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17 新たに来るもの

 人虎退治から一カ月後。

 翔一は、昼は剣、夜は祈祷の修業に励む日々を続けていた。

 翔一の作る祚物はかなり強力で、村人たちはこぞって欲しがるようになった。

 噂は広がり、遠方からも祚物の作成依頼者が来る。

 同時に、医術者ハスタの声望を知って、病人を連れてくる人間もいる。

 子熊村は小さな村ながら、客の絶えない活気のある村になりつつあった。

 人口も既に五十人を超え、入植希望者も増え続けている。

「宿屋を作るか、それに、施療院も作った方がいいな。ハスタ師には弟子や助手が必要だ。農地も新しく増やさないといけない」

 フロールは忙しそうにしている。

 そんなある日、ビアンカがやってきた。

 数人の冒険者と一緒に、行商人の護衛という態である。

 水着のような軽装鎧を着ている。彼女は動き重視で裸に近い服装を好む。

 ビアンカは村の砦にまで来ると、砦の前で剣の修業をしている翔一に手をふる。

「よう、クマちゃん、精が出るな」

「ビアンカさん、怪我はもう大丈夫クマですか」

「俺のは全然大丈夫さ。ポーラに比べたらね。あの子は人獣化しなかったね。そちらの方が心配だったんだけど」

 ポーラが人獣化しなかったのは、強くはないが聖なるバリアがあり、守られていたのだ。

 物理的な負傷は止められなかったのだが。

 去っていくポーラの目を思い出す。

 翔一に「何故?」と問うような目をしていた。

「本当にあの虎の怪物は危険だったクマ。倒せてよかった」

「そういえば、あんた、あいつの名前知ってたよな。エイミーだったか」

「僕はあの人がああなる前に少しだけ知り合っていたクマ。以前は美人で心優しい人だったクマ……」

「そうか……じゃあ、あの女は人獣に噛まれたんだな。心当たりはあるか」

「エパットという奴クマ。物凄い化け物です」

「エパット……大昔に、そういう半神がいたと聞いたことあるけど」

「何か知ってるのですか、教えてほしいクマ」

「エパットというのは大昔の人間で、何を思ったのか狼男になりたくて試行錯誤していたらしい。ついには精霊界を旅して、『始祖なる野獣』という奴に出会ったと。嘘か本当か、エパットはその『始祖なる野獣』を殺して力を奪った。……伝説だな」

「ありがとう、あいつのことを少しでも知れて助かったクマ」

「少しでもって、……奴を知ってるのか?」

「二度会ったクマ。奴は悪者」

「クマちゃんとエパットはどういう関係なんだ」

「僕は奴に噛まれたクマ。でも、僕はあいつのいいなりにはならない」

「……まあ、あんたの正体はなんとなくわかっていたけど、あのエイミーみたいな奴とは全然違うし、俺は信じるぜ、クマちゃんのこと。でもあまり、そのことは人にいわない方がいいと思うぜ」

 マスコミもない世界、人々の心に共通の認識というものは存在しない世界である。翔一の存在の曖昧さは、生活にぎりぎりの人々にとって、直接の害がない限り、利のある限り、曖昧のまま放置された。

「ありがとう、そうします……でも、僕はいつかあいつをエパットを倒すクマ」

「へぇ。大きく出たね。いいじゃん。私も連れて行ってくれよ」

「いいですけど、敵は強いクマ。それに、エトワールさんは心配しないクマ?」

「エトワールの奴は最近すっかりふさぎ込んでしまってね。あの虎の毛皮を斬れなかったことを恥じて、必死に修業しているよ」

「ポーラさんはどうしたクマ?」

「あの子は……あまりいいたくないけど……」

「?」

「何を思ったのか知らないけど、あの子はクマちゃんを逆恨みして、クマちゃんを化け物の仲間だ、怪物はあんたと呼応して現れた、あんたのせいでグレゴリーは死んだっていいふらしてね……」

「……」

「もちろん、俺とエトワールは否定したんだ。それは間違いで、クマちゃんが人虎を倒したんだってね。正式にギルドからポーラのデマを否定してもらって……そんなこんなで、ポーラはギルドを追放されてガルディアに帰ったよ。あたしたちのパーティは解散状態さ」

