三者三様の御茶会にて
室内に留まった幾人かの技師が双子エルフと意見交換を始める傍ら、そろそろ確認せねばと思い立った魔術師長に “娘との関係は何処まで及んだ” のか、率直に聞かれた騎士王が窮している頃…… 訪れた貴人の私室でレヴィアは甘い焼き菓子に頬を緩ませていた。
「ん~、絶品だよぅ♪」
幸せそうな赤毛の少女が手にするのは、二季性ラズベリーの果汁入りクリームや、果肉が惜しみなく使われた逸品で、旬の時期に合わせて発売された “蜂の巣箱” の最新作ベリー・ワッフルである。
一刻ほど前、公国への援軍派遣中に滞り、山積みとなった裁可が必要な書類に埋もれる想い人を引き上げて、気分転換を促すため一緒に散策した折、通り掛かった件のカフェで持ち帰り購入して貰ったものだ。
丁度、午後の御茶会が控えていたので、三人分の数個をトレイに載せてクロードに苦笑いされたものの、綻んだイザナの表情を見るに良い判断だったと言えよう。
「このモンブラン・ワッフルも、凄く濃厚で美味しいです」
「流石、元宮廷料理人のヴォルト様… 侮れませんね」
何故か対抗意識を燃やしたフィーネも、手頃な大きさに切り分けられた李の果肉入りワッフルケーキを堪能しつつ、自らが栽培加工した乾燥ハーブの香草茶を楽しんでいる。
今回は組み合わせ易いカモミールに適量のオレンジピールを混ぜて、柑橘系の風味を添えた上で少量の蜂蜜も加えることにより、皮の苦みが抑えられて絶妙な味わいに仕上がっていた。
少々、お洒落で格調の高そうな嗜好品であるが… 数年前、高い魔法適性により宰相兼任の魔術師長たるブレイズに見いだされ、騎士団長の義娘となるまで貧しい孤児に過ぎなかった反動から、フィーネは上流階級の風習や文化を好む傾向がある。
それでも金銭感覚は狂っておらず、日々の節約に努めているため、行き着いた先が地属性魔法を活用した貴重な植物の自家菜園と販売であり、いつしか専門家の領域まで足を踏み入れるようになった。
各種ハーブと回復系魔法を併用した独自療法の提案で、治癒術士や医師の界隈に一石を投じたこともある。
「持つべきものは友だね、お陰で良い味の香草茶も飲めるし♪」
「ふふっ、褒められると悪い気はしません」
「うぅ、私だけ何もせず、御相伴に預かっている気が……」
「大丈夫、こっちも出先でクロードに強請っただけだから」
そういう意味ではレヴィアの貢献も大したものでなく、毎度の溜まり場を提供する部屋の主と変わらない。
故に気遣う必要なんて無いと嘯き、指先に付いたクリームを舐め取った赤毛の幼馴染に対して、イザナは心中で謝意を捧げながらも意地悪く微笑んだ。
「ところで… 遠征中に私の旦那様と進展はあったのですか」
「はぅッ、いきなり矛先が向いてきたんだけど!?」
やや動揺した親友を弄るように、フィーネまでもしれっと横から口を挟む。
「公都に滞在した夜は良い感じでしたが、陛下と同じく “自爆” してましたね」
「うぐぅ、少し揶揄おうと思ったら、反撃された模様……」
視線を逸らして小さく唸った本人から、銀髪碧眼の某魔導士が引き起こした “部屋割り騒動” の顛末を聞き、軽く咳払いしたイザナは忌憚のない言葉を掛ける。
「そのまま勢いに任せても良かったのでは……」
「ん~、前にも聞いたけど、本当に?」
「過酷な戦場でクロードを支えるのは貴女です。嫉妬の類がないと言えば嘘になりますが、感謝もしていますので構いません」
余計な罪悪感など不要とばかりに言い切って愛用のティーカップを傾け、イザナが琥珀色の液体を啜ると少し肩肘の力を抜いたレヴィアは素直に頷いた。
彼女にしても親同士の関係で物心ついた時からの親友や、いざという時は一蓮托生となる相棒を困らせるつもりはないので、一安心といった感じだろうか。
(でも、事は慎重に… 後でサリエルさんの話も聞いた方がいいよね)
先王ストラウスの愛人と似たような道を歩みそうな現状に於いて、本格的な相談をするのも悪い判断ではない。
厳密に言うなら、騎士侯の娘に過ぎない隻眼の女魔術師と名門ルミアス家の御令嬢では立場が異なれども、経験豊富な淑女の助言は無駄にならないはずだ。
食む食むと小動物のように残りのワッフルに齧り付きつつも、何処か思案しているレヴィアの様子を見遣り、既に完食した騎士団長の義娘が他人事のように呟く。
「何気に陛下はモテそうですね、脳筋が集う騎士国だと性別を問わず」
「そう言うフィーネはどうなの?」
「私は愛しい菜園の世話と、義父の面倒を見るだけで手一杯です」
澄ました顔で肩に掛かる長さの亜麻色髪をかきあげ、然程の興味はないと言葉を受け流したフィーネに対して、二人の遣り取りを見ていたイザナが一言添える。
「先の発言、ロイド卿に纏わるエレイアの態度に近いものがあります」
「それはつまり?」
「立派なファザコン娘 (ぼそっ)」
相槌を打つようなレヴィアの言葉で、思わず口に含んだ少量の香草茶を噴き零しかけたフィーネは何とか堪え、すぐさま胡乱な視線を親友の二人に投げた。
「…… 孤児院に泥酔した実父が押しかけ、私の腹を蹴り潰した時、運よく義父が居合わせなければ内臓出血で死んでいました。感謝は尽きませんが、迂闊でしたね」
「ふふっ、“仲良きことは美しきかな” ですよ」
彼の御仁が持つ口癖の一つを引き合いに出して微笑みながらも、イザナは亜麻色髪の少女が恩ある義父に恋慕の情を抱いている可能性も考慮して、そこまで深く追求することなく、さらりと話題を変えてしまう。
暖かな陽光が差し込む室内にて、もう少しだけ賑やかな三人娘の歓談が続き、午後のひと時は緩りと過ぎていった。
読み手に楽しんで頂ける物語目指して、日々精進です(*'▽')
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