“王都への道は一日にしてならず”だが、三日もあれば足りるらしい
言及するまでもなく、巨大騎士と一般兵科では歩幅の大きさが変わるので、自他が操縦するクラウソラスは二個中隊の騎兵達と一緒に先駆け、後続の歩兵隊や輜重隊の進路と安全を確保しながら進んでいく。
なお、リゼルは小国である故に面積がそれほど無いため、レヴィアに聞いた限りでは、約一週間で国内の横断ができるらしい。
(思ったより、大きいのか小さいのか……)
体感的な旅次行軍(戦闘を想定しない隊列に於ける移動)の速度は毎時4キロメートル前後であり、適宜の休憩も挟みつつ、日暮れまでに四刻ほど移動する予定となっていた。
以上から判断して、七日で国土を横断できるというなら、総距離は224キロメートルくらいだろうか?
地理的に東西へ長いとの事だが、それだけでは全くもって面積が分からないので、昨夜飲み明かして仲良くなった同輩に騎体の念話装置で尋ねる。
『なぁ、ロイド』
『なにか質問でも?』
『リゼル騎士国の広さって、どの程度なんだ?』
『月ヶ瀬家の蔵書に “畿内” より若干狭いとあったね』
不意打ち気味に出てきた畿内とは、山城・大和・河内・泉・摂津を指す言葉で、血筋を遡れば同郷となる此方が理解し易いよう、少々考えてくれたのだろう。
(戦国時代の三好家を増強させた感じだな)
周囲で馬を走らせる騎兵隊など、服装や装備が西洋式のため適切な表現ではないが、勢力規模を想定するには丁度良い。
小国のリゼルが現状で独立を維持している手前、似たような大きさの国が乱立しているのかと思い至り、自騎へ同乗するレヴィアに確認しておく。
『ん~、うちよりも大きい国は幾つかあるけど… 領主や諸侯の権限が強いから一枚岩じゃなくて、上手く外交で誤魔化せてる感じかなぁ?』
『ふふっ、策を弄するだけでなく、我が国は武芸にも秀でていますよ、クロード様』
話に混ざってきたエレイアによると、かつて大陸を席巻した神聖ローウェル帝国という存在があって、今の国々は皆そこから生まれたということだ。
当時、腐敗しきった権力の中枢より離れ、山間地に拠点を設けた帝国騎士団が中心となって、小国の礎を築いたらしい。
『そんな経緯もあって、“滅びの刻楷”に抗う諸国同盟の御旗は、神聖帝国時代の物を使っているのです』
何処か誇らしげに語るエレイアの言葉を聞き流し、異形の侵攻で大同団結が成った皮肉さを感じていれば、クラウソラス四番騎の疑似眼球を通した視線の先で、露払い役の騎兵隊が馬肢を止めた。
その挙動に倣い、俺達も騎体の歩みを停止させて後方へ振り向き、距離が空いてしまった後続部隊を眺める。
小型種対策の散弾式マスケット銃を担いだ歩兵や、多くの小荷駄を率いる輜重兵に混じり、噛み潰された腹部の装甲と人工皮膜を剥いだ五番騎が動けるまでに修復されて、遅々《ちち》たる速度で足を運んでいた。
件の騎体を操っているのは名高いセルヴァス家の嫡男だが、彼の表情は隠せない苛立ちに満ちている。
(くそッ、度し難い愚かさだな、浅ましいにも程がある!)
ふらりと現れた黒髪の稀人に敗れ、騎体と幼馴染を奪われたディノは内心穏やかならず、同輩の誰かが戦場で失態を晒せばと願っていた。
状況次第では名誉挽回の機会が訪れると邪推して、自身の思惑通り操縦者に返り咲いたが、互いに鍛え合った騎士ルーディックや、魔導士ミリアの戦死と引き換えだ。
(すまない、二人とも… 嫉妬心で目が曇るなどッ!!)
ここ数日は良い部分が皆無だったものの、厳しい選定を乗り越えた優秀な人員として、彼も物事の分別は弁えており、私情に囚われていた己を恥じる。
『儘ならない、何もかも』
半ば無意識の捨て台詞が吐かれたところで、難しい破損騎の動力制御を担っていた魔導士リーゼも、これ見よがしに重い溜息を吐いた。
騎体経由の感覚共有がなされている手前、さっきから陰鬱な感情が延々《えんえん》と流れ込んで、どうにも迷惑なのだ。
『ちょっといいかな、ディノ君』
『…… 構わないが、手短に済ませてくれ』
『じゃあ、端的に言うけどさ… 悩みがあるなら、お姉さんが聞いてあげるよ?』
やんわりと諭すように水を向けられて逡巡するも、話せば少しくらい楽になれるかと折り合いをつけ、訥々《とつとつ》と藍色髪の騎士が仔細を語り出す。
衒わずに心の醜い箇所まで曝け出されてしまい、取り繕う余裕すらないのかと、なにげに世話焼きな年頃の娘は若干引いた。
『うわぁ~、最悪だね、自己利益のために仲間の失敗を願うなんて』
『うぐッ、人の傷口に塩を塗り込むようなことを』
『でも、後悔が強いみたいだから、良いんじゃないかな? “一片の曇りも無い聖者” より、“迷いながら進む愚者” の方が信用できる』
浮薄を装って落とした後、抜け目なく励ますリーゼは腰まで伸ばした金糸の髪や、艶やかな肢体を強調するように女魔導士の軍服を着崩した姿と異なり、細かい配慮ができるらしく… 心持ちの軽くなったディノが素直に礼を述べる。
『気遣いに感謝する。未熟な俺を導いて欲しい』
『ふふっ、愛想が尽きない限りはね』
微妙に照れたのか、最後は揶揄って応えた魔導士に見捨てられないためにも、着実に地力を上げることなど誓い、藍色髪の騎士は満身創痍の破損騎を漸進させていく。
その頃、二人を含む騎士団の面々《めんめん》が帰投する先、王都エイジアの歴史と共に増築されてきた外壁の上で、黒衣の騎士が人知れず曇天の下に佇んでいた。
無骨な全身鎧に遮られて外見から判断できないが、纏う雰囲気はアンデッド特有のそれであり、異形の軍勢で一角を担う不死族の者に他ならない。