10 下水道の死闘
トーバック城の城下町、じめっとした裏路地。
「ご主人様は何か用事があるので、来れないと仰ってます」
涼子が目的地に向かう途中でそういう。
「それなら仕方がないクマ。涼子さんと僕と、あの冒険者でどうにかしよう」
下町の下水の入り口に来ると、既に、アレックスとキャシーが待っていた。
「あんたら軽装だね……」
「……」
アレックスはニヤッとしただけで無言。
「僕は翔一クマ。よろしく」
「おい、あんた喋れたのかよ!」
キャシーが若干驚いた顔。
「熊がしゃべると、いろいろ面倒が起きるから黙ってたクマ。ちなみに、魔術師フロールという人の使い魔だから喋れるクマ」
これはダナのアドバイスで作った経歴である。彼女は幼いながらも魔道に通じているので、使い魔=会話能力がある奴もいる、というような術者界隈の常識も知っているのだ。彼女は読書と共に実力を一気に向上させている。
「ふーん、熊を使い魔ってのはかなり高度な術者だね。しかも、ご主人様なしで動くとはね」
キャシーが疑いの目。
「そういうこともあるクマクマ」
翔一はごまかす。
アレックス、翔一、キャシー、涼子の順で入っていく。
翔一は、例の斧を出す。
やはり、下水は狭すぎるので、この斧は有効に使えそうだった。
キャシーは虚空から斧を取り出す翔一にぎょっとしたが、質問はしなかった。
下水に入る。水路の両側が通路になっている。
恐ろしく臭い。
翔一の鼻はすぐに利かなくなる。
「う、凄い臭いだね。街の人から前より酷くなったと聞いていたけど、これは凄いわ。何か詰まってるんじゃないの」
キャシーがぶつくさいう。
暫く行くと、チューチューというネズミの声。
アレックスがランタンを向けると、そこかしこに丸々と太ったネズミがうろうろしている。
下水は新しい市街区を抜けて、古代の廃墟街区の地下に繋がっていく。
トーバック城は古代の上古人の遺跡を再利用したものであり、その城下町も半分以上は、古代の遺跡である。下水も新しい街区の外は古い上古人の敷いた下水であり、それに繋がっている。
「ここ辺りからは古い遺跡の下水だ。汚物が流れ込んでいるとはいえ、ちょっと悪臭が凄すぎるわ」
「さっきから、ネズミが取り囲むように鳴いているクマ」
翔一の耳にはネズミの鳴き声が全周から聞こえる。
下水は一本通路ではなく、縦横に走り、複雑な構造なのだ。
「下水なんだから、ネズミなんて珍しくないでしょ」
「しかし……あっ!」
翔一はふらふらと揺らめく幽霊が通路の片隅に固まっていることに気が付く。
体を無残に破壊されて、恨みのこもった目で一行を見る。
翔一は宿精に頼んで話を聞いてもらう。
「彼らは悪臭漂う魔獣達に食われたといっている。こちらの方角に奴らの巣がある」
宿精は右手を指す。
宿精との会話は非常に小声でやっているので、他の人には聞こえていない。
「こちらに行くと、敵の巣があるらしいクマ」
「なんでそんなことがわかるのよ」
「幽霊がそこに立ってて、教えてくれたクマ」
「幽霊! ……やっぱりいるのね。気持ち悪いわ」
魔法使いのくせに、怖がりのキャシー。
二人は翔一の示す進路に、素直に従うようだった
「あ、あれを見て!」
キャシーが指さす。
非常に小柄な二人の人影。
暗くてはっきりしないが、巣とは違う方向に逃げだす。
「追うのよ! アレックス!」
キャシーが叫ぶ。オウと答えて、走り出すアレックス。
「巣とは違う方向だから、深追いしない方がいいと思うクマ……」
「手掛かりはあいつらしかいないでしょ!」
キャシーは杖の先端に何らかの魔力を溜めつつ、走る。杖の先端は光り始めた。
