きちっと着こなした軍装は場所を選ばない(多分)
付近に広がる穀倉地帯は既に秋の収穫がなされており、次の種を蒔くまで空き地となった都市防壁の周囲には多くの天幕が張られて、一般的な訪問客が利用する簡易な大衆宿屋の様相を呈している。
それらの外側に領旗を掲げた帝国貴族の護衛と思しき集団が複数陣取り、互いに干渉しない範疇の距離で宿営地の確保をしていた。
「市街地に逗留できるのは俺達のような招待客だけか」
「えぇ、何処の都市でも宿泊施設の数に限度がありますから」
何気なく口にした言葉にイザナが応え、近々の開催に向けて皆が準備に取り組んでいる “騎士王祭” でも、郊外に幾つかの天幕が並ぶことを教えてくれる。
利に聡い流れの商人達も王都エイジアに集まってくる人々を狙い、比較的安全な防壁付近に簡易な出店を構えるようだ。
「ふふっ、王族の務めに拘束される私には微塵も関係無い話ですけどね……」
「ッ、それは大変だな」
死んだ魚のような目で嗤うイザナに若干引きつつ、今年は俺も巻き込まれる事実に僅かな憂鬱を感じてしまう。
「心配しなくても大丈夫ですよ、クロード。私と一緒に期間中は延々と主会場に繋ぎ止められるだけです」
「毎年参加している立場だと、ある意味で苦痛か」
貴賓席から催しなどを観覧できるものの、節制を求められる冬の到来に先んじて皆が賑やかに振る舞う最中、自分達だけ行動制限をされるのは面白くなさそうだ。
それでも個人的な都合を優先する訳にいかないので、騎士王の役割を果たす心積もりではあるのだが…… 一抹の未練もある。
「馬上槍試合のトーナメントには俺も参加したかったな」
「仮にクロードが優勝したら、誰が褒美を下賜するのですか……」
何やらイザナが胡乱な視線を向けてきたところで、キャリッジの御者が開けた空間に車体を止まらせると、先行していたアルド騎兵長が愛馬を回頭させて此方に寄せてきた。
「陛下、この一帯に待機組の宿営地を用意致します」
「いつも世話になる、仔細は任せた」
「承りました…… お前らッ、設営に取り掛かるぞ!」
「「「了解ッ」」」
機敏な動作で下馬した騎兵達が天幕や糧食などを積み上げている複数の荷馬車に群がり、騎兵長の指揮下で手際よく自らの居場所を構築していく。
それとは対照的に、市街地での護衛に選出された近衛兵の一部は指揮を執る隻眼の魔術師に集められ、幾つかの伝達事項を粛々と申し渡されていた。
常日頃より彼らに求められるのは身を挺して王族を護るだけの胆力と愛国心であり、任務に於いて死傷した場合は一般兵と比べて破格の扱いとなっている。
(贅沢を言えば、もう少し肩肘の力を抜いてくれると接し易いんだが……)
内心で溜息しつつ、長らく馬車に揺られていたので気分転換に降りて振り向き、続こうとするイザナに右手を差し伸べた。
ひとりで降車できるとしても補助はあった方が良いし、過保護なサリエルが隻眼を光らせているため、此処で淑女に対する配慮を欠くことなどできない。
「少し地面が荒れているから、足元に注意してくれ」
「ありがとう御座います、旦那様」
しっかりとした足取りで地面を踏みしめた高貴な少女の服装は普段よりも活動的で、藍白の生地に金糸と瑠璃色の模様など散らした和風ドレスを纏っていた。
粗忽な俺がいつもの白シャツに黒ネクタイ、開襟型の剣帯付きジャケットを羽織って腰に呪錬刀まで吊り下げた軍装だから、質は良くとも派手にならない衣服を選んでくれたと見るべきだろう。
今更ながら細やかなイザナの気遣いに感謝していたら、不意に後方の頭上から騎体に備え付けられた拡声器で琴乃の声が降ってくる。
『蔵人さん、あっちの宿営地に知らない騎体がいる』
「あぁ、本当だな…… 分かるか?」
視界の端に歩み寄ってくる姿が見えていたゼノス団長に声を掛けたものの、心当たりが無さそうに首を捻って唸り声を上げた。
その隣では肩を並べた旧知の友に嘆息して、やや非難がましい表情のライゼス副団長が苦言を零す。
「先週、私とブレイズが説明しただろう? 帝国皇統派の騎体グラディウスだ」
「おぉッ、貴族連中が共同開発したという第一世代の再設計騎だな!」
『という事は…… あたし達のスヴェルS型と性能は同格でしょうか?』
「詳しくは知らん、騎体適性がない私に聞くな」
曖昧さを嫌う性格に加え、努力で覆せない事実に遺憾がある壮年の騎士は投げやりな言葉を残して、複雑な表情で帝国製の巨大騎士を眺めた。
思わぬ態度に少々困惑した琴乃を気遣い、騎体ベガルタから宿営地の設営を見守っていた銀髪碧眼の優男が会話に割り込む。
『実際に手合わせしない限り、騎体の性能差なんて分かり難いからね』
『ん、確かにロイドさんの言う通りかも』
『ぷっ、コトノの腕前だと相手に過小評価されそうですけど♪』
<煩いわよ、このブラコン魔導士ッ>
ちくりと軽口を被せてくるエレイアの挑発を受け、同郷の黒髪少女が相手の理解できない日本語で反撃するのを聞き流して、準備はできたとばかりに傍まできたサリエルと向き合う。
薄く微笑んだ彼女の後ろには、単発式の短銃やサーベルで武装した麾下の近衛兵十名が並び立っていた。
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