急がば回れ、待てば海路の日和あり
『さて、少しだけ急がないとな……』
『ん、私達は迂回路だからね』
後部座席から聞こえるレヴィアの指摘通り、直線的な動きで戦域の平原地帯を目指すゼファルス領軍と比べ、側面からの奇襲を画策している此方は移動距離が長くなってしまう。
それに加えて並行世界に於ける森林の樹木が、棲息する巨大生物に圧し折られないよう、自生の間隔を開けているとしても足場の悪さは否めない。
『どわぁあッ』
『きゃあ!?』
案の定、隊列後方から叙任したばかりの新任騎士と魔導士の焦り声が念話装置越しに聞こえ、騎体専用の外套を纏うベルフェゴールを振り向かせると、木の根に躓いてバランスを崩したクラウソラス三番騎の姿があった。
何とか踏み留まってはいたが、転倒の仕方によっては随伴する整備兵や輜重兵を巻き込んでの惨事に繋がりかねない。
そんな下手をしたら死傷者も生じる事態に対して、神経質な副団長が冷静さを装ったままぶち切れる。
「貴様ら…… すぐにそこから降りろ、私が直々に修正してやる」
『ひえッ、すみません、ライゼス様』
『え゛、あたしもですか?』
然も心外そうな魔導士の発言が騎体の両肩及び脚部にある外部拡声器から響き、“魔力制御の担当者に躓いた責任はないのでは?” と小さく呟かれた。
至極真っ当な意見に沈黙が降りた間隙を狙い、様子見を決め込んでいる騎士団長に代わって、横合いから口を挟む。
『細かい話は野営の際にしてくれ、今は行軍中だ』
「クロード王がそう言うならば従おう、何かしらの罰則は与えるがな」
『… ゼノス団長、余りに手厳しい内容だったら調整を頼んでも?』
『ははっ、任せて貰って構わんよ』
どうせいつもの事だと剛毅に笑う声を受け、彼の御仁が厳格過ぎる副団長の歯止めになってくれるのを期待しながら、自騎の外部拡声器をミュートに戻して北側へ向き直った。
その際、“ここで騎士王が躓いたら恥ずかし過ぎるな” と、ふと脳裏に浮かんだ思考が騎体の人工筋肉に内包される神経節を伝い、一緒に操縦席へ収まっているレヴィアにも流れていく。
『うぅ、それは笑えないよぅ、というか私を巻き込まないでね?』
『おいおい、つれない事を言うなよ、怒られる時も一蓮托生だろ』
やや砕けた態度で心配そうな赤毛の少女に軽口を叩けども、こんなところで従ってくれている兵卒を損耗させるなど論外であり、下敷きにして殉死者など出そうものなら国元の遺族に合わせる顔が無い。
同様の事柄を他の騎士達も考えたのか、特に露払いを務めるディノの改造騎ガーディアと、中衛にいる琴乃のスヴェルS型一番騎が鈍足になった。
(まぁ、気が引き締まったと思っておこう)
その観点から言えばライゼスの叱責も効果があったのだろうと強引に結論付け、枝葉の天蓋より漏れる陽光など受けつつ自騎を歩ませていると、件の改造騎が片手を挙げる。
遠征部隊の面々が動きを止める中で、方々に散っていた二人一組の斥候兵達からの報告を受け、音量を適度に絞った外部拡声器からディノの声が響く。
『ニーナ卿の助言通り、この先で中型以上の魔物を多数発見したそうです』
『彼らの生息域だからこそ、敵勢の目を欺けますけど私達も注意が必要ですね』
不特定多数に呼び掛けるためか、普段の俺に対するよりも丁寧な言葉遣いとなった藍髪の騎士に続き、騎体専属の魔導士であるリーゼからも意見が添えられ、然りとライゼスが頷いた。
「多少の知性がある魔獣なら、巨大騎士の部隊に襲い掛かってくる事は無いが… 如何せん、本能に突き動かされる魔虫などもいる」
努々、油断はしない事だと宣う副団長の警鐘に違わず、危険地域に足を踏み込んでから遭遇したのは体高8m程の蟷螂であるグロウ・マンティスや、それよりも小振りな飛蝗のビッグホッパーなど昆虫ばかり。
今も補助兵装の短剣でスヴェルS型の腰元に張り付いた飛蝗を切り剥がしながら、辟易とした様子で琴乃とイリアが悪態を吐いた。
『こんな感触まで正確にトレースしてくれなくても……』
『うぅ、昆虫は苦手です、ぶよぶよしています』
どうやら騎体との感覚共有が苦痛らしい少女達の愚痴を聞き流して、徒歩の兵卒らを護りつつ一刻半ほども森の深部を縦断すれば、周囲の景色が心なしか変化していく。
さらに少し進むと反対側の浅い部分に抜ける事ができたので、日の沈み具合など考慮した上で野営地の構築に取り掛かった。
その同時刻、やはり暗闇での行軍を避けたリグシア領とエイドス領の混成旅団も野営準備の最中にあり、騎体搭乗者として雑務を免れた青年将校が床几に腰掛けて、慌ただしく動き回る自領の兵卒らをぼんやりと眺めていた。
「飲む?」
「あぁ、貰おう」
傍に立つ魔導士の少女エルネアが差し出した革水筒を受け取り、一口付けてからレオナルドは独り言のように呟く。
「未だに確たる大義は見えないが、部下を殺された私怨はある」
「むぅ、そういうの拘るべきじゃない」
「分かっているさ、単に帝国兵同士で争う理由が欲しいだけかもな」
数ヶ月前、女狐ことニーナ・ヴァレルを暗殺するべく敢行されたゼファルス領への強襲以降、事態は彼の手が届かない場所で引き返せないまでに進み、もはや内乱の様相を呈していた。
現在はスランプ気味ですが、ぼちぼちと執筆を再開できたらと思っています。
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