細い通路を行くと、何らかの部屋が見える。かすかに見える人影。
「あの部屋に敵がいるわ」
翔一の制止も聞かず、アレックスとキャシーは部屋に飛び込む。
翔一と涼子もその後に続いた。
部屋には、人影が……よく見ると違った、ボロ布で作ったかかしだった。
「え、これ、ヤバくない?」
キャシーがそういった瞬間、背後で壁が降りてくる。
全員がふりかえって入り口を見た時には遅かった。大きな落とし戸が入り口をふさぐ。
非常に分厚い石でできた戸であり、生半可な力ではびくりとも動かない。戸の最下部には拳が通るくらいのスリットがあった。
「チュー、馬鹿め罠にかかったな」
「こいつらもネズミの餌食にしてやろうぜ!」
甲高い二人の声が聞こえる。
明らかに人間の声ではない。
「ごめんなさい。あたしたち軽率だったね……」
キャシーが謝罪する。
「今はそれより脱出を考えるクマ。雰囲気的にあのスリットからネズミの大軍が注入されると思うクマ」
翔一は部屋を見る。古代の地下牢か何かで、地上に続く通路はがれきで塞がれて、通る手段はない。背後で閉じた入り口以外が存在しなかった。
部屋には武装した幽霊が数人いるが、彼らも罠にかかって死亡したのだろう。聞いても参考にならなかった。
「やつら、鼠人間よ、人獣だわ。狼男みたいに群れで生活しているの。たぶん数はもっといるわ」
キャシーは断定する。経験を積んだ冒険者として、知識はあるのだ。
「鼠人間……」
「ライカンスロープの類だから手強いわよ。こんな依頼受けるんじゃなかったわ」
「……今は生きのびることを考えるクマ」
慰めている暇もないのが現実だ。
「ご主人様から、スリットを抜けろと指示されました」
「このスリット、幾らなんでも狭すぎるクマ」
涼子はスリットに左手を差し込むと、ずりずりと体をめり込ませ行く。
翔一の耳にははっきり聞こえた。
涼子は体の関節を外し、パーツをさらに分解して、スリットに入るように体をぐにゃぐにゃにする。
「ひっ、何この子、体がつぶれてる?」
「体ぐにゃぐにゃの術が使えるクマ」
翔一は適当に答える。
「凄い変わった魔術ね、東洋の秘儀か何か?」
「そうクマ」
涼子は頭蓋骨まで幾つかに分割して外すと、ズルズルと蠕動しながらスリットを抜けていく。
アレックスとキャシーは素人ではなかったが、それでも、恐怖の目でその光景を見ていた。
涼子の新しい皮のスーツは体にフィットする性質のおかげで一緒に問題なく抜けた様だ。
「体を再構築します、五パーセントの肉体にダメージがありました」
フロールに報告しているのか、微かに声が聞こえる。
同時に、誰かがやってくる音、見張りなのか。
翔一は慌てて隠密精霊を送り、涼子を隠す。
涼子が防衛体制などを取るとちょっとまずいと思ったが、涼子はピクリとも動かなかった。
見張りが近寄ってくる。
「チュー、なんだ、ここ、雰囲気がおかし……」
最後までいえなかった。
涼子の小剣が鼠人間の見張りの口を切り裂いたのだ。
同時に、涼子は扉のレバーを機械のパワーで引き下げる。
ガラガラ、どこかの仕掛けが動き、引き戸が上がる。
鼠人間は驚愕で目を見開き声を出せずにいたが、すぐに血が止まって、怪我が治る。
「奴らが出てきた!」
鼠人間は一人で戦うのを避けるらしく、一歩引いて仲間を呼ぼうと声を上げる。
しかし、彼が出せた声はこれだけだった、翔一は聖剣を抜くと、必殺の突きを入れる。
距離があったので逃がすよりはと槍のように使ったのだ。
「えい!」
聖剣はズブリと鼠人間に突き刺さる。
「ぎゃあああああ!」
鼠人間の心臓を貫くと、不気味な毛皮の齧歯人類は動かなくなり、若干人間的な死骸になる。
