護衛騎士達の旅路
数台の荷馬車と騎士王などの要人らが乗車するキャリッジ二台を囲む配置で、アッシュグレイの騎体ベガルタに加えて武装が特徴的な改造騎体ガーディアが前衛に付き、後衛には主兵装である弓矢を携えたスヴェルS型二騎が続く。
歩足を最も遅い荷馬車に合わせて移動する巨大騎士らの周辺には、愛馬に跨った主副の騎士団長や近衛兵を含んだ騎兵隊が展開しており、上役達に遠慮しながらもアルド騎兵長が指揮を執っていた。
(…… やりづらい事、この上ない)
目的地の中核都市レイダスまで同行する一個小隊の混成騎兵隊の内、直属の配下は半数程度に留まるため、どうにも余計な気を遣ってしまうようだ。
麾下の近衛兵らを預け、自身はフィーネ嬢と片方のキャリッジに乗車しているサリエルと対照的に、彼の背中には中間管理職の哀愁が漂っていた。
そんな騎兵長を狙撃型騎体の疑似眼球に捉えて、ぼんやりと見下ろしていた琴乃が少々上達した大陸共通語で後部座席の魔導士イリアに呟く。
『確か帝国の政情って、割と不安定なんだよね?』
『うん、今回は大丈夫だと思うけど……』
物事に絶対など有り得ないので、二人の少女は要人警護の指揮を執るサリエルから、万一に備えて騎体同士の戦闘も視野に入れておけと言及されている。
件の音楽祭には有力な帝国貴族の一部も訪れるらしく、此方と同様に護衛騎体を郊外まで連れてくるとの事で、多少なりとも動向を警戒する必要があった。
『場外乱闘なんて御免だわ』
『そうだね、折角のお祭りだから』
短い言葉を交わして微笑んだ琴乃達に向け、話の区切りを頃合いと見たのか、任務中は原則的に共有接続されている念話装置を経由して前衛のベガルタより通信が届く。
『この際だから確認しておきたいんだけど……』
『どしたの、ロイドさん』
『君は対人戦の経験が無いんだろう? 遺憾なく的を射抜けるのか聞きたい』
『つまり “当てになるか、否か” という事です』
さらりと返答に窮する質問を投げてきた月ヶ瀬家の兄妹に琴乃が面喰うものの、軍組織であるリゼル騎士団に籍を置くならば避けては通れない問題だ。
黒髪を後ろで纏めた所謂 “ポニテ” の少女とて、“人相手の戦場で殺意を籠めた矢が放てるのか” という事は幾度も自問しており、ある程度の解答を用意していたのだが…… 実際に口にすると歯切れが悪くなってしまう。
『ん、騎体の操縦席に直撃させるのは抵抗あるけど、他は射抜けると思う』
『分かった、頼りにさせて貰うよ』
穏やかな声で語り掛けつつも彼女の戦力的な評価を一段階下げ、ロイドは念話装置を一時停止させた上で軽く溜息した。
その機微を同乗する騎体の人工筋肉に含まれた神経線維から感じ取り、密かに琴乃を警戒していたエレイアがほくそ笑むも、血筋を辿れば同郷となる大和人に対して銀髪碧眼の騎士が抱く親愛の情は深い。
(戦場では僕もクロードみたいに気を遣ってあげるべきかな)
(ッ、これは…… また兄様が良からぬ想いを!?)
さきほど得た余裕は何処にやら、可愛らしい唸り声を零したブラコン魔導士は兎も角として、念話に割り込んできた蒼髪の騎士が歯に衣着せぬ物言いをする。
『コトノ、例えお前の射撃が急所を外しても、動きが鈍った敵兵を俺達が仕留めたら間接的に命を奪っているのと同義だ。中途半端な綺麗事は好きじゃない』
『はいはい、自分の主義を人に押し付けたら駄目よ、ディノ君。否定はしないけど考え方は十人十色、彼女の迷いに私達も可能な範囲で付き合ってあげましょう』
“あくまで可能な範囲だけどね” と姉御肌な魔導士リーゼが軽い口調で繰り返し、慣れ親しんだ年下の相棒を諫めると同時に、覚悟が足りない新米の弓騎士にも釘を刺した。
それらの言葉に琴乃は内心で複雑な感情を抱きつつも、稀人に由来する清和源氏と近しい紋章が刻印されたキャリッジに視線を投げる。
騎士王を務める蔵人は赴いた帝国領のゼファルスで、正体不明の騎体ごと敵兵達を屠ったと言うが、根掘り葉掘り聞くのも憚られるため参考にはできない。
『でも、早々に踏ん切りは付けないと……』
『焦らずにね、コトノ』
『うん、ありがと』
すかさず気遣ってくれたイリアに謝意を返した彼女の見詰める先、質素でも気品を感じさせる二頭立て馬車の内部では、もはや現地人と遜色ない程に根付いた蔵人がイザナと寛いでいた。
丁度、北側の国境近隣にある落葉性広葉樹の原生林に差し掛かっていた事もあり、色付いた紅葉が辺り一面を鮮やかに染めている。
「…… 綺麗な光景だな」
「ふふっ、第三代騎士王のシュウゲン様も此処の紅葉はお好きだったようです。春先には桜が無いと、いつも嘆いていたようですけど」
細腕を絡めてしな垂れ掛かるイザナによれば、並行世界の地球でも桜の原産地は南アジア北東部の山脈地帯らしく、姿形が似た花を咲かせる樹木はロウェル帝国時代に西方大陸へ持ち込まれたようだが……
迷い込んだ大和人達が恋焦がれるソメイヨシノとは異なり、原種の特徴を色濃く残した樹木では見栄えが劣るため、彼の御仁は物足りなく思ったのかもしれない。
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