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16 人虎

 翔一とフロールは青剣城に向かう。

 二人は自由に城に泊っていいという許可をエルザから得ていた。

「ジョシュには金を渡して、村に必要なものを色々と購入させて街で待機させよう。俺たちはその間に虎退治だ」

「わかったクマ」

 城に行く。ここでも顔パスである。

「泊まりたいクマー」

「どうぞどうぞ、エルザ様がお待ちです、コンラッドも」

 衛兵も笑顔である。

 彼は血を絞る袋に入っていた。街の主だった者は翔一たちに命を救われている。

「コンラッドだけ呼び捨て?」

 城の食堂に案内されたので、入ると四人の人物が待っていた。

 城主のエルザ。

 一人の美女を抱えたコンラッド、どう見ても酔っぱらってる。

 そして、眼鏡をかけた汚いドワーフ。

「お待ちしてましたわ、フロールさん翔一さん」

 にっこり微笑むエルザ。今日は美しい赤いドレスを着ていた。人間の女性には子熊形態時にあまり何も感じないのだが、それでも美しいエルザの姿に翔一は見とれた。

「エルザさん、凄いきれいクマー」

 翔一は思わず感想を口にする。子熊の稚気がそうさせる。

 エルザは微笑みながら、フロールと翔一を紹介すると、

「コンラッド、そのお嬢さんはちょっと席を外してもらえないかしら」

「うっぷ、ああ、すまない、ハニーちょっと悪いが、俺の部屋で待っててくれよ」

 女はエルザに鋭い視線を送ってから退室する。

「このドワーフさんはガルディア王国土木建設大臣ドゥリンさんです」

「初めまして、拙者、ドゥリンでござる。解放された城の補修を手伝いに来たでござるよ。しかし、お二人のことはこの街でうわさとして聞きましたが、確かに面妖なお二人でござるな」