「不意を衝けたからあっさり倒せたクマ」
アレックスが無言で首を斬りおとす。
「凄い剣持ってるね、人獣を一撃で倒すなんて初めて見たよ。普通の剣じゃすぐに治るからね」
「僕の剣は敵を倒せるけど、皆は何か持ってるクマ? 銀の剣とかあると戦えると思うクマ」
キャシーは杖を掲げて見せる。
「私の魔法は人獣にも効くわ。でも、若干落ちるのは否めないわね」
首を振るアレックス。
涼子も首を振る。
「銀貨を棍棒にでも貼り付けたらどうクマ?」
「銀を溶かして剣に付着させろと、ご主人様の指示です」
涼子は手首からレーザートーチを出す。
「いいと思うクマ」
「あんた、人間じゃないね……ゴーレムか何かだろ?」
キャシーは涼子の作業を見つつそう聞くが、涼子は無言だった。
涼子はアレックスの剣も受け取ると、銀を剣の平に付着させる。
レーザーで無理やり溶着させるのだ。
滅茶苦茶な凸凹になるが二振りの剣に銀が付着した。ほぼ、棍棒のような剣になった。
翔一は耳に鼠の群れの足音が入る。
「ネズミの大軍が向かって来るクマ!」
「これはあたしに任せて!」
キャシーはそういうと、何やら呪文、そして、杖をかざす。
全員を包むように結界が張られる。
「熱結界よ、これに触れたら大やけどするわ。物理的にも小動物には突破不可能。重装戦士の突撃なら抜けるって感じかしら」
「凄い魔術クマ」
「これが私の限度よ」
褒められてちょっと苦笑するキャシー。意外とかわいい。
予想通り、鼠の大軍がやってくる。
鼠たちは結界に入ってこようとするが、狭い通路に張られた結界、物理的に入れず、しかも大やけどを負い、そのまま死んでいく。
チューチューキーキー、小動物の阿鼻叫喚が暫く続くことになる。
恐ろしい悪臭、いつまで続くのか、心配になるぐらいに鼠の死骸が積み重なった。
「やって来るクマ」
大勢の足音。通路の先から真っ直ぐ向かってくる。
上半身が鼠のように変化したおぞましい元人間の集団。下半身はボロボロのズボンなどを穿いている。靴は履いておらず、手足は節くれだって、鋭い爪がある。
数匹が短剣で武装しているが、短剣より、そのげっ歯類特有の前歯の方が鋭く邪悪な雰囲気だった。
「チュー! 奴らを殺せ!」
翔一とアレックスが先頭に立つ。
翔一は狭いので斧を抜く。
爪と牙で襲ってくる。
翔一は斧を叩きつけ、敵の頭蓋を勝ち割る。
しかし、すぐに次の奴が迫ってくる。翔一は休む間もなく斧をふるい、当たるを幸い、破壊の斧で叩きつぶす。
隣を見ると、アレックスは盾で防御しつつ、ぼこぼこの剣で応戦しているが、敵はあまりダメージを受けていない。
倒しても、倒しても、敵は迫ってくる、アレックスは小さな怪我だらけになり、じわじわと動きが鈍くなっている。翔一は元気だっただが、頭蓋をカチ割った敵が、頭を振りながら立ち上がるのを見てしまった。
「こいつら、すぐに治るクマ!」
「人獣だから、当たり前でしょ!」
見ると、キャシーは隙間から魔法の矢を撃ち、涼子は小剣を突っ込んで、時折援助している。
「人間ども、ここがお前らの墓場だ。生きたままじわじわ喰って、狂い死にさせてやるぜ」
敵の後ろから、鼠人間のリーダーらしき奴の声が聞こえる。
翔一はこのままではらちが明かないと思い、斧でラッシュを行い。敵がひるんだすきに聖剣を出す。
輝く青い光。
敵が更にひるむが、狭い場所の長剣は取り回しが悪い。
すぐに迫ってくる。
聖剣は中ほどが持てるようになっているので、翔一はそこを持って、手槍のような使い方をする。
必死だった、短く持った聖剣をがむしゃらに振り回し、受け、突き込む。
