偶には騒がなければいけない時もある
『クロード!!』『応ッ』
言われるまでもなく、クラウソラス四番騎の右掌で雷槍の柄を捻り、爆薬が詰まった穂先に信管を接続させて、地を這う獣のように一瞬で間合いを潰す。
狙いは損壊で機敏に動けない二番騎へ意識を向けた地竜の右前肢、そこへ速度に加えて躯体重量も乗せた槍撃を喰らわせる。
『うぉおおぉおぉッ!!』
「グゥッ」
少しばかり反応が遅れた大型種の硬い肢に雷槍が深く刺さり、先端部が爆砕して内側より四肢のひとつを四散させた。
「ギィアァアァァアァアァッ!?」
絶叫を迸らせて、巨躯を支えきれなくなった地竜が倒れ込む。
真下へぶちまけられた業火のブレスは地面伝いに広がり、攻撃直後に飛び退いた巨大騎士の外部装甲を焼き焦がしていった。
『熱ッ!?』『きゃぅッ』
騎体と人工筋肉の神経節経由で繋がった身体が炎の熱を感じ取って、否応もなく顔を顰めてしまう。
感覚が連動するのは利点であり、欠点だと思いつつも使用済みの雷槍を投げ捨て、懸架式の鞘から鉄剣を引き抜いて腰だめに構えさせると足掻く地竜の左眼球を狙い、騎体ごと体当たりしながら突き刺す。
「ガァッ… ギィ、イァアァアアァッ!」
『うぉッ!?』
確かに硬い頭蓋骨を避け、脳髄を穿った感触があるにも拘わらず、激しく頭部を動かした巨大騎士よりも大きい相手に振り払われるも… それが最後の抵抗だったようで、程なくして竜種に分類される異形は力なく大地へ斃れた。
『た、単騎で地竜を仕留めたの、私達?』
『月ヶ瀬兄妹に奴が傾注していたのもあるな』
『そう言ってもらえると、少しは面目が立つかな?』
『いえ、兄様は精霊門の核を破砕していますから、戦功一番です!』
微塵もぶれることなく、敬愛する兄への妄信を隠さないエレイアに内心で称賛を送り、二人の傍まで移動して騎体の片膝を突かせる。
此方のクラウソラス四番騎も人工筋肉の一部が浴びた炎で溶解しており、無傷ではないものの危機は凌いだといった状況だろう。
『…… その辺から、追加の大型種とか出てきたら大変だな』
『ちょッ、変な事を言わないでよ!』
『まぁ、他の大型種は団長たちが相手取っていますけどね』
『どっちにしろ、此処は離れた方が良い。肩を貸してくれ、クロード殿』
双方の騎体に損傷を受けた現状では、中型種以下の異形でも脅威となり兼ねないため、二番騎を支えて立ち上がり、水源の岩場から離れて大森林の樹々《きぎ》へ紛れ込む。
安全な距離を取って遠目に前線の方向を暫く窺えば、大型種などの主戦力を欠いた異形の群れが潰走する様子が見えて、後追いの形で二騎のクラウソラスと数百の騎兵達が進出してきた。
勢いづいた友軍が岩場に雪崩れ込み、手際よく周辺一帯を制圧したので、地竜の亡骸を眺めて佇む一番騎に緩りと歩み寄る。
『おいおい、騎体が襤褸々々《ぼろぼろ》じゃないかロイド、それにクロード殿の四番騎も破損が目立つな。精霊門と竜種を討ったなら、安い対価とみるべきか?』
『すみません、ゼノス様。預かった二番騎を中破させました』
申し訳なさそうに一言詫びる配下を自騎の片手で制し、苛立ちとやるせなさを込めた声で団長殿が言葉を返す。
『こっちは五番騎がディサウルスに腹を噛まれて大破だ、気にするな』
『…… ルーディックとミリアは?』
極力、自身の感情を抑えて問うロイドに対して、彼の上官は騎体の首を軽く左右に振らせた。
『分からん、交戦中に確認する余裕がある訳なかろう。一応は歩兵隊と術師隊を残してきた。後続の整備班も合流してハッチを開けているはずだが、期待するなよ』
『そんな……』
動揺を含んだレヴィアの声が耳元で響き、争うなら被害は避けられないという、純然たる事実を胸に刻んでいれば、砕けた鈍色の塊を拾うクラウソラス三番騎の姿が疑似眼球に映った。
『多面体の欠片?』
『あぁ、女狐殿がご執心でな、是非とも欲しいそうだ』
恩は売っておく主義らしい御仁の指示にて、漏らさずに破片が回収されたところで騎兵長のアルドが馬身を寄せ、一番騎に向かって大声を出す。
「団長、異形どもは国境側へ逃散したようだ! 追撃はどうする!!」
『他所に行ってくれるなら問題ない、退くぞ』
「了解ッ」
返答と同時に腰元のホルスターから騎兵長が単発後装型の信号拳銃を抜き、若草色の印が付けられた煙弾の装填を済ませて直上へ射出した。
然ほどの時間を掛けることなく、岩場で警戒に就いていた数百の騎兵が部隊長の下へ集まり、クラウソラスの各騎を先導するような位置取りで、来た道を引き返し始める。
しっかりと馬上に混ざっていた斥候兵達を見遣りつつ、俺達も彼らの背に続いて歩兵隊や整備班と合流するが… そこで告げられたのは五番騎の専属騎士と魔導士の死亡だった。
他の戦死者も含めて弔い、負傷者の手当を行った後、少し豪華な夕食と程々《ほどほど》の酒が振るまわれて、陰鬱さを払うように各自が無事と健闘を称え合う。
「騒がなければやってられないか、厳しい世界だな」
「でも、誰かが戦わないと、座して死を待つだけになっちゃうよ?」
ちびりと小動物のように果実酒を啜るレヴィアの言葉はもっともで、国や人々のために命を張っている連中は地球にもいたんだろう。
隊内の仲間で焚火を囲み、杯など掲げる兵士達に最大限の敬意を払っていたら、おもむろに赤毛の少女が串へ通した鶏肉… 要するに焼き鳥的な料理をずずいと差し出してくる。
「これ、凄く美味しいよぅ、エレイアが持ってきてくれたの」
「また、お邪魔させてもらいますね、クロード様」
「さっきは結構危なかったから、助かったよ」
何やら、両手に皿と木製マグを持った銀髪碧眼の兄妹も加わり、少々賑やかな夜は徐々に更けていく。
それから騎体の応急修理で二日を費やし、軍事目的を達成したリゼル騎士団は王都エイジアへの帰路に着いた。