「では、皆さん、食卓にどうぞ。翔一は私の横に来て」

 エルザは子供用の高い椅子を翔一用に準備していた。妙に近い。

 全員座ると、食事が出され、会食になる。

「おいしいクマー」

 パンやスープをパクパクと食べる翔一。

 エルザがなぜかかいがいしく世話してくれる。

「うふふ、ちょっとお口が汚れてるわよ。これも食べて」

 ナプキンで口元を拭いてくれたり、食べさせてくれたりする。

 エルザはそっと翔一をモフる。

「俺たちは明後日の朝から人虎退治に行くぜ。それまで城にいるから」

「吸血鬼女をやったあんたらだからな。心配はしてないけど、無理はするなよ、うっぷ」

 酔っぱらっているのか口止めを忘れているコンラッド。

「なんと、それは本当でござるか。じゃあ、コンラッド殿は何を……」

「マクシム込みでここにいる皆でやっつけたんだよ。嘘はない」

 フロールが慌ててフォローする。

「そうでござるか……しかし、このような小柄な御仁が、巨悪を倒すとは……」

「僥倖だったんだよ。それより、ドゥリン殿が背負ってるのは銃だろ見せてくれないか」

 フロールはうずうずしている。彼は当然だが食事に興味はない。

「ほう、これが銃とわかるとは、フロール殿もからくり人形でござるから、興味あるでござるか」

 ドゥリンは銃をフロールに見せる。

「これは……火縄銃だ……技術は……手造りにしては驚異の出来だ。散弾も一発玉も発射できる。銃剣もついている。各部の動作はち密……これは凄い」

 フロールは細かくチェックして精密に調べている。

 翔一は彼が低い文明の品だとして貶すのかと思っていたが、思った以上にべた褒めだったので安心した。フロールは無神経なので敵を作りすぎる。

 ドゥリンはまじめ腐った顔をしていたが、自慢の一品を褒められるとニコニコ顔になる。

「フロール殿は素晴らしい目利きでござるな。目先の装飾に騙される人が多すぎでござるからな」

 銃を返してもらいながら、ドゥリンはそう述べる。

「同感だよ。機能美がわからん奴が多すぎる」

「ちっさい連中は虎退治。エルザ殿と俺はどうするんだ」

「私、ガルディアと黒騎士領との折衝があるから無理ね。城主になって冒険が全くできなくなったわ」

 エルザはため息をつく。手は翔一の毛皮をもふる。

「拙者もガルディア王から冒険に出るのは硬く厳禁されているでござるよ……」

「俺はちょっと遠くまで出かける予定でな。あんたらとはしばらく会えないだろう」

「え、困るわ。黒騎士領の人と話すのにあなたが必要よ。そのために使者に行ってもらったのに」

「レイド王国の造反組があんたの元に大勢きてるだろ。旧家臣連中が。奴らを使ってやれよ」

「……あの人たち、ちょっと頭が固いのよねぇ。悪政に怒った人たちだから、気骨はあるんだけど。それに旧家臣はガルディア嫌いなの、凄くやり難いわ」

 ため息をつくエルザ。

「それを使いこなすのが領主の仕事だぜ。剣術より難しいかもな」

「ええ、本当」

「コンラッドさんはどこに行くクマ。お手伝いしたいクマ」

「翔一は気にするな。俺には俺の目的があるんだ。……エラリアだよ。俺の故郷だ」

「エラリア! 危険だわ。レイド王国との独立戦争が始まってるのよ」

「俺がそれを無視できると思うか?」

「……」

 沈黙が流れたので話題を変えるコンラッド。

「そういえば虎退治はあんたら二人でやるのか? 前みたいな状況じゃないんだ。冒険者でも雇えよ」

「強そうな冒険者と組むことになった。ビアンカ、エトワール、グレゴリー、ポーラ、だったか?」

「確かそういう名前だったと思うクマ」

「エトワール、『疾風剣』エトワールかあの野郎。……奴なら腕前は確かだな。エルザ殿」

「ええ、そうね、他の人もひとかどの人物よ」

 エルザの顔が曇る。翔一は何か感じたが、何もいわなかった。

 食事はそれで終わり、二人は城に泊った。


 翌日は準備に追われる。

 城の工作室を借りて、作業を行う。

 フロールは銀を集めて水銀に溶かし、矢じりや鉄の粒に銀をまぶす。

「銀は水銀使って焼着する、ここには道具が揃っているから助かるぜ、ガスを吸うなよ、猛毒だから」

 城には錬金術師がおり、フロールの手伝いをしてくれるようだ。

「了解クマ。僕は隅の方で作業するクマ」

 翔一は聖剣以外は敵に効かないと感じていたので、防御品の作成に没頭する。

「聖性精霊の受祚物……お守りを作って……フロールさん、体に精霊受祚するけどいいクマ?」

「ああ、勝手にやってくれ。パネルは外れるから」

 メッキ品の仕上げの手を止め、フロールは外板を外す。

 パワーパックと、作業用アーム、レーザートーチなどがむき出しになる。パワーパックは異様なオーラが噴き出しており、精霊は逃げようとする。

「うーん、関節に付けた奴と後一個ぐらいしか無理クマ」

 翔一はあきらめて守護精霊を正面に宿らせて終わりにした。

 守護精霊は攻撃的魔術・魔力を阻害する。

(思ったよりギッチリ詰まってるクマ。脳味噌が入る余地……?)