鼠人間たちは切断されが手足が治らず、死ねば立ち上がらない現実に恐怖を覚え始めた。翔一の周りからじわじわと後退する。
「ち、何だあの獣は? 一度引くぞ!」
リーダーの叫び。
「まて!」
翔一は追う。
「一旦引いた方がよくないか?!」
キャシーの声。
「敵はひるんでいるクマ! 今が突撃するときクマ!」
先ほどとは違い、今度は翔一が全力で追う。
アレックスと涼子も全力で追い始めたので、キャシーも諦めてついていくようだった。
追った先はそれなりに広い空間が広がっていた。
ガラクタが積み重なっている、松明が焚かれ様子はわかる。最奥がちょっとした祭壇のようになっており、リーダーらしき鼠人間とそれを守るように十匹ほどの鼠人間が待ち構える。
「チェストオオオオ!」
剣がそれなりに自由に振える空間だったので、翔一は鼠人間に全力攻撃を仕掛ける。
「なんて奴だ、突っ込んできやがるとは!」
リーダーが舌を巻く。彼は長いナイフを二本腰に差しているが、まだ抜いてはいなかった。
鼠人間は待ち構えていたが、防御を一切捨てた翔一の斬撃に、反撃もできず、回避できずに袈裟懸けに斬られる。剣を受けた短剣は簡単にへし折られ。小柄な鼠人間はたやすく真っ二つにされた。
動きが早く、頑丈な人獣がなすすべもなくただ斬られて死んでいくのだ。
逃げる広さもなく、間合いの長い剣は受けても無駄、そうなると恐慌を起こして折り重なって逃げるが、子熊形の翔一は彼らより早かった。
背後からは援護もある。アレックスは銀のついた剣と盾でしぶとく戦い、じわじわと鼠人間を斬りたてる。
涼子は動きも早く、しかも関節が自由に動くので、異常にトリッキーな攻撃防御ができる。敵はほんろうされて急所を連続で刺される状態である。
「喰らえ、魔法の矢!」
キャシーもひたすら魔法の矢を撃って皆を援護する。
「キエー! チェストオオオオ!」
翔一の聖剣の破壊力と疲れを知らない示現流の斬撃。
鼠人間は数の優位を完全に失った。
「チビのくせに生意気クマ!」
翔一は叫びながら、鼠人間の首を切断して回る。
気が付くと、リーダー以外は倒したようだった。
「何とも、滅茶苦茶な戦い方だな、小僧。しかし、俺の長ナイフを抜けるか勝負だ!」
どうやら、鼠人間のリーダーは翔一の戦い方、剣筋を見ていたようだ。
彼は四十センチくらいある長いナイフを二本持っている。それを抜くと、器用にくるくると回し、手品のように出したり引っ込めたりしている。異常なほどナイフに熟練しているのだ。化け物の節くれだった手は人間と同等に器用だった。
翔一は思わず自分の手を見る。丸くてふっくらしているが、人間的な手の形でもある。しかし、鼠人間ほど器用な感じはなかった。
「俺は、ガルディアの『陽光騎士団』筆頭、『長ナイフ』のヤニスだ。名前くらいは知っているだろう」
「知らないクマ! 化け物め、何人の人間を殺してきたクマ!」
「野獣の貴様がそれを問うか? 人間どもは俺を卑怯者だとそしり、追いたて、迫害したのだ。俺は被害者だ! 俺が人間を喰らうのは聖なる復讐だ!」
「『長ナイフ』のヤニス。知ってるわ、騎士団員のくせに主を裏切って、しかも、聖剣の主を背後から襲って刺したのよね。裏切り者の上に卑怯者よ」
キャシーの声、彼はかなり有名人なのかもしれない。翔一はそう思った。
「卑怯、ち、ちがうぞ、あのミレーヌは人間をはるかに超えた速さなのだ。邪悪な魔術でそうなったのだ。あいつこそ卑怯だ」
「は、卑怯者のいいわけよね」
「……き、貴様ら、切り刻んでやる!」
ヤニスはナイフを構えて身構える。
翔一はこいつに一切隙が無いことを知って驚愕した。
(こいつは本当に凄い腕前クマ!)
