罪捜査にはやりすぎクマですよね」

「時々扉明けに使ってたわ。そういえば」

「時々? いつもではないクマ?」


 人々は全員で二十名。男五、女七、子供八人。元は男が多かったようだが、村の攻防で戦死したらしい。

 老人はいない。老人は環境の厳しさに耐えられず、皆死んだのだ。

 荷物を持たせ、上流を目指す。

 一日歩いた時点でキャンプを張り、そこで生き物を採取して食料確保することになった。

「漁労の方法か、ライブラリー見たら……サバイバル漁労。魚釣り。魚籠かな。毒流しなんてのもある」

 検索するフロール。

「すぐに食糧は切れるクマ。釣りとかちょっと悠長すぎるクマよ」

「川を見る感じ、意外と魚はいるな。誰も獲らないからか」

 翔一はふと霊視の呪文を使って見る。

 川は光り輝いているが、平原は黒い瘴気に満ちている。どうやら、平原だけに何らかの呪詛のようなものがあるらしい。

「毒だけど、これもすぐには集められないな。ここの植生は見たことがないしライブラリーにもない。必死に作ったバーチャル世界すぎだろ」

「多分、異世界に来てるクマだよ。そうだ、電撃バリバリってやったら、魚気絶しないクマ?」

「電撃で漁ってのはあまりヒットしないな、上手くいかないんだろう。爆破でというのはある。違法だけどな」

「じゃあ、フロールさんを水中に放り込んで圧搾空気で爆破させれば……」

「それ、いい考えだな。じゃあ、俺を水中に入れるんだ」

「クマぁ!」

 いきなり水中に放り投げる翔一。

 川に沈んだフロールはやがて。

 ドゴォ! 

 という爆発音を響かせる。

 同時に、ぷかぷかと大きな魚たちが水面に浮き始めた。

「おお、凄いクマ。みんな、魚を取るんだ!」

 難民たちは爆音にびっくりしていたが、魚があるとわかると大喜びで取る。

「上手くいったクマ!」

 水中から出てくるフロールを見て翔一が叫ぶ。

「うむ、しかし、音がでかすぎるな。敵に聞かれたかもしれない。魚を取ったらすぐに撤収だ」

 難民たちは魚を絞めて紐でくくって背中に背負う。

「内臓もとるんだ、腐りやすいからな」

 難民たちは素直に従う。

 道中、川沿いに進めば鳥や動物が豊富で、電撃によって次々と食料が確保されていく。

「やはり、川は命の線クマ」

 鴨のような鳥が群れでいる場所に小石のショットガンを発射して大量の鳥を手に入れる。

「これで食料は大丈夫だと思うけど……」

 なぜかフロールの歯切れが悪い。

「いいことづくめクマ、何か気になるクマ?」

「静かすぎる。俺の勘が危機を感じているんだよ」

「特に何も感じないクマ。ここは無人地帯だと思うクマよ」

「あの高台まで行こう。せめて」

 フロールが指した先には岩がごつごつした山みたいな場所があった。もう夕方である。人々の体力は限界だった。

「皆、疲れ切ってるクマ」

「わかってる、でも、あそこまで行こう」

「ジョシュさんにいうよ」

 ジョシュは高台まで行くことを露骨に嫌がった。

「でも、もう我々は疲れ切っています。食料だって早く処理したいし、あそこまで行くと、暗くなって薪を集めるのも一苦労ですよ」

 男たちは既に食料を背中に満載している。

 尚、ホブゴブリンの武装を剥ぎ取って、彼らは着用していた。生存率が上がるのだから仕方がない。

「文句いってる間にどんどん日が暮れる。行くぞ!」

 フロールは強引だった。

 しかし、食料を齎したのは彼だ。難民たちは無言で彼に従うようだった。

 日差しは強く、夕方の疲労の中、皆汗だくになっていた。

 子供たちも女も無言である。

 ダナが無理そうだったので、翔一は彼女を背負った。

 元気がないのかまったく喋らない。

 ヒヒーン!

 翔一の熊耳が反応する。

 どこかで馬のいななきが聞こえた。

「フロールさん、今、馬のいななきが」

「そうか、やっぱりな。おい、皆走れ。敵が来たぞ!」

 敵と聞いて人々は表情が変わる。問答無用で殺されるのだ。疲れてるなんて泣き言は消えて、必死の形相で高台まで走り出す。

 翔一はジョシュにダナを託すと、フロールと相談する。

「敵は騎兵だろう。数はわからないか」

 熊の聴覚を使えば、人間よりも上だった。翔一は耳を澄ます。

「十騎くらいクマ」

「高台に動いて正解だったぜ、河岸で突撃されたら、何もできずに皆殺しだよ」

「どうしたらいいクマ」

「難民共は武装した奴が盾掲げて、円陣組んで岩を背にして守るんだ。岩でごちゃごちゃした場所がいい。突撃出来ないからな」

 そう聞くと翔一はすぐに彼らに告げに行く。四足歩行になれば、かなりの速度で疲労もない。

「さて、俺たちはどうするかだけど……」

 フロールは考える。

(圧搾空気は馬を恐慌に陥れるだろうが、訓練度が高い敵だと期待はし過ぎない方がいい。電撃は速射性がない。棍棒は威力があまりないし、騎兵には通用しないだろう)