 少し疑問を感じだ翔一だが、追及はせず自分の作業をする。

 翔一は自分の毛皮の体に入れ墨するのは無理だと考え、お守りを首からジャラジャラと掛ける。

「聖性と守護と加速と……他にいるクマ?」

「増々、うさん臭くなったな」

「新しい仲間の人たちにもお守りを作ってあげるクマ」

「そういう親切やっても、素直に受け取らない雰囲気だけどな、あいつら」

 フロールはそういったが、翔一は五個も聖性精霊の受祚物を作った。

「そんなに作ったのか、誰にやるんだ」

「一個はコンラッドさんに……」

 そういうと翔一は居眠りする。

 魔力を使い過ぎたのだ。

 フロールはぶつぶついいながら、翔一を部屋の隅にある小さなベッドに寝かせた。

「やれやれ、ちびっ子モフモフのくせに若干重いクマクマさんだな、こいつ」

 作業部屋に人がやってくる。コンラッドだ。明らかに旅装をしている。

「お別れをいいに来たが……翔一は昼寝かよ」

「こいつ、あんたにお守り作ってやるって張り切り過ぎたんだぜ。ほれ、もってけ」      

 フロールがお守りをひょいと渡す。

「……精霊? えらく古臭い術だな」

 コンラッドは魔術も多少使えるのだ。まじまじと見る。ガラス玉と石、木片が連なったネックレス。素朴な呪紋が描かれている。

「新しかろうが古かろうが、俺には全部胡散臭いオカルトだぜ」

「……でも、物は悪くないな。思ったより強力なマジックアイテムだ。ありがたくいただくぜ」

 コンラッドは首にかける。

「じゃあな、死ぬなよ」

 フロールは作業しながら声を出す。

「ああ、あんたもな」

 コンラッドは翔一の丸い耳を見ながらさっと立ち去った。




 晴天の荒野。

 川沿い中心に耕地が増えている。

 青剣城の周りには開拓村が既に十個以上できていた。

 もちろん、まだまだ、非常に小さな村落だが、開拓が進めば都市の最寄りの農村になるので、成功した農場になる可能性が高い。

 黒騎士領はもちろんのことガルディアや、更に遠いアーロン王国からも人々が入植していた。いうなれば早い者勝ちという雰囲気だった。

「西部一村から西部五村までは目撃情報がない。東一が最初の目撃情報だ。北の荒野に行ったのでなければ、そのまま東に向かっているだろう、餌はそちらにしかないからな」

 グレゴリーの分析。

 尚、入植村にはまだ名前すらついていない。便宜上番号が振られている。

 冒険者四人組は馬に乗っている。翔一とフロールは馬に乗れないので一頭立ての馬車に乗った。

 馬車の運転はフロール。翔一はワゴンで寝ころがっている。機動性重視なので、かなり小さなワゴンだ。

 移動して時々聞き込みをすると、ちらほら目撃情報がある。

「やはり、東に移動している。ボロボロの服を着た浮浪者のような女だ」

 グレゴリーの報告。

「一人で放浪してるなんて、可哀想クマ……」

「同情するような相手か。人間を食べる化け物だぞ」

 フロールはにべもない。

「そうだけど……」

 翔一は苦しい状況で彼女に助けられたことを忘れられなかった。

「もし、斬れないなら、ついて来るな。説得できると考えてるならおまえは足手まといだ」

「エイミーさんが人を食べているなら、彼女の心とは全く違うことだと思うクマ。終わらせてあげたい。それが斬ることだったとしても」

「その覚悟に嘘をつくなよ。たぶん、お前がやるしかない」

 フロールは小声でいう。彼はなぜか新しい仲間を信じていなかった。

 その日は三番目の村で休息を取る。

「虎女は荒野にいるようだ。東隣で目撃がなければ、荒野を探索する」

 グレゴリーの提案。ビアンカのパーティはグレゴリーの頭脳で動くと決まっているようだった。

「あの……皆さん、僕はお守り作ったんです。よかったら差し上げますクマ」

 翔一は聖性精霊の祚物を見せる。

「フム、それは精霊術のマジックアイテムだな……私は必要ない。魔道魔法の使い手として、そのようなものは受け取れぬ」