初めて武器の達人に対峙したといえるだろう。翔一は剣を両手で持ったまま、ピクリとも動けなくなった。下手に動けばやられる。
ヤニスは翔一が止まったのを見てニヤリとし、いきなり斬りかかってくる。
「はぁ!」
汚水をまき散らしながら、転がって迫ってくる。
聖剣で制しようとするが、長ナイフで器用に受け流すと、翔一はわき腹を刺された。
「う!」
ナイフはすぐに抜かれたが、だらだらと血が流れる。
「根元までえぐったな」
にやにや笑うヤニス。
しかし、怪我はすぐ治る。元の治癒力だけではなく、精霊界のダーク翔一が治癒精霊を呼んだのだ。
「貴様もじん……」
翔一は最後までいわせなかった。剣を再び短く持ち、ラッシュを叩き込み始める。
「キエーーーーーーー!! チェストオオオオオオ!!」
翔一は示現流の教えを真面目に実践し、一切防御せずに斬りこみだけを行う。
高速の連打。
しかし、ヤニスは異常な速度と受け流しテクニックで躱し続け、何度も翔一の体にナイフを突立てる。
ボン! ボン!
ヤニスのもう片方の剣が体に入るたびに、翔一の体内で小さく爆発した。
この爆発は普通の人間なら、一発喰らうだけで戦闘不能になる威力である。ただ、人獣の生命力だけで耐えた。
何合も打ち合った後、翔一の体は大出血でボロボロになった。
「ヒヒヒ。いかにお前の回復が早くても、そうボロボロにされては間に合うまい」
翔一は治癒が間に合わず、膝をつく、右手と剣を水中に沈めた。
アレックスが剣を振りかぶってヤニスに襲い掛かる、同時に魔法の矢が当たるが、痛そうな顔もしない。
アレックスの剣技は正派でそこそこの腕前だったが、ヤニスは薄笑いで軽々と避け、稲妻のようなナイフをアレックスの脇腹に突立てる。
鎧の隙間を刺され、倒れるアレックス。
「安物の鎧だったな」
ヤニスはナイフを舐める。
アレックスは何もできずに倒れたが、翔一はその間に赤い精霊を呼んで喰った。
賭けだった。
体を大きくすれば狭くて動きは難しくなるが、間合いは大きくなる。
「そろそろ、止めだ、熊野郎」
ヤニスのにやつきが最高潮になる。
翔一は汚水に沈めた剣を一気に突き出す。
ヤニスは軽々と躱すが、思ったより長い間合いでのけぞりが大きくなり、バランスが崩れる。
翔一はそれを逃さなかった。右側に逸れた体から無防備に伸びた左手に噛みつく。
ヤニスはそれでも気が付きぎりぎりで逃げられかけたが、ナイフを噛んだ。
バリ!
