元老院議会の裏側で……
道すがら帝国の状況次第では騎士王祭の中止も考慮すべきと副騎士団長が言い出し、祭りごとの好きなゼノス団長が嫌そうな顔で “せめて延期にしてくれ” と駄々を捏ねていた数日後……
北東に位置するため “滅びの刻楷” の脅威から遠く、やや肌寒い時期ではあれども人々が賑やかに往来を行き交う帝都ベリルの議事堂、その一室には皇統派の主要な貴族達が集まっていた。
招集された元老院の会期末を控え、自領へ帰還する準備なども整えた彼らは立派な樫のテーブルを囲み、設えられたソファーに深く腰掛けている。
「さて…… かなりの時間と労力を賭したが、卿の思惑通りだな、ハイゼル卿」
「皆の助力あっての事、有難い限りだ。漸く下賤な稀人の小娘を排除できる」
感慨深げに頷いたリグリア領主の表情は何処か硬く、水を向けた公爵位を持つ宰相のクリストフも何やら思案顔だ。
多数派工作が奏功して、ニーナ・ヴァレルの叛意を調査する審問会は開廷が決定されたものの…… 彼女が招聘に応じない場合、ゼファルス領へ討伐軍を向ける具体的な算段に際して、巨大騎士を派遣する領主が殆どいなかった故だろう。
「結局、表立って動くのはリグシア領とエイドス領のみ、大丈夫なのか?」
苦笑気味に疑問を挟んだ細身の貴族に向け、その対角に坐している精悍な貴族が僅かに瞑目して応える。
「一応、我がリンデンバウム領からも数騎を供与している。装甲に刻まれた自領の徽章は消させて貰ったがな、それに……」
「依然、西側の国境線には “滅びの刻楷” の異形どもが群がっている。女狐殿が派遣した援軍を呼び戻せたとしても一部に留まる筈だ」
言葉を引き継いだ元老院議長のアルダベルト老が締め括り、各々の視線が意見を聞きつつも黙考していたクリストフ宰相に再び集まった。
皇統派の領袖でもある彼は同胞達を一瞥した後、交易と金融で栄える中核都市フランクを領有しており、中立派や西方三領主とも繋がりの深いヘイゼンに問い掛ける。
「卿はどう見るのか、率直な意見が聞きたい」
「やはり異形の脅威がある限り、女狐殿は手元に援軍を戻し難いでしょうな」
最前線の状況に付け込むのは些か節操無しだと内心で溜息しながらも、表情には一切出さず食わせ者の領主貴族が言葉を紡いだ。
その見解に大半の者達は静かに頷いて同意したが、用心深い宰相公爵は当該案件の首謀者にも言葉を投げる。
「確か、以前にゼファルス領とリゼル騎士国の間で禁止されている魔導核関連の技術供与があったと話していたな……」
「然り、女狐の身柄を確保して、居城を調べれば証拠も押さえられる筈だ」
巧妙に隠蔽された尻尾を掴むことはできずとも、手間暇かけた中核都市ウィンザードの夜襲を居合わせた騎士王に阻まれた経緯から、ハイゼルは揺るぎない確信を籠めて返答した。
ただ、それが事実ならゼファルス領と騎士国に密接な関係がある事となり、余計な不確定要素が増えてしまう。
「ヘイゼン卿、依頼していた件は?」
「多忙の身故に次男坊を遣わせましたが、騎士王は利に聡い人物のようです」
態々渦中の栗を拾い、内政干渉の誹りを受けるような行為はしないと…… 彼の侯爵は伝書鳩で届けられた密書の内容や、河川貿易でリヒティア公国の商人達が口にしていた噂と異なる印象を報告する。
“然したる労力を掛けず、我が国の利益になる状況であれば” という騎士王の発言は利己的な貴族階級に通じており、多少なりとも共感を持って受け入れられた。
「仮に裏で繋がっていたとしても、実利を優先して見捨てるか……」
「もう既に技術供与は済んでいますからね」
「義理を立てても、手勢の損耗以上に得られるモノは無い」
「差し詰め、対岸の火事といった感じでしょうな」
周囲で交わされる言葉を聞きつつも、気取られない程度に失笑したヘイゼンは防衛線に近い中西部の土地を領有する手前、異形種の侵攻に抗う可憐な領主令嬢を密かに援護する腹積もりなのだろう。
念のため身内の皇統派から疑われないようにリグシア領へ軍資金を貸し付け、騎体燃料の魔力結晶も融通している客観的な事実により、慎重なクリストフ宰相も “恐らく騎士国は静観する” という認識に一定の理解を示した。
「ご苦労だったな、卿の意見は参考にさせてもらう。隣国の騎士王にしろ下賤な稀人風情が幅を利かせるのは不愉快だ、皆もハイゼル卿に協力してやって欲しい」
この場を纏める言葉に一同が頷き、他にも幾つかの事柄に関して摺り合わせなど済ませた後…… 独りで室内に残った宰相公爵が議会に提出される報告書を片手にぼそりと呟く。
「首尾よく事が運ぶなら良し、返り討ちに遭うなら本人に泥を被らせるか……」
概ねゼファルス領主の女狐を貶める目的で作成された書面には裏付けが取れていない記載事項が多く、いざとなれば審問会の開廷自体に問題があったと詫びて手打ちにする事は可能だ。
当然、派閥の既知を切り捨てるのは断腸の思いであり、異世界の稀人如きがアイウス帝国を牛耳るなど見過ごせないが、騒動の落としどころを間違えると国家の根底が揺らぎ兼ねない。
政の実権を掌握している立場上、苦労も多い初老の男は深く溜め息を零した。
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