 グレゴリーは何らかの分析魔術を使ったようだ。

「ローヴィエの信者として、異術は受け入れられませんわ」

 冷たい目で首を振るポーラ。

 ビアンカは特に迷いもなくひょいと首にかける。

「ふーん、面白そうじゃん、ありがとう、貰うぜクマちゃん」

「ビアンカさん、そのようなものを……」

「あんた頭硬すぎるんだよ、ポーラ」

 二人に断られて、ちょっとしょんぼりする翔一。

「私も受け取ろうか。せっかく熊殿が作ってくれたのだ。好意を断るのは礼儀とはいえまい」

 エトワールは堅苦しい言説ながら翔一のお守りを受け取り、首にかける。

「……うむ、何らかの守護を感じる。魔力の無い自分にもわかるとはな、相当な逸品ではないか?」

「あ、俺もそれ思ったわ」

 ビアンカがちょっと嬉しそうにお守りを持ち上げる。

 グレゴリーとポーラは無言だった。

 しかし、頑張って作ったものを褒められて、うれしい翔一だった。


 翌日、隣村に出向く。

 聞き込みの結果、エイミーらしき人物が東に向かったとわかる。

 一行は追い続ける。

「なんだか嫌な予感だな……結局、農村を抜けてさらに東に行くみたいだぞ」

 フロールが腕を組む。

「この先は宿屋村と僕たちの村しかないクマ」

「子熊村につく前に捕捉しないとダメだ」

 宿屋村につくと、異変があった。

 村から煙が上がり、数人の人間がぼんやり村の前に立っていたのだ。

「なんだ、あの連中」

 フロールは怪しみながら、弓を構える。

「あれは……異常がある」

 グレゴリーが魔術を使う。

「警戒して近寄ろう」

 エトワールは馬を降りて彼ら接近する。全員、彼に倣う。

 一行が彼らに接近すると、ぼんやり立っていた男たちは、ギロッと一行を見る。

 彼らの目は一様に黄色く輝いていた。

「人間だ。血だ、肉だ!!」「食わせろ、肉を食わせろ!」

 六人は居ただろうか、彼らは目を血走らせ、よだれを垂らし、異常に長い牙をむき出しにする。そして、手は鉤爪。手の甲や首筋には黄色と黒の毛皮が出現する。

「こいつらも人虎になってるぞ!」

 グレゴリーの叫び。

 六対六の戦いがいきなり始まる。

 ビアンカ、エトワールは敵が来る前にいきなり攻撃をする。ビアンカの殴りで二人の人虎の顔面がつぶれ、エトワールの斬撃で一人の両腕が切断される。

 翔一は後衛を守るために前線に立ち、聖剣を取り出して、一人と対峙する。

 人虎は青い光に一瞬ひるむ。翔一は初太刀に命をかける示現流の一太刀をを浴びせる。

「チェストオオオオ!」

 防御にかざした人虎の両の掌を叩き割って頭蓋を真っ二つにする。

「がぼぼおお」

 声にならない声で悲鳴を上げる怪物。抜いた剣を横に持ち、首を断つ。

 翔一に向かってきた更に一人を両腕ごと首を薙ぐ。

 飛び散る、首と両腕。

 地に転がり、恨めし気ににらむ首。

 翔一は先日の宿泊時に応対してくれた宿の人間だと知って、思わず視線を逸らす。

 エトワールはすでに二体の首を落としていた。チリ紙のようなもので剣を清めている。

 ビアンカは殴りではちょっと倒し難いらしく、一人を滅多打ちにしているが、なかなか動きを止めない。

 六人目は矢と魔法を大量に喰らって絶命していた。

 ビアンカの敵もエトワールが背後から首を落とす。首を失うと動きを止める人虎。


「この人たちは数日前まで普通の人だったクマ……」

「その青い剣は何なのだ。凄まじい魔力だが」

 グレゴリーの指摘。

「こ、これは貰ったものクマ」

 翔一はそういうと急いで精霊界に戻す。

「剣も凄いが、なかなかの剣筋ではないか熊殿。あのチンピラにはわざとやられていたのか」

 エトワールが少し批判気味にいう。

「ぼ、僕は人間は殺したくないクマ……」

「……気持ちはわからんでもないが、魔物より品性劣る人間など珍しくもない。その時、剣を躊躇するなら悪に屈したことになる」

「……」