「やはり、奴が巨熊化するしかないな」

 急いで帰ってきた翔一は、少し息が乱れている。

「ハァハァ、どうやって戦うクマ」

「お前が巨熊化して蹴散らす。それだけだ」

「ほ、他に選択肢はないクマか?」

「それしかないよ、手駒がなさすぎなんだよ」

 翔一は巨熊化を念じるが、やはり自力ではできない。

(赤い精霊を呼ぶしかないクマ)

 念じると赤い精霊がやってくる。前より大きかった。

「そろそろ来るぞ!」

 フロールの声。

 この辺りはじわじわと山がちな地形になっている。起伏に隠れていたのか、突如黒い鎧を着たホブゴブリンの騎兵部隊が現れる。

 数は十。

 リーダーらしき男は髑髏をかたどったマスクのような兜をかぶっている。

 二人と敵の間は小さな緩い谷になっていて、彼らは谷を下らず、横一列に並ぶと弓を用意する。

「ち、厄介だな。弓矢でチクチクやられたら、俺たちに勝ち目はないぞ」

「どうするクマ」

「巨熊化して、俺を敵に投げつけろ」

 そういうと手足とレンズを引っ込めてタマゴスタイルになる。

 呼び出した精霊を喰らう。

「ガアアアアアアアアアア!」

 かなり大きくなった。しかし、理性は維持したままだ。

 タマゴを拾うとポイッと敵に放り投げる。手が不器用になるでそれが精いっぱいだったのだ。

 フロールは待たなかった、敵の上空に来た時点で銃撃する。

 爆発音と、広がる石礫。

 ヘルメットをかぶって鎧も着ている奴らに効果は薄かったが、馬は恐慌を起こした。ダメージも負っているのだ。

 落馬二名、恐慌三名、内二名は馬が走って逃げてしまった。

 翔一はそこに突撃した。数発の矢を受けたが、左腕でかばってほとんどけがはない。

 立ち上がると、敵騎兵の頭より翔一の方が上なのだ。丸太のような腕を振り下ろすと、兵は体がつぶれて吹っ飛び、馬も背骨を折られる。

 敵は翔一の余りの強さに恐怖したが、リーダーの命令は絶対なのか逃げることはなかった。

 槍を構え、ぐるぐる回って時間稼ぎをする。

 フロールはピクリとも動かない。

 翔一はピンと来た、敵のリーダーを誘っているのだ。

 翔一は敵のリーダーに肉薄すると、攻撃して誘導する。

(こいつをフロールさんのスタンガンの射程に入れたら)

 しかし、見切っているのか、髑髏マスクは、躱して距離を取ってしまう。

 馬が駆ける音。

 翔一ははっとした、難民の方に敵が二名ほど向かった。

 フロールも諦めたのか、敵兵一人にスタンを発射して、落馬させる。

「助けに行かないと!」

「無理だ、ここをどうにかしないと、後ろからやられる」

 フロールは騎兵に踏まれそうになりながら、スタンガンを戻している。

 何度も槍で突かれたが、フロールも翔一もほとんどダメージは無かった。

 フロールは相当硬いのだ。

 スタンガンが戻った、すると、

「引け!」

 何か笛のようなものを吹きながら、髑髏兜は撤退開始する。

 見ていると、後ろに行ったやつが一騎戻ってくる。

「まだ一騎いる。助けに行かないと!」

 翔一は慌てて走る。

 すごいスピードで戻ると、難民たちは無事だった。

 敵騎兵が一人倒されている。

「みんな頑張ったクマ。こいつら強敵だったクマ」

「ありがとう、熊さん。他の奴らは」

 ジョシュが額の汗をぬぐう。

「追い払ったよ、全滅は無理だったクマ」

 そういいながら、いつもの小さな熊に戻る翔一。

「敵の馬を取れたらいいのですが……」

 暗くなっていく大地に、敵の影が遠くに見える。数ははっきりしないが、逃げていた奴などが合流したように見えた。

 一頭だけ、恐慌起こして河岸をふらふらしている馬がいるようだった。翔一は鎮静感情の精霊を呼び出して、その馬にぶつける。

 動きが止まった、草をはみ始める。

「一頭だけ河岸にいるクマ。誰か人間が連れてきたら使えるクマ」

 足の速い男が一人、馬を捕まえに行く。

 彼が問題なく捕獲された馬を引いて戻ってくると、一行は敵の装備などを手早く奪い、キャンプをする。

「逃げたいところだけど、これ以上は無理だ。こちらが極限過ぎる」

 フロールはそういいながら小石を筒に詰める。

「夜だと、煙は見えないクマだけど、炎が見えるクマ。敵がすぐに逆襲に来たらどうするクマ」

「弓と槍が各五個手に入ったから、それで男手に武装して貰えば敵も早々簡単に近寄れない。俺は寝なくても平気だから、寝ずの番をする。暗視スコープも赤外線カメラもあるから全く問題ないぞ」

