フォセス領ラドグリフ伯からの誘い
一方、只の娘を持つ父親と化した魔術師長の追及から逃れて、一息吐こうと城内の中庭へ向かった騎士王だが、その途上で今度は御目付け役の某騎士に捕まり、応接室で幾つかの相談を受けていたりする。
「“識者の集い” からの出資依頼… どういう趣の団体なんだ、ライゼス?」
「平たく言うなら、学問にのめりこんだ “数寄者” と “知識を求める市民” の組合だ。主な活動資金は講義の対価で賄われていて、比較的に裕福な者達が聴講している」
さらりと淀みなく答えた副団長殿に詳細を聞けば、元々いた世界の高等教育機関に近い印象はあれども、修業期間がないので望む限りの講義を受けられるようだ。
師匠となる碩学の下で日々研鑽を重ね、組合より熟練者の称号を与えられた場合、自らの講義で生計を立てることも可能らしい。
(確か大学《university》の語源は “組合《universitas》” だったな、こちらだとラテン語ではなく、ローウェル語になるのか? まぁ、似たようなものだろう)
なお、西方諸国に於ける多くの人々は教会運営の学校で基礎知識を学び、成人年齢である15歳に達したら軍隊に所属するか、職業組合に加入して働きながら技量を磨くのが一般的だ。
さらに実力主義のリゼルでは平民が騎士侯となった事例も多々あり、軍事組織の人気や待遇も悪くないため、学問を信奉する連中は数寄者と認識されやすい。
堅物のライゼスも例に及ばす、胡乱な眼差しを手元の要望書に投げていた。
「此処に出資するよりも軍備増強に予算を廻した方がいい。知識偏重な連中は経験も伴わないくせに、傍迷惑な机上の空論を振りかざす」
「時にはそれが権威や、現体制の否定に繋がる訳だ」
「もう既に教会へ噛みついているぞ、クロード王」
そう言って渡された羊皮紙には “善意を装い、過剰な信仰心を植え付ける教会学校は規制すべきだ” という主張も記載されており、思わず乾いた笑いが零れる。
完全な否定はできないものの、市井の信頼を得ている教会組織に持論をぶつけ、衆目を集める意図が多少なりとも感じられてしまう。
「フィアレス大聖堂の枢機卿は真摯に応じているが、良い気などしないはずだ」
渋い表情で付け足された副団長殿の言葉に頷いた後、俺は再び視線を要望書に落として丁寧に読み込んでいく。
“識者の集い” を対象とする公的支出の妥当性に関して、理路整然と並べられた論拠を見る限り、学識のみに留まらず弁も立つ者がいると思しい。
「いずれは此方の影響下に組み入れた方が無難だな、何かの拍子に臣民を扇動されても厄介だ。上手く誘導して、有益な研究をさせることも視野に入れよう」
紙面から顔を上げ、手にしていた要望書を返却すれば出資に懐疑的だったライゼスも得心したのか、否やはなく首を縦に振った。
「なるほど、首輪を嵌めておくという意味でなら公的支援も許容の範疇だ」
「騎体開発で散財しているからな、金庫番と相談してくれ。それと……」
やや言葉を濁して過去の記憶など掘り起こしつつ、アイウス帝国のフォセス領から送られてきた招待状の件に言及しておく。
一度だけ会ったことがある彼の領主は厳つい巨躯に似合わず、自身の趣味を兼ねた芸術振興に努めており、秋になれば中核都市レイダスで数日間に及ぶ音楽祭を開催しているようだ。
「あの招待状は毎年送られてくるのか?」
「ラドグリフ卿と筋肉で語り合えるゼノスにな、去年は道連れにされた」
辟易したような言い草を聞き、マッチョなおっさん二人に挟まれて音楽鑑賞するライゼスの構図が脳裏に浮かぶ。
極めてシュールな光景に頬を引き攣らせながらも、今年はリゼルの騎士王宛にも招待状が届いた意味を鑑みて、心当たりと成りそうな事柄に思考を巡らせていく。
(単純に気に入られたか、若しくは即位して間もない故か…… 帝国の内部で何かしらの動きがあった可能性も捨て切れない)
受け取った親書では一般的な時候の挨拶に添え、“もし来てくれたら歓迎する” という旨だけが書かれており、特に何かを推察することはできなかったが、中立派などと嘯く喰えない御仁だけに深読みしても損はない。
音楽祭の時期に然したる重要案件がない以上、隣国の内情を得られる機会と考えて、素直に顔を出しておく方が得策だ。
「伯爵殿の申し出に応じようと思う、旅の支度を任せたい」
「承知した。サリエル嬢とも相談して纏めておこう」
「ん、此処で隻眼の女魔術師が絡んでくるのか?」
「偶にはイザナ様と出掛けるのも良かろう」
思わぬ副団長殿の指摘で面喰うも、常日頃から帰還を待たせるばかりだと、自身を選んでくれた伴侶の少女に申し訳がない。
主に警備面で注意すべき事項が増えて、アルド騎兵長やサリエル麾下の憲兵隊には負担を掛けてしまうが、配慮の余地はある。
「気遣いに感謝だな、その方向で進めてくれ」
「御意に… では、これにて失礼する」
相変わらず機敏な所作で踵を返し、揺らぎがない武人の足取りで退室するライゼスを見送ってから、ゼファルス領製のソファーに深く腰を沈め、漸くとなる一息を吐いた。
「午後の職務は早めに切り上げて、イザナとゆっくり過ごすか」
大抵の物事に際して “案外なんとでもなる” のは一つの真理、ほどよく肩肘の力を抜かないと周囲の者にまで緊張が伝播するので、しっかりと構えていれば良いのだろうが、頭で理解している内容と現実は得てしてそぐわない。
常態と化した職務や鍛錬をこなしている内に時間は過ぎ去り、気が付けば二度目となる帝国フォセス領への出立を迎えて、いい加減に住み慣れてきた王都エイジアを発つことになった。
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