いざ、ゼファルス領へ
すぐさま “あら、ご機嫌な様子だったから、慮ったのです” などと、喰って掛かられた義娘が反論する言葉も内部まで届き、義父であるゼノス団長はバツが悪そうに笑う。
「些か理屈っぽく育ってしまったな……」
「お前の適当さを反面教師にしたんだろうよ、悪い事でもないさ」
何食わぬ顔で応じた魔術師長が歩み寄り、そっちの自由奔放な一人娘はどうなんだと胡乱な視線を投げる俺に書状を差し出した。
火急の場合を想定して騎士王の不在時は宰相権限が強化されるため、その職を兼務しているブレイズが検分したのか、開封された封筒にはヴァレル家の刻印が押されている。
「概ね、クロード王の想定通りかと」
「ぐぬぬ…… これで騎士王祭の延期は確定か」
口惜しそうなゼノス団長の声を頭の片隅に置きつつも、正式に援軍を求める文言が書かれた紙面に目を通していく。
当然と言うべきだが、女狐扱いされているニーナも自身に向けられた嫌疑や審問会の開廷が避けられない事実は把握しており、元老院議会の議決に合わせて騎士国に要請を出すつもりだったらしい。
既に西方三領地へ派遣しているゼファルス領騎士団の一部にも連絡済みだが、二ヶ月ほど前から国境付近の異形達が活性化しているため、領内に召喚可能なのは十数騎に留まるとの事だ。
恐らく皇統派貴族の主導で強引な議決ができるのも、現在の西部戦線が影響しているのだろう。
(…… 一部の連中に都合がよすぎる印象は拭えないけどな)
興味深そうに横合いから覗き込んでいたイザナに親書を渡し、“滅びの刻楷” に属する上位種族の骸骨騎士や浮遊型騎体の操者を思い出す。
他にも知性の高い個体が存在する確率は高く、何かしらの手段でアイウス帝国の内情を知っているのかもしれない。
ならば騎士国にも間者の類が混じっているのかと懸念を抱いていたら、隣から小さな溜息が零れ落ちた。
「…… 戦いなど無ければ良いのです」
「同感だが、先を見据えれば避けるべきじゃない」
万人の利益を求める功利主義者のニーナ・ヴァレルは諸国同盟に欠かせない存在であり、彼女を排した帝国が自らの利益に固執するような行動を取れば、団結して異形種の脅威に対抗するのは不可能となる。
目先の悲劇を忌避した結果、より大きな破局を迎えるのは本末転倒だ。勿論、聡いイザナも承知しているため、暫時瞑目した彼女はゆっくりと頷いた。
それを機にしてライゼス副団長が親交の深い魔術師長に向き合い、率直な言葉で問い掛ける。
「出立準備の進捗は?」
「整備兵を含む輜重隊及び斥候隊の編成中だ、明後日には済む」
仮に女狐殿が親書を送った直後に審問会への招聘状が届いたとしても、ヘイゼン卿の次男坊から聞いた話が正確なら、帝都への移動も含めて二週間の猶予期間がある筈だ。
皇統派も建前を崩さないため元老院議会で定められた期日は静観するとして、リグシア領に集められた戦力が南下するのに必要な日数も鑑みれば、遅参の醜態を晒す事もないだろう。
「概ね問題は無さそうだな」
「日程的には、ただ……」
「ん、何かあるのか、ブレイズ?」
言い淀んだ赤髪の魔術師長にゼノス団長が問質すような視線を向けると、難しい表情で軽い溜息を吐き出す。
「私の不徳故だが、要職を含む官吏の一部が派兵に反対している。それに市井の民にも同様の考えを持つ者が出てくるかもしれない」
「今動けば準備している騎士王祭の中止や延期が避けられず、要らぬ不興も買ってしまうか。時期が悪いな、クロード王」
渋い表情の副騎士団長が言う通り、節制が必要となる厳しい冬を前にして国内の臣民が集う祭典を楽しみしている者達は多い。
天災の類が原因なら兎も角、何処までいっても人為的な要素でしかない他国の内輪揉めに干渉するのでは心象が悪くなる。
「…… 時に “識者の集い” との関係は良好か?」
「あぁ、出資に加え、広場での講演も条件付きで認めているからな」
「では、碩学達を通じて “公に認められていないが、国産騎の開発技術はゼファルス領の女狐殿から送られた物だ” と流してもらおう」
それで不自然な援軍についても多少の説明が付く事になり、義理堅い国民性を持つリゼルの人々ならば、十全とはいかずとも一定の理解を得られる。
元々はニーナに嫌疑が向けられないよう黙秘していたものの、現状で間接的に情報開示するのは許容の範疇だ。
「臨機応変という事か…… 城内の官吏にも “識者の集い” と関わりのある者が多い。彼らにも効果は見込めるな」
「頼んでいいか、ライゼス?」
「いや、この案件ならばブレイズだろう」
知性派ではあれども、経験に基づかない机上の空論など時間の無駄だと断じる副団長が訝しげな視線を投げ、“識者の集い” の碩学に名を連ねた魔術師長を見遣る。
「待て、その態度はなんだ? お前が勝手に私を魔導核の開発者に仕立てたから、熱烈な誘いを受ける羽目になったんだぞッ」
しかも、嘘が露見しては駄目なので話を合わせるため、必死に騎体関連技術をジャックス班長や双子エルフより学んだ経緯もあって、苦労人の御仁は若干キレ気味に不満をぶつけ出した。
不幸中の幸いだったのは学者肌であった本人が殊の外、“識者の集い” に馴染んだ事だが、どうやら友人でもある副団長は気に入らないようだ。
「余り毒されなければ構わんよ」
「ライゼス卿、その言い草はどうかと思います」
さらりと流す壮年の騎士をイザナが諫め、少しだけ砕けた雰囲気になりつつも、ゼファルス領派兵の段取りは順調に組まれていく。
情報統制ため十日間の厳戒令が公布され、内外の移動が原則禁止となった王都より出立した俺達は密かに帝国領を北上して、最短経路の二日遅れで中核都市ウィンザードの近郊に到着した。
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