くだらん内輪揉めなど、直ぐに終わらせておくに限る
それぞれの立場に応じた物の見方があるので、手前勝手になってしまうが…… 仮に狐狩りが成功していれば、軍事衝突は避けられた筈である。
失敗する原因となった黒銀の騎体が脳裏に浮かんだものの、主君たるハイゼル卿から聞いた事前の話だと、彼の騎士王は帝国まで出張って来ないらしい。
(早々に雪辱は果たせないか……)
少し憂鬱な表情で陣地を護る四十数騎の巨大騎士や、凡そ三千数百名の随伴兵を見渡していたレオナルドの片頬が不意に掴まれ、無情にも小さな手でむにむにと引っ張られる。
犯人は勿論、隣にいるエルネアしかありえない。
「ふぁにをする、やふぇろ」
「また難しいこと考えてた……」
何やら思想信条の自由を侵されている気はすれども、至って真面目に “一人で大局を動かせるなんて思い上がり、いらないから” と彼女は宣う。
結局のところ、自分達に与えられた裁量の範囲で最善を尽くすしかないのだと、近くに片膝を突かせている四本腕の騎体ナイトシェード・羅刹を見上げた。
人体に存在しない複腕を自由に操るため、二人で多大な時間を投じて慣熟した最新鋭の巨大騎士なら、戦場で散りゆく多数の命を拾うことが可能かもしれない。
「そうだな、微力を尽くそう」
「あぁ、是非そうしてくれ」
聴き慣れた声に応じ、レオナルドは相棒の魔導士と一緒に騎体へ向けていた視線を下げ、エイドス領の騎士長と連携の仔細など詰めてきたヴァルフ騎士長を略式の敬礼で迎える。
軽い調子で答礼した上官は硬い態度に微苦笑を浮かべてから、続きの言葉を紡いでいく。
「くだらん内輪揉めなど直ぐに終わらせ、双方の被害を最小限に留めたいものだ。ゼファルス領を此方の掌中に収めた後、西方三領地に進駐する予定だからな… 刃を向けるのは “滅びの刻楷” に属する異形どもでいい」
「そのために態々、隠し玉の騎体も用意してますからね」
「ん、戦いは火力で決まる」
呟いたエルネアが眺めるのは機動性に乏しい重量級のニ騎だが、砲撃体勢に移行すると両肩の大盾が縦に割れて二門の砲身になり、高威力かつ長距離の射撃が可能な兵装となる。
設計及び開発を担当したファウ・ザゥメル嬢の言葉によれば、冷却機構の問題で連射は出来ずとも、相手の出端を挫くには十分な代物との事だ。
“初めて砲門を向けるのが異形では無く、同胞とは因果な話ですね” と、何処か小馬鹿にして微笑んでいたのが、三人の記憶にこびりついている。
「…… 我がリグシア領に技術革新を齎したファウ殿に感謝はしているが、俺は好きになれん。彼女の研究成果がエイドスの連中を加勢させる餌になっていてもだ」
「分かります、飄々としているようで、実際は此方を見下しているだけの印象がありますからね」
自領の開発責任者という見方を外した場合、ゼファルス領の女狐よりも人格的には問題がありそうだと思いつつ、レオナルドは上官に同意を返した。
騎体の製造や整備に携わる技術職は腕前さえ確かなら、性格の難は不問とする傾向が強いので問題無くとも、直接の関りを持つ騎士や魔導士達は彼女に対して苦手意識がある。
「ハイゼル様ですら、一線を引いているくらいだからな……」
「まぁ、あの妖艶さに惑わされていないのは有難いことです」
彼らの主君は生粋な貴族主義者である故、高貴なる者の在り方を追求するきらいがあり、その観点からだと色欲に溺れるのは愚者となるのだろう。
市井の意見を聞き、差別的な部分を改善すれば良君と言えなくもない筈だ。
「惜しむらくは女狐殿が稀人の身で有力な領主になってしまった事か」
「きっと、それが許せないのでしょう」
他の皇統派貴族はニーナ・ヴァレルが持つ一領主としては過剰戦力や、彼女の思想に賛同する西方領主らを警戒して、罪を着せるため査問会へ招集した訳だが……
それらの理由以上にハイゼル卿は異界から来た下賤な稀人が余所者にも拘わらず、アイウス帝国の民草と領土を治めている事実に忌避感を持っている。
「国政を牛耳る皇統派の思惑、我らが主の個人的な思想、異形の侵攻により武威が求められる時勢、色んな要素が絡んでのゼファルス領侵攻だ。先の暗殺失敗に関して余り思い悩むなよ」
「気負い過ぎないように善処します」
澄まし顔で短く答えた配下の肩をばしばしと叩き、心配そうなエルネアに目配せしてから、ヴァルフ騎士長は愛騎であるグラディウスMk-Ⅱの下へ去っていった。
新たに騎士骨格を再設計し、軽硬化錬金製の外部装甲を着せた第二世代の専用騎体は主兵装に破砕槍、補助兵装にサーベルが採用されており、腰元には貴重な火薬を使ったクラッカー二個が装備されている。
内部に緩衝材やスプリングを組み入れた動きを阻害しない小型のバックラーも相まって、沈みゆく夕日の色に染まる騎体は洗練された姿で片膝を突いていた。
いつしか、それも暗闇に隠れて緊張感を伴った開戦前の静かな夜が明け、リグシア領を主体とした旅団規模の混成部隊は戦闘が予測される小都市の近郊まで、薄暗い中を鈍足な輜重隊の速度に合わせて緩りと進んでいった。
ぼちぼちと筆を走らせています。
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