 肩をすくめるビアンカ。

「金を持ってきたか、ビアンカ」

 フロールがやってくる。何か作業していたらしく皮の前掛けをしている。意味があるかどうかは不明だが。

「うわ、来たよ、強欲タマゴ」

「人虎倒したのは翔一。つまり、俺たちが多く貰う権利がある」

「最初そんな話してなかったよな。パーティ単位で山分けだろ」

「悪いが、どう見ても、お前たちは全く歯が立っていなかった。劣化人虎は倒せたから三割は認めてやる」

「タマゴ野郎。あんたも全然人虎倒してなかったよな」

「ち、小賢しく気が付いたか、じゃあ、四割にしてやるわ」

「本当に糞だな。まあいい、報酬は金貨一千枚だから、六百な」

 金貨の袋を六個くれる。

 ビアンカが人虎と相性が悪かったのは事実だ。劣化すら倒せなかったのだ。

 彼女には多少、その負い目もあるようだ。

「フロールさん、そんなにお金貯めてどうするクマ?」

「村の運営には金が要る。最初の自給自足だけで済まなくなっているからな。建設資材もいるし、食料、武器、燃料。そういったものも必要になっていく。いずれは農業などの収益だけで回るようにしたいが、今は現金で賄うしかない」

「ふーん、糞タマゴとかいって悪かったな。あんたも人々の暮らしとか考えているんだ」

 ビアンカがちょっと意外そうな顔をする。

「わかったなら、金を寄付してくれてもいいんだぞ」

「は? 誰がやるか、糞タマゴ」

 やはり、仲の悪い二人だった。

 行商人がやってくる、現状、村人には現金収入がほとんどないので、必要なものを購入したら、全額をフロールが清算するシステムを取っている。

 来年には農業収穫もかなり上がるはずなので、個人の資産は個人で運用するスタイルに変わる予定だが、まだ、それができる状況ではなかった。

「うーん、まあいいか、娯楽品とかファッション関連の出費が多いが……苦しいばかりの生活じゃな」

 そういってフロールは何枚かの金貨を渡す。

「何百枚もあるのに、ケチりすぎクマ」

「あのなぁ、宿屋、施療院、学校、役場、そういったもの建設して役人まで配置すること考えたら、金なんていくらあっても足りないんだぞ」

「素朴に思うけど、僕たちだけでそこまでやる必要があるとは思えないクマ。いずれ、この村の人々が成し遂げて行ったら……」

「それはそうだが、金はいつか必要になる。金は腐らないからな、村の資産として置いておく価値はあるぞ。それに、宿と施療院と学校。この三つは極力早く建てるつもりなのだ。建築業者を手配したいが、青剣城の改築で業者が手一杯なんだよ」

「いっそのこと、村人に協力頼んだらいいクマ」

「村人は生活がかつかつなんだよ」

 人々は入植したばかりで、住宅と農地の建設だけで手いっぱいだった。それはこの村だけではなく、この一帯がそうなのだ。

「とりあえず、家畜も要るなぁ。捕まえた野生のヤギだけではね」

 村には家畜も少ない。未開拓の荒野で収益を上げるには必須の存在だが、それすらもまだ足りないのだ。

「野生のヤギをもっと捕まえてくるクマ」

「剣術はちょっと休んでもらうか……」

 フロールが腕を組んで考えていると、ダナがやってくる。

 首にジャラジャラと翔一の渡したお守りをつけている。聖性精霊、肉体強化精霊、毒消し病消し精霊……等々。翔一の過保護ぶりが見える状況だが、そのおかげか、以前とは見違えるように元気になっていた。

 もちろん、ハスタ医師の治療の効果もあっただろう。

 体力が回復するにつれ、ダナは光り輝くような美少女になりつつある。

 まだ、幼い子供なのに、誰もがふりかえってしまう美しさなのだ。

「クマたん、タマゴたん、オークが来たって村の人がいってるよ」

 村人は以前はダナを怠け者と嫌っていたが、彼女が大地関連の魔術で用水路を作ったり、道を作ったり、様々な小さな魔術で生活を改善していくと、それは尊敬に変わっていった。