「まあ、いいじゃねぇか。このクマちゃんが足手まといじゃないとわかっただけでも」

 ビアンカがブラスナックルをしまいながらいう。

 これも魔法の物品である。

「その剣をどこにしまったか聞きたいが、とにかく、今はそれどころではないな」

 グレゴリーは人虎たちの遺骸を検分する。

 ポーラはじっと翔一をねめつけるように見る。

 元から好きではなかったのだろうが、今は化け物を見るような視線である。

「おい、何か文句でもあるのか」

 フロールが割って入るようにポーラとにらみ合う。

「あなたたち何者なの。奇跡の力では正体が図れないわ」

「俺たちにもわからん。でも、人虎退治はする。文句があるなら帰れよ」

「……人外め」

 ポーラはそうつぶやく。

「次、文句いいやがったら、射殺すからそう思え」

 フロールは敵を作っても平気だった。

 魔法の弓を見せつける。

 怒りのこもった目で見返すポーラ。

「ゴーレム如きが我らにかなうと思うのか」

 グレゴリーは杖を構えた。

「おい! バカな争いは人虎を退治してからにしろ!」

 エトワールが怒鳴る。

 一行は無言になり、各々役目を果たす。


 翔一は宿精のダーク翔一に死者の霊と話をさせた。

「中年の女が突然邪悪な虎になって、引っ掻いた。すると、犠牲者は虎女の奴隷的劣化人虎になってしまった」

「引っ掻いただけクマ?」

「そうだ、軽く引っ掻かれただけで毒が注入され、無残な存在になり果てたのだ」

「皆に忠告しないと。前はそんな力なかったクマ……」

 コンラッドとエイミーが以前戦った時のことを思い出す。

「幽霊と会話したと知られたら、余計に不審がられるかもしれんぞ」

「仕方がないクマ」

「損な性格だな」

 翔一は皆に告げる。

「幽霊たちと話したクマ。人虎女が突如襲い掛かって傷をつけられ、毒を注入された人は弱い人虎に変貌したクマ」

「我々が戦ったのはその成れの果てということか、恐ろしい魔物だ」

 エトワールが腕を組んでうなずく。

「幽霊と会話なんて……不吉な術を信じることはできないわ」

 ポーラは能面のように冷たい目を変えない。

 グレゴリーもポーラの肩を持つ。

「同感だ。幽霊と会話などと妖術のようではないか」

「じゃあ、一般人臭い奴らが人虎になった説明できるのか」

 ビアンカが死骸を調べながら問う。

「人虎の一党が侵入していたのよ。ライカンスロープの類は群れを成すわ」

 宿を捜索すると、宿の親爺が恐怖に震えながらも生きていた。

 ビアンカが連れてくる。

「つらいだろうが、状況を教えてくれよ」

「……ええ、中年の、結構、綺麗な女でした。見とれていたら、いきなり毛皮が生えて、牙と爪が……。使用人の少女を攫って逃げました。私の雇人たちも女に向かっていってからおかしくなって、あいつらも虎みたいな人間に……私以外は死にました……あいつらが殺し尽しました」

 親爺は恐怖の余り老人のように白い髪になっていた。先日までは濃い黒髪で精力を感じさせる人物だったが。

「親爺の目撃情報だと、クマちゃんのいってることは、概ね正しいみたいだな」

「のんびりはしてられんな。すぐに追うぞ」


 エトワールは馬に乗る。

 一行も従う。

 ここから先は山沿いの余り開けていない土地になる。

 行き先は一つしかない。

「このままでは村に行ってしまうクマ!」

「そうだな、急ぐぞ」

 どんどん日は暮れていく。

 翔一は濃厚な血の匂いを嗅ぎ続けていた。

 エトワールのパーティも何らかの魔術で翔一と同じ方向を迷わずに進んで行く。

「おい、これを見ろ」

 エトワールが指さした場所には、小さな人間の手が転がっていた。まるで人形のようだ。

「これは酷い。凶獣め!」

 グレゴリーが怒りの声を上げる。

 道を外れて、河原に行く。

 一行は馬を降りて、そっと迫る。

 半裸の女。

 何かぶつぶつ、歌を歌っている。

(エイミーさん!)