「すごい、さすがフロールさん。未来ロボクマ」

「ロボじゃない、高級サイボーグ!」

「そうだ、僕も何か精霊を呼ぼう、隠密精霊の大きなのがいいかな」

 翔一は渾身の念で、精霊を呼ぶ。正直かなり疲労したが。相当な大きさだった。

「これをキャンプ全体に張れば、見つからないクマ……」

 そういって大きなあくびをすると翔一は寝てしまう。

「ああ、光学迷彩だな……大人は食料を処理するんだ。少しでも軽くなるからな。交代で寝るんだ」

 人々はフロールの言葉にうなずくと、黙々と作業を行うのだった。


「起きろ、出発だ」

 鳥の肉と魚をさばき、内臓がキャンプの外に山積みになっている。

「まだ暗いクマ」

「狼がいるみたいだ。内臓の匂いに魅かれたんだろ」

「たくさんいるクマ?」

「電撃で一匹追っ払ったけど、たぶん、諦めてないな」

 隠密精霊はいなくなっていた。

 時間制限があるのか?

「熊の匂いで奴らは来ない。でも、飢えていたらくるかもしれない。さっさとここを去るぞ」

 人々は重い腰を上げて荷物を背負う。

 馬に荷物を満載したので、その分はかなり助かったが、早い行軍ではない。

 翔一たちがふと振り向くと、薄い曙光の中で狼の群れが内臓にがっついているのが見えた。

「ここはどういう世界クマ。動物は普通クマね」

「バーチャルリアリティー世界だからな。ITの奴らが自然とかわかってるわけがないだろ」

 偏見をぶちまけるフロールだった。

「ネットで動画でも見たら、すぐにわかるクマ」

「いいや、あいつらはわかってない」

「凄い偏見クマ」

(というか、あなたも自称天才ハッカーでそういう人たちの仲間クマですよね)

 翔一は思ったが口にはしなかった。

「急いで肉を焼いたのは正解だったな。あいつらはこちらに来ない。熊の匂いもいい」

 そう言いながら、モフっと翔一の腹をつかむフロール。

「やめてほしいクマ。僕は太ってないクマ」

「結構、脂肪があるみたいだけど」


 小一時間も歩くと、一人の男がふぅふぅ行って足が止まりがちになる。

「どうしたんだ」

「な、何でもありませんぜ旦那」

 若い男だが、顔は老けている。

 翔一は血の匂いを嗅いだ。

「怪我してるクマよ、お兄さん」

「いいから見せてみろ」

 フロールが彼の上着をめくると、かなり出血していた。腹を刺されたらしい。

「なぜ早くいわない」

「かすり傷ですよ、こんなの」

「甘く見ない方がいいぜ、消毒……ち、そういえばクマの腕治すのに全部使ったわ」

 フロールがからの小さなポットを見せる。

「そうだ、治癒精霊呼び出すクマ」

「焼き鏝で焼くしかないか」

「ひぃ、それは勘弁してください」

 翔一が小さな白い精霊を呼び、それを彼の患部に当てる。すると、血が止まる。

「おい、何やったんだ」

「治癒精霊クマ」

「またオカルトか、理屈はわからんが確かに血は止まったな」

「痛みもありませんぜ。クマの旦那は祈祷師様なんですね」

 男は尊敬の目で翔一を見る。

「えっへん、僕は偉いクマ」

 胸をそらす翔一だった。

 翔一が治癒を行ったと全員が聞くと、数人のけが人がやってくる。腫瘍や切り傷である。翔一は怪我サイズの精霊を呼んで、治療するが、腫瘍にはあまり効かない。

「腫瘍は膿を出さんとな」

 工業用のナイフでスパッと切って、膿を絞り出すフロール。

 彼の足からは驚くほどの膿が出た。

 その後に水で洗い、精霊を当てると劇的に改善したようだ。

「ありがとうございます、ゴーレム旦那とクマ旦那」

 涙を流して喜ぶ男。

 治療を行い、スピードも上がる。

 その日は敵が襲ってくることはなかった。

 一行は警戒しつつ、目的地に向かった。




二話目です。

読んでいただいた皆様には感謝申し上げます。

疫病のため、世間はかなり騒然としておりますが、皆さまもお気を付けください。

僕は鼻うがいを時々やるようにしています。


2020/5/24 サブタイトル変えました。

2020/9/20 かなり文章に問題がありましたので修正しました。内容に変化はありません。

2022/5/10~2023/10/30 微修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