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高田先生の授業

かつてこの世界に、能力者はいないとされていました。もしくは、噂にはいるというようなことも聞くが真偽のほどはわからない、と。

ですが、およそ60〜70年前ほど前から、能力者は爆発的に増加します。世界各地で能力者が能力を使う映像や写真が撮影され、能力者によると思われる事件も頻発しました。

世界は混乱し、そしてその最中、ついに能力者はその能力を使い…殺人を、犯したのです。

このままでは、テロや戦争などにまで能力者を使われてしまうかもしれないと危惧し、真っ先に能力者に関する法を制定したのが__我が国、という訳です。


誇らしげに話す先生と、聞き入る生徒たち。みんなの怖いほどまっすぐな視線から身を守るように、片腕で体を抱いた。

頬杖をつき、先生から視線を外す。なんせこちとら当事者だ、その法律に関してなら先生より詳しい自信がある。抜け穴なら、もっと。


「能力者の台頭に伴い改定、または制定された法律の大まかな内容を要約すると、こうです。

まず、“能力者は国に申し出を行うこと”。これは、国で能力者とその能力を把握するための法律です。」

申し出をした瞬間から、その能力者の身体の自由はなくなりますがね。噂に聞くとところによると、役所には申し出を提出した能力者を拘束するための特殊警官がいるらしい。

あくまで噂だが、申し出をしに役所へ行った能力者と接触できたという話は聞いたことがないので、少なくとも能力者を拘束__国の言うところの、保護するような設備はあるのだろう、というのが私の見解。


「次に、“能力者は許可なく職に就いてはならない”。これには、能力者がテロ組織や反社会勢力の下につくのを阻止する意味があります。」

職業選択の自由の剥奪ですねー、と指先でペンを回した。落とすと音で先生にばれるから、ミスらないように慎重に。

ふと視線を感じた。居心地悪そうに組んだ腕から飛び出る癖毛頭が、こっちを見ていた。その耳が赤くて、相変わらずだなと目元だけで笑顔を伝える。

つられたようににへ、と笑った顔は格好よくはないが、愛嬌があってそれもそれでいいんじゃないかと思う。


「そして、“能力者は国の保護を受けなくてはならない”。能力者による事故が相次いでいることは、皆さんもニュースなんかで見ると思います。これは、その防止ですね。ね、松村くん。」

「うぇっ、あ、ハイッ。」

先生の話に聞き入っていた生徒たちが、どっと笑う。腕組んでたらそりゃ、寝てるようにしか見えない。

松村が起きていたと知っている私1人だけ違うことで笑いながら、先生のお前もな、という視線に指の間を踊っていたシャーペンをしまった。

「はい、キリもいいし終わり終わり。休み時間になるまで、教室からは出んなよー。」

さっきまで熱弁をふるっていたとは思えないほど投げやりな声でそう言うと、先生は教室から出て行く。騒がしくなる教室の中、席を立った。友達の席に行く道すがら、すれ違いざまに松村に囁く。

「アイコンタクト露骨すぎ。」

「ごめ。」

ん、の発音を置き去りにした。あんなのでばれると思ってはいないが、万が一にも松村が私のことを好きだなんて噂が流れると困る。

反省してろばーか、とさっき送ったメッセージと同じことを思った。

「高田先生、授業中とそれ以外で人格変わり過ぎじゃない?」

「それがいいんじゃん。はぁ〜、ほんっとイケメン。」

「私は裏表がない人のほうがいいと思うけど。」

高田先生の顔は確かに格好いいけどね、と付け足した。だよねー!と大声でそう言った友達の、授業中の高田先生ばりの熱弁に相槌を打ちながら、通知を伝えた携帯端末の画面を見る。あいつ本当に馬鹿だなぁ、と思った。送ってきたのは松村、高田先生みたいな人がタイプなの?と表示されていた。

反省しなさい、と送った。


10メートルほど先の曲がり角から姿を現した松村と視線が合い、そしてどちらからともなく外れる。外じゃ、これが正しい距離。

何の気なしに見た携帯端末の通知に気づいた。4分前の時刻が表示されている。送り主には松村の名前、中身は一言、ごめん。

少し考えてから、耳赤くしすぎ、と送った。中学の頃はまだしも、高校では流石に慣れてよ、と続ける。

おっしゃる通りです、と返ってきた。

高田先生が寝てると思って名前呼んで、それが恥ずかしかったと思われた訳だけど

はい

1人でもばれたら、同じところに住んでる私たちもみんな捕まるんだよ

すみませんでした

メッセージを交わしながら、私たちは路地裏の奥へ入り込んでいく。地面に転がるビールの空き缶、不法投棄された廃品の山、人が通れる最低限のスペースを残して積まれた鉄骨。

それらの間を難なく通り抜け、辿り着いた行き止まりで松村が建物の壁に背を預け待っていた。くすんだ色のマンホールの上に、2人で立つ。

景色は上に動き、体は下に動いた。松村がおもむろにかがみ、片膝をついた。そして膝をついた側の手でマンホールに触れ、もう片手は天に掲げる。上半身は前傾に。どうやらそれが、今日の決めポーズらしかった。

「マザァー!裕也が馬鹿!裕也、決めポーズしてないでこっち来て!」

「真理亜、転ぶ!転ぶってば!」

「私は転ばない!」

「俺は転ぶ!後ろ向きには走れないの、人だから!」

勝手に転べばいい、と思って腕を掴んだままマザーを探して回る。手を上げてたから掴んだんだ、掴んで欲しいのかなー、と気を使ったことを咎められる覚えはない。それに、どうせ転びやしないのだし。むかつく奴。

「いた、マザー!ただいま!」

「マザー、ただいま。そしてごめんなさい。」

「お帰り、2人とも。」

マザーの顔をしわくちゃにした笑顔に、魔法をかけられたように私の心は落ち着いた。体から力が抜けて、初めて肩に力が入っていたのを知る。

「お話なら、まずは手を洗ってからね。だって、せっかくマフィンを焼いたんだもの。」

「いますぐ洗ってくる!」

心が落ち着いたのは一瞬のことで、来た時と同じ速さで洗面所へ走る。今度は、2人並んで。マザーの微笑ましそうな視線を背中に感じながら。

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