ナイフは砕け散る。
「貴様、魔法のナイフを!」
そして、ヤニスはそこで命運が尽きた。
大出血しながら、アレックスがヤニスの片足を掴んだのだ。
もうろうとした意識の中、しがみつくように絶対はなさいアレックス。
「くそ! 離せ! ゴミが!」
これが彼の最後の言葉だった。
翔一もヤニスに抱き着くと、無理やり動きを封じ、聖剣の柄の先端をヤニスの眼窩に突っ込む。
人熊の怪力で突っ込まれた柄は、目玉を破裂させ、頭蓋骨を砕き、脳を破裂させる。
「う、ごぉぉおお……」
暫く痙攣していたが、ヤニスは動かなくなった。
柄を抜くと、血塗れのそれを握って、蒼い光を一閃させる。
ヤニスの首が汚水の中に落ちた。
人間的な鼠のおぞましい顔が、浮かんだり沈んだりしている。
ヤニスは完全に死亡した。
標準の子熊に戻り、翔一は汚水の中でへたり込む。
「が、うが!」
アレックスがもがいている。
翔一は慌てて治癒精霊を呼ぶと、アレックスの傷に当てる。すぐに出血は止まり小康を得た様だ。
「なんて奴なの、滅茶苦茶強かったね」
キャシーが嘆息する。
「ご主人様が、財宝を確保しろと仰ってます」
涼子の冷たい声。
「そのご主人さまって奴は、守銭奴か何かだろ。あたしたちが死闘やったのわかってるのかい? 一言ねぎらいくらい、いいなさいよ」
「鼠人間の死骸を外に出して、街の奴らに見せつけたら、更に現金をせしめられるとご主人様が仰ってます」
「なんて奴? 本気の守銭奴野郎じゃないか……でも、それは確かにそうね」
そこからが探索より何倍も時間がかかった。
翔一とアレックスは鼠人間の死骸を集め、手近な出口から死骸を山積みにする。
現場は街の中心部から外れてはいるが、人々はこわごわと見に来る様子だ。死骸は十数匹は居ただろうか、いつの間にかかなりの人が集まっている。
死骸だけではなく、今まで鼠人間が殺してきた犠牲者の遺品も積み上げていく。
「金目のものは我々のものだ。それ以外のものは住民に渡せ」
フロールの声を代弁する涼子。
「あーはいはい、わかりましたよ、守銭奴大先生!」
キャシーが悪態をつきながら、荷物を運ぶ。
「鼠人間は我々冒険者が退治しました。戦利品は我々のものですが、一般品は住民の方々で使ってください」
涼子が人々に告げる。
服や靴、装身具、粗末な武具、そういったものを並べると、貧民中心に我先に持っていく。
「マジックアイテムは後で清算するとして、現金は山分けね、四分の一……」
「僕の分はいいクマ。三分の一にしてください」
「そうはいかないよ、あんたが殆ど倒したのに」
「四分の一にして、涼子と翔一の分をよこせとご主人様が……」
珍しく、涼子がばつが悪そうにいう。
「あーはいはい、わかったよ、そうするよ!」
「これ貰ってもいいクマ?」
祭壇を探っていた翔一は、何かの像の入った箱と本を二冊見せる。
「像は……何体か入ってるね、小さいけど、気持ち悪い像だねぇ。タコの頭に人間の体? こちらは尖った頭にグネグネの人間? こっちは樹木みたいな奴だね。まあいいけど、絶対縁起悪いよ。……本の方は普通だよ。ああ、剣技の解説書だね。あのヤニスって奴が書いたのね。もう一冊は……何とか……祭祀書? まあいいけど、クマちゃんの好きにして」
キャシーは繁々と見たが、興味はないようだった。
「ありがとうクマ」
「マジックアイテムはいくつかあるけど、鑑定にかけるから。明日の昼にでも、ギルドに来たらいいよ」
うなずく涼子と翔一。
地上に出ると、日は暮れかかっていた。
身なりのいい中年の男がやってくる。
「これは君たちがやったのか?」
驚愕の表情。
「ええ、こいつらは全部鼠人間、ライカンスロープの類だよ。滅茶苦茶手ごわかったんだ」
キャシーが自慢げにいう。
鼠人間の死骸は獣と人間の中間の姿を保ったままだ。