 今はダナを悪くいう村人はいなかった。

 尚、谷の入り口に長い壁を作って、防衛施設を一人でダナは作ってしまった。一番尊敬しているのは村の男たちかもしれない。

「オーク? 何匹だ、俺がぶっ殺してやるぜ」

 ビアンカが愛用のブラスナックルを取り出す。

 慌てて村人が数人走ってくる。

「フロールさん、オークが来て、村に入れてくれっていってます」村の重鎮の一人だ。

「どこから来たんだ、東からか?」

「ええ、山脈越えのルートをたどってきたといってますね。交易商だといってますが……」

 もちろん、それはオークなので、すぐに略奪部隊に変わる可能性がある。というか、普通は攻撃に来る存在なのだ。

「襲ってくる気がないのなら、リーダーだけ通せ」

「護衛も入りたいといっておりますが」

「いいぜ、別に。俺はオークごときに負ける漢じゃねぇし」

 武闘派の気配をみなぎらせるタマゴロボットだった。

「カッコいいクマ」

 五人ばかりのオークがやってくる。緑色の皮膚に牙。体にはごちゃごちゃと装身具をつけ、汚い皮鎧を着ている。腰にはシミター。

(オークたちは精霊祚物を持っているクマ。幸運精霊が多いクマね)

 翔一は効果の怪しい精霊だと思って付けたことがないが、オークは多用しているようだった。

 オークたちは翔一とフロールの姿にはちょっと首をかしげただけだが、ダナを見たら、足が止まりそこから微動だにしなくなった。顔が引きつっている。

「ようこそ、子熊村へ。俺は村長のフロール・高倉だ。故合って、邪悪な呪詛でこんな姿になっているが、れっきとしたイケメン男子だ。この熊は翔一。俺のペット。今日はどのような用件かな」

「わ、我々は、通商ルートを求めてここまで来た。と、ところでそこのエルフの少女は……」

「彼女はハイエルフのダナ。故あって預かっている」

「ハイエルフのダナ!!!」

 オークたちは、その言葉を聞いただけで驚愕し、平伏する。

「お願いします、殺さないでください!」「まだ死にたくない!」「助けておかあちゃん」「怖いよー!」

「あんたらねぇ。大オーク王は引退してガルディアの王妃になっただろ。この子は別人だよ」

 ビアンカがフォローしてくれるが、

「確かに子供だが、お姿はそっくり、しかも、名前まで……」

 恐怖に震えるリーダー。

 翔一は『ハイエルフのダナ』が大オーク王でガルディア王妃なのは知っていたが、大オーク王を引退して王妃になったことは知らなかった。

 微妙な情報の違いだが、ネットやマスコミもない世界なので、わからないことはそのままで放置されてしまうのだ。

「別人だから心配するな。ところで用件を聞こうか」

「は、ハイ。我々はレイド沃野方面が復活しつつあると聞きまして、通商を求めに……」

 リーダーは非常に警戒しつつ、回答する。

「あんたたちが交易したいだけだというのなら大歓迎だが、まだこの村は立ち上げたばかりで売り物は少ないぞ。それにあんたたちは魔神の信徒じゃないのか? オークは皆そうだと聞いたぞ」

「大オーク王は魔神信徒を殲滅しました。死にたくないものは皆、大地母神のアーマーラに改宗しております、もちろん、我らも全員大地母神の信徒です」

「ふむ、じゃあ、あんたらは信用できるんだな」

「はいそれはもう……」

 翔一はダナを見る。自分と同じ種族と名前の人間の苛烈な行いの話を聞かされても無言だった。

 小さな子供にはピンとこない話なのかもしれない。

「この子熊村はまだまだ不足した村だ、他に目的があるのか?」

「確か青剣城という城が『トンネル』の開通とともに勢力を回復したと聞きました。あの、強権的なレイド王国の一部ではなく、独立国として。我らの最大の目的は青剣城との交易です。この村は中継点として、我らは注目しているのです」

