表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/143

フォセス領ラドグリフ伯からの誘い

 一方、(ただ)の娘を持つ父親と化した魔術師長の追及から逃れて、一息吐こうと城内の中庭へ向かった騎士王だが、その途上で今度は御目付け役の某騎士に捕まり、応接室で幾つかの相談を受けていたりする。


「“識者の集い” からの出資依頼… どういうおもむきの団体なんだ、ライゼス?」


ひらたく言うなら、学問にのめりこんだ “数寄者(すきもの)” と “知識を求める市民” の組合だ。主な活動資金は講義の対価で(まかな)われていて、比較的に裕福な者達が聴講ちょうこうしている」


 さらりとよどみなく答えた副団長殿に詳細しょうさいを聞けば、元々いた世界の高等教育機関に近い印象はあれども、修業期間がないので望む限りの講義を受けられるようだ。


 師匠となる碩学(せきがく)の下で日々研鑽を重ね、組合より熟練者アデプトの称号を与えられた場合、みずからの講義で生計を立てることも可能らしい。


(確か大学《university》の語源は “組合《universitas》” だったな、こちらだとラテン語ではなく、ローウェル語になるのか? まぁ、似たようなものだろう)


 なお、西方諸国に()ける多くの人々は教会運営の学校で基礎知識を学び、成人年齢である15歳に達したら軍隊に所属するか、職業組合に加入して働きながら技量をみがくのが一般的だ。


 さらに実力主義のリゼルでは平民が騎士侯となった事例も多々あり、軍事組織の人気や待遇も悪くないため、学問を信奉する連中は数寄者(すきもの)と認識されやすい。


 堅物のライゼスも例に及ばす、胡乱(うろん)な眼差しを手元の要望書に投げていた。


此処(ここ)に出資するよりも軍備増強に予算をまわした方がいい。知識偏重インテリな連中は経験も(ともな)わないくせに、傍迷惑(はためいわく)な机上の空論を振りかざす」


「時にはそれが権威や、現体制の否定に繋がるわけだ」

「もうすでに教会へ噛みついているぞ、クロード王」


 そう言って渡された羊皮紙には “善意をよそおい、過剰な信仰心を植え付ける教会学校は規制すべきだ” という主張も記載されており、思わず乾いた笑いが零れる。


 完全な否定はできないものの、市井しせいの信頼を得ている教会組織に持論をぶつけ、衆目を集める意図が多少なりとも感じられてしまう。


「フィアレス大聖堂の枢機卿は真摯(しんし)に応じているが、良い気などしないはずだ」


 渋い表情で付け足された副団長殿の言葉にうなずいた後、俺は再び視線を要望書に落として丁寧に読み込んでいく。


 “識者のつどい” を対象とする公的支出の妥当性に関して、理路整然と並べられた論拠を見る限り、学識のみにとどまらず弁も立つ者がいるとおぼしい。


「いずれは此方(こちら)の影響下に組み入れた方が無難ぶなんだな、何かの拍子ひょうしに臣民を扇動せんどうされても厄介だ。上手く誘導して、有益な研究をさせることも視野に入れよう」


 紙面から顔を上げ、手にしていた要望書を返却すれば出資に懐疑的だったライゼスも得心したのか、いなやはなく首を縦に振った。


「なるほど、首輪を()めておくという意味でなら公的支援も許容の範疇はんちゅうだ」

騎体きたい開発で散財しているからな、金庫番(ブレイズ)と相談してくれ。それと……」


 やや言葉をにごして過去の記憶など掘り起こしつつ、アイウス帝国のフォセス領から送られてきた招待状の件に言及しておく。


 一度だけ会ったことがあるの領主はいかつい巨躯きょくに似合わず、自身の趣味を兼ねた芸術振興につとめており、秋になれば中核都市レイダスで数日間におよぶ音楽祭を開催しているようだ。


「あの招待状は毎年送られてくるのか?」

「ラドグリフ卿と筋肉で語り合えるゼノスにな、去年は道連れにされた」


 辟易(へきえき)したような言い草を聞き、マッチョなおっさん二人に挟まれて音楽鑑賞するライゼスの構図が脳裏に浮かぶ。


 極めてシュールな光景に頬を()()らせながらも、今年はリゼルの騎士王宛にも招待状が届いた意味を(かんが)みて、心当たりとりそうな事柄に思考を巡らせていく。


(単純に気に入られたか、しくは即位してもないゆえか…… 帝国の内部で何かしらの動きがあった可能性も捨て切れない)


 受け取った親書では一般的な時候(じこう)の挨拶に添え、“もし来てくれたら歓迎する” という(むね)だけが書かれており、特に何かを推察することはできなかったが、中立派などと(うそぶ)く喰えない御仁ごじんだけに深読みしてもそんはない。


 音楽祭の時期に()したる重要案件がない以上、隣国の内情を得られる機会と考えて、素直に顔を出しておく方が得策だ。


「伯爵殿の申し出に応じようと思う、旅の支度(したく)を任せたい」

「承知した。サリエル嬢とも相談して(まと)めておこう」


「ん、此処(ここ)で隻眼の女魔術師がからんでくるのか?」

たまにはイザナ様と出掛でかけるのも良かろう」


 思わぬ副団長殿の指摘で面喰めんくらうも、常日頃から帰還を待たせるばかりだと、自身を選んでくれた伴侶の少女に申しわけがない。


 おもに警備面で注意すべき事項が増えて、アルド騎兵長やサリエル麾下きかの憲兵隊には負担を掛けてしまうが、配慮の余地はある。


気遣(きづか)いに感謝だな、その方向で進めてくれ」

「御意に… では、これにて失礼する」


 相変わらず機敏な所作できびすを返し、揺らぎがない武人の足取りで退室するライゼスを見送ってから、ゼファルス領製のソファーに深く腰を沈め、ようやくくとなる一息を吐いた。


「午後の職務は早めに切り上げて、イザナとゆっくり過ごすか」


 大抵の物事にさいして “案外なんとでもなる” のは一つの真理、ほどよく肩肘の力を抜かないと周囲の者にまで緊張が伝播でんぱするので、しっかりとかまえていれば良いのだろうが、頭で理解している内容と現実は()てしてそぐわない。


 常態と化した職務や鍛錬をこなしている内に時間は過ぎ去り、気が付けば二度目となる帝国フォセス領への出立を迎えて、いい加減に住み慣れてきた王都エイジアを発つことになった。

『続きが気になる』『応援してもいいよ』


と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。

皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初の夫婦としての公式な外遊ですね。 まあ、章のタイトルからして、帝国で面倒に巻き込まれるとは思うけど。
[一言] 技術者集団ねぇ、無駄にプライドだけあって 腕が伴わないなら要らないですよね。 新婚旅行かな、平穏には行かぬのだろうねぇ。
[一言] ロボものもっと読まれていいと思うくらい面白いのでこの作品を中心に広められたらと思います。
2020/02/02 11:28 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