「王妃様の仰られた通りだな……これは失礼した。街に巣くってる汚物を掃除してくれる人間が居ると聞いたのでね。領主アモン様のご指示で、勇者の皆さんは今日は城の浴場で体を洗って、ゆっくりと一泊してほしいとのことです」
「へえ。大勇者アモン様に褒められるなんて、ちょっと嬉しいね」
「その子熊も連れてくるようにと」
「わかってるじゃない、この子が一番活躍したんだよ」
「まさか、そんなちいさい熊が……」
中年はあからさまに疑わしそうな顔をする。
「それが、そのまさかなんだよ」
キャシーは詳しく説明しようとするが、涼子が肩を叩く。
「ご主人様が、他言無用でお願いしたいと」
「ち、わかったよ」
「話の真偽は置くとして、そちらの戦士殿は怪我を負われている様子。領主館には医者もおりますから」 アレックスは異常なくらい頑健な男で、普通の男なら失神しそうな怪我を負いながら、治癒精霊の簡単な治療でぴんぴんしている。しかし、見た目はそれなりに大きなけがだった。鎧も破れている。
「そうだね……あたしだけギルドに鑑定品を出しに行くから、その後合流でもいいかい」
「わかりました、ご自由にどうぞ」
男がそう告げる。キャシー以外は領主の館に向かった。
領主の館はトーバック城の一角にあり、巨大な城塞の門をくぐると、それはあった。
日も落ちてきたが、明かりを焚いている。
挙動の素早い兵士たちが奥まで案内してくれた。
「皆さまは敵に汚れをつけられたご様子なので、浴場でさっぱりしてくださいな」
これも女兵士みたいな目つきの鋭い侍女が案内してくれる。
脱衣所に入ると、涼子はためらいもなく素っ裸になる。
彼女は翔一の手を引いて浴室に入った。
「熊さんも一緒にどうぞ」
微笑みながら、侍女。
女性と一緒はちょっと気が引けた翔一だったが、子熊だからいいかと一緒に入る。
浴室は大きなタイルで敷き詰められて、かなりカラフルだった。
「ネズミさんたちの汚物がついたから、しっかり洗ってから湯につかるクマクマ。お湯を汚さないのはエチケットクマー」
翔一はそういいながら体を石鹸で洗う。原始的な石鹸が用意してあったのだ。
お湯で体を流して、湯につかる。
「ふぅー、生き返るクマー」
涼子もお湯につかっている。
彼女は無言。
翔一は暇になって、例の像を精霊界から取り出す。
ちなみに、像と書物は綺麗に保管されていたので汚染はない。
「タコさん、水中に帰るクマー」
翔一は頭がタコの像を湯の中に入れる。像は金属製で、不思議な色合いをしている。水中で気のせいかタコの足がふらふらと揺れた。
「水中から出てくるクマー、ざっぱーん」
「翔一、その像は?」
涼子が不思議そうに聞く。今は眼鏡をかけていないのでフロールの監視はない。
「ネズミのナイフ男が持っていたクマ。変わった形クマ」
涼子はしばらく像を見ていたが、すぐに興味を失う。
「そういえば涼子さんはフロールさんに無理やり捕まったクマだよね」
「そうではありません。私を作った企業は邪悪な人工知能を作っていたのです。彼は警官としてその陰謀を暴き、仲間と共にそれを破壊しました。でも、その人工知能もいわば生命、フロールさんは命を惜しんで、この義体に知能の一部を複製して封印したのです」
「なんだか、そんなふうに聞くと、フロールさんが正義のヒーローみたいクマ」
「あの方はああ見えても正義のヒーローです、私はあの方のお手伝いがしたい」
「うーん、確かに色々性格に問題はあるけど、フロールさんはダナちゃん助けるためにここまで来たクマ。涼子さんのいう通りかもしれないクマ」
にっこり微笑む涼子。翔一も嬉しくなった。
風呂から出ると、
「領主さまはお疲れの御様子。明日も早朝には発たれるそうです。皆さまは今日は夕食を取ってごゆるり休まれて、明日領主さまからの御褒美を受け取って下さいな」
侍女がタオルで翔一の毛皮を拭きながらそう告げる。
