帯域幅の単位と言えばヘルツ博士でしょう By ニーナ
「ふふっ、数ヶ月振りね、息災だった?」
「あぁ、程々に充実した日々を過ごさせて貰っている」
護衛の騎士数名に囲まれて嫣然と微笑むニーナ・ヴァレルと軽く挨拶の言葉を交わしながら、此方も他意の無い笑顔を返す。
開けた駐騎場を吹き抜ける風に乱されないよう、片手でダークブラウンの横髪を押さえた彼女は以前と違い、露出度は控えめの装いで洒落た眼鏡まで掛けている。
「かなり印象が変わって見えるな、お陰で目のやり場に困らない」
「ん、クロード殿に色仕掛けは効果が薄そうだし、もう寒くなってきてるから」
あと一月ほどで冬の到来となるため、騎士軍装用のコートを仕立てるようにイザナや隻眼の魔術師から言われていた事が脳裏に浮かんだものの…… 今はそれよりも断然気になる飛翔船へ意識を割いた。
小型と言っても全長は二十数メートル以上あり、船体後部には馴染みのあるバースト機構が取り付けられ、側方にも同系統と思しき小型の物が存在している。
「空飛ぶ船…… これはこれで有りかもッ♪」
「ファンタジーな世界だと普通にあるよね、皆好きなのかなぁ」
森での退屈そうな姿は何処にやら、興味津々な様子で瞳を煌めかせるレヴィアや胡乱な表情となった琴乃を一瞥し、何やら自慢げに胸を張った領主令嬢と向き合う。
清楚に見える格好をしていても、これ見よがしに豊満な胸を突き出されると本能的に視線が向いてしまうため、気を紛らわせるように言葉を紡ぐ。
「用件は飛翔船のお披露目で間違いないか?」
「えぇ、凄いでしょう」
「そうだな…… 兵員や物資を輸送する際の常識が変わりそうだ」
「…… 量産性はあるのか、ニーナ卿?」
徐に控えていた御目付け役のライゼスが口を挟み、神妙な声音で現世界の人々には刺激的な代物が普及する可能性を問い質せば、上機嫌なニーナの表情が少々曇った。
「立ち話も何だし、取り敢えずは乗船しましょう」
踵を返した彼女にアインストとエリザが続き、此方も護衛兵を除く主要な者達で船内へ立ち入らせて貰う。
内部の床面積は相応にあれども…… 形状的に横幅が約3.5mしか無いため、半分くらいを剥き出しの魔導炉や反応石、魔力結晶に各種計器などが周囲を埋めていた。
「雑多で御免なさいね、試作機だから内装とかどうでも良かったし」
「それでも自慢したかったと…… 流石は我が主です」
「もうッ、一言多いわよ、アインスト!」
「ははっ、それは失礼致しました」
態とらしく慇懃な態度で応じたゼファルス領の騎士長が相棒の魔導士を伴い、前方の操縦席へと向かう傍ら、通路を挟んで設置された簡素な長椅子を勧められる。
先に着座したニーナの対面に腰を下ろすと隣にはレヴィアが、さらにライゼスと琴乃が続いたのだが…… 片側四人掛けなので銀髪碧眼の兄妹があぶれてしまう。
「別に遠慮しなくていいわよ?」
「では失礼しますね、ニーナ様」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
微笑したエレイアが領主令嬢の隣に座り、妹を間にしてロイドが着座したところで、船体後方からの伝声管を経由した声が響く。
「魔力波の帯域、問題無く3600MHz前後で安定しています」
「…… 何故にHz準拠なんだ?」
「あら、帯域幅の単位と言えば祖国ドイツのハインリヒ・ヘルツ博士でしょう」
さも当然と言わんばかりの御令嬢に呆れつつも、船室に飛び交う確認事項を聞き流していたら、不意に “精霊石” という懐かしい言葉が出てきた。
そこから平行世界に迷い込んだ当初、大森林でロイドが破壊した精霊門と呼ばれる不可思議な多面体が浮遊していた光景を思い出す。
「まさか、あれの欠片を使ったのか?」
「ご明察、過去に確認された精霊門はどれも浮いていたから」
「けれど、私とお兄様が破壊した時点で浮力は失っていましたが……」
「論より証拠よね、そろそろ動くわよ」
連続する微細な振動が徐々に大きくなり、やがて突然静止した瞬間、身体に掛かる重力が増していく感覚と同時に飛翔船が高度を上げる。
「なんか、飛行機に乗ってるみたい……」
「気密性とかの問題もあって、高度5000 ~ 6000mくらいが限界だけど」
思わず呟いた琴乃が稀人だと気付いたニーナは “紹介しろ” と目配せしてくるものの、此方は先程から挙動不審なレヴィアが離席して窓に張り付かないよう、気を逸らせるので手一杯だ。
「もう少し安定したら、船内を歩いても良いから我慢してね」
「はうぅ、ごめんなさい~」
さり気なく領主令嬢が諭した事で、やや落ち着いて話せるようになり、請われるままに琴乃が加わった経緯などを話したのだが…… 途中から雲行きが怪しくなってきて矛先が俺に向いてくる。
「…… 確かに、私もクロード殿は粗忽だと思うわ」
「そうなんですよ、共感が欲しいだけなのに極論を突き付けてくるし」
「むぅ、相談されたら一定の解答を提示するのが礼儀じゃないのか?」
「その考え方が駄目なんだと思うよ、僕は……」
やんわりとロイドにまで窘められ、“さすが、お兄様です” などとエレイアから追い打ちを掛けられている内に飛翔船の垂直上昇が止まり、緩慢な水平方向の動きに切り替わった。
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