 翔一の耳には、カントリーソングのように聞こえたが、知識がないのではっきりはしない。この世界の歌ではないのは間違いない。

「何か歌ってやがるな」

 グレゴリーのつぶやき。

 翔一は隠密精霊を張って、自分とフロールを隠す。

 しかし、なぜか、翔一はふとエイミーと目が合った。

 微かにほほ笑む。

 その瞬間、エイミーはすさまじい勢いで河原から走って逃げていく。

「クソ、なんて速さだ!」

 エトワールの毒づく声。

「あの調子で逃げられたら、いたちごっこだな」

 フロールが腕を組む。

「私の奇跡で動きを封じるわ」

「とにかく追うぞ。奴の息の根を止めない限り、ここの人たちに平穏はない」

 エトワールの言葉に皆がうなずく。

 エイミーの匂いを追えば、翔一はいつまでも追跡できるようだった。

 エトワールのパーティも何らかの魔術で追っていける。

 暫く、全員で走り回ることになる。

(歌が聞こえない)

 翔一がそう思った場所は、短い草が密生している小さな河原だった。

 河原の前に、少女が一人たたずんでいる。

「人虎を見なかったクマ?」

 翔一はたずねてから気が付く、彼女は幽霊だった。彼女は無言で指さす。

 煌々と照らす満月。 

 そこには、人間と虎を混ぜたような化け物が直立していた。

 黄色い目、鋭い爪、黄色と黒の毛皮。異常で恐ろしい生き物。

 巨大な怪物が唸り声を上げる。

「人虎だ!」

 グレゴリーが叫ぶ。人々は武器を構え、戦闘体制になる。

「ち、場所が狭いな。囲まれるのを避けたのか……馬鹿じゃないぞこいつ」

 フロールが毒づく。彼の分析は正しいようだ。戦士たちは人虎を囲めない。

 ローラが複雑な呪文を詠唱する。ローヴィエの奇跡なのだろう、人虎を逃がさないために、この場を戦闘フィールドとして区切ってしまう奇跡なのだ。戦いが終わるまで、双方逃げることはできない。

 エトワールは一人、無言で進み、人虎と対峙する。

 一瞬睨みあった瞬間、光が交差した。

 光刃と邪悪な白い爪。

 エトワールは恐ろしい爪をかいくぐり、見事、鋭い刃を敵の首に。

 「やったか!」

 グレゴリーが大声を出す。

 しかし、刃は、黄色い毛皮に当たると止まってしまう。まるで、鋼のワイヤーが刃物を絡めた様だ。

 幾本かの毛が舞うが、人虎の首に傷をつけることもなかった。

「何!」

 両手の鉤爪がエトワールを襲う。

 間一髪回避すると、マントがビリビリに破れてしまう。

「至高の鉄と至高の魔術を施した剣を退けるとは!」

 エトワールの剣は先進国で作られた最上級のものだった。しかし、その鋭き刃も、邪悪な人虎の前には無力だった。

 ビアンカがすかさず、人虎に殴りかかる。

 彼女のブラスナックルを喰らって、生きている人間の方が少ないだろう。しかし、人虎はまるで虫でも払うかのように手の甲でビアンカの打撃をいなしてしまう。

 焦って強打を繰り出すが、まるで大人と子供のようだった。

 ビアンカはついには、爪を腹に喰らって吹き飛ばされ、川の浅瀬に落ちる。

 翔一はもう限界だった。

 これ以上、エイミーに罪を重ねさせたくない。

「エイミーさん、やめてください!!」

「わ、私を名前で呼ぶのは誰? 私は肉が、血が、腹いっぱい食べたいのよ。人間の肉!」

 狂った目には理性はなかった。

 翔一は涙を流しながら、聖剣を抜いた。

 右上段に構える。

 エトワールは大きく跳んで反対側に移動している、剣が効かないのだ。敵の弱点を目を皿のようにして探す。

 ビアンカは毒に苦しんでいたが、体が変容することはなかった。

 聖性精霊のお守りが激しく光る。

「お守りが、守って……」

 翔一と人虎はにらみ合っていた。

 この人虎には翔一の剣が致命的なものだということがわかるのだ。

「喰らえ、光の矢!」

「聖なる力を受けよ魔物よ!」

 グレゴリーとローラが一歩前に出て、魔法を撃つ。

「駄目だ!」

 翔一が叫ぶが、遅かった、人虎はよだれを垂らしながら、二人に跳ぶ。

 魔法は命中したが、人虎は全く動きを止めない。

 邪悪な爪が閃き、二人の冒険者が血煙を上げる。

 ローラは胸を裂かれ、グレゴリーは腹に左手を突っ込まれた。

 ローラの防御奇跡は一瞬爪攻撃を耐えたが、すぐに突き破られ、鎧を破壊されたようだ。

 噴き出す血液。痛みとショックでローラは倒れる。

 グレゴリーは腹に五本の指を喰らって、悶絶する。

 ブシャ! 