食堂で翔一は簡単な夕食を貰って食べる、涼子は目のセンサーで分析しながら消化によさそうな部分だけ少し食べる。
部屋に行くと、涼子とは別室だった。翔一は不思議に思ったがベットにはいる。
「うわーフカフカクマ」
ベッドに入ってゴロゴロする。
「お気に召したかしら」
背後にいつの間にか、昼に見た王妃がいた。
「あわわ、ボ僕は普通の熊ですクマ」
「喋ってるじゃない」
笑顔の王妃。非常に美しい。
「ぼ……」
翔一がしゃべろうとすると、王妃は静かにというゼスチャーをする。そして、するするとドレスを脱いで、裸になるとベッドに入る。
「今日は大変だったでしょ、もう寝ましょうね」
「そうだね、もう眠い……クマ」
翔一は王妃に抱かれて撫でられると、急速にウトウトしてきた。
全裸の美しい女性に抱き着かれたら、普通の男なら理性も消し飛ぶだろうが、翔一は熊として、あまり何も感じなかった。
すぐに意識を失い、ぐうぐう寝てしまう。
「私のクマちゃん。これで存分にモフモフできるわね」
そういいながら、王妃は翔一の短いモフ尻尾を軽く弾く。
ふと、気が付くと、翔一はいつもの子熊の姿。
強い日差しのなかアスファルトの道路の上にいた。
周りは灌木の生えた荒野。
「アメリカの砂漠みたいだ。映画で見たクマ」
翔一は目的もなくぽてぽて歩く。
後ろから爆音響かせ、一台のバイクがやってくる。
(すっごい大きいバイククマ、でも、怖そうな人が乗ってるクマー)
翔一は道路の端による。
「よう、坊主、翔一」
バイクが止まり、男が声をかけてくる、
ボビーだった。
「ボビーさん」
元気なボビーさんを見て、翔一はうれしくなった。
「後ろに乗れよ。ドライブしようぜ」
そういうと、ボビーは小さなお椀みたいなヘルメットを貸してくれる。翔一はそれを被り、ボビーの後ろに乗る。
バイクは走り出した。
爽快な風、爆音も心地いい。
青い空に、どこまで広がる荒野。大自然。
ボビーと翔一は楽しく走った。何か会話したように思うが記憶には残らない。
かなり長い時間走った。
やがて、止まる。
「もう、これ以上はむりだな」
「?」
「翔一、俺は行く。サヨナラだ。俺の魂を解放してくれてありがとう」
翔一は促されて降りる。
じゃあな、という感じで手を振ると、ボビーは走り去った。
ボビーをいつまでも見送る。
いつの間にか、いつもの海岸に居た。
「ボビーさんの魂は解放されたんだ」
翔一は少し涙を流す。
仕方がなかったとはいえ、ボビーを斬ったことに後悔もあったのだ。
「戦いは凶事だけど、全てが悪ではないわ、やさしさが全てにおいて善ではないように」
いつもの女がいる。
「お姉さん、よく見たら、エルフさんだよね」
「私のことは詮索しても無駄よ。どんな姿にでもなれるから」
「名前も知らないよ」
「知らなくても変わらないわ」
教えてくれるつもりはないらしい。
翔一はいつもの海岸にもう一つ道ができていることに気が付く。真っ黒な道だ。
「あの道は何? あんなに禍々しい道、選ぶわけないよ」
ぞくっとするほど不気味だった。
「確かに、あの道は悪の道よ。でも、戦争は悪だけど戦争が必ずしも全部悪ではないわ。それと一緒よ」
「選び続けると、恐ろしいことになるってことだよね、たぶん」
「……」
「何が得られるんだい?」
「魔力よ。まずは魔力が増大するわ、そして、異界の知識を得る。多少の妖術。そんなところかしら」
「あのエパットや片目の男、奴らと戦うのに、その知識や術は有効なの?」
「純粋無垢な存在では、彼らの陰謀に立ち向かうことはできないわ。私はそう思うの」
「……」
翔一は暫く考えていたが、黒い道に入った。
「レベル五です」
ちょっと長くなり過ぎたので、二つに分けて連続投稿致しました。
2020/10/31 読みやすくしました。微修正です。