「俺たちは青剣城領主エルザと昵懇だ。この村と友好関係を結ぶなら、交易のために口利きしてもいいぞ」

「それは願ったりかなったりです。では……」

 そこからは細かな貿易の話になり、ダナは明らかに暇そうにする。

 正直にいえば、翔一も少し退屈な話だと感じた。

「クマたん、遊びに行こ」

「うん」


 翔一とダナは少し山野を出歩くことにした。

 バスケットに食事貰い、精霊界ポケットに入れて持っていく。

 翔一は大きくなるとダナを背中に乗せて、ゆっくり荒野をめぐる。北側の崖を登り、見張り台まで行く。

 崖の上の見張り台には、二人の村人が武器を持って警戒している。

 翔一たちに気が付くと、手を振ってくれた。

 崖を登った北側は緩い登りの斜面になっており、東はそのまま高山。西はゆっくりとなだらかになって、広大な森林になっている。

「あ、鹿がいる」

「ウサギも猪もいるクマ。鳥もいっぱい」

 自然の宝庫だ。フロールの話では、翔一や彼の世界に居た生き物が多い。全く見たこともないものもいる。

 植生も同じく、半分は異世界から来たと思われる。

 この世界の半分は異世界から持ち込まれたもので成り立っているのだ。太古に持ち込まれたとしか思えない。フロールはそう語っていた。

 翔一は、野イチゴをパクっと食べる。甘い。

「私も、ちょっと食べる」

 ダナも赤い実をつまんで食べる。少し渋いが、甘さが口に広がる。

 西を見下ろすと、広大な森林の向こうに、広大な荒野。南側の白腕嶺のふもとにへばりつくように開拓村が増えているのが見える。

 翔一はいつものサイズになる。

 非常に高い崖の上。

 その崖の手頃な岩の上で二人は座り、昼食を精霊ポケットから取り出す。

 お気に入りのハチミツパンと、レミーさんが淹れてくれた紅茶だ。もちろん、本当の紅茶ではなく、この世界特有の植物に紅茶のような風味のハーブが存在しているのだ。村人たちはその野草で頻繁に茶を作っていた。

 ビンに入っていたが、もうぬるくなっている。

 魔法瓶があればなぁと翔一は少し思った。

「景色綺麗ねー」

「ダナちゃんは自分の以前の世界は覚えてないクマ?」

 二人はパンを食べながら話す。ダナも食欲が増している。彼女は前より体がわずかに大きくなった。

「ううん。うーん、なんだか綺麗な場所だったと思うけど……」

「お父さんとお母さんのことは?」

「覚えてないの。クマちゃんは?」

「お母さんと姉ちゃんがいたような気がするけど……断片的な場面だけ覚えているような感じクマ」

「家族を少しでも覚えているのね、うらやましいわ。クマちゃんの故郷はどんな場所だったの」

「綺麗だけど、荒んでいたような。綺麗なピンクの花が咲き誇っていたのは覚えているクマ」

「その花見てみたいわ」

「ダナちゃんの故郷のこともなるべく詳しく教えてほしいクマ」

 ダナは必死に考える。

「……入ってはいけない場所、薄暗い洞窟、何かの実験室……綺麗な村のことも」

「村?」

「凄くカラフルで、自然が綺麗で……でも、建物は壊れていて、誰もいないの。理由はわからないけど、私すごく慌てていたわ」

「不思議な記憶クマねぇ。でも、僕がいつか解明してみせるクマ」

「ううん、いいの」

 首を振るダナ。

「え、でも」

「そんなことより、ずっとここに居たい」

 ダナは翔一の毛皮にぎゅっとしがみつく。


 食事を終え、黙って景色を眺める。

 ふと空を見ると、曇って来たようだ。

 小鳥が鳴いていない、先ほどまで、うるさいくらいだったのに。

 背筋の毛がピリピリする。

 嫌な感じがして、翔一はふりかえったが誰もいない。

「気のせいクマ……」

 改めて景色を見る。

「え?」

 ダナが何かに気が付いた声。

「おい、翔一、気をつけろ」

 宿精の声。

 しかし、警告は遅すぎた。

 翔一は自分の耳目を信じ切っていた。一切不審な気配はなかった。が、

 ドン!

 理解できなかった、宙を舞っているのだ。

 眼下、はるか下に山のすそ野が見える。

 体が回転する、一瞬だが、手を差し伸べるダナと、今この瞬間まで座っていた巨岩が見える。

 翔一は崖から転落した。

 何者かにつきおとされたのだ。

 ダナが何か叫んでいるが聞こえない。

 

 翔一は落下する恐怖のために気を失う。

いつもお読みいただき感謝申し上げます。

評価ブックマークもありがとうございます。


~2022/8/15 微修正

2020/5/20 翔一の正体に関するビアンカの反応を加筆

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