 左手が腹を突き破り、爪が背中から出ている。

「わが、防御……全く、効果が」

 グレゴリーも何らかの魔術的防御を施していたが、まるで紙切れのように簡単に破られたのだ。

 人虎はグレゴリーを貫いたが、翔一は一瞬動きが鈍くなったのを見逃さなかった。

「チェストオオオオ!」

 小手を狙う。

 見事、翔一の剣はエイミーの左ひじを捉えた。グレゴリーの体から抜く前に斬ったのだ。

 ズン! 

 鈍い音がして、エイミーの左腕、肘から先は切断される。彼女の左腕はグレゴリーに突き刺さったままだ。

 針金のような硬い毛皮を叩き潰し、肉と骨を両断する。

 翔一の剣技は相当早いが、それでもエトワールには及ばない。しかし、エトワールが片手刀であるのに対し、翔一は両手で剣をふるった。更に、聖剣はサーベルより重く物質としての破壊力も高く、魔術物品としての魔力も上だった。

 結果、切断できたのだ。

「ギェエエエ!」

 痛みと怒りに歪む人虎の顔。

 普通なら、すぐに再生するだろう。しかし、聖剣の力は魔の回復を許さない。

 人虎は左腕から大出血しつつ、暴れはじめる。

 右腕だけを振り回し、翔一に迫る。

 涙とよだれを垂らし、怒り狂っている。

 翔一は何度か避けたが、エイミーが可哀想になってきた。

 躱すのを止めた。 

 爪を左肩で受ける。小さな体に爪が食い込む。同時に人虎は翔一を頭から噛む。

 翔一の頭蓋は割れ、牙が致命的な場所に食い込んでいく。

(エイミーさん)

 死の直前を感じながら、聖剣の柄を人虎のもっとも柔らかい場所、顎の下喉の上に渾身の力で突っ込んだ。

 気が付かなかったが、右腕だけ、一瞬、大型化していた。

 剣の柄は、毛皮を突き破り、舌を貫いて脳をつぶす。

「!!!!」

 人虎は声にならない叫びをあげた。

 牙と爪が弱くなる。

 翔一は刃を掴んでねじりまわす。人虎の脳は完全に破壊された。

 柄を引き抜く。ズルズルと倒れる人虎。

 血塗れの剣を握ると、人虎の首を落とす。

 まるで柔らかい油の塊のように、人虎の首は落ちた。

 転がる生首。

 優しいエイミーの顔になる。体も同じく、人間の女性に戻っていく。

「エイミーさん……」

「おい、翔一、この女の治癒をしろ! グレゴリーはもう死んでるから無駄だ」

 叫ぶフロール。

 彼は必死にポーラの出血を抑えていた。

 翔一が慌てて治癒精霊を飛ばすと、彼女の出血は止まりぐったりしている。

 ほっとした時、背後に何か巨大なものがぬっと、立つ。

 ポロっと、仮面が地面に落ちる。

 闇に光る、黄色いネコ科の目。

 グレゴリーだった。

 顔には黄色と黒の毛皮が密生し、牙と爪をむき出しにする。

「魔法使いが人虎になったぞ!」

 フロールが叫ぶ。

「シャアアアアアアアアアア!!」

 叫ぶ人虎。翔一につかみかかろうとした。

 だが、彼の動きはそこまでだった。疾風のような光が彼の首をなでると、ボロと首が落ちて地を転がる。

「……すまぬ、友よ……」

 エトワールのつぶやき。彼がグレゴリーの首を斬ったのだ。

「いやよ、そんな……グレゴリーが……」

 ポーラの悲鳴のような声が聞こえる。


 月が煌々と死地を照らす。


 生きのびた人々は無言だった。




~2022/8/15 微修正

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